講師は、横浜市緑区にある横浜シュタイナー学園(以下、学園)9年生クラス担任の長井麻美先生です。学園の創立に携わったメンバーのおひとりで、第一期生である現9年生を1年生のときからずっと受け持ってきました(学園は1年生から9年生までの一貫教育で、9年間同じ担任の先生がクラスを受け持ちます)。
長井先生はまず、「幸せってなんでしょう」と、参加者に問いかけました。
お金が幸せの基準であるという価値観がゆらいでいる今、これからの幸せとは……。愛や人とのふれあいといった原初的なものや、自然との共存など、永続性のあるものこそ人間が感じる幸福であると言った、社会学者・見田宗介氏の文章を引用しながら、「シュタイナー教育と共通していると感じます」と長井先生は語ります。「本当の幸せとは? 自由とは? というところから教育は発するのです」と。
短い時間ではとても語り尽くせないとしながらも、長井先生はシュタイナー教育をひと言で表すならば、「人間の発達段階に応じて、しかるべき方法で、しかるべき環境や、しかるべき教育内容を与える教育」としました。
そして、黒板に書いたのが「啐啄同時(そったくどうじ)」という文字。
今まさに生まれ出ようとする卵の中のひな鳥と、殻の外にいる親鳥が、互いにつつき合う様子を表した言葉だそうです。
ひな鳥が内側からコツコツと殻をつつくことを「啐」、親鳥が外側から殻をつつくことを「啄」といい、両者の力を合わせることで殻は破れ、ひな鳥が誕生します。転じて、適切な時に適切な助けや教えを与えるという意味で使われるようになった用語で、禅の世界では、師と弟子の呼吸が合い悟りを開く様を表すそうです。
ひな鳥がまるで自分ひとりの力で殻を破ったと思わせる、それぐらいのタイミングで子どもの「時」を見つけることが、シュタイナー教育の真髄なのだと感じました。
シュタイナー教育は、オーストリア出身の哲学者、ルドルフ・シュタイナーが提唱した教育理論です。人間のあり様を「肉体・心・精神」の3つに分け、その3つを7年周期でとらえた発達段階に応じて育んでいきます。
・0歳〜7歳:肉体の基礎的な部分をつくりあげる時期。丈夫でしなやかな身体をつくるための環境を整えることが必要。
・ 7歳〜14歳:感受性豊かな心を育てる時期。記憶や習慣、学ぶ力を養えるころ。
・ 14歳〜21歳:精神を養う時期。論理的な思考力や判断力を用いた学びができるのがこの頃。
それぞれの発達段階において、長井先生は詳しく説明してくれましたが、この日のテーマである学童期(7歳〜14歳)の教育にフォーカスしてみることにします(幼児期については森ノオトの過去記事・シュタイナー幼稚園「どんぐりのおうち」の大木尚子先生のインタビューを参照)。
7歳までに健康な肉体をつくり上げるために使われた力は、今度は、記憶や習慣、学ぶ力を養い、心(感受性)を育むことに使われるようになります(歯が生え変わることがそのサインであり、目安だといわれます)。「知りたい! できるようになりたい!」という欲求が生まれるころです。学ぶ準備ができる7歳ごろ小学生になるというのは、理にかなったことなのですね。
この時期から必要なのが、子どもが安心して学べる先生の存在です。
シュタイナー学校の先生は、「この世界はとても美しい」と感じさせるように、日々子どもと向かい合い、この世界への信頼感を育み、自己肯定感を培います。
子どもたちは授業の中で得た驚きや喜びといった感情を通して、学びを深く体に刻んでいきます。
「教師は、基本をふまえながらも、決まりきったことをやるだけではないんです。型を知った上で新たなものを生み出すことに芸術性があり、それがシュタイナー教育が教育芸術とされる所以です」
例えば、長井先生が1年生に最初に教えた文字は、漢字の「日」でした。
大昔、中国の草原にいた羊飼いが美しい夕日を見て、「形に残しておきたい」と、木に刻んだおひさまの印。長井先生は、自ら考えた物語に沿って、まずおひさまの絵を描き、そこから「日」という文字へ変化させていきました。
「日」という1文字に費やした時間は、なんと3日! 子どもたちは、漢字の成り立ちをじっくり味わい、徐々に「なんだか漢字に似ているぞ!」という発見を経て、ついに「日」という最初の文字を習得しました。その日の休み時間、校庭のブロック塀は、子どもたちが土塊で書いた「日」の字の落書きでいっぱいになったそうです。
それから2年生、3年生……と、子どもの成長過程に合わせた学びの話が続き、9年生となったクラスの話の中で、ある女子生徒の詩を読み聞かせてくれました。
「有機化学」の授業の感想を詩で表したものでしたが、自分の中からこみ上げた瑞々しい言葉で書き上げられた文章は、化学だけでなく、歴史や自然などこれまでの学びを網羅したような内容でした。
最初に「日」という漢字を覚えてから9年の間に身につけた知識が、彼女の中で有機的に結びつき広がっていくような様を感じて、心が震える思いでした。今、喜びを持って一文字ずつ漢字を覚えている私の娘も、こんなふうに文章が書けるようになるのだろうか、と。
最後に、家庭でもシュタイナー教育をどのように取り入れていけばよいかという話の中で、長井先生は、「子どもの成長を“点”ではなく、点がつながった“線”や“面”という長いスパンでとらえれば、ゆったりと育ちを見つめることができるのではないでしょうか」と、参加者に語りかけていました。
私もその時々の子どもの様子で、気を揉んだり戸惑ったりすることがあります。まだ幼い1年生からおよそ9年間、今や自分の背も追い越すほど成長した子どもたちを見つめ続けた先生の実感がこもった言葉に、「大丈夫」と背中を押してもらったような気持ちでした。
子どもの成長を信頼すること。子育て真っ最中の私にとって、なかなか難しいことですが、とても大切なことなのだと感じます。
今回の講座で嬉しかったのは、私の地元である青葉区での開催ということで、会場で友人知人の顔がたくさん見られたことでした。
その内の何名かの方が、
「とてもわかりやすく、楽しかった」
「悩みながら子育てする中、長いスパンで共に見守り支えてくれる先生の存在は心強いですね」
「枠組みはあるけれど、自由。子どもの気持ちを大切にしている教育だと思った」
「先生の意識と学習意欲が高い!」
といった感想を寄せてくれました。
私は日頃から、地域の方に娘の学園のことやシュタイナー教育について知ってほしいと思ってきました。シュタイナー教育は、なにも特別で変わったメソッドではなく、真摯に子どもの成長に向かい合う姿なのだと感じます。私には、子どもが自然に学ぶことのできる、子ども本意のアプローチに思えるので、すんなりと受け入れることができます。
この日のエッセンスを、それぞれのご家庭で取り入れてもらえたらいいな、と思いました。そして学園に関心を寄せていただけたら嬉しいです。
さて、最初の問いに戻ります。
「幸せってなんでしょう」
我が子は大きくなった時に、何を幸せの価値基準にするのだろうか。私はちゃんと良いタイミングで殻をつつき、導いてあげることができるかな。“線”や“面”のその先を思い浮かべながら、帰路につきました。
* * *
もしかしたら、シュタイナー教育についての話を聞いて、「素晴らしい教育だけれど、果たして本当に知識が身について社会に適応できるのだろうか」という疑問が沸くかもしれませんね。
2月23日(日)には「シュタイナー教育で『学力』はつくのか?」というタイトルで講座が開かれます。今回の講座の続編としてもおもしろいと思います。興味を持たれたら、ぜひ参加してみてください。
〜 横浜シュタイナー学園公開講座 〜
教育を学び取る時代に贈る「シュタイナー教育で『学力』はつくのか?」
講師:佐藤雅史(横浜シュタイナー学園事務局長)
日時:2月23日(日) 10:00〜12:00
会場:横浜シュタイナー学園 十日市場校舎
参加費:1,000円(NPO会員800円)
事前の申込みが必要です。詳しくは、HP
横浜シュタイナー学園公開講座
教育を学び取る時代に贈る「シュタイナー教育で『学力』はつくのか?」
講師:佐藤雅史(横浜シュタイナー学園事務局長)
日時:2014年2月23日(日) 10:00〜12:00
会場:横浜シュタイナー学園 十日市場校舎
参加費:1,000円(NPO会員800円)
事前の申込みが必要です。詳しくは、HP
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