(環境ビジュアルウェブマガジン「ジアス・ニュース」での連載より)
■「水を求めて」…開拓者の思いを引き継ぐ
農家にとって、水はまさに命そのものだ。水がなければ、作物をつくれない。天から降ってくる雨水頼りの農耕から、やがて土地を区割りして、水路をつくり、ため池や川からの導水で水を流し、平等に分配していく……水利権はしばしば農民たちの争いごとの種にもなってきた。
栃木県北部に位置する那須野ヶ原は、北は那珂川、南は箒川に挟まれた約4万haの農業地帯で、かつては水の乏しい荒野だった。明治時代に開拓民たちが那須疎水の開削に取り組み、必死に農業用水を確保。水田を開墾し、いまでは稲作、酪農、果樹、生家、野菜などの一大産地として知られる。
「水土里(みどり)ネット那須野ヶ原」は、組合員数3382人、4323.7haの面積を受益地とする土地改良区連合での呼称で、昭和42年に農業用水の有効利用をはかるために設立された法人だ。「土地改良区」という言葉は、農業関係者以外には馴染みが薄いかもしれないが、いわゆる農家の集まった団体で、農業用水の管理や農地の整備などを行う。
水土里ネット那須野ヶ原では、これまで積極的に土地改良区の広報活動や森林保全活動を行ってきた。水源涵養林でもある森林の保全活動や、調整池での学生トライアスロン大会、「田んぼの学校」など、枚挙にいとまがない。
さらに、農地での自然エネルギーの活用にも力を入れている。平成16年度は家畜糞尿や生ゴミなどのバイオマスエネルギーの利活用調査や、調整池内での太陽光発電、環境学習施設「那須野ヶ原ウォーターパーク」の運営などを行ってきた。貯水量100万トンの戸田調整池には、「水」「を」「求」「め」「て」の文字が描かれた5枚の太陽光発電パネルと、国営土地改良事業では初となる小水力発電所「那須野ヶ原発電所」(発電能力340kW・1基)を平成4年に設置している。平成17年度は百村第一・第二発電所(最大出力120kW・4基)、平成20年度は蟇沼第一・第二発電所(最大出力540kW・2基)を導入し、合計1000kWの発電を実施している。2009年6月には、経済産業省/NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)による「新エネルギー百選」に認定されている。
■「女のカン」が動いた……農業用水のエネルギーで発電をしよう!
那須野ヶ原発電所は、ログハウス風の施設で大きな水車とタービンが回る、小規模ながらも立派な発電所風だ。有効落差は28メートルで、十分な水量を確保できている。水車・発電機の総合効率は78%と極めて高く安定している。那須野ヶ原発電所の年間のCO2排出削減量は1390トンである。
百村第一・第二発電所は、「これが発電所?」と驚くほどコンパクトで、農村の風景に馴染んでいる。田んぼに水を引くための水路には常に一定の水が流れており、わずか2メートルの落差で発電ができる立軸力プラン水車を水路にポコンと嵌め込んでいる。素人目で見ると、農業地帯でよく見られる堰と、見た目には大差ないように思える。既存の水路の落差を利用するためコストダウンでき、工場で作成した水車を短期間で設置でき、保守管理が容易であることから、農村での普及に期待がかかる新エネ技術と言える。開放型の水路であることから除塵には苦労しているが、水路に梳を入れるなどして、発電機にゴミが入らないよう心がけている。
農業用水利用の小水力発電事業の成功例として、全国から視察が後を絶たない水土里ネット那須野ヶ原。新エネルギー事業の音頭をとってきたのが事務局長の星野恵美子さんだ。「那須野ヶ原一帯は高低差があって、農業用水路にそのまま水を流していくと、流れが速くて危険なんです。流量調整のために水路内に2メートルほどの階段をつくって、水の勢いを減衰させて下流に流していました。捨てていたエネルギーを有効活用しなければもったいないと思って。女のカンですよ」と話す、笑顔がとてもチャーミングな女性だ。最初に那須野ヶ原発電所を設置したのが平成4年のことだから、今から20年近く前。今でこそ未利用エネルギーの活用には光が当たり始めているが、当時からそれに着目し、日本で初めてのことに取り組むのは、並大抵のことではなかった。
■発電所ごとに家計簿をつくる。シビアな管理で採算性を高める
土地改良区が事業主体となって水力発電事業を行う場合、事業にかかる経費はすべて農家負担となる。CO2排出量削減による環境貢献や、地域住民・観光客向けの環境啓発効果などを目的にしがちな行政主導型の新エネ導入は、税金負担に頼り採算がとれないことが多く、そこが決定的に異なるポイントだ。
星野さんは、設置にかかる費用や、メンテナンス、施設の改修費など、計画段階から十数年単位での収支バランスの検討を行い、いかに事業採算性を確保していくか、農家を口説いて回った。最初に設置した那須野ヶ原発電所が3年ほどで投資回収できたことも大きかった。小型で、かつ開放型の百村発電所は、発電効率も規模も小さいが、設置やメンテナンスが簡便で費用が少なくて済むため、やはり10年ほどで投資回収できる見込みだ。
「全ての発電所ごとにお財布を分けて、独立採算性にしています。全部ひっくるめてしまうと、どこかで落ちが出てきます。家計簿をつけるように、メンテナンス一つとっても、誰がどのように管理していけば安く済むのか、細部にわたって検討しながら採算ベースにのせてきました」と星野さん。
発電所が壊れた時に、「農家さん、補修費用を出してください」では、誰も納得しない。発電事業の積立金の枠内でいかに補填できるかが課題だ。複雑な制御システムなどはメーカーに頼らざるを得ないが、わざわざ高額な出張費を払うのもキツい。普段の保守管理ならば地元の人材で対応できるはずだと、地元の電力会社OBなどに掛け合った。地元で雇用を生み出すことで、経費の削減も両立できる。
発電事業が成功していることで、毎月の売電分の売り上げがあり、結果的に土地改良区に参加している農家の負担軽減、ひいては経済的安定につながっている。
■食とエネルギーの自給で地域おこし
「失敗したら責任とれって言われていましたから。負けられなかったねー。根性ですね」と振り返る星野さん。自身は無農薬・無化学肥料で米と野菜をつくっている生産者でもある。「米と電気は自分でつくる。つまり食とエネルギーを地域で自給していきます」
今後は、水力利用に加え、太陽光発電、木質バイオマス利用、酪農・畜産との連携によるメタンガス発酵装置やバイオエタノールの生産などを組み合わせて、地域内の100戸の住宅でのスマートコミュニティをつくってゆく計画が進みつつある。
「人はいつか必ず死ぬ。この世に生まれてきたからには、何かいいことしていきたいじゃない?」
いつしか自然に応援団が増えてきて、星野さんのビジョンは農業の枠を超え、地域全体に広がっている。
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