


東急田園都市線「藤が丘」駅から徒歩20分、青葉区柿の木台の静かな住宅街の中に佇む一軒家が「めめ菓子工房」です。大きな窓に白いのれんがはためくお店の前に立つと、もう、甘〜い香りが漂ってきます。窓から様子を伺っていると、店主の伊藤さんがこちらに気付き、右手を上げてこめかみあたりにかざし、にこっとほほえんで挨拶をしてくれました。
伊藤さんは、ろう者です。
私がお店のことを知ったのは、Instagramから。おいしそうなお菓子の写真に心惹かれながらよくよく投稿を読んでみると、あれ?ここは手話でお話をするお店なのかな……??と気がつきました。さっそく、娘と一緒に「こんにちは」と「ありがとう」の手話を覚えてお店に足を運んでみることに。ちょっとドキドキしながら身振り手振りでお話をして、お菓子を買って帰りました。

迷いに迷って、3つをチョイス。どれもおいしかったのですが、娘は苺大福が大のお気に入りに。「ふわっふわで、今まで食べた苺大福のなかで一番好き」だそう♪
アップルパイのおいしいこと!苺大福のおいしいこと!そして覚えていった「ありがとう」の手話をしているクッキーのかわいいこと!そして、勇気を出して使ってみた手話が通じたうれしさのこと……。これはぜひ森ノオトで伝えなくては。店主の伊藤さんと話をしてみたい思いがむくむくと大きくなり、インタビューをお願いすることにしました。
取材はGoogleドキュメント(リアルタイムに共同編集ができる文書作成ツール)を開いて、タイピングで筆談をしながら進めていきました(初の試み!)。おしゃべりの臨場感そのままに真空パックして、チャット形式でお伝えできたらと思います。
洋菓子と和菓子をたくさん並べて
NHK Eテレ「みんなの手話」の手話講師アシスタントや、NHKハートネットTV「手話キッチン」の講師を務めるなど、手話講師としての経歴を持つ伊藤ホサナさん。そのキャリアの一方で、「小さい頃から大好きだった」というお菓子作りの探求も続け、飲食店や菓子製造業界で商品開発やレシピ提供などの経験も15年以上にわたり積んできたのだそう。2016年からは手話対応のお菓子教室「ホサナのスイーツ部」も運営し、マルシェへの出店を重ねながら、2024年、横浜市青葉区・柿の木台に「めめ菓子工房」をオープンしました。安心して食べられるようにと国産の材料を使って丁寧に作られたお菓子は、併設された工房から作りたてがすぐ並びます。

ガラス戸棚の中に、目にも楽しい作りたてのお菓子がずらり
めめ菓子工房の店内は、とても静かです。それは、BGMの音楽が流れていないからなのだ、ということに、後になってから気がつきました。余計な音がないぶん、お菓子の香りや色や形に、ぐーんと意識がフォーカスしていくような感じがします。
——お店の中はとってもいい香りです!今日は、どんなお菓子があるんですか?
伊藤:今日は、アップルパイ、米粉スノーボール、パイナップルケーキ、いちご大福や金柑とチョコの桃山などがあります!
毎月並ぶものは季節などにあわせて変わりますが、年じゅうあるものは4種類くらいで、プラス生菓子という感じですね。生菓子はいつも、2種類以上出しています。自分がこれなら自信をもって出せる、というのを基準に、季節に合わせてメニューを考えています。また、一人で製造販売しているため、オペレーションに無理がないかどうかも考えて決めています。
——洋菓子と和菓子がいっぺんに買えるって珍しいな、と思いました。これはこだわりなんでしょうか?
伊藤:そうですね!最初は、洋菓子専門でしたが、和菓子は後から学んで作るようになりました。和菓子の魅力的な世界も一緒にお店に並べたいなと思ったんです。
——お店の窓の、習字で書かれたメニュー表も和風ですごくすてきですね!
伊藤:とても良いですよね!去年、店舗オープンのためのクラウドファンディングのリターン作業に携わってくださった友人の夫さんにお願いしています。最初は、のれんだけだと、何のお店かよくわからなくて、なかなかお客様が集まらなかったんですが、習字メニューを出したところ、好評でした!

達筆で大きく書かれたお菓子のメニュー。今日はどんなおやつがあるのかな?大きな窓が印象的なシックでスタイリッシュなめめ菓子工房の設計を担当したのは、若草台のドッグカフェ「SHEi」を営む武本淳さんなのだそう
——伊藤さんが、最初にお菓子作りに興味を持ったのはいつだったのでしょう?
伊藤:母がお菓子教室をやっていて、家庭には基本的な道具や材料がそろっていました。そこで自然と自分でも作るようになりました。
——そうなんですね!ちなみに、最初に作った菓子って覚えてますか?
伊藤:記憶に残っているのは、パウンドケーキだったと思います。バター、砂糖、小麦粉1:1:1というレシピでした。小学高学年になると、図書館でプロのパティシエの分厚いレシピ本を借りては、コピーのように作って、できたお菓子を自分で写真におさめて、パソコンで自分がわかりやすい文章に作り直して、ついには製本まで手掛けました。世界に1冊だけだったのに捨ててしまったことが人生最大の後悔……(笑)
——えええ!もったいな〜い!!でも、小さなころからすごい行動力だったんですね!ウェブサイトに載っていた経歴に「世界中のお菓子を求め、世界一周の旅へ」と書いてあって、それにもすごく驚いたんですよ。
伊藤:「しろくまのあしあと」というブログで、その時のことを紹介しています。いつか、自分のお店にも、海外で出会ったお菓子も出せたらいいな。
めめの「め」は、おめめの「め」
——「めめ菓子工房」という店名、とっても印象的です!音の響きもかわいいですよね。どのような由来があるんでしょう?
伊藤:ありがとうございます!店名を考えたとき、老若男女問わず、覚えやすい名前にしたいと思っていました。私が日常生活で使う手話は、基本的に目と目を合わせて会話することから、かわいらしく「めめ」と決めました。そこでも、ローマ字にするか、ひらがなか、カタカナか悩みましたが、小さいお子さんが読めるようにひらがなにしたんです。
——「め=目」は、このお店のすごく大切なコンセプトなんですね。手話でお話しするとき、よく「見る」からですか?
伊藤:聴者は、顔を見なくても会話できるけど、ろう者は、基本的に相手の顔を見て会話します。また、ろう者は周りの状況とかも視覚的によく捉えているので、目をやっぱりよく使いますしね。(余談ですが、慣れている同士では目をわざわざ合わせていなくても手話で会話できます)

OKのサインは、手話の指文字で「め」を表しています。指を二つ並べて「めめ」
遊び心満載!「手話デザイン」の秘密
——ロゴデザイン、はんこ、クッキーや落雁の型。どれもデザインが素敵でトキメキます。指文字や手話のモチーフも多いのかな。デザイナーさんがいるのでしょうか?どんな雰囲気で、など、こだわりはありますか?
伊藤:ロゴマークをはじめ、ありがとうクッキーやクッキー缶、包装紙などのデザインは、宮川幸さんにお願いしています。彼女は、コーダ(ろう親をもつ聴者の子どものこと)でもあるデザイナーさんです。デザインは手話に関する内容が多いので、手話を知ってる人の方が話がスムーズで。手話で打ち合わせすることで私のイメージを一つひとつイラストに落としてくださるので感謝です。

「どのデザインにも遊び心を入れてもらっていて。包装紙もよく見ると、どこかに(めめ)って指文字が並んでいるんですよ」と伊藤さん
伊藤:お店を立ちあげる時、当初は手話を前に出す予定はありませんでした。でも、事業計画を進めるにつれて、数多くのお菓子屋さんとの差別化を図る必要があることに気づいたんです。おいしいものを作るのは、もちろんですが、自分だけの武器を考えると、それは「手話」でした。
ただ、手話は、私たちにとっては日常生活の一部であり、わざわざ表に出すのは違和感がありました。そこで、手話!と強く出すような特別感ではなく、日常生活になじむようなデザインを心掛けています。
手話で話す、ということ
——伊藤さんは、小さな頃からずっと手話を使っているのですか?
伊藤:いいえ。手話を覚えて使うようになったのは高校生の時でした。私が生まれた1989年頃は、ろう児を聴者に近づけるための発音練習(口話法)が根深く普及していて、手話を使う人は少なかったんです。ろう学校でも手話を禁止にすることも珍しくなかったんですよ。ろう者に対する偏見も残る時代でした。それでも私の母(聴者)は、自分の子どもが耳が聞こえないということを積極的に周りに話して知ってもらうような人でした。昔も今もそうですが、悲しいことにろう児を世間から隠す親もいます。
母は「自分の声も聞こえないのになぜ無理に話せるようにさせるのか?」「声でうまく話せることが全てではない」と、訓練を受けていく中で感じていたそうです。私も発音練習をまじめにやらなかったので(笑)小学校進級をきっかけに発音練習をやめました。
かつて、小さい頃の私が、口話練習を強制させられて、手話を知らずに、世界を知る機会が失われたこと。本来ならば手話で世界を見たかったという私の隠れた願いが、手話を使ったいろいろなデザインに込められているかもしれません。
——そうなのですね。ほんとうに全然知らないことばかりです。

NHK Eテレ「みんなの手話」のテキスト。手話講師アシスタントをしていた伊藤さんも表紙に!
伊藤:実は、手話には、日本語対応手話と日本手話、2種類の手話があるんですよ(2種類というとそれはそれで語弊があるのですが……詳しくはぜひ本を読んでほしいです)。
私は、高校生の時までは、日本語対応手話を使っていたんです。短大に入って、同期が「手話を覚えたい」と言ってくれたのですが、手話をする時に同時に声も使うとなかなかみんなが手話を覚えないので、それもあって声で話すことをやめました。
卒業後、ろう者の経営者と一緒に働くようになって、日本語対応手話から日本手話へとシフトしていき、今は、主に日本手話でコミュニケーションをとっています。日本手話は、ろう者の自然言語で、日本語の文法とは全く異なります。手話を覚えたいなら、まず、日本手話をろう者から覚えてほしいと思います。
また、ろう者なら誰でも手話を教えられるというわけではないのです。手話教師センターに属するろう者から学ぶことをすすめます。日本人ならだれでも日本語を教えられるというわけではない、と同じです。

お店には、手話やろう者に特化したまちのライブラリーもあります。「手話について興味を持ってくださる方も増えてきました。ですが、ろう者とは?手話とは?ということは、歴史や背景など大きく絡むので簡単に説明することが難しいんです。私のつたない説明より、当事者や専門の方が書いた本を読んだ方がいいと思い、まちライブラリーを始めました」と伊藤さん
伊藤さんは、「サインアイオー」という、オンラインで手話が学べる手話学習プラットフォームも運営しています。手話に興味を持ったら、ぜひチェックしてみてください。
「目」と「手」で楽しむお買い物
——私も娘も、実際に手話を使う方と会話をするのは、今回がはじめてでした。親子で「こんにちは」と「ありがとう」だけYouTubeで見て覚えていって、お買い物をするチャレンジをしてみたんです。ちょっとドキドキしたのですが、こういう経験、すごく大切だなと感じました。
伊藤:手話を覚えてきてくれてうれしいです。数年前は、みんなが英語の「Thank You」を知ってるように、手話の「ありがとう」も知ってもらえたらいいなと思っていましたが、現在「ありがとう」の手話がけっこう普及しているなと感じています。これも一人ひとりの意識が変わってきてることで、社会もほんの少しずつ変化してきていると感じています。

伊藤さんのお友達家族がご来店。お子さんと一緒にジェスチャーでお買い物を楽しんでいました。伊藤さんも笑顔で「ありがとう」!
—— どんなふうにやりとりしてくれたら分かりやすい、とか、コミュニケーションの取り方について、なにか伝えたいことはありますか?
伊藤:時々、マスクをつけたままで話すお客さんがいらして困る時もありますが、紙とペンを渡すと書いていただけるのでうれしいです。音声認識アプリとか便利なものもありますが、1対1の時は、やっぱり文字を書いたり、文字を打った方がお互いに対等なコミュニケーション方法だと感じています。
—— 私たちのように、ここで初めてろう者の方とお話をする、という方も多いかもしれませんよね。
伊藤:海外のドラマでは、結構、日常生活の中で、ろう者が出演していたりするんですよ。主人公ではないキャラクターとして。日本は主人公になりがちなんですけど。海外のように、友達の一人として、隣人の一人として、という感じで日常生活の一部としてにいるんです。なので、私がここでお店をやるということにも意味があると思っています。
—— 本当にそうだと思います!しかも、お菓子屋さん、っていうのがいいですよね、気軽に買いに来られるし。気軽に会いに来られる。
伊藤:めめ菓子工房は、手話のお店だ、ということを特にお店に書いたりはしていません。以前立ち上げにも携わった「Social Cafe Sign with Me」というろう者がオーナーのスープカフェでは、いらっしゃいませ、
時々、居合わせた友人がお客様の会話を聞いて、私に伝えてくれることがあって。最近とてもうれしかったのは、ある親子が来て、お子さんが「手話で話すの?」って聞いていて、お母さんが「そうだね、でも、私は手話ができないからなー、覚えて来ようね」と言ってたよ、とか。他にも60代くらいのお婆さん二人が、「今度は手話を覚えてきたいね」って話していたよ、とか。
「めめ菓子工房」をこのまちでずっと
——柿の木台でお店を開いてみてどうですか?
伊藤:「家族の近くにいたい」という小さな動機から、この場所を選びました。家族も、「めめ菓子工房」をオープンできたことをとても喜んでくれています。
お客様も、近所の方から遠方までいろいろな方が来てくださってうれしいかぎりです。家族みなさんで来てくださいます。子どもだけで来てくれてる時もあったりして。お客様が来てくださるから、私も大好きなお菓子作りを続けられています。

「洋菓子と和菓子どちらにも合う、お店オリジナルの紅茶がもうすぐできる予定です」と伊藤さん。こちらも素敵なパッケージになるそうで、今からとても楽しみです!
伊藤:お店を開く前は、同業者から、「近所の人はなかなか買いに来ないよ」って聞いてたんです。でも、いざオープンしてみると、初日、真っ先に、ご近所の方々がお祝いに駆けつけてくださってとてもうれしかったです!このまちの人の温かさを感じました。
いまは、サインアイオーでの仕事もあるので、週2〜3回ほどの営業をするつもりです。オンラインショップもあるので、ぜひどうぞ。
ゆくゆくは、ろう者を雇用して、めめ菓子工房がずっとこの先も続くようにしたいと考えています。
(おわりに)
聴者の私と、ろう者の伊藤さんと。今回、私たちは、少しの手話、ジェスチャー、筆談、メール、DM、チャット……いろいろな形でコミュニケーションを取り、たくさんの話をしました。
いつも以上に「ことば」について思いをめぐらせ、「ことば」で気持ちを伝えることについて考え、お互いに指や表情の一つひとつをよく見て、お互いを理解しようと心を尽くした数週間は、とても豊かな時間だったなぁと感じています。
これから、伊藤さんと私(たち)は、「ろう者と聴者」ではなくて、「おいしいお菓子を作る人と食べたい人」という関係性で。「素敵なお菓子のお店が柿の木台にあってね。そこでは、おめめとおててでお買い物をするの。いいでしょう?」くらいの気軽さで。同じまちに暮らす仲間としての交流が続いていくことでしょう。そうしてめめ菓子工房は、そう遠くない将来、伊藤さんの言う「日常生活になじんでそこにある」お店になっていくのだろうな。私にはそんな予感がしています。
伊藤さんに手話を教えていただきました!ぜひお店で使ってみてくださいね!

めめ菓子工房
神奈川県横浜市青葉区柿の木台45-4
アクセス:
東急田園都市線「藤が丘」駅より徒歩20分
またはバス(東急バス 青01 のりば①)青葉台駅ゆき<みたけ台経由>〜「柿の木台(第2)」降車、徒歩3分
東急田園都市線「青葉台」駅よりバス
(東急バス 青01 のりば⑤)藤が丘駅ゆき<みたけ台経由>〜「柿の木台(第2)」降車、徒歩3分
営業時間、定休日はサイトもしくはSNSをご覧ください
Instagram:https://www.instagram.com/memekashi/
オンライン手話学習プラットフォーム「サインアイオー」:https://signs.io/ja
<本文でご紹介した店舗、施設>
・Social Cafe Sign with Me
※東京・春日にあるスープ専門店。スタッフはほぼ全員がろう者。
・手話教師センター
※NPO法人手話教師センター。日本手話のネイティブ・サイナー(

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