文=NPO法人青空保育ぺんぺんぐさ保育士・土井三恵子 / 写真=NPO法人青空保育ぺんぺんぐさ
※このシリーズでは、「子どもを育てる」現場の専門家の声を、毎月リレー形式でお送りしていきます。
どこまでも澄みわたった青い空が、広がっていました。
「ちがうよ、ユイ~こうやって、こうやって……」
「ユイはこうするから飛ばないんだよ。もっと足をあげて~」
年長のゲンが、同じく年長のユイに、手とり足取り教えていました。
ぞうりとばし。
たまたまゲンが蹴りとばしたら、平べったいぞうりは、ブーメランのように宙を切って、おどろくほど遠くまで飛びました。歓声があがって、そこから始まった、ぞうりとばし。年長が横一列に並んで、他の子たちも集まり始め、みんな一心にその様子を見いっていました。
卒園を間近にひかえた、3月。赤ちゃんのころから仲間と一緒に育って、おみそで恥ずかしがりやで、泣くことの多かったユイ。4年かけてゆっくりじっくり育って、悲しい気持ちを伝えられるようになりました。人前でも発言できたり、苦手だったどろや水も平気になりました。集団あそびや山道探検では、大きな声でもりあげる愉快な一面も見られるようになりました。
そんな「成長」よりもなによりも、私が驚いたのは、何度も何度もぞうりとばしに挑戦する、この日のユイの姿でした。うまくできなくても、注目されても、夢中になって続けている。すこし前までは、何か言われたら、すぐうつむいて固まってしゃがみ込んで……すべてがストップしてしまうユイだったのに、ゲンのアドバイスを素直にうけ入れて、まっすぐな目で続けている。些細なことかもしれないけれど、そんな光景が私の胸をあつくさせていました。
***
4年近く続いたこのコラムも、今回でいったん終わりになります。
読み返してみて、なぜか見事に、泣き声や戸惑いやいざこざから始まるエピソードばかりだったなと思いました。「わっ、なんてワンパターン!」と恥ずかしさがこみ上げましたが、いつもいつもトラブルばかりの「ぺんぺんぐさ」ではないんです。もちろん、穏やかな日も多いですし、ほがらかに過ごす子どもたちもいて、その子たちも素敵なエピソードをたくさん残しています。ただ年長児まで在籍していくと、だれしも一度は「足踏み」する時期はあるようです。「順調」に、そつなく育っているなと思っていたら、年長になってあれ?どうしちゃったの?ということも、少なからずありました。ただ、見守られて、乗り越えて、その時期があったからこそ、ぐんと成長することが多いことも事実です。
「葛藤」。あらためて感じました。このコラムでお届けしたかったものは、葛藤と、その先に見える風景だったのかな、と思います。7~8年前、ある研修で「いまの日本の子どもには葛藤が足りない。葛藤こそが、育つ原動力だ」と語る講師がいました。その時は、あまりピンとこなかったのですが、なぜだか後々まで印象に残っていた言葉でした。
大人は、子どもたちにいつも「子どもらしく」太陽のような笑顔でいてもらいたいと、つい願ってしまいがちなんですね。だからつい与えてしまいがち、先回りしてしまいがち。でも子どもが「足踏み」している時というのは、何かしら子どもの心がたくさん動いていて、内側が熟していく時なのでしょう。「葛藤」は宝。それを内側にためてためて、ある時ポンと開かせることも多いから、だから子育てって保育って、こんなにおもしろいんだと思います。
かつて雨の続く年に、「雨の多い年は、優しい子が育つような気がする」とつぶやいたお母さんがいました。思い通りにいかない天候や季節から得る「葛藤」も、心の栄養になっていくことを、私も実感していました。だから野外での育ちは、より一層葛藤が豊富なのかもしれない。寒さ暑さをともにしてきた「同志」のような仲間感情も、無意識に生まれているように感じます。むしろ慣れてくると、雨だったり寒い日の方が、子どもたちはいきいきしていたりします。
一方で、「うちの子は、ケンカもしない」と嘆くお母さんもいました。男の子なのに、年齢特有のモノのとりあいもしないし、すぐ身を引いてしまう。友だちとようやく遊ぶようになったけれど、ケンカになりやすい戦いごっこにはぜったい近づかないし、不穏な雰囲気になるとふざけてごまかしてしまう。つまり、葛藤を避けがちということなのでしょう。気が弱いのかなあ、平和主義なのかなあ、とあれこれこぼしていました。ところが私は、ほかの保育者の書いた記録を読んで、ハッと気づきました。
それは、3歳なりたてのハルマが、大きな葉っぱをサカナに見立てて、仲良しのハルくんと並べて焼いていた。やんちゃな男の子たちもやってきて、がやがやケンカを始めたりする中でも、ハルマは次々魚を焼き続けて、ようやく周りの子もいっしょに「いただきまーす!」と言った瞬間のこと。ふだんそれほど交わらないアヤコとゲンちゃんが遠目でずっと見ていて、「がおー」「たべちゃうぞー」と、めずらしくやって来たかと思えば、きれいに並べられたサカナたちは、ぐちゃぐちゃにかき回され、何もなくなる、といったものでした。
・・・一瞬みんなが「シーン」となり、ハルマの目が点になる。
どうなるのかな……泣くのかな……と思いながら、私(保育者)はアヤコとゲンちゃんにも目をやると、2人は目の点になっているハルマを見つめて、にっこり満足気。
しばらく沈黙が続いた後、ハルマが一言。
ハルくんを見つめて、大きな大きな声で、あけっぴろげな笑顔で、
「まっいっかぁーーーーー。」
それがおもしろくて、かいじゅうのアヤコとゲンちゃんも「まっいっかぁー」と大笑い。
そしたらハルくんが「かいじゅうだぞー」「たべちゃうぞー」とアヤコとゲンちゃんを追いかけまわし、『ハルくんかいじゅう』の反撃が始まった……。
アヤコもゲンちゃんも一目散に逃げだし、みんなあちらこちらと逃げ回り続けて、遊びました。
発見でした。一般的に噛みつき・ひっかきも多い3歳前後の子たちで、こんなきり抜け方をするということが。そこから展開して、新たな遊びが一瞬でもり上がる、ということが大人の想像を超えていました。ケンカなどを経験しながら自分の思いを上手に主張できることは大切、と思っていたけれど、「まっいっか!」と、はっきり言い切れる力もすごい。お母さんが「欠点」と思うことを、見方を変えたら長所に変わるということは、今までよくあったけれど、長所を超えて、ハルマはこんな力があったのかと驚きました。
思えば、野外保育をしてきて感じていたものは、好きなことにのめり込んだり、自分と対話したり表現したりして、「個」を育んでいくのだけれど、一方で「どこでも誰とでも遊べてしまう」というような、こだわりのない優しさのようなもの……。あちらこちらで主張し合っていざこざ起こして、時には大人に橋渡しに入ってもらったり背中を押してもらいながら、ある意味おたがい削り合ってきた。山道でしゃがみ込んで動かない子をいつまでも遊びながら待っていたり、いつもこだわり続ける子を「いいんじゃな~い」とあっさり受け入れたり、木のぼりを怖がる子にいつまでもつき合ってみたり、自分も周囲もまるごと受け止めるような優しさ…。それはこの子たちの「力」だったのかもしれないなと思いました。かつて精神科のお医者さんが「ウツにならないために『まいいか』と言える子に育てよう」というような本を書いていたことも、ふと思い出しました。
その後、ハルマは彼なりの葛藤をたくさん越えながら、持ち前のひょうきんさをぞんぶんに発揮して、5歳になる頃には、自分のアイデアや考えも仲間に伝えながら遊びを盛りあげて、ケンカするほど仲のいい友だちにも恵まれていきました。
***
さて、冒頭のユイちゃん。
日々いろんな葛藤もあって、いっぱい泣いて、そのぶんいっぱい優しくされて、年中長で日々繰り広げられる話し合いでは、言葉につまるたびみんなにじっと待ってもらってきました。そんなユイは、年長児になり、困った子をだれよりもやさしく助けるお姉さんに育って、70人ちかい人の集まる畑で開かれた卒園式、大きな空の下で、堂々とひとり前に立ちました。
「ぺんぺんぐさ」では、毎年ひとりひとりに長いメッセージを、卒園証書として渡しています。
「にがてでも、うまくできなくても、ともだちにまけても、すぐオニになっちゃっても、「ま、いっか」ってあそびつづけると、とってもたのしくなることもあるね!」というユイへの証書のことばに、ユイは満面の笑みでにっこり笑いながら、大きくうなずきました。みずからはっきり響く声で「ありがとう!」と受けとる姿に、その成長をずっと見守ってきた一同が、驚いた瞬間でした。
「おひさまとかぜとあめとゆきと つちとみずとむしともりと、しっかりともだちになって たっぷりからだをうごかして あそんできたユイなら、これからも だいじょうぶ。いっぱいわらって たくさんないて だいすきなことを おもいっきりやろう。」
心も天気も、おなじように、雨のち晴れのち曇りのち晴れ、時々風強し。
いろんなことはあるさ。
でも、太陽や水や土や草木やいきもののまなざしを受けて、たくさんの人たちに見守られて、子どもたち、大きく大きく大きくなあれ。
(文=NPO法人青空保育ぺんぺんぐさ保育士・土井三恵子 / 写真=NPO法人青空保育ぺんぺんぐさ)
ぺんぺんぐさは「ひとりで子育てしないで」を合言葉に、1歳半から約20人の子どもたちが育ち合う「預かり保育」の場を、保育者・スタッフを中心に、お母さんたちとともに手づくりしています。そして、ひとりでも多くの人たちに外遊びのきっかけや魅力もお伝えしたくて、定期的に講演会や、だれでも参加できるあそぼう会を開いています。
【オンラインZOOM講演会『外で遊ぼう。~だいじょうぶ、子育てはひとりじゃない~』】
◎9/17(金)月刊クーヨン編集長・戸来祐子さん
◎10/1(金)青山学院大学コミュニティ人間科学部教授・菅野幸恵さん/ぺんぺんぐさ共同代表・土井三恵子
◎長引くコロナで、マスク越しのコミュニケーション、ディスタンス・・・、子育てはこのまま平気なのか、何をたよりにしたらいいのか、迷うことも多いかもしれないけれど、でもいつの世も、子育てに必要なことは、きっとシンプルなはず。自分を信頼すること、そして人を信頼できるようになること、その大切さや、そのためのヒントをお話しいただきます。あせらなくても、大丈夫。子育ては、ひとりじゃない。
時間:10:00~12:10頃
参加費:各500円、2回通し800円(ゆうちょ銀行振込・クレジットお支払となります)
お申し込み・お支払い:各3日前まで HPの講演会ページから
お問合せ:penpengusaevent@gmail.com 090-5763-3392(川島)
後援:青葉区社会福祉協議会、青葉区冒険遊び場づくりの会
助成:(一財)YS市庭コミュニティー財団助成事業
※お申込み項目や講演内容など、くわしくはHPをご覧ください。
※見逃し配信あります。
※可能な方は、終了後交流タイムにご参加ください(30分ほど)おにぎりなどをご用意いただいて、一緒におしゃべりしましょう。
※お子さん同伴の方は、おにぎりやイヤホンのご用意がおすすめです。
※ZOOMは、スマホ・タブレット・PCから比較的簡単に参加いただけるオンライン会議システムです。使用方法は、ていねいにお教えします。
【土と水と草と虫とあそぼう会】
◎暑い日も、腕や足を濡らすだけで涼しく、木陰や水辺を通り抜ける風は、エアコンよりも心地よいです。水やどろんこは、子どもをぐぐんと成長させてくれます。3密になりにくい外遊びにさらにコロナ感染対策をとって、少人数で開催予定です。
日時:9/9(木)10/14(木)11/18(木)10:00~12:00頃 以降毎月第3木曜場所:桜台公園または、しらとり台第一公園 青葉台駅より徒歩10分または7分
参加費:400円+保険代お子さんお一人につき100円(当日お支払いいただきます)
お申し込み:前日朝10時まで HPのあそぼう会ページから
お問合せ:penpengusaevent@gmail.com 090-9147-3027(内藤)
※のびのび自由に遊ぶ、外遊び体験会。生後8ヵ月ごろから、どなたでもどうぞ。
※天候が悪い日は、屋根もある場所でやきいも体験や、畑あそび等に変更予定。10月または11月に、芋ほり予定。※変更の場合がありますので、HPでご確認ください。
NPO法人青空保育ぺんぺんぐさ http://jisyuhoikupenpengusa.blogspot.jp/
NPO法人森のようちえん全国ネットワーク連盟の安全認証を受けた認証団体ですhttp://www.morinoyouchien.org/Profile
土井 三恵子(どい みえこ)
NPO法人青空保育ぺんぺんぐさ保育士/共同代表。10年の田舎暮らしと2人の出産を経て、療育センター・里山保育を行う保育園など勤務、青空保育を立ち上げ10年目。現在保育スタッフ4人。1歳半から就学前の20数人の子どもたちと、都会の近くの緑豊かな野山・里山の残る青葉区で、土と水と虫と草木と地域の人たちと出会いながら、季節をからだと心いっぱいに感じて過ごしている。「ひとりで子育てしないで」を合言葉に、都会のお母さんたちと力を合わせて、育ち合いの醍醐味をともに味わっている。保育士、幼稚園教諭免許、小学校教員免許、中学・高等学校理科教員免許。○コラム『大きな空の下の、ちいさな なかまたち』連載。
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子育てコラム「こうかんこしたの」「風と鳥に、背中を押されて」「いのちの力」「ちいさなちいさな『うん』」「ユイが考えた遊びが、すてきだから」「けんかは、スポーツ」「はんぶんこは、イヤ」「アンちゃんは、3歳だから」
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