今回はそのレポートの2回目です。
始めに、農に学ぶ。代表の木村広夫さんが開会の挨拶をしました。
2007年に寺家ふるさとでNPOを始め、3年目にして初めてのシンポジウム開催。食の安全や環境問題から農に関心を持ち、週末は家族で土にふれる人が増えるなか、NPOでは農「を」学ぶというよりは、農「に」学ぶ場を提供したい、と語りました。
木村さんは「土から遠ざかっていては、人間は生きることはできない。身近すぎて気づかないかもしれないが、土は光、水、命と直結している。私たちは食=土であるという考えを持っています」と、シンポジウムのテーマ「土と健康」について話しました。
その後、注射をしない・薬を出さない小児科医として有名な医学博士の真弓定夫先生をお迎えして、基調講演をいただきました。
真弓先生は始めに、私たちにショッキングな数字を示しました。1955年の日本の医療費は2388億円だったのが、2007年には何と143倍もの34兆1360億円に増えているとのこと。その間の人口の変化は約8000万人から1億2700万人と約1.5倍ですから、医療費だけが極端に増えていることがわかります。
その一方で昭和20年以前に生まれた真弓先生の世代がその子ども世代のお葬式を出す哀しい現状、そして日本女性の生涯平均出産率が1.37と「子どもを産めない時代」に突入していることの理由に、ごはんをパンに替え、味噌汁を牛乳に変えた現代の食生活が影響しているのではないかと指摘しました。
「育児はその子が生まれる20年前から始まります。生まれる前の十月十日は生まれてからの80年より大事なのです」
と真弓先生。明治時代の小説家・徳富蘆花(とくとみ・ろか)の「人は土から生まれ、土から生じたものを食べ、死んで土に還る。畢竟、人は土の化け物である」という言葉を紹介し、土と水に基づく食べ物を食べるべきだと訴えました。
「日本では猿が生息できる北限が下北半島とされ、サルが住めるところと日本人の食物の採れる場所は一致する。北海道や北欧、ヨーロッパの一部、カナダ、ロシアなど、本来人が住めない寒い場所に人が住めるようになったのは、火を使い、住居をつくり、衣類を着ることができるようになったから。ごはんや味噌汁、納豆、お新香などが食べられない地域では、生きていくために工夫して肉を食べ、乳製品を採るようになったのです。北方に住む彼らは、本来人間の身体に合わない食べ物を2000~3000年間続けて摂取して、肉や乳製品を食べても問題のない身体に変化した。しかし、日本人はどうでしょう?」と、問題提起しました。
「食の基本は、まず自分の住んでいる土地のものを食べること」
と、真弓先生は言い切りました。
身土不二(しんどふじ)。
人間は自分の生まれた環境と切り離すことはできない。
三里四方のものを食すれば病せず。
この基本を守ることが何よりも大切である、と。
(真弓先生の講演のレポート後編は、次回に続きます)
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