驚きと共に笑顔になれる一杯を。PocoPoco.Coffee.Roasters
今年の2月、落ち着いたブルーの壁が印象的なコーヒースタンドが青葉区すすき野にオープンしました。店主の卯田将大さんからお店を開くまでの経緯を伺うと、「若くして夢を叶えて、どんなサクセスストーリーが聞けるんだろう」と期待していた私は、なんとなく想像していたお話とは全く違う展開になって驚きました。卯田さんの「これまで」と「これから」は、卯田さんが淹れてくれたコーヒーと同じく、驚きと笑顔と共にワクワクするようなお話でした。

青葉区すすき野の御嶽神社前の交差点に近づくと、ふんわりとどこからかコーヒーの香りがしてきます。

POCOPOCO.COFFEE」と書かれた看板と開放的なガラス張りのお店に近づくにつれ、その香りはどんどんはっきりくっきりしてきます。取材の日、お店に入ると、店主の卯田将大(うだまさひろ)さんが試飲用のコーヒーを淹れてくれていました。豊かな香りが店内に立ちこめていて、コーヒーが大好きな私は何とも言えない幸せな気持ちに。

ガラス張りの外観と店名が書かれた大きな看板が目印。東急田園都市線・あざみ野駅から「あ24系統」などバスで約10分。「すすき野一丁目」バス停前

 

PocoPoco.Coffee.Roastersはすすき野公園と御嶽神社にほど近い、昔ながらのお店が並ぶ一角にあります。元々はクリーニング店だった場所に卯田さんがたどり着いたのは本当に「偶然」だったのだそう。

「元々は田園都市線沿線で10坪ほどの場所を探していたんです。でも、なかなかいい物件に出会えなくて。たまたま近所を歩いていてこちらの物件を見つけたんです」

 

丁寧にゆっくりとドリップする所作は流れるように美しい。全神経を使った集中力を感じる。お店ではその日提供されるコーヒーを全て試飲できる。扱うのはスペシャルティコーヒーのみ。味のクオリティが高いのはもちろんのこと、生産者にたどり着ける希少なコーヒーだ

 

図らずも地元青葉区で、自宅から徒歩圏内にお店を構えることになった卯田さん。オープンまでの道のりは平坦ではなかったそうです。「当時この物件を管理していた会社と、突然連絡が取れなくなってしまって。そしたら倒産していたんですよね。たまたま大家さんが近所に住まれていたので、直接会いに行って新しい管理会社の連絡先を教えてもらい契約することができたんです」。「内装は順調に仕上がったんですけど、実は焙煎機の調整に3カ月かかってしまって。12月上旬にオープンする予定がどんどん遅くなり、2月になってしまったんです。お隣の美容院の方にいつオープンするの?って聞かれて2月中にします!と言ってしまったので、2月中に何とかオープンしなきゃいけなくなったんですよね(笑)」

 

落ち着いたブルーの壁が印象的な店内。改装の様子はYoutubeのPocoPoco.Coffee公式チャンネルの【作ってみた】ゼロから始めるコーヒースタンドpart.1~3で観ることができる。空き家の状態からみるみる生まれ変わっていく映像は必見。「お店作りをゼロから見せている人がいなかったことと、廃墟のような状態からどうなるのか気になる方もいるかなと思って」と撮影したそう。週に2~3本のペースで上げている動画は120本を超えている

 

そして、やっと迎えたオープンの日。「開店の曜日は、オペレーションも慣れていないから、平日にするのがいいと言われているんですけど、日曜日にオープンしたのでお客さんがたくさん来て大変でした(笑)」

卯田さんは開店までのエピソードを笑いながら楽しそうに話してくれているのですが、私がその立場だったらどの場面でも焦ってしまいそう!と思って聞いてみると「いや、焦りはなかったですね」と一言。肝が据わっている……。「若いのに、只者ではないな……」とこの時に感じました。そんな卯田さんはどうして「コーヒースタンド」を始めたのでしょう。

 

この日いただいたのはインドネシアの「マンデリン ネオ アルフィナ―」というコーヒー。アプリコットやオレンジのような柑橘系の香りとほのかな甘みを感じます。一口めを口に含んだ瞬間「おっ!」と声か出てしまうくらいフルーティーな一杯。コーヒーはテイクアウトだけでなく、店内のベンチで飲むこともできる

 

「実は僕、小学校5年生から18歳まで引きこもりだったんです」

 

私は、メモをする手を止めて思わず卯田さんの顔を二度見してしまいました。今目の前にいる礼儀正しく屈託なく笑う目の前の青年が、そんな少年時代を過ごしてきたとはにわかに信じられなかったからです。

「大阪への転校をきっかけに学校に行かなくなり、ずっと家にいたんです」

 

卯田さんは青葉区から1度大阪に引っ越して、転校先のクラスが学級崩壊していたそうです。教室に入って「ここは何か違う。合わない」。直観でそう感じた卯田さんでしたが、ご両親は最初、学校に行くよう促したそう。何度かチャレンジしてみたものの、嫌がらせが続き、卯田さんは、自宅から出られない日が続きました。小学6年生で青葉区に戻っても学校に行く気にはなれなくなり、中学生時代の3年間は、自分の部屋で一日中パソコンのオンラインゲームをする日々だったそう。

 

「いつの間にか高校は通信制の高校に通ってることになってたんですよね。母親がそうしてたみたいで」。高校進学は自分の意思ではなかったものの、通信制の高校の先生が週に1度家に訪ねて来た時にはその先生と会話をしていたそう。高校3年生のある時、先生に「この先どうするの?」と聞かれても何も言葉が出てきませんでした。「生きる気力がなかったんですよね」

 

お話を聞きながら私は、卯田さんご自身とご両親の当時のお気持ちを想像して胸が締め付けられる思いがしました。私自身、高校時代に学校に行けない時期があったことを思い出したのです。

 

当時の話を時に静かに、時に笑いながら話す卯田さん。パソコン上ではあったけれど、オンラインでつながっていた人たちとやり取りがあったので、他人とのコミュニケーションに飢えることはなかったそう。そして「母は今と変わらない態度でずっと接してくれていたし、毎日おいしいご飯を作ってくれました」とのこと。さらりとお話してくれましたが、すごいこと。私に同じことができるだろうか、と考えてしまった

 

「それに実は僕、当時は今より35キロ以上体重があったんですよね」

 

私はこの日2度目の二度見をしてしまいました。現在の体型になったきっかけは、なんと「お父さんのダイエット」。高額な費用を払ってダイエットに挑もうとしている父に卯田さんは「家でもできるよね」と思ったそう。家にあるエアロバイクを漕ぎ、食事に気を付け、毎晩1時間のウォーキングをして、みるみるうちに体重が減っていったと言います。この毎晩のウォーキングが外に出る最初のきっかけになり、卯田さんの行動範囲はどんどん広がっていきます。

 

コーヒーにのめり込むきっかけをくれたのはお母さんでした。一緒に出かけた先で、コーヒー屋さんが丁寧に淹れた一杯を口にした卯田さん。「世の中にこんなにホッとする飲み物があるなんて!」と感動したことを思い出しながら、少し声を弾ませながら話してくれました。驚くべきは、そこからコーヒースタンドを開くまでにわずか3年!感動する一杯を求めて、時間があればコーヒー屋さんを巡り、豆や焙煎についてメモを取ったり、アメリカから珈琲の本を取り寄せスマホの翻訳機能を活用して学んだり、焙煎機メーカーのセミナーに参加したり。ものすごいスピードでコーヒーについての知識や経験を積んでいきました。

 

「焙煎が楽しい!」と話す卯田さん。実際に焙煎機も私の目の前で動かしてくれました。「その焙煎機で出せる最高の味を出したいんです」。憧れのメーカーのもっと大きな焙煎機が置けるお店を持ちたいというのも今の卯田さんの夢の一つ

 

外に出るようになり、ある日、日々に新鮮さを求めて横浜市北部にある若者支援の施設に出かけた卯田さん。そこで一人の女性と出会います。仲良くなった彼女はそれから就職し、自分よりどんどん先に進んで行くように思えたそう。アルバイトを始めていた卯田さんでしたが、「自分でも何かを始めたい!」と思い、大好きなコーヒーのお店を開くことを考え始めます。「お店をつくろう。やるからには、ここでしか飲めないコーヒーを出したい」。開店の資金は自力で銀行に事業計画書を出し融資を受ける予定でしたが、ご両親が進学のために用意していた資金を譲り受け、ありがたく使わせていただいたとのことでした。

せっかく開く自分のお店。他店との差別化を図る意味でも「ここでしか飲めないコーヒー」を探すうちに、なかなか目にすることのない「国産コーヒー」にたどり着きます。沖縄でコーヒーを露地栽培していることを知った卯田さんは、すぐに沖縄に向かいました。

 

沖縄で露地栽培された貴重な国産コーヒー。Youtubeでも焙煎に悪戦苦闘する様子が紹介されている。希少なだけあって高価だが、味わったことのないブラウンシュガーのような甘味の余韻が最大の特徴だそう。想像を搔き立てられる

 

卯田さんはそこで沖縄珈琲生産組合の人たちと出会い、定期的に沖縄に通うようになります。月に1度、沖縄の「安座間珈琲」の安座間さんからコーヒー栽培について学び、2カ月に1度は農園の手伝いをするようになっていました。そして「ご縁もあって、実は宮城島という島に300坪の農園を持つことになったんです。開墾して防風林を植えるところからやらなくちゃいけないんですけど(笑)」

私は、ワクワクしながら卯田さんのお話を聞いていました。「いずれは自分の農園で育てて収穫したコーヒーを出したい。5年後くらいかもしれないですね。そして、軌道に乗れば沖縄のコーヒーが抱える流通の問題にもコミットできるかもしれない」

 

コロナで作業が止まっているが、ここが卯田さんのコーヒー農園になる予定。農地を整え、コーヒーの木を植えてから初めての収穫までは5年かかるそう。自社農園で栽培した国産コーヒーを飲めるコーヒースタンドはそう多くないだろう

 

これから、のお話に触れたので、卯田さんが今後やりたいこと、今気になることについてもさらに聞いてみました。「この先2店舗目、3店舗目を持ちたいと思っています。コーヒーショップはやりたいことの一つですが、もっと色んなことをやってみたい。コーヒーは事業のうちの一つなんです」。今後はコーヒーに合うフードや、ギフトの提案などもしていきたいと話してくれました。「今は、働いているというより、やりたいことをやっている、という感じです」。そう穏やかに語る卯田さんが、これからどんなコーヒーと私たちを出会わせてくれるのか、楽しみです。

 

取材は、卯田さんの瞬発力と行動力にただただ圧倒される時間でした。その圧倒的な2つの力がPocoPoco.Coffee.Roastersの誕生につながっていると思いますが、卯田さんご本人からはとてもゆったりとした雰囲気が漂っています。お話の間や、落ち着いた声のトーンが独特の空気感を作り出しているのかもしれないと思いました。

 

取材後改めてお店を訪れた時、お客さんに丁寧にコーヒーの説明をし、試飲を勧める卯田さんとお客さんとのやりとりを聞きながら、卯田さんが目の前のコーヒーとお客さんの出会いの瞬間をとても大切にしていることが伝わってきました。これからの夢を見つめる熱量と同じく目の前のお客さんと向き合う姿に、心からエールを送りたくなりました。ぜひ驚きの一杯と卯田さんとの会話をPocoPoco.Coffee.Roastersで味わってみてください。

Information

PocoPoco.Coffee.Roasters

住所:横浜市青葉区すすき野1-8-2

(バス停 すすき野一丁目すぐ)

電話:070-1239-8358

営業:11:0018:00、木・金定休

ハンドドリップ(HOT/ICE) 480円~

コーヒー豆(100g750円~

HP https://www.pocopococoffee.com/
Youtubeチャンネル https://www.youtube.com/@pocopoco.coffee3856

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この記事を書いた人
出口ひとみライター
青葉区で社会教育に5年間携わり「人が生き生きとしている町」は自分たちで作れることを実感。その後、故郷富山県のアンテナショップで広報・イベント企画の担当を経て独立。富山と横浜2つの「ジモト」がゆるやかに繋がることが夢。星読み、アート、おにぎりが最近の関心事。一男一女の母。
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