20代の頃、お芝居の世界で働いていた私は、一日のほとんどを劇場で過ごしていました。今年、新型コロナウイルスの流行が始まった早い段階で中止を余儀なくされた劇場公演の数々。共に働いていたかつての仲間たちの声をSNSなどで聞きながら、「子育てに追われる日々の私に、何ができるだろう?」と考えていたちょうどその時、横浜市歴史博物館に隣接する大塚・歳勝土遺跡公園で雅楽のコンサート「古の丘古の音」が開催されると知りました。コンサートの見どころはもちろん、出演者の方に今の思いをお聞きしたいと取材に向かいました。
「日本人は虫の声や蝉の音を音楽としてとらえているというところがあるんですね。1300年の歴史がある雅楽も、もともとは野外で演奏することが多かったそうです。周りの鳥の声や虫の音を含めて音楽として聞いていたのでは、と思います。このコンサートも、舞台があるというよりも、公園を散歩していたら音楽が聞こえてきて、という空間自体を全て作品にしたいと思っているんです。聴くことだけが目的ではなくて、あるもの全てが作品ということですね」と、舞台の構想を話す真鍋さん。弥生時代の住居が復元されてタイムスリップしたかのような空間で、どんな演奏会になるのか想像がかき立てられます。「本当は公園を全部使いたいくらいなんですよ、あれ?と思っていたらこっちから音が聞こえてくる、歩きながら遠くの方から何か聞こえるというような。全体の空間を生かした演出をしたいと思っています」
世界最古のオーケストラと言われる雅楽は、中国大陸や朝鮮半島から輸入され日本化された管絃や舞楽、日本古来の歌舞、平安時代に作曲された歌曲など器楽や舞、歌など多岐に渡ります。「雅楽は、退屈なイメージを持たれていたり、全部同じように聴こえるとも言われるんですが、聴かせ方、見せ方によって、雅楽本来の持つものを崩すことなく違う形で聞かせられたらと思っています」と真鍋さん。
今回の曲目は、雅楽の中でもポピュラーな『越殿楽(えてんらく)』にはじまり、笙だけで演奏するという試みの『平調(ひょうじょう)調子』、日本古来の儀式で使われていた神楽歌『千歳(せんざい)』、春のうぐいすのさえずり、鳥の遊ぶ声が入って自然と一体となっている『鳥聲(てっしょう)』などと変化にとんだプログラムを組み立てたそうです。
コロナ禍だからこそ挑戦できたこと
今回の公演の構想をお聞きすると、大塚・歳勝土遺跡公園で行われることが、とても自然な流れであったかのようですが、そもそも企画された背景はどういったものだったのでしょうか。
「自然と一体となって演奏をするというのは、長いあいだ考えていたことではありました。屋外での公演は、20年前に2度したこともあって。ただ、天気にも左右されてしまうし、なかなかできるものではないなと遠ざかっていました」
今年、新型コロナウイルスの感染拡大により、2月中旬から演奏会の自粛が始まり、5月にかけてずっと仕事がなくなってしまったそうです。「こんな時にやる必要はないよね、と言われることは、社会にとって不要な人間だという烙印を押されていたような気持ちでした」と、終わりの見えない日々を過ごしていたころの胸の内を明かします。
「ヨーロッパでは、芸術は生きるために必要なものと認識されているのに対して、日本人にとって芸術は、欲求を満たすための娯楽という意識が強いように感じます」と真鍋さん。さまざまな腹立ち、いら立ちを抱えながらも、4月8日から、毎日1曲ずつ自身で編曲した曲の動画をYouTubeで公開し始めます。「お金にはならないけど、自分に仕事を与えることで、毎日の支えになっていきました。持続化給付金などによってお金を得ることができても、私にとって音楽ができないことで、生きていく価値を見出せないということも感じました。音楽でお腹はいっぱいにはならないけど、私にとってはお金では心は満たされないのです」。当時を振り返りながら出てくる言葉一つひとつに、強い思いが伝わってきます。
今回の公演は、文化庁のコロナ後の文化芸術活動の再開に向けた補助金を活用したものです。補助金への申請が通らなかったら、自分が費用を負担するリスクをのみこんで演奏会を行うことを決めました。
横浜市立歴史博物館を中核とする「よこはま地域文化遺産デビュー・活用事業実行委員会」の協力を得て、感染のリスクをなるべく下げる形で、屋外での公演となり、音楽家仲間に声をかけていきます。「結果的には、補助金の申請をしたことで、ずっと考えていた自然の中で行うコンサートができるようになり、演奏家も一緒に演奏したいなと思う人に声をかけて、やりたいことを実現するきっかけになりました」
まわりの演奏家の助けになれば
「自分が動いてコンサートの開催を決めれば、まわりにいる演奏家の人たちは潤うと思ったんですよ。自分が動くことで、同じように仕事がなかった人が潤って、経済がそうしてまわっていくのなら良いんじゃないかなという思いもありました」と、優しい表情でお話される真鍋さんのお人柄にも、惹きつけられます。
話は今回公演を共にする演奏家仲間のことに及びます。今回、篳篥(ひちりき)の奏者で出演するメンバーの中に、10カ月の赤ちゃんを育てる女性がいるそうです。「今回はコロナ後の活動継続を支援するという目的があるコンサートですが、彼女にとっては、産後からの復帰コンサートというきっかけの一歩に貢献できたのかな、と思っているんです」とやわらかい笑顔でお話されます。
「文化庁文化交流使としてドイツにいた1年でも、女性が産後も普通に活動する姿を見てきました。自分は、東京芸術大学を卒業してすぐに子どもが生まれて、ちょうどその1カ月後にコンクールで賞をとったんですね。家事もやっていたけれど、子どもが足でまといにはなりません。子どもがいることによって親の方が貴重なことを得ていくと思っています。それでも、日本では子どもが生まれて活動できなくなる女性の音楽家の人も見てきました。それはいたたまれないんです」(真鍋さん)
「それから、自分には、男女、年上年下という区別もないんですよ。今回のメンバーは、20歳以上離れた若い人も多いけれど、同じ演奏家して対等だと思っています」。男女、年上年下も関係ないという真鍋さんが持つフラットな視点は、古典そのものの魅力を伝えたいという雅楽への思いにもつながります。「雅楽が本来持つもの、伝統を守りながら、客席で聴くだけでなく、聴かせ方、見せ方によって、違う視点のプログラムで楽しく聴かせることができると思うんですよね。空間全体を使った演出というのも、構成という意味で作曲家としての視点があるのかもしれませんね」
今、文化の根っこをはりに行こう
真鍋さんは「コンサートを開催すると、神楽の向こうのお客さんを感じることができる」と話します。私自身、今まで演者の姿や声を感じながら、心揺さぶられる体験を幾度も重ね、生きる糧を得てきました。そして今年、コンサートやお芝居などの文化活動が次々と中止されていったことで、音楽やお芝居、アートなどの文化が、私の暮らしの軸となり、日々を生きるための支えになっているとあらためて気が付きました。
真鍋さんが「生きていく価値」を演奏で見いだされる一方で、音楽家や俳優などのアーティストが「伝えようとする力」に、私自身が生きていくパワーをもらったのだと思います。それは、私にとって衣食住と同様に必要なものであり、同じくらい価値があるものです。
「このコロナ禍で今、私に何ができるのか?」今回の取材を通じて、子育てをしている私だからこそ、生きていく糧としての文化の必要性を子どもたちとともに感じて、文化の根をしっかりとはっていくことが大切なのではないかと思いました。
遺跡公園を歩くと、普段感じたことがない土の匂がツーンと鼻に残ります。2000年前の人々が、いまの私たちと同じように暮らしのなかに文化があったことを想像しながら、子どもたちと一緒に音を感じに出かけたいと思います。
「古の丘 古の音 二千年前の営み千年の響き」
日時:10月31日(土)13:30(13:00受付開始)※終演15:00予定
会場:大塚遺跡(横浜市民歴史博物館隣接 大塚・歳勝土遺跡公園)
運営協力金:1,000円
主催:古の丘古の音実行委員会
よこはま地域文化遺産デビュー・活用事業実行委員会
共催:横浜市歴史博物館
協力:NPO法人都筑民家園管理運営委員会
※雨天の場合は歴史博物館講堂での催行になります。当日12時までに開催場所を両会場に掲示、横浜市歴史博物館HPにも掲載
お申込み:横浜市歴史博物館HP
https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/koudou/see/event/eventlist/kyousai_event/20201031gagaku
お問合せ:古の丘古の音実行委員会
Email:naoyuki@sho-manabe.net(真鍋)
TEL 045-912-7777(横浜市歴史博物館)
<真鍋尚之さんプロフィール>
作曲家・雅楽演奏家。
神奈川県立弥栄東高校音楽コース卒業。
洗足学園大学(専攻/作曲・声楽)および東京芸術大学邦楽科雅楽専攻卒業。国内外で雅楽を伝える活動を続けている。
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