横浜のみどりは身近な学びの場 横浜の元祖・里山ガール、吉武美保子さん
今年、寺家ふるさと村「四季の家」は30周年を迎えました。当時「ふるさと村のアイドル」として注目を集めた吉武美保子さんは、現在、横浜市緑区の新治里山公園を管理するNPO法人新治里山「わ」を広げる会の事務局長として活躍しています。横浜の「森と農」をつないできた吉武さんに、これからの横浜の緑と未来について、お話をうかがいました。
(写真、聞き手=北原まどか)

<私の原点>

-- 吉武さんは、NPO法人よこはま里山研究所NORA(以下、NORA)やNPO法人新治里山「わ」を広げる会など多方面でご活躍ですが、この道に入ることになったきっかけを教えて下さい。
 
吉武美保子さん(以下、敬称略):私の原点は、横浜市青葉区にある寺家ふるさと村での3年間でした。大学卒業後、外食産業でOLを1年していましたが、自然と人をつなぐ仕事をしたいってずっと思っていたんです。
1987年当時、私は青葉区鴨志田町に住んでいたのですが、夏のある日、近所の寺家町に自然環境活用センター(現:四季の家)ができると聞いて、パートでもボランティアでもいいからあそこで働きたいと横浜市に問い合わせたことがきっかけで、面接を経て職員に採用されました。1987年11月のことです。
そこでの主な仕事は大きく二つ、四季の家の加工場を利用した農産加工と寺家ふるさと村での自然観察会などの企画でした。
大学の専攻でもあった農産加工では、地元の婦人部の方と一緒に味噌づくりの講座をはじめました。当時味噌づくりの講座自体があまりなかったこともあり大人気になって、後で計算してみたら1シーズンに合計で4トン作ったこともありました(笑)。ほかにも、農家のお母さんの郷土料理や外国から帰ってきた方の外国料理などの講座をやりましたね。
自然観察会は、神奈川県立博物館(現・神奈川県立生命の星・地球博物館)の先生が講師を務めてくださり、私が現場での進行を担当していました。外来生物を駆除するために大池の水を全部抜く、なんてこともありました。
地元の方と一つの講座を一緒に作ったり、何かと相談するために足運んだりするうちに、地元の方とのコミュニケーションの取り方を教えてもらったと思います。交渉ごとはゆっくりだけどとても重要ですよね。
そして、徐々に地元の緑は、地元の農家さんが守って(使って)きたんだということに気づき、「農家を応援していくこと」が「自然を守ること」につながっていくのかなと身をもって分かってきた気がします。

寺家ふるさと村時代の吉武さん。当時を記憶する人は多い。吉武さんは四季の家に関わる当時の資料をすべてきれいに保管されていて、自身にとっても大切な想い出

-- 確かに、農のエコロジーを考えたときに、無農薬や自然栽培といった軸もありますが、こと都市部では農家さんが農業を続けてくださることが緑を残すうえでも何より重要であると踏まえ、地産地消を応援していく機運をつくりたいと、森ノオトでは考えています。
 
吉武:横浜は生産地と消費地が複雑に入り組んでいる所ですが、昔は農家の集いには農家しか集まらなかったんですよ。消費者がその場にいなかったんです。
「地産地消」が叫ばれるようになった頃(2005年)、横浜市の担当の方に誘われて考えたのが「はまふぅどコンシェルジュ」でした。
地産地消の取り組みを拡げられるように、料理人や栄養士など、さまざまな分野の方に参加してほしいとの思いが農政の担当者にあって、プログラムは農に関する日常を体験してもらえるよう企画しました。翌年、正式に予算がついて入札になると、残念なことに私たちは取れなかったんですけどね(笑)。
でも今、「はまふぅどコンシェルジュ」はとても活発に活動していて、講座も発展しているので、私はそれで満足です。私はただ食べて、地元の農家さんの応援だけではなく、その先の地元の緑を守りたいんです。
「濱の料理人」代表の椿直樹さんが横浜の生産者と手を結び地産地消の様々なイベントをおこなったり、書籍『横浜の食卓』を発刊したり、森ノオトさんが横浜の地産地消を女性の立場から牽引してきた平野フキさん(都筑区)三澤百合子さん(青葉区)たちを講師に招き、「農家のお母さん発!地産地消を未来につなぐ体験講座」を企画してくれたことは、本当にうれしくて。寺家ふるさと村での活動から、「はまふぅどコンシェルジュ」などの様々なうねりが、未来にきちんとつながっている気がします。
 
それから、横浜のような大都市では自給自足ができないので、他の地域のものをいただくしかない。国内でもフェアトレードの考え方は同じで、地方で作っているものをその対価で支払う。地方の暮らしが成り立ち、地方の人が幸せになれるようにすることも大都市に住む私たちの責任だと思っています。

新治里山公園の夕暮れ。山があり、畑がある。なんでもない景色にほっとする

<新治での活動>

-- 寺家ふるさと村から吉武さんが、緑区の新治町に活動の拠点を移すまでは、どんな変遷があったのですか?
 
吉武:栄区で12年間暮らしていたこともありますが、自然教育系のコンサルタント会社に7年在籍していました。どっぷり市民活動をして、メンバーであるおじさまたちと、会議のやり方、モチベーションの持ち方など、“活動をみんなで楽しむお作法”みたいなものを培ってきました。休耕農地を開墾してそば打ちをやったり、区民講座から独立して市民団体を立ち上げ助成金を獲得していく戦略を考えたりと、ともかく色んなことをやりましたね。コンサルという外部的な視点でなく、足もとの市民活動の現場に入り込んでいた時代でした。まさに今話題の「瀬上沢」についても、公私にわたって関わってきましたね。
 
その後が、いよいよ緑区です。
新治には通い始めて26、27年になるけれど、知人が市民の森を立ち上げる愛護会づくりを担当することになり、私も携わりました。それが1998年のことです。当時の愛護会は地主さんたちで作られるのが一般的でしたが、新治では、周辺の地域住民も参加する形のさきがけとなりました。新治の土地は地主さんが約70名、67.2haと面積も広く、よくこれだけの規模が残せたと思います。
 
愛護会がはじまって半年、お世話になった地主さんの遺志を継ぎ、新治の役に立ちたいと思ったのがきっかけで、NPO法人よこはま里山研究所(NORA)をつくりました。2000年のことです。環境に関するNPO法人としては神奈川県で初めての認証なんですよ。私は初代理事長を務め、横浜という大都市で生活しながらも、かつての里山のように暮らしと緑の距離を近づけたいと、さまざまな活動をしています。現在は3代目理事長の松村正治さんががんばっていて、農福連携をしている石田周一さんも理事に名を連ねています。森ノオトさんとも縁が深いですよね。

新治里山公園には、昔ながらの日本家屋が建つ。庭、家屋、すべてに手入れが行き届き、心地いい。第33回都市公園等コンクールの管理運営部門では日本公園緑地協会会長賞を受賞


2013年に北原まどか編集長が参加した新治自然観察の講座の様子。イタヤカエデの種子を「天使の羽」と表し、吉武さんは森の魅力を案内する

-- 新治はいつ来てもきれいですよね。今日も庭の落ち葉を集める方がいらっしゃいましたね。
 
吉武:新治里山公園の指定管理者は、NPO法人新治里山「わ」を広げる会が2009年度より務めています。横浜市は2005年に指定管理制度を導入し、公共施設や公園などの管理を民間の指定管理者に任せています。2003年の夏から2年間、新治里山公園づくりの計画に、NORAはコンサルタントの立場でかかわり、地元団体の代表や市民有志といっしょに将来の公園の姿を考えました。その中にははやし農園の林英史さんも加わっていました。後に生まれたのがNPO法人新治里山「わ」を広げる会です。
指定管理者になるというプロセスの中で、それまで私自身は行政と市民の間に立つコーディネーター的な立場だったのですが、あらためてこの場所に「市民」として立つことを選びました。新治で評価される市民参加型の公園運営の実績は、寺家ふるさと村や各地でさまざまな企画を担当してきたことや、栄区やNORAでの数々の市民活動の経験が積み重なって育まれたものかな、思います。

北原編集長と吉武さん。「これまでお世話になった多くの人からバトン(想い)を受け取ってきた。そろそろ私も誰かにバトンを渡していきたい」と吉武さん(写真=明石)


 

<緑は学ぶ場>

-- 最近、森ノオトのメンバーとの間で、都市部では自然との関わり方が難しい、と話題にあがります。摘み草をしたり、火を焚いたりすることが、自由ではない、と。これから里山をめぐる状況が変わっていく中で、私たち子育て世代は横浜の緑とどう関わっていたらいいでしょうか。
 
吉武:残念なことに横浜には土を掘ったり、山野草を採ったりできる自由になる場所はないですよね。人口が370万人もいて、巨大な道路や鉄道交通網が張り巡らされていて、インフラや流通のハブでもある横浜市は、大自然のある地方とは違うと認識する方がいいです。横浜という便利な場所に住んでいるという利便性と引き換えに、大自然を満喫するという意味ではできないこともたくさんあるけれど、でも緑がそばにあることでステキなこともいっぱいある。NORAのホームページにも書いてありますが、エネルギーや暮らしの道具などの恵みをもたらし、食料を生産する場でもあり、収穫を祝う祭りや季節の行事、動植物の賑わいなど、人として生きていくうえで大切なことを知ることのできるのが、里山の魅力です。
横浜は交通の便もいいので、それこそ大自然でできることを満喫したければ、週末や長期休暇で地方に行くこともできます。近場ならば三浦半島や丹沢など、県内にも魅力的な自然環境はたくさんあります。都市部の日常生活の中にある緑を子どもたちに自由に満喫させてあげたいというジレンマは、私自身も抱えているところだけれど、どこで折り合いをつけるのかというのは、都市の利便性を選んで暮らしている宿命とも言えますね。
でも、市民の森や公園が増えるということは、小さい子向けの安全に楽しめる場所が増えたってことだから、気軽に楽しんでもらえたらいい。川も緑も小さな生き物も君たちだけのものではなく、だけど君たちにとっても大事なものだと、思いやりを感じる場であり続けてほしいですね。
 
-ありがとうございました。

Information

にいはる里山交流センター
http://www.niiharu.jp/

NPO法人よこはま里山研究所(NORA)
http://nora-yokohama.org/

明石 智代
この記事を書いた人
明石智代ライター
広島県出身。5年暮らした山形県鶴岡市で農家さん漁師さんの取材を通して、すっかり「食と農」のとりこに。森ノオトでも地産地消、農家インタビューを積極的にこなす。作り手の想いや食材の背景を知ることで、より食材の味わいが増すことに気づく。平日勤務、土日は森ノオトの経理助っ人に。
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