狙いは的中、田中進さんはいなかったが、居所の情報をゲットした。翌日、さっそく挨拶に伺う。「自然農法で田んぼをやりたい。借してくれ」と、単刀直入に切り出した。また変な奴がやって来た、と感じたのか、進さんはそっけなく「いいだろう。しかし、約束してほしいことがある。万が一、害虫や病気が発生したら、農薬を撒くということ。無農薬で、しかも肥料もあげない、その自然農法とやらでできるものなら、やってみるがいい」とおっしゃった。過去にも数回そのような客があったらしいが、みな1、2年で撤退したという。私もその部類と思われたらしい。
早速、ゴミ捨て場と化していた進さんの田んぼの周辺から再生を始めることにした。個人所有の土地の不法投棄物に行政は関われない。公道に出せば町田市が回収することになっていた。諸般の事情から、それも一日でやってしまわなければならなかった。
当時私は週末、山梨県大月市まで出かけ、田畑を借りていた。そこで出会った自然農法に興味のある仲間と、その家族も含め、総出でゴミを公道へと運び上げた。その日のゴミは、収集車7台分にもなった。
次は、田んぼの再生だ。来年春には田植えをしたい、という皆の思いから、荒れた田が田んぼらしい姿となったのは、翌年の4月だった。
種は茨城県のつくばから調達し、苗を大月で育てた。時々、田んぼの様子を見に来る進さんが、ろくな道具も持っていない私たちを不憫に思ったのか、「これも使え、あれも貸してやる」と、初対面の時とは別人のように親切な地主さんに変わっていた。
週末農家では務まらない「2反」の田んぼ
その年の9月、待望の稲刈り。私の想像を超える出来栄えに感動した。自然農法の種だからこそ、無肥料に耐え得るだけの生命力を持っていたのだ。これが慣行農法の買った苗だったら、ここまで育たなかったに違いない。進さん曰く「今までの肥料が効いていたんだろう。来年はそうはいかないぞ」
それから二年目、三年目も収穫を得ることができた。除草剤も殺虫剤も一度も使うことはなかった。そして、最初の開墾から4年が過ぎ、「あんたがここまでやるとは思わなかった。もっとやりたいなら、他の田んぼも貸してやる」と、進さんは言い、他の地主の田んぼも含め、2反(約2000㎡)に耕作面積が広がった。
私は当時、家族四人を食べさせる為に会社勤めをしていた。この2反という数字は、週末だけの作業では済まない面積だ。私は、大月時代から共にやってきた友人に相談した。「自然農法農家の支援と自然農法の普及」を目的に、CSA(Community Supported Agriculture=地域支援型農業)的な会をつくれないかと……。友人は快く引き受けてくれた。そして、CSAグループ「あおばの会」が誕生した。
「あおばの会」は、つくる人、食べる人の境を取り外し、共に支え合うというグループだ。それを機に私は会社を辞め、自然農法農家として専進することを決意した。当時、16歳、13歳、9歳の子どもたちに「お父さんが会社を辞めると、お小遣いもあげられなくなるよ」と言うと、「僕たちは、本当に好きなことをしているお父さんが、一番好き。お小遣いなんかいらないよ」と言ってくれた。家族も本気だった。夜遅くまで1個つくって10円ほどにしかならないような内職を、家族みんなで始めたのだ。
私は、「一家の大黒柱として、これでいいのか?」と自問自答を繰り返していた。「お父さんは、世界一幸せ者だね」と、子どもに言われた時、正直、言葉がなかった。
2010年、年頭に想う。
ある日、弁当持ちでやって来て、農作業が終わると用水路で服を洗っている私に、地元の方が声をかけくれた。「農業をやるなら、近くに住んだ方がいいだろう。寺家に農家の一軒家が空いている。よかったら紹介するぞ」と言う。そして、2002年夏、寺家ふるさと村に奇跡的に入植することができた。この地はよそ者が入るのは難しいと言われていたのだ。
その年、地元の中学校(鴨志田中学)に通っていた娘が、「先生が稲作指導をしてくれる農家を探しているというので、お父さんを推薦しておいたよ」と、何の予告もなく決めてきた。早速、先生方が挨拶に来られた。私のやっている自然農法を説明し、それで良ければと、引き受けることとなった。こうして、種まきから収穫まで全ての行程に生徒も先生も携わる、自然農法による稲作授業が始まったのだ。
さて、2010年がスタートしたが、これまでに多くの方の協力と支援をいただけたからこそここまでやれたのだと、このコラムを書いていて、今更ながら感じている。自然農法農家を目指し、現在NPOを主宰する立場になったが、一人では何も達成していなかった。
もう、「夢を語るのが好きな、木村さん」からは脱却せねば……着実に、次の一歩を固めよう。そう決意する2010年、平成22年の幕開けである。
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