まもなく開催される「こどもみらいフェスティバル」で上映される映画『みんなの学校』は、不登校も特別支援学級もない、誰もが同じ教室で一緒に学ぶ公立小学校の取り組みを追い続けたドキュメンタリー映画です。17日の上映に先立ち、その見所と魅力を聞き出そうと訪ねたのは、横浜市都筑区で小さな幼稚園「りんごの木子どもクラブ」を運営し、全国各地で保育者向けセミナーや母親向けの講演会を行うなど、保育者や子育て中の親達から熱い支持を受ける柴田愛子さん。「すべての子どもに居場所がある学校を作りたい」という想いに共感した愛子さんに、その魅力をたっぷりとお聞きしてきました。
社会に色んな子がいるという豊かさ。
そのおかげで、集団が生きてくる
映画に登場するのは、特別支援教育の対象となる子や、自分の気持ちをうまくコントロールできない子など、さまざまな子どもたちです。愛子先生はそういった子たちのことを「ありがたい存在」と話します。それは一体どういうことなのでしょうか。
「社会の中には、積極的な子もいれば臆病な子もいるし、早くに自我が出てくる子、遅くに出てくる子、その個人差はものすごくあるわけです。そして、みんなと同じようにしたくてもなれない、個性の強い子や障がいのある子が、本当に“ありがたいこと”にいるんだと思うんですね。人の手を借りなくても生きていける人と、人の手を必要として生きていく人と、バランスがあってこその社会。弱者といわれる人がいるおかげで、なんでも自分でやっていけると思っていた人の傲慢さが緩和されたり、お互いが補い合うことで、“あ、人間って形とか動きだけじゃないんだな”って気づいたりね」
個々の違いは健全な社会を作る上でとても大切なこと、その違いを認め合い、自分で自分を好きになれることが大事なのだと愛子さんは続けます。
「例えばなんでもできる、人の手を借りない人ばかりがいたら、そこは殺伐とした社会になっていく気がするんです。競争社会で。そこに、これをちょっとやってよとか、これどうなっているの?と いう存在がいることで、中和剤になってくれる。弱者のいない社会はすごくバランスが悪いって私は思うのね。こどももしかり。人の手を煩わせてくれるからこそ、その集団や社会が生きてくる。豊かになっていくと思うのね」
基本的には統合教育でいくべきというのが愛子先生の考え。いろんな人が共存しながら生きていくための力を養い、人間性を豊かにするためには、そのほうがずっといいといいます。
「その一方で、いわゆる教科書の勉強となると、もっと学びたい子と、本当に100くらい教えないと分からない子のアンバランスは絶対出てくるじゃないですか。それに関しては、その子が分かりたいことに関してどれだけ保障できるかが、教育の体制のような気がするんですね。だから基本的にはいろんな人がいて、社会を構成する。そして、それぞれがやりたいことをやれるようなシステムを保障していくという方向性がいいと私は思っているわけなんです」
変わらないと思っていた教育に
空気孔をあけてくれた
学校教育の中でもいろんな子どもが共存できるケアがされることを願っていた愛子さん。昨今、学歴社会は崩壊したといわれながらも、そういった社会の構図とこれまでの教育体質とがまったく混じり合わないことに歯がゆい想いをしていたそうです。これはもう無理なのかと思っていたその時、この映画に出会い「公立の現場で統合教育をやったか!」と驚いたそうです。
「今、時代的にはね、勉強の邪魔になるからとか、個別級とか、仕分けされることが多くなっている中でね。この小学校は、私が不可能と思っていたことを、可能にする空気孔をあけてくれたというか。映画の中で教員たちも、校長先生にものすごく厳しく怒られているシーンがあったけれど、特に教員採用試験に受かるってことは、どちらかというと見本に近いような人達が入ってくるわけで。勉強って不思議とね、強者は弱者の気持ちが分からないのと同じで、勉強ができる人はできない人の気持ちがなかなか分からないじゃない? けれど、どれだけ教えても分からない子がクラスにいるから、“どうすれば分かるんだ?”“こうすれば分かるのか?”って、先生たちも試行錯誤して。でもそのうち、勉強が分からなくても、この子は妙に太鼓がうまいぞ、とかね。人間にデコボコがあることに気づいていくわけじゃない。これを公立の小学校でやったということは、私にとってはものすごく嬉しいことだったのね」
大胆に思える試みをしたこの学校も、皆が皆、方針に大賛成で、親たちが支援したわけではないと思う、と愛子さん。映画には出てこない苦労がたくさんありながら、そこには説得できる先生と、涙を流せる親がいることで、実現していったのではないか……と。
「いろんな子がいて、いろんな生き方がある。どの子もみんなが来られる学校にしていこうという情熱を持つ先生たちがいる。そう思った人たちが社会を変えていくことが可能なのだという、一点の光を見た想いがしたの。これで感動する人もいるだろうし、自分の子が障がいをもっていて、現実はそんなじゃないよと暗くなる人もいるかもしれないし、いろんな想いがあると思うけれど……本来人間はデコボコしていて、だからこそバランスのいい社会が生まれていくと思うの。いま“空気を読む”という言葉が優先されて、出っ張った部分は削られて、のっぺらぼうにしている気がする。そんな社会は無味乾燥でつまらないですよね。デコボコがあるから、ボコがデコにはまるのよね。その出っ張った部分を光らせることのほうが、私は大事だと思っているんです」
人間を選別するのは、人間の傲慢さ
愛子さんが運営する小さな幼稚園「りんごの木子どもクラブ」にも、これまでいろんな個性を持った子どもたちがやってきました。ドイツ語しか話せないという理由で幼稚園から入園を断られた子、病気のために寝た姿勢でしかいられない子もいたそうです。その子たちと日々を過ごしながら、言葉が通じなくても、寝たままの状態でも、表情や遊びで驚くほどコミュニケーションが深まっていく様子を目の当たりにした愛子さん。どんな個性を持った子でも、生きているということは同じ場所に停滞しているわけではない。みんな何かを感じて、考えて、前に向かって歩こうとしていると感じたそうです。
「私の大前提として、人間を選別しない、評価しない。どんな子どもでも、そこをよけて通らず、存在を受け止める。それが私の考えです」
自閉症の子との出会いで
くつがえされた教育観
保育の現場に立ち続ける愛子さんの教育観がガラリと変わったのは、29歳の頃に出会った重度の自閉症の子どもとの出会いがきっかけでした。言葉が出ない、排泄もできない。高いところにのって奇声を発し、パニックになることも度々。ただ、その子の行動や感性、遊び方を見て、愛子さんが感じたことは……。
「その子に出会ったとき、遊ぶ様子や感覚を見て私は“面白い”って思ったのよ。こんな子、見たことない! って。気がついたら、私が担当しますと言っていた。大変は大変だったけれどね。自分の中の子どもへの見方が、すごく、くつがえったの」
正しい保育をしたいと思って勉強していたけれど、今まで思っていた教育はなんて浅かったのだろう……。すべての子どもに教育を受ける権利があるんだ、と気づいた瞬間だったそうです。
「それまで思っていたのは、私のいうことを理解して、私のいうことをする子だけに保障しようとしていた教育だった。でもこの子だって教育を受ける権利があるって思ったときに、もうそこで教育観がガラガラと崩れて。だからあの子との出会いがなかったら、違う路線にいっていたかもしれない」
個性のある子どもをもち、葛藤を抱えている親御さんたちの変化についても、愛子さんは話してくれました。
「その自閉症の子は、魔法瓶のフタをはずして中の部分を覗くのが好きでね。それを見てお母さんは、自閉症について一生懸命勉強してきたから、“また自閉症の特徴が出た”って、すごく暗い表情だったのね。でも私は、“だって魔法瓶の中はガラスできれいだよ? ほら、覗いてみたら?”って言ったの。その時お母さんは、頭をガーンと打ち砕かれた思いだったって話してくれた。我が子を理解しようと思いながら、我が子が夢中になることを一緒にやってみようと思ったことがなかった。その時から、こどもの気持ちを応援しようと思えるようになったって。あれから何十年も経っているけれど、今でもその時の話を、そんな風に言ってくださるのね」
その後、次第にまわりの子どもたちとのコミュニケーションが生まれ、一緒に踊る姿が見られ、言葉が出始め、排泄もできるようになっていったそうです。もとの資質もあったかもしれませんが、やはり気持ちを分かってくれる「安心できる居場所」があってこそ、そのように成長していくことができたのではないでしょうか。
「個性が強いとか、障がいがあるとか、いわゆる普通ではないことを受け入れざるをえない状況になった時、やはり親御さんはみんな、辛いんだと思うんですね。ところがその子たちが育っていった時、ほとんどの人が“この子でよかった”っておっしゃるのよ。“私にはこの子が必要だった”って、言うことが変わっていくの。子どもたちと過ごす中で、豊かさをもらって、学ばされている。この子がいたからこそ、今の自分の人間性を作ってくれたんだっていうの」
映画を見て、何かを感じることで
自分と向き合うことができる
これだけインパクトのある映画だから、そこできっと何かを感じ、同時に自分に向き合うことができる。「この映画いいらしいよ」でもいいし、「変わった学校があるらしいよ」でもいいし、なんでもいい。とにかくみんなに見てほしい、と愛子さんはいいます。
「“これはいい”」と思ったら、わたしは本当はこういう社会を望んでいたのかしら、とか。「こんなのありえない!」と思ったら、本当はありえてほしいのか、そうではなくて、ありえないほうがいいと思っているのか、自分との問答がはじまると思うのね。」
いわゆる学歴を通して評価を高くしていきたい親が見たら、とんでもないと思うかもしれない。それでも……と話は続きます。
「“冗談じゃないよ、こんな学校やっていたら日本の学校はおかしくなる!”と腹をたてる人もいるかもしれない。そうしたら、その人は、それで自分の立ち位置、教育観や子育て観がどういうものかはっきりしてくると思うの。その人には、今の時点では、この映画が入る隙間はないかもしれない。それでも、ほんの一点でもいいから頭の隅に残ってくれていたらラッキーって思うの。自分に向き合うために、そして今後の自分のために、きっと何かの足しになると思うから、見てほしい」
教育に対する考えは人それぞれということは百も承知。それでも、この映画は人生の長い歩みの中で、一筋の光として自らを助けてくれるかもしれない。たとえ今は気づかなくても……。お話をお聞きしながら、この映画は、子を持つ親だけでなく、すべての大人にとって、豊かな学びを与えてくれるものなのだと思いました。
こどもみらいフェスティバルでは、映画が上映される翌日の6月18日に、愛子先生の講演会が開催されます。テーマは「ママがホッとする子育てアドバイス〜まずは、子どもを見ることから〜」。子どもをどう育てたいのか、あれこれ情報を集めて考えるよりも、まずは“うちの子ってどんな子?”と興味を持つこと。何を感じているのか、何をやりたがっているのか、子どもの表情や行動をよく見ていくことで、親の役割も見えてくる……そんな子育てのアドバイスを、分かりやすく、時にユーモアを交えながらお話してくれます。
子どもの気持ち、親の気持ちに寄り添った愛子先生の言葉は、育児に追われて疲れてしまった心を、ゆっくりとほぐしてくれることでしょう。映画観賞後の余韻を感じながら、ぜひ愛子先生の講演会にも足を運んでみてください。
「みんなの学校」
6月17日(金)都筑公会堂
●1部10:30- 2部18:30-
●前売800円 ●当日1000円
●小学生以下無料・同伴可(お席はございません)
柴田愛子先生 講演会
「ママがホッとする子育てアドバイス〜まずは、子どもを見ることから〜」
6月18日(土)都筑公会堂
●10:30~
●入場無料:申込制・先着順・入場券(無料チケット)が必要です。
*質疑応答・絵本の読み聞かせもございます
*こども同伴可(お席はございません)
映画『みんなの学校』
あらすじ(ホームページより抜粋)
大阪市立南住吉大空小学校。この小学校が目指すのは「不登校ゼロ」。特別支援教育の対象となる発達障害がある子も、自分の気持ちをうまくコントロールできない子も、みんな同じ教室で学びます。ふつうの公立小学校ですが、開校から6年間、児童と教職員だけでなく、保護者や地域の人も一緒になって、誰もが通い続けることができる学校を作りあげてきました。子どもたちのどんな状態も、それぞれの個性だと捉え、周りの子どもたちはもちろん、地域にとっても「自分とは違う隣人」が抱える問題を一人ひとり思いやる力を培っています。そもそも学びとは何か? そしてあるべき公教育の姿とは? その取り組みを長期にわたり、丁寧に追い続けたドキュメント。
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