私が非常勤講師として勤めている和光中学校には、和光高校との共通の図書館があります。休み時間や、授業で図書館を利用するおり、古今東西、過去現在の知恵と情報が循環し、隅々まで行き渡っているような空間だなあと思います。
この図書館の全てのことは、中学校の司書教諭高間幸江先生と高校の司書教諭、清水紀子先生とが運営、管理しています。そしてお二人はそれぞれに中学校高校で図書館に関する授業も担当しています。
この度、その図書館で27年間、試行錯誤を重ね、本と子どもたちをつなぎ、その関係をより豊かなものへと導いてきた高間先生に、本と子どもにまつわる色々なお話や疑問を聞いていきたいと思います。
①子どもと本の出会い
―― 本が人生の中に自然にあることは、子ども自身の生きる力にきっとつながる。そう思うので、子どもたちには本と良い出会いをしてほしい、身近に感じてほしいと思っています。
高間先生:本との出会いということでは、例えば、子どもがひらがなを覚え始め、お部屋に五十音図が貼ってある頃に、ぜひやってもらいたいことがあります。その時期の子どもは、好奇心いっぱいで、虫や花、身の回りの様々なものごとに興味津々な時期でもありますね。
子どもが虫を捕まえて来て、「これはどんな虫?」と聞いてきたらその時がチャンスです。ぜひ一緒に図鑑を手にとってみてください。そして、索引を開いて、覚えたての「五十音」を使って調べてみてください。
「虫は昆虫だから……」「か、き、く、け、こ」「こ」だねと昆虫のページを開き、見つけた虫を探す。きっと小さな指が「あ!これだ」と捕まえた虫の写真を指差すでしょう。そしてその虫の特性などを一緒に読みますね。覚えた文字が情報へつながっていく体験は、子どもにとって純粋な喜びだと思います。学ぶことは楽しいこと、そんな風な体験で感じられたらよいですね。
目次から探してみるのもよいです。大きなくくりから、より細かく、詳しい情報へつながっていくという流れは、本に限らず、様々な情報の整理に共通するものですね。このさりげない作業の自然な繰り返しが、実は「情報がどのように整理されているのか」を理解する力にもなり、その方法を学ぶことにつながっていきます。
ちなみに、五十音図が頭に入っていて、五十音で調べる習慣が付いている子どもは、日本語の構図、母音と子音の関係を理解しているのでローマ字の学習に入った時とてもスムーズに覚えることができますよ。さらに、中学生、高校生になって国語で習う動詞の活用などにもつながっていきます。
然るべきタイミングに然るべき本と出会うことって大切なことだと思います。楽しんで出会うことができるタイミングがきっとあります。
―― 高間先生のお話を聞いていると、学びは喜びや楽しさと共にあるという学びの原点を思い起こさせます。そして親子で図鑑を覗き込んだ時間というのは、その先へ続く本に対する親しみと信頼にもつながっているのでしょう。
②本と育てる子どもの五感―電子書籍と紙の本
―― 子どもと本というテーマを考えたときに、私たち子育て中の世代は、自分が子どもだったときには身の回りになかった多くのものにわが子らが囲まれている、という違いに戸惑うことが度々あります。例えば、今は読書という体験を電子書籍でもできますね。
高間先生:電子書籍は、すでに読むことに慣れている大人にとっては便利なもので、活用できると思います。そのことと合わせて、紙媒体で読むことが難しい人にとって、白黒反転や拡大、読み上げ機能などがある機器は、読むことの強い味方になってくれるので、必要な人にとっては優れた道具だと思います。
ただ、できれば子どもの頃には紙の本を手にする体験を重ねてほしいという思いがあります。紙の本を読むということは五感を使い、同時に五感を育てることでもあります。ハードカバーの本は、一つひとつがその本のためにデザインされているので、視覚を刺激します。そして手にした時の表紙の手触り、触感ですね。ページの手触り、ちょっとざらっとしていたり、ツルツルしていたり。内容によって大きさや厚さ、重さの違いを感じたりできます。
―― 五感と聞いて、あらためて思えば、馴染みの図書館に入った時に包まれる図書館の匂い、本を開くとする微かな紙の匂い、嗅覚と体験が結びついています。ページをめくる音と共に進む物語。気付かないうちに、こんなにも1冊の本というものが私たちの五感を刺激していたことに驚きます。
高間先生:また、楽しい本を読んでいるときの、ページが残り少なくなっていく実感、もうすぐこの物語が終わってしまうのかという名残惜しさ。終わらせるのが残念で、栞を挟んで明日続きを読むことにしたり、それは紙の本ならではの感覚や時間だと思います。それもぜひ味わってもらいたいです。
③本と漫画 漫画も読書のうち?
―― 司書教諭の先生に取材をお願いしたことを友人に話すと、「うちの子は漫画が大好きで、漫画ばかり読んでいるけれど、それは読書をしているということになっているのかな?」「和光中学校の図書館には漫画も置いてあるのかな?」と、漫画をどのように位置付けたらよいのか戸惑っている声が聞かれました。
高間先生:漫画はこの図書館にも置いてありますよ。漫画は、自分が現実ではできないようなことを登場人物がやってくれちゃう世界だったりします。その世界で私たちは思い切りハラハラしたりワクワクしたり、擬似体験をすることで、発散し、消化していることもあります。
また、漫画の世界というのは、登場人物たちが実に様々ですね。例えば、今、社会でよく取り上げられるようになったLGBT(セクシャルマイノリティー)などの問題。教育の現場でも、社会でも、人間の多様性を学ぶ機会を様々に作る工夫をしています。けれども実は、子どもたちが気軽に読むことができる漫画の世界には、当たり前に色々な個性を持った登場人物がいます。もちろん小説にもそれは共通することでもありますが、漫画は子どもにとっては読みやすく、分かりやすく描かれています。登場人物それぞれがストーリーを持ってそこにいること、そしてそれが当たり前という前提で世界が成り立っているということに、漫画を通して普通に出会っておくことができるのは大きな意味があると思います。
それから、私たちの子ども時代、漫画雑誌を読んでいる子が多かったですよね。目当ての漫画が読みたくて買うけれど、せっかく買ったから、一応他の漫画も読んでみる。最近の子どもたちを見ていると単行本や電子書籍で漫画を読む子が多いです。漫画雑誌のような、雑多で混沌とした世界を手にして、自分の好みに関わらずいろいろ読むという体験も一つ貴重なものであると思います。
④家庭の中の新聞
―― 雑多な情報がいっぺんに載っているといえば新聞もそうですね。
高間先生:そうですね、新聞はまさに自分の欲しいと思っている情報以外のものもそこに載っていて、自然と様々な情報が目にとまりますね。興味のある情報、知りたい情報以外も目に入ってくる。寄り道があるのが良いところかなと思います。
先ほど話題に出た、電子書籍ですが、新聞もオンラインで読む家庭が増えていると思います。そうすると、子どもの目に映るのはタブレットを見つめている姿で、「新聞を読んでいる」という姿には写らないわけですね。何をお父さん、お母さんが見つめているのか、中身は分からない。これは少々残念なことだと思います。親が新聞を読んでいる姿が身近にあることで新聞を読む文化はつながっていくのではないかと思います。
―― 親が熱心に読んでいる新聞を覗き込んで、自分もわかったような気持ちで意見を言ってみたり、食卓に置かれた新聞の一面の、黒々とした大きな見出しを見て、何か世の中にただならぬ事が起こったのだと理解することもありました。郵便受けから新聞を持ってくるというのは小学生のよくあるお手伝いでしたね。思えば、1日の中で何かしら新聞を巡って家族でコミュニケーションをとっていたなと気付かされます。
同じ空間にいても、お互いが何を見ているか分からないというのは無意識な不安につながっていることもあるかもしれません。
タブレットについて話が出てきましたが、私が家庭や学校の授業で迷うことがあるのが、「何を使って調べるか」ということです。これもまた、親にとっても教師にとっても自分が子どもや学生だったときとは全く違う環境になっています。
⑤調べる方法。ネットで? 図書館で? その違いとは。
高間先生:インターネットで調べる方法は「アリの巣」のようなイメージで捉えられると図書館の研究会で聞いたことがあります。知りたいことを調べるとき、一つの入り口から、ずんずんと掘り進んでいくことができてしまう感じが似ています。ただ、その入り口から道がどこへ通じているのか、どのように進んできたのか、結果がどこにあるのか、調べながら見通すことは難しい。
インターネットと言いますが、ネット、「蜘蛛の巣」のようなイメージは図書館です。図書館では、情報が決まった法則によって分類されています。調べたいと思ってそこへ入った時から、調べたいものの位置が見通せる、そこへたどり着く手順と決まった過程があります。また、本は比較しやすいという特徴もありますね。
高校の司書教諭の清水先生とも、情報をインターネットで探す方法と、図書館で探す方法の違いを生徒にどんなふうに説明したら分かりやすく伝えられるかなと話をします。例えば、「図書館で探すのって、ドラえもんの道具でいうと『タケコプター』といったところかな」「そうすると、ネットは『どこでもドア』というイメージですね!」など……。俯瞰しながら目的地を目指すタケコプターのような方法と、ドアを開いたらそこが目的地というどこでもドアのような方法、どちらもそれぞれに魅力ある道具です。
インターネットの便利さが必要な時ももちろんあると思いますし、それを使いこなしていく時代であると思います。図書館もICT機器も両方使えるようになることが大切です。
ただ、できれば子どもの頃からぜひ、図書館へ足を運び、本を自分で探して
選ぶという体験を重ねてほしいです。図書館という場所は情報がしっかりと分類、整理されています。情報はおしなべてそのように分類、整理されているものですから、生きる上で、情報を引き出したり活用したりという、情報との付き合い方を学ぶ機会にもなります。
自分で選ぶのがまだ難しい子どもにも、親が一緒に探したり、選ぶのを手助けしてあげながら、自分で選ぶという体験をさせてあげられたらよいなと思います。子どもが選んだけれど難しくてちょっと読めなかったりした時は傍でフワッと流してあげるなど、それぞれの時期にあった方法で、楽な心持ちで本に親しめるとよいと思います。
―― 情報の得方、発信の仕方というのはますます多様化していく中ではありますが、図書館や本だからこそ学びにおいて担える部分というのは確実にあるのだなと思います。
高間先生:そうですね、本が使えるようなるのは実はとても難しいことなので、どうやったらより使えるようになれるかなと考えながら私も授業をしています。
そして、忘れたくないのは私たちが紙の本を使えなかったら、昔のものに触れることはできていなかったということです。便利なもの、新しいものに進むとき、何を切り捨てたのかを同時に考えながら手にしたいですね。
⑥思春期と読書
―― 中学校の司書教諭の高間先生の目に、思春期の子どもたちは今、どんな本をどんな風に読んでいるように映っていますか。
高間先生:図書館は何を読んでも自由な空間なので、色んな本を読みた気持ちを応援しています。同時に、中学生で出会ってほしい本もあります。YA(ヤングアダルト)小説は主人公もちょうど中学生、高校生ですし、自分たちがぶつかる悩みや葛藤などが描かれているものが多いです。思春期のそれぞれの局面に合う作品や登場人物と出会い、そこに自分を重ねながらその時期を乗り越えていくというもの貴重な体験だと思います。
親にとって思春期の子どもとの距離感は難しいものですが、読書に関しても適度な距離感を保って見守ってあげられるとよいですね。
思春期の子どもたちが出会う小説の内容として私が思うのは、絶望だけで終わらないものであってほしいということです。たとえ苦しい終わり方であっても、その先に一筋の光、可能性、希望、そういうものが見える作品を読んでもらいたいです。
また、思春期だからこそノンフィクションや自分の興味関心に関する本なども含めて、色々な本に出会ってほしいと思います。
本を読むことでより心を豊かに育んでいくことをときには見守り、ときには少し背中を押したり、分かち合ったりしながら応援してきたいと思っています。
インタビューを終えて
高間先生が月に一度、手書きで発行している和光中学校図書館通信、「実は通信のタイトルが年度ごとに違うんです」といたずらっぽく微笑みます。
この図書館通信を私も毎月楽しみにしています。端から端までみっちりと本の情報が、その時の世の中や季節とつながりながら紹介されています。
2020年度の通信のタイトルは「ひとときの本を、未来へのひきだしに。」でした。日々図書館や授業で、子どもと本の出会いを導き、見守りながら、それが未来へも通じていることを見通している高間先生。2019年度のタイトルは「今、このときの、旬の本。」でした。この旬には、季節の旬はもちろん、中学生それぞれの子どもの中にある旬にも掛かっているそうです。「旬」その一文字に熱いものを感じます。2018年度のタイトルは「知りたい心が遊ぶ場所!」でした。それは高間先生が目指す図書館という場所を表しているタイトルだと思いました。
「のびのびと、ざっくりと、楽しく。私がそういう人なのでそうしかできないのですけどね」、「図書館は誰にも平等に開かれた場所です」、「図書館に来る人は『図書館の人』と『本の人』とが居るんですよ」……。高間先生のいくつもの言葉は、27年という歳月、日々図書館で子どもたちを見守り続けてきたからこそのものだと感じました。そしてそこには、絶えず子どもたちにそそがれている温かな眼差があります。
休日に自宅近くの市民図書館へ行きました。本棚の横にある椅子に座っていると、図書館がまるで森のように感じられました。木々に囲まれているような感覚と静けさ。図書館での本との出会いは森から一つの種をもらい、まくことに似ているように思いました。その種は芽を出すものもあれば、出さないものも中にあるのでしょうが、必要な時にその芽が出る日まで、種は読んだ子どもの心のどこかでまかれたことを覚えているでしょう。
図書館や本との出会いは子どもの育ちにとってきっとよいものという漠然とした思いが、高間先生のお話を聞いた今、心地よい確かな信頼としてここにあります。
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