「しゃべり」に農業への熱い思いをのせる。保土ヶ谷区仏向町・山本諭さん
「どんなにダメなキクイモも、畑に放置しておけないんです。選別場に持って行ってわけないと、あっという間にタネイモになって繁殖してしまう」
「濱の料理人」代表の椿直樹さんと巡る農家シリーズ、第3弾は保土ヶ谷区仏向町でキクイモやヤーコン、自根きゅうり、トマトを栽培している農家・山本諭(さとる)さんです。「さとるくん」と皆に呼ばれて親しまれている37歳の若き農家、諭さんは「目立ちたくてアボカドをつくってみたんです」などとうそぶきますが、その言葉の裏腹には農業に対する熱い思いが秘められています。

「次、さとるくんのところに行くの? あいつはよくしゃべるよなあ……」

神奈川区羽沢町の農家・平本貴広さんの畑を後にする時に、「ともかく、しゃべる」と念を押されて、向かった先は保土ヶ谷区仏向町。うねる坂道の途中「あー、来た、来た。ここ、停めて」とていねいに駐車スペースを教えてくれて、「こっち!」とご自宅を案内してくれたのが、山本諭(さとる)さんです。

枯れ枝のように畑に広がるのは、キクイモの茎。地面の下に蔓を這わせてゴロゴロとたくさん実をつける。諭さんはそれを手で掘り起こし、一つひとつ収穫する

枯れ枝のように畑に広がるのは、キクイモの茎。地面の下に蔓を這わせてゴロゴロとたくさん実をつける。諭さんはそれを手で掘り起こし、一つひとつ収穫する

保土ヶ谷区仏向町で代々続く農家の11代目で、今年37歳の諭さんは、キクイモやヤーコン、そして、なんとアボカドまで育てているというから驚きです。

 

「最初に諭くんのことを知ったのは、横浜でアボカドを栽培している若い農家がいるからと紹介されたのがきっかけで。そしたら、最初に、“横浜でアボカドを育てたら、それだけで目立つでしょう? 注目されたかったんですよ”なんて、さらりと言う。あ、この人、おもしろいなと思って」と、諭さんとの出会いを振り返る、濱の料理人代表の椿直樹さん。

 

「うちでは、世界三大健康食品のうちの二つ、キクイモとヤーコンを育てている」と、住宅街の中を抜けて向かった畑は、幾つかの区画にわかれていて、ふかふかの茶色い土のところが諭さんの区画です。

 

「ここら、保土ヶ谷の土は、水はけがよくて、イモなどに向いている。逆に、里芋などは水がたまりやすい窪地が適しているんです」とおっしゃる通り、サラサラした土にさわりながら、あっという間にたくさんのキクイモを収穫する諭さんです。手で土を掘り起こし、根っこにたっぷりくっついたキクイモは、見た目はショウガのような、不恰好なジャガイモのような、不思議な野菜です。

「どんなにダメなキクイモも、畑に放置しておけないんです。選別場に持って行ってわけないと、あっという間にタネイモになって繁殖してしまう」

「どんなにダメなキクイモも、畑に放置しておけないんです。選別場に持って行ってわけないと、あっという間にタネイモになって繁殖してしまう」

キクイモの畝の隣に植えられているのは、ヤーコンです。見た目はサツマイモに似ているけれど、シャクシャクしていて生でも食べられて、低カロリーで便秘を改善したり、オリゴ糖が豊富などと健康効果をうたわれている野菜です。キクイモの畑の向かいで、こちらも地面にしゃがみこんで手で土を分けながらイモの蔓を手繰り寄せて収穫する諭さん。なかなかの力仕事を、軽々とこなしている姿は、とても格好いい!

このヤーコン、生でも食べられるんですよ」(諭)「さっそく、今日のサラダに使ってみようかな……。もらっていってもいい?」(ツバキ)

このヤーコン、生でも食べられるんですよ」(諭)「さっそく、今日のサラダに使ってみようかな……。もらっていってもいい?」(ツバキ)

諭さんは、高校時代から、いずれは農家を継ぐと決めていたそうです。「小さな頃から、お前は、本家の長男だからと言われていて。責任感ですよね」と照れ笑いしますが、住宅街の中で10箇所に点在する畑を渡り歩いての農作業は、そう簡単なことではないのは、想像に難くなく、覚悟をもって農業を継いでいることがうかがえます。

画面中央に見える瓦屋根の家が諭さんの本家。ご両親も農家で、大根やゴボウなどはお父様が育てているそう。「父とは完全に分けて仕事をしています」

画面中央に見える瓦屋根の家が諭さんの本家。ご両親も農家で、大根やゴボウなどはお父様が育てているそう。「父とは完全に分けて仕事をしています」

キクイモの畑から本家をはさんでさらに山向こうのハウスでは、自根きゅうりとトマトの栽培をしています。高糖度で美味しい「ソプラノトマト」を横浜で栽培しているのは諭さんただ一人といいます。

 

自根きゅうりは横浜の品評会で2年連続優秀賞を受賞していて、「うちは、きゅうりと枝豆は強い」と自信をのぞかせます。

 

トマトやきゅうりは、量を採るために接ぎ木専用の苗を使い、かぼちゃを台木として栽培するのが一般的ですが、諭さんは地植えにこだわっています。

 

「接ぎ木の方が、収量もとれるし、病気に強いんだけど、やっぱり地植えの方がいい味しているんですよ。うちはトマトもきゅうりもなすも自根。結構、珍しいんじゃないかな」

トマトときゅうりのハウスは、横浜市環境創造局のみどりアップ支援金を得て、施設の省エネ化に取り組んだ。15分単位で遮光のカーテンの開閉をコントロールすることができる

トマトときゅうりのハウスは、横浜市環境創造局のみどりアップ支援金を得て、施設の省エネ化に取り組んだ。15分単位で遮光のカーテンの開閉をコントロールすることができる

「諭くんは、よくしゃべるけれども、何事に対しても誠実で、真面目。頭がいいから、話していておもしろい」とは椿さんの評。椿さんのお店「大ど根性ホルモン」で開催している親子料理教室で、諭さんが担当した梅干しの回は、伝説とも言われるほどに盛り上がったそうです。

 

「五味、五感で味わうがテーマで、ぼくが担当したのが“すっぱい”の回。梅干しを天日干しして味わいの変化を調べたり、安い塩と岩塩で漬けた梅干しの食べ比べをしたり。人前でしゃべる、伝える技術を身に付けるために、椿さんの親子料理教室はいつも全力投球です」と、諭さんも手応えを感じている様子です。

諭さんの自信作、自根きゅうり。土から直接採れるきゅうりが珍しいなんて、農業通でないと知らないことかも!?

諭さんの自信作、自根きゅうり。土から直接採れるきゅうりが珍しいなんて、農業通でないと知らないことかも!?

諭さんが「しゃべる」にこだわり、伝える技術を磨こうと努力しているのは、「農業の魅力を語り伝えて、農家という職業の価値を高めることと、将来を担う子どもたちが農業をやりたいという環境をつくるため。消費者と直接語り合える距離で、野菜を販売することを大切にしている」ことが理由です。

 

毎週、保土ヶ谷区の各所に引き売りで出て、直接、住民に野菜を販売しているのも、諭さんの「しゃべり」の修行の一環とも言えそうです。

 

「安い野菜がよければ、スーパーで買ってよね。自分ががんばってよくできた野菜は、高くするよ。40代以下の若い兄ちゃんとしゃべるのを楽しみに待っていてくれる70代の主婦が、いるんですよ。地域のおばちゃんたちが野菜を買うために集まって井戸端会議するのに一役買うことができれば」と、引き売りでの直売にこだわりを見せます。

 

うん、横浜の農業の未来は、これからも、きっと、大丈夫。農家仲間がたくさんいて、それぞれの役割を意識しながら手を携えて、それぞれの「顔」と「しゃべり」にファンがついていて、手を真っ黒にしながらも日々の仕事に精を出している魅力的な若者が、こんなにも、いる。諭さんの取材を終えて、ふつふつと、温かい気持ちが湧き上がってくるのを止めることができませんでした。

収穫した野菜を一つひとつ選別し、泥を落としたり、キクイモの傷んだ部分を切り分けるなどの手間を惜しまない。繁忙期は毎朝6時には畑に出るなど忙しいが、「子どもの幼稚園バスに送っていけるのが、この仕事のいいところ」と、とてもポジティブ

収穫した野菜を一つひとつ選別し、泥を落としたり、キクイモの傷んだ部分を切り分けるなどの手間を惜しまない。繁忙期は毎朝6時には畑に出るなど忙しいが、「子どもの幼稚園バスに送っていけるのが、この仕事のいいところ」と、とてもポジティブ

Avatar photo
この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
未来をはぐくむ人の
生活マガジン
「森ノオト」

月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる

森のなかま募集中!

寄付についてもっと知る

カテゴリー

森ノオトのつくり方

森ノオトは寄付で運営する
メディアを目指しています。
発信を続けていくために、
応援よろしくお願いします。

もっと詳しく