都筑区で2021年にスタートした「根っこ塾」は、農業体験とビジネス体験を組み合わせた、小中学生対象プログラムです。子どもの「根っこ」を育てる、というその活動内容を取材してきました。
土をさわり、農から学ぶ
2022年の年の瀬も迫った12月下旬、この日の畑では、子どもたちが約半年かけて育てた「大豆」を、さやから取り出す作業をしていました。この大豆で、次回は味噌づくりをするそう。
さやを振るとカラカラと乾いた音、土のにおい、堆肥のにおい、体で感じる陽の光と風、まんまるの大豆の手触り……和やかに作業しながらも、たくさん五感が刺激されます。
「根っこ塾」は、毎年4月に始まる1年間の農業×ビジネス体験プログラム。月に2~3回程度(年間29回程度)、日曜日に活動しています。ベースとなるのは農作業です。2022年度は、小玉すいか・かぼちゃ・枝豆・オクラ・さつまいも・ブロッコリー・かぶ・玉ねぎ・大豆などを畑で栽培しました。子どもたちは、土づくり、種まき、植え付け、栽培、収穫とすべての農作業を行います。都筑区の特注家具製造会社の秋山木工で出るおがくず、緑区の馬ふんを使い、土づくりから子どもたちがやっています。
コンポストアドバイザーであり鴨志田農園園主の、鴨志田純さんを東京都三鷹市からお招きし、完熟堆肥づくりも行います。
子どもたちに「この一年の農作業どうだった?」と聞いてみると、「スイカは、最後にカラスに食べられちゃったんだ!!」とか、「オクラがおいしかった!茹でて、かつお節としょうゆで食べた」「オクラって花もネバネバしてるんだよ」とか、「2チームで収穫競争したのが楽しかった」など、記憶に残っている体験を聞かせてくれました。
参加しているメンバーは、小学4年生から中学3年生まで。異年齢の交流の場でもあり、農作業中も、年上の子が年下の子を気づかって声をかけたり、作業分担したりと、チームワークが自然に生まれていました。
親御さんに話を聞くと、「学びっておもしろい、と気づいてほしくて参加しています。自分たちで決めたことを実現できるのがいいですね。大人はサポーターで、あくまで子どもたちが主体です」とのこと。野外で土にふれ、のびのびと活動し、自分たちで試行錯誤して、考えたことを形にする……そんな農体験がここにはありました。
畑の作業が終わったら、次は商品開発の時間です。
このプログラムの大きな特徴は、農業体験にとどまらず、そこにビジネス体験も組み込んでいること。今回、子どもたちは、規格外ミニトマトを使っての商品開発に取り組んでいます。その名も「ヨコハマCRAFTOMATO(クラフトマト)」。フードロス削減の野菜の活用法として、ケチャップを開発するというテーマがあり、農業指導を受けている金子栄治さんのUniversal Agriculture Support LLC(青葉区)の規格外のミニトマトを使っています。
子どもたちは根っこ塾で擬似会社を作り、その会社での役割を作ります。組織運営をしながら、商品開発それぞれの工程でプロのサポートを受け、自分たちで考えて形にしていき、最終的に商品を販売するまでの一連の事業を作り上げ、全国で同様の活動をしている仲間たちとの事業報告会に臨みます。
「地域の課題を農業ビジネスで解決する」擬似会社経営の体験を通して、「答えが一つではない課題をどう捉え、取り組むか?を考え、実践し、乗り越える経験を繰り返す場」が、子どもたちの「根っこ」を育てる場だと根っこ塾では考えています。
根っこ塾は、ジュニアビレッジ「横浜版」
ジュニアビレッジが生まれた背景とは?
「根っこ塾」は、「一流を育てる職人集団・秋山木工」と「グローカルデザインスクール」がプロデュースする、小中学生のためのプログラムです。
今回お話を聞いた「グローカルデザインスクール」代表の大竹千広さんは、農を通じた学びの場「ジュニアビレッジ」を全国で展開してきました。その横浜版が「根っこ塾」という訳です。
前職はJTBで法人営業をしていた大竹さん。「B to Bに関わるほぼすべてをやり尽くしました。夜中の12時まで帰らない日々を続けてきて、それも楽しかった。妊娠した際も、保育園が終わった後に23:45くらいまで預かってくれる人を探していたくらい」……そんな大竹さんが、仕事に没頭する生活から出産を経て、「気持ちが、がらって変わったんです」と言います。子どもが可愛くて、一緒に過ごせる幸せを感じたそう。「こんなに豊かな時間を過ごさせてもらえるお母さんってすごい。子どもって宝だな」。そう思ったそうです。
この手の中にあるキラキラした目の存在……誰しも生まれた時はこうだったはずなのに、何かがきっかけで違う方にずれていったり、不登校、自殺、など、子どもたちを取り巻く社会課題が多いことに、大竹さんは気づきました。幼少期の親子の時間のあり方、体験が子どもに影響を与えるのではないか。そんな思いが強くなり、前職で子ども向けに開発したのが「旅いく」です。
旅の素晴らしさを社会に活かしたいと、「子どもがキラめく本物体験」をテーマに、旅いく事業を社内起業しました。当時ブレストで、子どもと親子でしたい体験は?を調査し、最初につくったのが畑の体験でした。
「成長とは、心も体も健康に育つこと。それができるのが農業だと思った」と、大竹さんは、収穫体験にとどまらない、リアルな農業や作り手の思い、さらにその地域を感じられる旅を作っていきました。例えば、豪雪地帯の新潟県十日町では、「かまくらを作ろう」というプログラム。雪しかない場所でこそできる体験として、かまくらを自分たちで作って、お汁粉や十日町のお米を食べる、というようなストーリー性のあるプログラムと、その情報発信ができるプラットフォームづくりを行い、旅いくは全国に広がります。
その後、色んなカテゴリで作られた旅いくプログラムは、地域や企業と多くの連携を生み、JTBを卒業するまで11年間、ずっと携わり続けました。
さらに、旅いくに参加する未就学児や小学校低学年以降の子どもたちを対象に、地域とつながり、親以外の大人と関わり、自力でできることを増やしていく、そんな継続的な場づくりをしたい。その思いが、「ジュニアビレッジ」設立へとつながります。
全国に広がるジュニアビレッジとは?
そんなころ、静岡県菊川市で、農業をベースにしたいろんな事業を展開している株式会社エムスクエア・ラボの加藤百合子社長から、一緒に菊川市の事業をやらないかと相談を受け、農業と教育を掛け合わせて、地元で「子どもたちが村をつくっていく」教育事業を2016年にスタートしました。それが原型となり、「菊川ジュニアビレッジ」が生まれます。
ジュニアビレッジは、地元の課題を解決しながら、子どもたちが課題解決力を身につける人材育成の場であり、地元活性化の場です。旅いくを卒業する小学3年生以降の年齢で、その地域に住む地元の子どもたちが、子どもだけで参加します。「地元の課題を子どもたちが解決するなかで、地元の人とのつながりが生まれ、大人にすごいねと言われることが、間違いなく子どもたちの力になる」。大竹さんはそう考え、加藤さんと一緒に、JTB在職中から運営主体者の一人としてプロジェクトに取り組みました。
2021年、ジュニアビレッジに専念するため、JTBを退職し、ジュニアビレッジを運営する「グローカルデザインスクール」代表となった大竹さん。現在までに拠点は全国に広がり、菊川(静岡県)、浜松(静岡県)、横須賀(神奈川県)、三鷹(東京都)、そして根っこ塾の横浜(神奈川県)が加わりました。それぞれに特徴あるプログラムを行っています。そして、これから始動しようと準備をすすめている地域も控えています。
ジュニアビレッジの独自プログラム「アグリアーツ®」
ジュニアビレッジは地域の課題を解決するため、その地域によって取り組む内容は異なります。ただし、すべてに共通するのが、「アグリアーツ®」というプログラムです。アグリアーツは、アグリカルチャー(農業)とリベラルアーツ(課題解決力を身につけるための横断的な学び)の造語です。
微生物を使った土づくりでサイエンスを学び、農業を収益化して地域課題を解決するシステムデザイン思考、マーケティング、デザイン、事業プレゼンテーションと、学校教育を横断的に、経験として学べるプログラムが、「アグリアーツ®」なのです。まさに、近年重要視されているSTEAM教育(Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics)です。
子どもたちが設立する擬似会社経営では、社長、デザイン、アグリテック、セールス、の4つの役割があり、それぞれ子どもたちが自分の得意や好きなことで役割を担います。
地域課題をいかに解決するか……その解決方法を生み出すこと、そして実際の商品開発には、商品の仕様、製造方法、パッケージデザイン、販売価格などいくつもの乗り越える壁があり、それを大人のサポーターと一緒に乗り越えていきます。
「ジュニアビレッジは旅いくとは真逆」と言う大竹さん。住んでいる地域から遠くへいく旅と違って、自分の住んでいる地域に関わることで、地元の良さを知り、地元のいろんな人と関わることができます。地方に行くほど課題は多く、多くの子どもたちが大学で地元を離れると、戻ってこないという問題も。子どもの頃に地元の人と一緒になって、地元のためにビジネスをやり遂げることは、子どもたちの達成感につながり、郷土愛を育みます。最終的には、地元での仕事創出が行われ、若者が戻ってくる環境をつくることを考えて活動しています。
各ジュニアビレッジの運営は、あくまでその地域の人がやるのが基本。構想段階、立ち上げに関して、グローカルデザインスクールは相談にのり、オンライン講座でノウハウを伝え、プログラム構成や必要な動画等を提供して、各地のジュニアビレッジはスタートします。
肝になるのが、販路と情報発信。その支援として、グローカルデザインスクールは、子どもたちがチャレンジする農業と商品開発の可能性に期待して応援購入できる仕組み「リーフサポーター」をつくりました。
また、実際は商品販売だけではビジネスとしての継続が難しいため、企業協働プログラム「コーポレートビレッジ」というジュニアビレッジを支える仕組みもつくりました。
修学旅行生の受け入れプロジェクトなど人の流れを作ったり、人材育成のノウハウを活かして企業の社員がジュニアビレッジの活動にアシスタントとして入る研修事業を行ったり、畑の栽培管理業務の請負など、地元の大人や大学、企業と連携する取り組みで、ジュニアビレッジの運営を継続させています。
菊川ジュニアビレッジでは、鈴与、静岡県信用農業協同組合連合会の2社と協働プログラムを実施しています。
横浜ジュニアビレッジの誕生
全国でジュニアビレッジを展開してきた大竹さんですが、ご自身の住まいのある横浜でも取り組めないかと考えていました。そして、自身の住む横浜北部で、秋山木工の秋山利輝社長との出会いにつながります。
「木風心風堂(こふうしんぷうどう)」は、「一流を育てる職人集団・秋山木工」がつくった場所で、さまざまな教室が開催されたり、地域の憩いの場になっています。
これまで地方都市でやってきたジュニアビレッジを、人口370万人の日本一の自治体である横浜でやること。その意味を聞くと、「都市部の子どもたちだからこそ、心と体と頭のバランスを取ることが大事だと考えます。」と。大竹さん自身が横浜で子育てをする中、息子さんが受験にしばられ、挫折も味わった経験をしたそう。「たくさん体験の場をつくってきたけど、自分の仕事に没頭するあまり、自分の子の進路選択のフォローが十分にはできなかった」という思いと、学力に経験を足して、生きる力の育成を行いたいという思い。それが「日本の新しい人づくりのモデルをつくりたい」という大竹さんの目標になり、同じく「人づくり」を大切にする秋山社長と、横浜ジュニアビレッジである「根っこ塾」を協働で開講しました。グローカルデザインスクールが唯一、直営でやっている事業です。
「根っこ塾」は、2021年にスタートしました。初年度は無農薬でじゃがいもを育て、商品開発はあざみ野のマムズダイニングの櫻井友子さんに協力を仰ぎ、期間限定の商品をつくりました。お肉を入れないじゃがいもベースの餃子で、その名も「じゃがじゃが餃子」。2022年4月までマムズダイニングで提供されていました。
同年、横浜市立中川西中から相談があり、学校以外の居場所として、生徒たちに平日の根っこ塾の畑の管理に参加してもらいました。
2022年から本格的に通年プロジェクトがスタートしました。
この間、大竹さんは、横浜地産地消ナビゲーター「はまふぅどコンシェルジュ」を取得し、横浜市地産地消ビジネス創出支援事業に応募、採択されます。ここでさらに横浜の人脈を広げていき、はまふぅどコンシェルジュ講座で知り合った椿シェフにトマトケチャップの開発に参加してもらい、地産地消のマルシェにも出店を予定しています。
「横浜は一大消費地としての魅力があるため、全国のジュニアビレッジで生まれた商品を販売できる仕組みも作っていこう」と考えているそうです。
横浜ジュニアビレッジ「根っこ塾」のこれから
大竹さんの強みは、企業間のビジネスを数多く手掛けてきた実績です。ジュニアビレッジは、子どものためのみならず、アシスタントで参加する大人にとっても、地元貢献によるウェルビーイングの実現やプロジェクトを課題解決へ導く力を伸ばす、格好の機会になります。実践的なイノベーション人材育成研修や、企業としての地域貢献活動としても、十分な魅力がある事業でしょう。
また、営業活動の中で、手土産として地元のストーリー性のあるものを先方に渡すことは、印象に残りやすく、また地元を大事にする企業姿勢が伝わることにもつながる、と商品開発に対して地元企業からの期待の声もあるそうです。
収益基盤はBtoBと商品の売り上げで賄います。子どもたちは農体験・ビジネス体験をすることで、生きる力を身につけ、その活動自体や商品販売が、農業の活性化につながります。さらに、このプロジェクトに関わる大学や企業は、人材育成の場を手に入れ、学校や企業の価値を高めることができます。
企業出身の大竹さんだからこそ、一般的な教育という枠にとらわれず、地域の力を巻き込んだプロジェクトを考えられるのだな、と、私はそのスケールの大きさに感動しました。大竹さんがこれまで培ってきた人脈、企画力、販路開拓力、情報発信力、それが集大成となって活かされる場所が、ここ横浜であることに、すごい取り組みが始まったんだな、と感じます。
そんな大竹さんがあくまで大切にしているのは人づくり。横浜の地元の人、地元企業と一緒になってチームを作り、進めたいと考えています。そして、約400名いるはまふぅどコンシェルジュの力も活かし、食と農が連携した新しい人づくりが今まさに、始まったところです。
人づくり事業を何のためにするのか? 大竹さんの答えはストレートでした。「子どもたちの目をキラキラさせるきっかけをつくりたいから」。まずは農業が盛んな北部エリアで、そののち、18区でいろんなカラーのジュニアビレッジが生まれたら……それが今の大竹さんの夢だそうです。
子どもたちが夢や目標を見つけ、それを叶えるための学びと経験を積む、その過程で、地域とつながることが、子どもたちの幸福度を上げることにもつながる……。日本は世界幸福度ランキングで54位(2022年)というニュースを聞いたとき、私はこのままではいけないと思いました。未来ある子どもたちのために、社会を変えていかなければと。子どもたちのために何ができるか……私は、「体験に勝るものはない」と考えます。そして、食べることは生きることである、ということ。私自身も同じ思いで、食育教室を立ち上げ、畑の教室プログラムなどをやってきました。思春期を迎える子どもたちにとっては、そこにビジネスの要素が入ることで、勉強することの意味を見出せたり、自分にもできることがあるんだという実感につながり、大きな成長の場となると思います。
取材当日、子どもたちが商品開発している最中、当の大竹さんは、畑にいました。時間的に間に合わなかった堆肥を混ぜる作業を一人、黙々とやっていました。
実績も理論も、作り上げるプログラムもすごいけれど、やはりこうして、農作業の一つひとつを大切にしている……そこに大竹さんの人柄を見た気がしました。都筑区にできた根っこ塾という新しい芽が、これから成長して花が咲き、実りを迎え、その種が横浜各所に広がっていくこと期待します。
ジュニアビレッジ
問い合わせ先:横浜ジュニアビレッジ 根っこ塾 (担当:大竹)
TEL:045-912-0981
e-mail:support@glocal-ds.co.jp
活動拠点:木風心風堂(こふうしんぷうどう)
〒224-0004 神奈川県横浜市都筑区中川5丁目40-29
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