うわあ! す、すごい……!!
温室のドアを開けた時、そこに広がる世界を見て、感嘆の声しか出ませんでした。600坪の温室めいっぱいに広がるトマトの木は、8メートルもの高さで何十という畝にびっしりと植わっていて、あたり一面に、トマト特有のフレッシュな香りが漂っています。
山本温室園を切り盛りする山本泰隆さんは、1982年生まれの33歳。今年で就農して丸10年になります。
「温室を運営していた両親の姿を見て、いずれは農家を継ぐことになるだろうなと思って」、大学では開発工学部生物工学科に進み、温室で農作物をつくるための研究に勤しみます。
そこで出会ったオランダの高軒高のハウス栽培に魅せられた泰隆さんは、山本温室園でオランダ生まれの中玉房どりトマトの「カンパリトマト(エンザ)」を中心に栽培しています。ハイワイヤー誘引という方法で、トマトの背を高くすることでたくさんの日光を当てて、すくすくと育つ環境をつくっています。
「山本温室園では、80%以上のトマトが市場出荷です。トマトは1年を通して求められる食材。いい品物を安定的に供給できるようにしたいと思っています」(泰隆さん)
取材途中、温室内に送風機から温かい風が送られてきました。
「これ、二酸化炭素ですよ」と、泰隆さん。
天気がいい日の日中は、トマトの葉っぱは光合成して、二酸化炭素を吸収し、糖をつくって、栄養を実に送ります。外気の二酸化炭素濃度は400ppmくらいですが、晴れている日の温室の二酸化炭素濃度は半分の200ppmくらいに落ちてしまいます。二酸化炭素は植物が育つための栄養源。それが足りなくならないよう、温度や日照などを細かく調整しながら、トマトの居住環境を最適にするためにていねいに制御しているのです。
「今、地産地消や旬がブームですよね。そこからすると、うちは逆行しているところがあるけれども、市場に同じ作物が安定的に長くあることも大切だと思うんです。いろんな農家のスタイルがあるなかで、うちはラインナップを切らさないことにこだわっています」
そう、きっぱり言い切る泰隆さん。
椿直樹さんは「数ある横浜の農家で、ここまで経営面にすぐれている人はいないんじゃないかな。数字を追うことに妥協せず、端境期にも安定的にカンパリトマトを出してくれる。しかも、品質がとても高い」と、頼りにしている様子です。
山本温室園のメインはカンパリトマトで、11月から6月まで、半年以上安定的に供給するほか、サンチェリープレミアム、チェリーゴールド、トスカーナバイオレットの3種類のミニトマトのほかトマトだけでも10種類、ほかに路地野菜も30種類くらい、1.2haの畑でつくっています。
「温室の中の環境はある程度コンピューターで制御できますが、長雨や雪など、外的環境は私たちにはどうにもできません。温室栽培でも、天候には左右されるんです。そんななかで、きちんとトマトをつくり続けることを追求していきたい」と語る泰隆さん。
土地が豊かな地方であれば、農地も、ハウスも、どんどん広げられますが、ここ横浜は大都市で、土地に制限があります。そのなかで、いかに生産性をあげていくかが、横浜のトマトに課せられたミッションなのだと、語ってくれました。
「ともかく、私は、収量をあげることを徹底的に研究していきたいですね。オランダの温室では、うちよりも、もっともっとたくさん採れているところがあるんです。できたら、面積あたりの収量で世界一を目指したいですね」
そんな風に夢を語ってくれた泰隆さん。穏やかながらしっかりとした語り口には、地に足をつけ、目の前のトマトと天候に向き合いながら、農業の経営基盤を磐石にして、次の世代に伝えていこうという強い意志が感じられます。
「椿さんと出会って8年になりますが、当時は飲食店とはおつきあいがなくて、自分のトマトをこんな風に料理してくれるんだと感動しました。椿さんをきっかけに飲食店とのつながりができて、温室のステータスにもなっています。自分のトマトに、自信をつけてくれた恩人です」
農家と料理人の幸せな関係を目にしながら、研究者のような哲学者のような、冷静で誠実な目をもった泰隆さんが「世界のヤマモト」として名を馳せる日もそう遠くないのでは、と感じました。
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