これまで取材してきた幾人もの若手農家さんから、「苅部さんはすごい」と度々伺ってきました。自ら種とりをして9年かけて栽培した「苅部大根」という品種までつくってしまったという苅部さん。農家さんが憧れる農家さんってどんな方なんでしょう? お会いする前からワクワクです。
横浜市西区にある居酒屋「大ど根性ホルモン」オーナーシェフの椿直樹さんに連れて行っていただいたのは、保土ヶ谷区西谷町の苅部博之さんの畑。敷地内にはログハウスのような素敵な直売所や駐車場が見えます。
さらに、すぐそばには相鉄線「西谷」駅、目の前は新幹線や国道が通り、ここに畑があるの? と驚くほど、交通機関が発達した場所。さすが大都市・横浜だと妙に感心してしまう光景です。
そこに颯爽と現れた苅部さんはすらりとした長身で、朗らかな笑顔が素敵な方。
新幹線が度々通るこの場所は「うるさいから」と、苅部さんの案内で路地を進み、住宅街の一角にあるナス畑に到着しました。
5分程度歩いただけで、さっきとはうってかわり、静かでのどかな光景が広がります。苅部さんがすすめてくれたブロック塀に腰をかけ、ご本人は私たちの前に立ち、さながら青空教室のはじまりです。
「20年前に僕が就農した時、うちではキャベツを出荷していました。親父は野菜作りが上手くて、市場の横浜の中では値頭(ねがしら(一番価格がいい人))だったんですよ。だけど、キャベツの産地と呼ばれる地域の値には、とてもかなわなかったんです。その産地が端境期にさしかかって、うちより明らかに品が落ちる時でもそうでした。
どんなに美味しいキャベツをつくっても、“産地“というブランドには勝てないんです。かといって、都市農業の横浜が一大産地になれるかって言うと、農業人口も少ないし、一つの品目に農家がまとまっていくのも難しい。
だったら、横浜には370万人もの人がいるのに、わざわざ市場を通す必要がないんじゃないかって。ダイレクトに消費者に(作物を)届けるほうが確実に鮮度もいいし、自分で値も付けられるし、消費者にもこれまでかかっていた手数料の分だけ安く販売できる。
そうしてたどり着いた答えが直売所でした」
尊敬するお父様でも、市場で、自分たちの望む価格を得ることは難しい。悔しい経験を経て、苅部さんは自ら直売所をつくって、そこで野菜を売るという、当時はまだ珍しい地産地消のスタイルにたどり着きます。
当初、20から30品目だった野菜も、「お客さんに野菜を選んで買ってほしい」との苅部さんの想いから次第に増え、今では100品目までになりました。
季節ごとに移り変わる新鮮な野菜を目当てに、開店前から直売所には行列ができ、いつもほぼ完売という人気ぶりです。
料理人の椿さんは、苅部さんをこう評します。
「出会った頃と全然変わらない。ずっとおいしい野菜を作っている。一番印象的だったのは、彼が値付けをしている時。僕の目から見ると普通のキャベツなんだけど、彼は “ダメよ”って除外していました。自分の商品に対してそこまで厳しく取り組むのはすごい」
苅部さんの野菜作りの情熱と品質への厳しさこそ、“苅部ブランド”であり、料理人や一般のお客様の信頼にこたえる証です。
椿さんと苅部さんの出会いは十年以上前、横浜市の食と農業の会合でした。
「椿さんの地産地消の活動を新聞で知って、お会いしてみたかったんです。実際にお会いしたら、料理人のイメージとは違って“伝える”ことができる人だなって。自分も農業をいかに発信できるか考えていたので、同じ目線だなって思いました」と苅部さん。
苅部さんは、さらに続けます。
「小学校で農業教育をやっていた時、椿さんに料理を作ってもらったことがありました。そんな時でも喜んで飛んできてくれる人。同じ方向を向いていろいろできるなって」
お二人の間に、料理人と農業者という枠を超えて、「横浜の食と農を」伝える同志としての絆が確かに見えるようでした。
椿さんのお店の名前にちなみ、「ど根性ファーム」という畑を作ろうとの企画が持ち上がり、椿さんは苅部さんに相談します。
「我われ素人に畑を貸してくださる農家さんなんて、普通いないですよ。植えつけた唐辛子の面倒まで見てくれて、その懐の広さがすごい」と椿さん。
苅部さんは「狭い畑なんでね」と言い添えます。
けれど椿さんは
「それでも(唐辛子の)お世話は絶対してくださっているはずなので」と感謝しきりなのでした。
この唐辛子の畑の企画は、さらに発展し、加工品作りもすることに。
「生産者、行政、料理人とかいろんな業種の方が興味を持ってくれて、この企画に入ってくれるので物事がすすみやすい。プロが集まっているので、フットワークが軽いんです。
椿さんは横浜のいろんな方をつなげてくれた第一人者ですよ」と苅部さん。
では、椿さんにとって苅部さんはどんな存在なのでしょう?
「苅部さんと定期的にお酒を飲む機会があるんですけど、自分がちょっと心折れそうなとき、話をさせてもらうと自分の立ち位置が確認できるんです。あー、そうでしたって原点を思い出します」と椿さん。
二人はさらなる夢に向かって、計画中です。
「農家レストランはたくさんあるけれど、プロのシェフがやっている所はなかなかない。いつか椿さんにお願いしたくて」と苅部さん。
これは書いてもいいですか? と確認すると、
「やりますから、大丈夫です」と椿さん。決意表明ともとれる確かな響きを感じました。
「横浜の“食”を伝える」という同じ目標に向かって、駆け抜けるお二人は、料理人、生産者という枠を超えて、さらなる飛躍の真っ最中。今後のお二人の活動に目が離せません。
野菜直売所フレスコ
住所:横浜市保土ヶ谷区西谷町962
横浜発!新しい食文化を創造するレシピ本をつくりたい!
クラウドファンディングに挑戦中です。応援よろしくお願いします!
https://faavo.jp/yokohama/project/1355
本連載で登場する農家、加工品生産者、スタッフの動画などをご覧いただけます。
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