舞台と人と映像と。この地でつながり広がりを見せる川崎市アートセンター
小田急線・新百合ヶ丘駅から歩いて数分に位置する川崎市アートセンター。ここには舞台と映像が豊かに共生しています。演劇や映画のみならずホール落語やワークショップなど地域に開かれたさまざまな取り組みがなされています。この場所の魅力についてお伝えしたいと思います。

映画の街、しんゆり

私が新百合ヶ丘周辺に住むようになって知ったのは、新百合ヶ丘が映画の街だということでした。

 

学生時代は映画が好きで、映画の授業を受けたり、封切、既存ともに映画を観たりすることの多かった私は、久しぶりに心がウキウキしていました。とはいえ、出産や子育ての中では舞台芸術や映画にふれる機会はなかなかなく、近くにあるこの建物の名前も知らず、足を踏み入れないまま時が経っていました。

 

再び目を向けたきっかけは、娘が落語に興味を持ったこと。初めはCDや本で楽しんでいただけでしたが、小学生になった娘から実際に噺家さんが喋るのはどんな感じなの?という疑問が出てきました。

 

ホール落語の形で一年に何度か開かれている「しんゆり寄席」。連れて行きたいと思うものの、まだ少し早いかなと、ちゅうちょしていました。

そんなある日、森ノオトの編集会議をアートセンター3階コラボレーションスペースで行い、中を見学することに。その際に、「小学生でも大丈夫ですよ。ぜひどうぞ」とご案内をいただいたことで心が軽くなりました。調べてみると、子ども料金や年間パスポートまで設定されているなんて!こうして娘は初めての寄席を体験したのでした。

 

噺家さんの生の声はもちろん、そこに居合わせた観客のみなさんと共にする時間や空間は、その瞬間にしか味わえない特別なもの。巻き戻したり、ストップしたりできないからこその良さがあります。このリアルな時の過ごし方は、映画や舞台を鑑賞するのとどこかつながっていて、やはり贅沢な時間だなと久しぶりに感じました。スマホやパソコンで多くのことを見たり知ったりすることができるようになった今、とても大切にしたい時間です。

 

 

「思い立ったら吉日」が叶う場所

改めてお話を聞きにアートセンターを訪れた日、スタッフのみなさんは隔月で開かれているイベント「しんゆりまちなかラウンジ」の準備のために、会場の内外を動き回っていました。

 

「私は絵を描く仕事をしているんだけど、悶々として抜け出せなかった時にたまたまここで映画を観たら、なぜかスコンと抜けて……」と、ここで働くことになったきっかけを笑顔いっぱいで話す広報の入江佳代さん。

 

川崎市アートセンターは2007年にこの地に誕生しました。芸術に関係する方が自然豊かなこの街に移り住むことも多く、その中から良いものを市民に届けたい、受け身ではなく市民が携わり表現者になれる場所をとの声から、建てられたといいます。

 

映画館と劇場が両方揃う公共施設は珍しく、お互いがリスペクトして協力しているから併設できるのだとか。舞台技術スタッフもプロが揃います。2008年から続くワークショップも「みんなでつくる!踊るものがたり」や「弁士ってなに?映画弁士」など演劇・映像に特化しているのも納得です。

 

「思いついたらすぐ実現できる雰囲気がある」。ここにはやりたいことをやらせてくれる館長がいて、各部のプロスタッフが手伝ってくれる形が整っているから、リスク回避せず即行動につながっているのだと入江さんは話します。プロの技術がすぐそばにあり、皆の知恵に助けられて仕事になっているのだそう。白いおうちや緑を使った空間づくり、持ち帰り文庫、地域のアーティストの個展もその一部です。

お持ち帰り文庫のお知らせ。「置いてある本はご自由にお持ち帰りください。捨てられない本や誰かに読んでほしい本はありませんか?そんな本があったら本棚に入れてください。大切な本が次の誰かに届きますように。」

入江さんの思いつきから始まったという持ち帰り文庫ですが、持ち寄られる本はこの街の人らしさがあふれるものが多く、芸術関係のレアなものも多いのだとか。「売らずに持ってきてくれるのも素敵だし、ここを使う人だからこそ分かってくれるというみなさんの思いもうれしい。文化をつくっている、つなげていることを感じる」と入江さんは話します。

真っ白なおうちには、訪れた子どもたちが銘々に好きなことを描き込める(写真提供:川崎市アートセンター)

 

冬の夜空の下、普段は小さなラウンジがお持ち帰り文庫に変身。この日、森ノオトメンバーも思い思いに本を選び、「お持ち帰り」しました。隣には自由に弾けるストリートピアノ(写真提供:川崎市アートセンター)

この即行動こそ、ここを利用する子どもたちが「思い立ったら吉日!」を叶えることにもつながっているように感じます。

スタッフ自身が実現に結びつけることで編まれている数々の催しは、敷居の低さを大切にし、さまざまな人が初めの一歩を踏み出せる手伝いをしています。小さな子でも挑戦できる場と、それを見守る地域の温かい雰囲気、寄り添ってもらえる安心と工夫が散りばめられているのが、この川崎市アートセンターです。

この日、ワークショップのため訪れていた、 麻生区で立体切り紙アーティストとして活動中の大薗一樹さん。挨拶をすると、何か作りますねと言ってすぐに紙を切り始め、あっという間にトンボと蝶々を作ってくれました。しかも谷折り山折りで立体的!

 

左)館長の関敏秀さん、右)入江佳代さん、真ん中)大薗さん

市民とともに育てていく

2012年から活動を続ける市民劇団「劇団わが町」が毎年12月に公演しています。肩書きにとらわれることなく個人として集まれる場所、サードプレイスとして劇場があると話すのは小劇場ディレクターの藤田千史さん。

実は藤田さんのお父様は劇団わが町の芸術監督ふじたあさやさんで、プロだけでなく、舞台に立ってみたい人が立てる場所づくりを傍で見続けてきた人でもあります。

 

「play(演じる)=遊び。ロールプレイってまねっこすること。観るだけでなく舞台に立てる場所なんです」。

劇場を飛び出し、芸術を届けるアウトリーチ活動では、頭と身体を動かして、心を動かすコミュニケーションワークショップも開催されています。不登校で人と話すことが困難な子どもでも、演劇の台詞を通すと喋るという行為ができる子どももいるのだそうです。そこにはロールプレイを通して与えられる演劇の可能性を感じました。

 

「自分たちの住む街にそういう場所が欲しいという地元の強い思いがあって、トップダウンではなくボトムアップでできた施設」なのだと、藤田さんは熱く語ります。

見る、観る、参加するという体験をもっと子どもたちにしてほしいと強く願っている一人でもあります。その思いは保育付きやバリアフリーの上映、手話を交えての公演や海外児童劇、ベイビーシアター、リラックス公演など、体験する人のハードルを下げることで多くの人が楽しめる取り組みにも見られます。新百合ヶ丘を芸術のまちにしたいという川崎市の思いと合わさり、まさに市民とともに育まれてきた場所なのです。

 

ある日の「しんゆり寄席」後には、緊急企画として舞台裏をのぞけるバックステージミニツアーまで開催されました。すみずみまでオープンにすることで、観ること楽しむこと、そして創ることが一体となった、まさに外も中も丸ごと味わえる施設です。

映像館、小劇場ともに客席の傾斜が利いていて最後列でも鑑賞しやすい素晴らしいつくり

 発信拠点としてのアートセンター

「駅を中心に南のイオンシネマ、北の映像館」と話すのは映像館スタッフの村上朗子さん。アカデミックな映画上映は上映作品も吟味され決められています。「新百合ヶ丘には映画大学や昭和音楽大学もあり、知識を持ち芸術に精通している人たちが多く熟成されているんですよね」。村上さんは映画館として教育ができるのはここならでは、と劇場と一緒にできるワークショップにも力を入れています。

 

その中で大切にしていることは、娯楽だけではない専門性や芸術性。長期休みに開かれている映画作りやアニメーション作りのワークショップでは、小学生から高校生まで、幅広い年齢層がデジタルだけでなくフィルムや絵などアナログな物も使いながら映像や物が動いて見える仕組みなどを知ることができます。

映画「バレンと小刀 時代をつなぐ浮世絵物語」上映に合わせて行われた浮世絵版画摺り体験。順に色を重ね、一枚の版画に仕立てる難しさとおもしろさを知る。学校帰りの地域の子どもたちでにぎわいを見せていた

「特に50代以降の方々は映画館での体験を持っている方が多い」と村上さん。けれどスマホやテレビなどからたくさんの情報を得られる今、映画館に足をはこぶ若い世代は少なくなっているのだそうです。その時、その空間、その作品を共にできるという機会を若い世代にも持ってもらえたらと話します。

イベントの合間を縫って、次から次へと取材に顔を出してくださる各部のスタッフのみなさん。落ち着いた雰囲気の村上さん(左)と情熱的な藤田さん(右)。見事なコンビネーションのお二人

 

この日開催されていた「しんゆりまちなかラウンジ」での、こまどりアニメーション。春休みの映画ワークショップの一環で、一コマずつ子どもたちが動く様子を撮影、確認していました

 

 

もっと多くの人に

主に公開空地や3階コラボレーションスペースでの充実を図っているスタッフの保坂星羅さんは、「映像館や劇場での鑑賞はもちろん、展示会やワークショップ、市民上映会など発表の場としてもさまざまな世代に来てもらい、使ってほしい」と言います。

 

「実は目の不自由な方への副音声も録音しているんですよ。録音室があるので、朗読や自分の声を録音する人もいますね」。

一度利用するとその良さが実感できるのか、地域のみなさんに愛されているアートセンターの底力を感じると話します。

 

「川崎市アートセンターという拠点があるからこそ、人とつながることができて、挑戦できることがある。そういうのって意外と珍しいのではないかなと思っています。今日のワークショップも大薗さんや地域で活動する方々との出会いから始まって、展示は川崎市で障がいの有無に関わらずアートをテーマに活動するNPO法人studioFLATとのつながりがあったから実現できているんですよ」と静かに、けれど力強く、アートセンターの魅力について保坂さんは話していました。

お持ち帰り文庫の前で。左)保坂星羅さん 右)入江さん。実は、ある日の編集会議がきっかけで偶然の再会を果たした私の学生時代の友人、保坂さん。まさに若かりし頃、一緒に映画の授業を取っていた仲間なのでした

今回取材をして感じたのは、運営する皆さんが本当に楽しそうでキラキラと目を輝かせていること。パワフルなのにどこか落ち着いていて、各々ができることに全力で取り組んでいる様子がうかがえます。いつ行ってもちょっと楽しい、ホッとする、そして時に挑戦できる場として、これからも地域に開き、文化を次の世代へと伝えつなぐ場所であってほしいと願います。

 

伝えきれない魅力とワクワクにあふれている川崎市アートセンター、みなさんもぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

Information

川崎市アートセンター

川崎市麻生区万福寺6-7-1

アクセス 小田急線「新百合ヶ丘駅」北口より徒歩3分

HP:   https://kawasaki-ac.jp/

Instagram:https://www.instagram.com/kawasaki_artcenter?igsh=MWxhMGJzc3B5dWZrag%3D%3D&utm_source=qr

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この記事を書いた人
柴山有花理ライター
娘との青空弁当、読書時間をこよなく愛す、静岡出身。社会人を経て、身体と食に興味を持ち栄養学を学ぶ。出産・子育て経験から、こどもの未来に食からアクセスすることの大切さを痛感。夢は、生まれる前からの食の記憶に働きかけること。
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