自宅兼アトリエに求めた築40年のマンション
築40年の中古マンション。普通だったら資産価値はほとんどなく、それを新たに手にいれようとする人は希少でしょう。ところが、青葉台には古くてもその価値を認められ、後世に伝えたいと愛され続けている集合住宅があります。青葉台駅から環状4号を北に15分ほど。桜並木に面してベランダが斜めに切り立つ白亜のマンション「桜台ビレジ」がそれです。
ビーズ刺繍と革製品の作家である飛田令子さん(以下、レイさん)が桜台ビレジに自宅兼アトリエを求めたのは今から1年半前のこと。レイさんは青葉台には20年住んでいてかの地の住環境のよさは十分理解していました。
10年ほど前から創作活動をするようになって、自身の生き方や作品にそぐう拠点を求めていたレイさんにとって、世田谷美術館や浦添市美術館などを送り出した名建築家・故内井昭蔵の若き日の代表作である桜台ビレジは、ぴったりの物件でした。
眼下に広がる桜の海、遠く大山や富士山まで見渡せる眺望のよさは、エレベーターなしの5階という条件を苦にさせません。レイさんはリフォーム前の、手がついていない状態の一室をそのまま買い受け、一から思い通りにデザインしました。既存の間取りのまま、内装や水回りだけを直すのではなく、間取りからデザインまで、すべてを自分らしく……。そうしてできあがったのが、「ray collection」の看板を掲げるにふさわしい、レイさんらしい住まいなのです。
本当に大切なものを選りすぐって大事に使い回す
広いリビングはレイさんの創作アトリエであり、作品を展示するギャラリーでもあり、夜はワインを傾けるとっておきのダイニング。壁に立てかけたボードはキャスター付きのベッドとなり、窓際で星をみながら眠りにつく日もあるそうです。同じ空間が時と場合によって使い方が無限に広がります。
「アトリエをつくる時に、わたしの人生観は大きく変わりました。それまで所有していたものを手放し、本当に必要なものだけを選りすぐり、見つめ直していきました」
そう語るレイさん。生活の場でもあるアトリエに作品を置いてもなお、それを生き生きと輝かせるには、空間から余分な要素を削ぎ落としていく必要が出てきます。アトリエと住居を兼ねるから、これまでだったら洋服でいっぱいだったであろうクローゼットに、作品の素材である革やビーズ、布や道具、そしてできあがった作品を共存させます。だとしたら、選び抜いた大切な洋服だけを、大事に、大事に、着回していこう、と。そして、掃除機一つにも居場所を与えるようにする。作品と同じように、生活の道具も大切に扱っているというのです。
レイさんの洋服には、ご自身の作品である華やかなコサージュやスカーフがあしらわれ、とても個性的で、おしゃれです。古い洋服でも、自分らしくアレンジをすれば、それがまさにオリジナルブランドとして輝き、新しい生命と価値を吹き込むのです。
「わたしのテーマは、循環なのです。世の中にあるいろいろな素材、情報、自然などからヒントを得て、わたしという媒介を通じて作品に発散されるもの。それがきっと、わたしらしさなのだと思います」
住まいが作品の幅を広げる
レイさんは、人とのつながりを大切にします。それは、アトリエで一緒にビーズ刺繍と学ぶ生徒さんであったり、レイさんに作品を依頼するお客さんであったり。その人の人生、生き方をレイさんなりに噛み砕き、バッグやアクセサリーとして形にしていく……。
革の端切れ一つも無駄にせず、それをモチーフにしてバッグの表情を豊かにする。その手法が「ray.」のブランドの色となり、おおらかに人を受け入れ包み込むレイさんの個性として、着実にファンを増やしているのです。
創造性をふくらませるためには、あえてデコラティブにせず、シンプルにアトリエと住居を同居させる。マンションというある意味制約された条件を逆手に取り、独自のクリエイティビティで無限に広がる空間にしたレイさんです。
洋服や靴を大切に着回す、掃除一つ、洗濯一つの作業も喜びと創作意欲に変え、それが「レイ」ブランドに集約されまた広がっていく……。
住まいが生き方を表す。桜台ビレジでのレイさんの暮らしが、作品に彩りと華を加え、その作品が人から人へと伝わり、長く愛されていくという「循環」。名建築の懐は、どこまでも広く、深く、未来につながっていくに違いありません。
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