森ノオトスタッフの間で話題になっていたお店「entropy(エントロピー)〜暮らしの道具〜」。「どうやら週末だけオープンしている器のお店があるらしい」「青葉区の梅が丘にあるんだって」「行くと素敵な器に目移りしてしまうよ」……。そのお店のご主人が私の友人のご家族と知り、ぜひ、取材に伺ってみたい!と手を挙げ、編集長とともにお店を訪れました。
少し冷たい風が吹き優しい朝陽が降り注ぐ朝、私と編集長は少し緊張しながら約束の時間にお店へ向かいました。早めに到着すると、開店準備をする長谷川さんが、笑顔で私たちを迎えてくれました。店内にはほんのりお香の香りが。開店の前にはお香を焚くのが習慣だそう。いい香りに包まれて取材が始まりました。
5坪ほどの店内には、民藝や手仕事の陶器や磁器、ガラスの器やカトラリー、色鮮やかに染められた手ぬぐいや木彫りの仏さまなど、長谷川さんが惚れ込んだ作品が並びます。元は内装会社の資材置き場だったというお店は天井が高く、一歩中に入ると実際の広さよりも開放感が感じられます。
店主の長谷川さんに、お店を開くまでのお話を伺いました。
「実は大学では応用化学を学んでいたんです。ものごとの理(ことわり)を深く知りたくて。ただ科学技術で世の中の役に立つというイメージが湧かなくて目の前の人の役に立つ道を選び、最初は報道関係の会社に就職したんです」。これは私の感覚ですが、より早く多くの情報をたくさんの人に届けようとする業界とentropyの世界観があまりにもかけ離れていて、ここからentropy開店までの道のりはどんな道のりだったんだろう……!とお話を聞くワクワク感が高まってきました。
長谷川さんはその会社に入社してすぐに別の道を考え始めます。理由は、途端に「今」が色褪せて見えたからだそう。「入社式で昇給の表を渡されたんですよね。このまま働いていたらどうなっていくのか先が見えてしまって」。より高速で、思いっきり働きたいと、その後人材系の大手企業に転職。見通せる未来よりも、今を一番楽しく生きるにはどうしたらいいのか。この時から長谷川さんはこの問いを持ち続けていて、entropy誕生へとつながっていきます。
土日も四六時中仕事のことを考えるほど働いていた長谷川さん。そんな時期に、ふらっと入ったお店で手仕事の「器」と出会いました。家で過ごす時間をゆたかにしたいと一つひとつ買い足し、食器棚がいっぱいになるまでいろんな器を使ってみたそうです。
手仕事の器に興味が湧いたのはなぜだったんでしょう。
「器って釉薬によって色んな色を出せるんですが、何でこんな色になるんだろう?と化学の視点から興味を持ちました。大学時代に興味があって学んだ分野に通じますね。あと、一つとして同じものができないその『ゆらぎ』や『アバウトさ』にとても惹かれたんです。世の中の流れがもっと便利にもっと大量に同じものを……と流れているのに対して真逆じゃないですか。逆に新しい!と思いましたね」。
いくつかのタイミングが重なりお店をオープンしたという長谷川さん。
「器を集めるうちに自分の食器棚がいっぱいになったので、今度は自分が気に入ったいいものを誰かに紹介したいという思いになっていったんです。いつかやりたいと思っていたのが、ちょうど仕事のペースが変わって仕事以外のことを考える時間ができて。通っていた都内のお気に入りのお店が移転したことも大きかったですね」。
長谷川さんは都内や遠方ではなく、あえて地元青葉区でお店を開くことを選びました。「お気に入りのお店が、住んでいる場所の近くにあったらいいじゃないですか。自分の生活圏なので住んでいる方の生活スタイルがわかりますしね。利便のいい場所ではないけど、その分ゆっくりとお客様とお話したり、じっくりとものを選ぶことを体験していただけたり。この場所だからできることがあるなと」。店舗づくりをお願いした工務店でのマルシェに参加したり、地域でのネットワークもできてきたと言います。「お店の場所は離れていますが、いろんな商い、いろんなお店の方とつながり、離れた商店街のような状態だなと感じています」。
「お店の器はほとんど僕が好きで使っているものです。『作り手』の皆さんには作ることに専念してほしい。僕はそれをお客様である『使い手』に健やかに届ける“配り手”でありたいなと思っています」。この“配り手”という言葉に長谷川さんご自身の立ち位置に対する信念を感じました。
「ここに置かれている器はどれも大量生産には向かない物です。作り手のサイクルに合わせて納品してもらっています。それはいい仕事をしてもらうため。例えば大量に注文が入り期限も決められてしまうと、作り手の行動様式がいつもと変わってしまう。そうするといいものが作れなくなってしまうかもしれない」。長谷川さんはご自身の「今」を大切にするだけでなく、作り手の「今」も大切に考えています。「健やかに届けたい」という言葉には、作り手の生活を守る意味も込められているのかもしれません。
長谷川さんは“配り手”の一つの役割としてお客様からの感想やアイデアを作り手に伝えています。リピーターさんとのやり取りが器の改良につながることもしばしばあるそう。「僕がお付き合いしている作り手さんは今の暮らしにフィットしたものを作りたいと思っている方が多いです。どう売れるか、よりもどう使われるかを考えている。だからお客さんとのやり取りもそのままフィードバックしています」。
そうしたやり取りが「作り手」と「使い手」双方の信頼につながり、長谷川さんだからと器を託す作り手さんも少なくありません。全国で実際に手に取れるのはこのお店と関西にあるもう1軒だけ、という人気作家さんの器もほぼ常時並び、他県からわざわざその作家さんのファンの方が訪ねてくるそう。
お店には、作り手さんたちの手仕事品でありながら、お手入れが難しいものはほぼ並んでいません。「使われるものがもつ美しさ。その美しいものを日常で使う喜びをぜひ感じてほしいです」。さらに長谷川さんはこうお話してくださいました。「器は長く使うことで馴染み、自分のものになっていく。そして器は暮らしのシーンになっていくだろうなと思うんです。しまい込まれるより、使い込まれたらいいなと思っています」。
平日は会社員として、休日はentropyの店主として過ごす長谷川さん。体力的にも精神的にも疲れたりしないんでしょうか。驚く答えが返ってきました。
「疲れたり、はあまりないですね。僕にとってはどちらも楽しくて仕方ない夢中でやっていること。言葉にするなら『フルタイムリフレッシュ』状態なんです。どちらも、わくわくしながらやりたくてやっていることだから疲れないのかな」。私は一緒にお話を聞いていた編集長と思わず顔を見合わせてしまいました。多分同じことを考えていたと思います。「そんな考え方、あるんだ!!」。
仕事は辛く大変なこと。好きなものに囲まれて過ごす時間だけが癒やしに違いないということ。そんな思い込みがガラガラと崩れていきました。どちらも思い切り楽しんでいいんだと思うと、なんだか日々の家事も仕事も全く違う感覚でできそうな気がしました。
「これをやろう!やりたい!」という動機から始めたことでも、いつの間にか疲れないようにこなしたり、安定しようと新しい発想やアイデアを考えないようにしたりするうちに、その動機を忘れてしまうことがあります。長谷川さんはご自身の原点の部分「今を一番楽しく生きるにはどうしたらいいか」ということにずっと焦点が合っているので、日常の小さな積み重ねも仕事の疲れも、少し緊張するチャレンジも全てが「楽しくてワクワクすること」になっているのかもしれません。今回お話を伺ったことで、私も自分のライフワークや日々の生活で大切にしたい原点に立ち返るきっかけをいただきました。
entropyで使い手に出会った器たちは、今どんな感じで暮らしの中に溶け込んでいるのだろう。そしてここにあるたくさんの器や道具たちはどんな佇まいで使い手の日々を彩るのだろう。そんな幸せな想像を私もさせてもらった時間でした。
(撮影:梶田亜由美)
営業日はInstagramのストーリーズで確認できます。お気に入りの器があれば、まとめての購入もご相談できるので、ぜひ長谷川さんに聞いてみてくださいね。
entropy~暮らしの道具~
https://www.entropy-dougu.com/
横浜市青葉区梅が丘34-87アーク梅ヶ丘101
営業日:土日祝 13:00~17:30
店休日:不定休
Instagram:
生活マガジン
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