<交差点であつまろう>
きょうは交差点ペインティング。交差点を塗るってどんな体験なんだろう? 地元の人にもいろいろ聞いてみたいけど、英語でうまく話せるかしら? ワクワクした気持ちを抱えて、晴天の下、路線バスで会場近くに降り立った私たち。オグデン通りってどこ? 地図を見ながら閑静な住宅街を進んだ先に、ありました! 今回の会場の交差点です。地域の大人や子どもたち30人くらいが集まって道路に絵を描いています。すでに白色で枠組みの下書きが終わり、カラフルなペンキの準備をしているところでした。ここで交通を封鎖し、1日をかけて交差点にカラフルな絵を描き上げるのです。
交差点のそばには音楽が楽しめるブースやスナックなどの持ち寄り食品を置くポットラックコーナーなども設置されて、イベントへの出入りは自由。みんなが作業をしているわけではなく、音楽に合わせ路上で踊っている人、話をしている人などさまざまで、ゆるゆると行われていました。子どもたちは道路にチョークでお絵描きをしたり、スケボーを教えてもらったり、ときどきペイントに参加したりして過ごしました。
2016年6月3日から12日にかけて、ポートランドの各地でおこなわれた、シティリペアの主催イベントVBC(Village Building Convergence)。市民の手で公共空間に交流のしかけを作るワークショップやミーティングなどが様々な場所でおこなわれていました。私たちが参加したオグデン通りの交差点ペインティングも、VBCの会場の一つとして12日に開催されました。
交差点の絵のデザインは、住民の1人であり、交差点の角に住むデザイナーのジンジャーさんが手がけました。テーマは「ライフオブツリー(生命の木)」。一つの幹からさまざまな種類の花や葉が出ていて、いろいろな生物がのぞいています。地域住民の多様性とアーバンガーデニングの文化を尊重する気持ちをデザインに込めたそうです。
この交差点ペインティングの呼びかけ人は、交差点の近くに住むキャロリンさん。5歳の男の子の母親でコピーライターとしてフリーランスで働いています。活動の動機は、「近所のことを知りたかったから」「地域の人と仲良くなるために一緒に何かをしたかったから」。地域交流のきっかけのために交差点ペインティングを自分のまちでやってみたらどうかと思ったのがきっかけだったそうです。
デザイナーのジンジャーさんなど近所の友だちに相談すると、4、5人から賛同の声が上がり、まずは仲間と一緒に、地域の一軒一軒をノックしてまわり、取り組みについて伝えたのだそうです。コツコツとまちの90%以上の賛成を集め、わが町で交差点ペインティングの開催を決めたのがイベント開催の10カ月前。週に1回2時間のミーティングを自宅で開き、交通局など行政との折衝を繰り返して、長い時間をかけて準備をしました。
<「空間」を「場所」に変える>
交差点ペインティングは、1996年頃、マーク・レイクマンという社会活動家がはじめた試みです。自分の地域をよくしたい、地域の人と交流できる場所をつくりたいと、地元の交差点をペイントしたり、ベンチを設けてくつろげる場所をつくったりと、いろんな企画をしかけました。
当初は、交差点でのそうした活動は行政からは当然認められませんでした。しかし、レイクマンさんがその意義と行為の正当性を訴えたところ、2000年、「一定の基準をみたせば地域づくりのためにやってよい」と認められ、ルールづくりを経てオープンなイベントとして定着しました。交差点という「空間」をペイントすることによって、地域の人の目を集め「交流の場」にする「プレイスメイキング」として、いまは「City Repair(シティリペア)」というNPO法人が実施のためのルールや運営方法をまとめて取り仕切っています。
ペインティングの実施者になるには、ネイバーフッド(町内会のような組織)住民の90%以上、交差点の四隅の住人の100%の同意を得ること、交差点の近くに2つ以上地域交流のきっかけになるものを設置すること、参加費として650ドルを支払うことなどいくつか条件があります。実施者として認められると、NPOからノウハウの提供や資金調達のサポートなどを得られます。
実施条件になっている「地域交流のきっかけになるもの」というのもユニークです。例えば、コミュニティライブラリーやエディブルガーデン(地域住民で世話をする庭園。食べられるものを栽培する)、砂やわらなど自然素材で作るコブベンチ、地域住民がお湯を常に用意していつでもお茶が飲めるティースタンドなどを交差点の近くに設置するのです。こうした「みんなで使える」「みんなが集まれる」仕掛けをまちにかならず作ることで、交差点を塗るのが一過性のイベントではなく、継続的な地域交流を生むプロジェクトになるのです。
実施地域では、住民が主体となって、資金集めや参加への呼びかけ、定期的なミーティングを行うなど、開催に向けて準備を進めていくことになります。キャロリンさんの地域では、開催が決まると、キャロリンさんの自宅に毎週木曜日2時間と時間を決めてプロジェクトのメンバーが集まるようになり、ほかの地域住民も自発的に参加し、それぞれのスキルを生かし「広報」「資金調達」「資材準備」「行政との連絡」などの役割を積極的に担っていったそうです。
今回の旅でコーディネーター役を務めてくれたユリ・バクスターニールさんが事前に申し入れてくれていたこともあり、地域の皆さんは日本人である私たちを快く受け入れてくれ、この地域のイベントに参加することが出来ました。
子どもたちは、地元の子どもたちと一緒におもちゃで遊んだり、来ていたプロスケーターにスケボーを教えてもらったり。私たちもペインティングに参加しつつ、子どもと一緒に遊んだり、地域の皆さんからの差し入れの食べ物を食べたり、飲み物をもらったり、トイレをかりるために家に入れてもらったりしながら、その日1日を交差点で過ごしました。
<ママ・アクティビストの一歩>
私、船本はこの旅で一つの問いを持っていました。これまでに日本でさまざまな活動に参加する中で、子どもがいながら社会活動をすることにハードルが高いと感じていました。社会参加意識が高いとされるポートランドではどうなのでしょうか?
この交差点ペインティングの主催者のキャロリンさんが小さな子どもを育てるワーキングマザーだったことに少なからず衝撃を受け、子育てをしながらなぜ地域活動に踏み出したのか、お話を聞いてみることにしました。
「この活動の動機は、彼です。子どもがすべてのきっかけでした」とキャロリンさん。「私はいままではインドア派で、家の中にいるのが大好きなタイプだったのですよ。でも、子どものために外に出ようと思ったのです。だから私を変えたのは、子どもです。子どもだけでなく、家族に全員にとって地域に関わることが大切なのだと思ったのです」
ああ、わかります。私にも子育てをするなかで地域とつながらなければと強く思う気持ちがあります。でも子育てもしながらここまでのイベントを開催につなげるのには、時間的な余裕も必要ですし、よっぽどの踏ん張りがあったのではないでしょうか。
「ポートランドのパパもママもとても忙しいです。仕事もしなくてはならないし、家事も育児もあるので、その残った時間で地域活動をやるのは大変でした。地域に関わり、責任のある役割を持つということは、たまに自分を苦しめるし、自分の時間も取られて大変ですが、その先に豊かな生活があると思っています。それだけの価値がありますよ。大変だけどやってよかったです」
「これだけやっても経済的な見返りはゼロ。むしろ持ち出しているくらい。つながりが得られることが“利益”ですよね」と笑ったキャロリンさん。キャロリンさんのように子育てをする母親でありながら地域で活動をする人のことを、ポートランドでは「ママアクティビスト」と呼ぶそうです。
ポートランドではこうして社会のために意欲的に活動する母親「ママアクティビスト」は多いのか? と、問うと、ポートランドでも、基本的に子育て世代は子育てにも仕事にも忙しいので、社会活動するママは少数派なのだそう。
「でも、だからこそ、母親たちは声を上げていかなくてはならないんですよ。少数派だから“弱者”とも言えるかもしれない。しかしそれだけに声を上げたときには強力な力となります。“ママアクティビスト”は強いんですよ。今回のプロジェクトでは、ジンジャーもミサもみんな母親。母親同士が一緒にやったのがよかったのかもしれませんね」。
その日の夕方、オグデン通りの交差点ペインティングは完成しました。住民たちと一般参加者たちが一つ一つの絵柄に色を載せて完成させた「生命の木」。夜には完成を祝うパーティをしようねといって地域の住民たちはそれぞれ家に引き上げ、パーティの準備に取りかかりました。ユリさんとキャロリンさんは交差点の中心でハグ。今までの苦労をねぎらいあい、静かに涙を流し、抱き合いながら語らっていました。
私は、思わずもらい泣きをしながらも、じんわりとショックを感じていました。
子育てをしながらまちに関わること。日本にいるとそれがとても難しく感じ、くじけそうで、そのヒントがポートランドからもらえるのではないかと当初は期待していたのです。多様性のあるポートランドでは、子どもも子連れも市民として認められるのであれば、ポートランドはユートピアなのではないかと。
でも、それは違いました。市民活動が盛んなポートランドのムーブメントは、昔も今も、社会活動家たちの苦悩と勇気ある一歩から始まっているのです。そしてその社会活動家というのは、必ずしも、環境に恵まれたセレブでも知識や経験が豊かな指導者でもなく、キャロリンさんやユリさんのような私たちと同じ普通の市民なのです。子育てに悩み、家事や仕事に追われ時間のない中で、勇気ある一歩を踏み出した市民たちが「市民活動が盛んなポートランド」を作っていたのでした。
日本も同じ。違いは隣人のための一歩を自らが踏み出すかどうかです。私は私の隣人のために何が出来るだろう。そのことを強く考えさせられる経験でした。
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