バス通りから一本裏に入った公園のはす向かい、三角帽子をかぶった小さな妖精が描かれた看板が目印の「Tonttuの工房」は、素敵な一軒家の中にあります。
Tonttuの工房を主宰するのはこの家に暮らす佐々木暁子(きょうこ)さん。アメリカのクリーブランド美術館や町田市国際版画美術館に作品が収蔵されている銅版画家で、玄関やお住まいのあちこちに、深く透明なブルーの版画作品が飾られています。
佐々木さんがTonttuの工房を立ち上げたのは2010年4月。いまの地にお住まいを建てられたのを機に、かねてから念願だったアトリエ兼工房を設けました。建築事務所で働くご主人が設計した家は、温かい光が差し込み、住まいとアトリエが一体になりながらも、上手に切り分けられています。玄関を入ると左手がダイニングキッチン。ステップフロアでつながった広々としたアトリエからキッチンを見下ろすと、キッチンまでがアトリエと一体になり、毎日の食事やおやつも表現の一環になりそうな感じです。
佐々木さんの愛娘・心鳥(ことり)ちゃん。目力が強い生まれながらのアーティスト。心鳥ちゃんは物心ついた時からお母さんの工房でお兄さんお姉さんと一緒になってものづくりをしています
「私は小さなころからお絵描き教室にしか通ったことがなく、そのまま大人になってしまったみたいです」
そう話す佐々木さんは、小さなころから絵を描くのが大好きで、ご両親もその気持ちを応援してくださって、すくすくと育ちました。
美大を卒業後、ご主人とともに東京のはずれ、多摩湖のほとりの小さな一軒家に住んでいた佐々木さん。その家は不思議なことに、学校帰りの子どもたちのたまり場になっていました。放課後になると小学生たちが佐々木さんの家にワラワラと集まり、宿題をしたり、絵を描いたりして過ごしていたそうです。佐々木さんはおもしろがりながら子どもたちの絵にアドバイスをしたり、算数を教えたりしていたそうです。
「理由はわからないけど、我が家は子どもたちの“寺子屋”になっていましたね。多摩湖のほとりで過ごした時期がとても面白くて、それがいまのTonttuの工房につながっている気がします」(佐々木さん)
Tonttuの工房は、小学生を対象にした絵画・造形の教室です。子どもたちの年齢、スキル、表現したいものに応じて個別にカリキュラムをつくり、その子の「次に、何をやりたい?」を引き出します。例えば虹のような微妙な色を表現したいのにうまくできずに悩んでいる子を見たら、色彩カードのプログラムを組んでみます。ただ自由に描かせるだけでなく、美術の基礎的な要素を教えることで、表現の幅が広がり、スキルも上がります。
「子どもたちの“できた!”の笑顔と達成感あふれる表情を見たい。達成感は、人間の土台をつくります。だから、カンタンに作品を仕上げさせずに、子ども自身が納得するまでねばります」と佐々木さん。
アトリエにはたくさんの画材や本があって、子どもたちがつくった作品も飾られていて、とにかく賑やか。フェルト、羊毛、モール、松ぼっくり、蔓など、自然の素材と、色鮮やかな道具を使うことで、表現できるものは無限大。絵本や図鑑、美術書、画集など、さすが建築家と美術家夫妻の書棚! と思わせる蔵書の数々は、子どもたちの表現にヒントを与える教科書でもあります。
さて、15時半になると、まるで寺子屋のように子どもたちが集まってきます。自分が先週までつくっていた作品を取り出し、完成に近づけていきます。
男の子はかぶり物をつくっています。鳥を表現したくて、床にビニールを敷いて、カラースプレーをかけます。女の子はリースづくり。自分の世界に集中しています。蔓を丸くしたリースの土台にカラースプレーで彩色をし、松ぼっくりと丸めた羊毛で飾り付けをしています。その子の手が止まり、迷っているようだったら佐々木さんは「もじゃもじゃに目をつけたら可愛いんじゃない?」などと声をかけます。
教室は小学生対象です。思い思いに作品をつくるなかで、子どもたちが表現したいものを引き出すために、佐々木さんが時々でアドバイスを入れます
高学年の女の子はたったいま完成させたピンクのふわふわマフラーを首に巻きながら、今度はパステルで絵を描き始めました。背景に濃淡ある複数のピンクを複雑に重ね、中心にはブティックで洋服を選んでいる女の子の絵が描かれています。アメリカのブティックでびっくりしながらファッションを楽しんでいる女の子のイメージのようで、佐々木さんは「びっくりする気持ちってどんな色?」と女の子に尋ねました。「飾ってある洋服をもっとはっきりした色にしたら、びっくりの気持ちを表現できるんじゃないかな」
教室では終始、集中と対話が繰り返され、ゆるやかなのにほどよい緊張感があります。複数の子どもたちを相手にしながらも、その子一人ひとりと向き合っている佐々木さんの表情は真剣そのものです。
2時間集中して作品をつくったら、最後の30分はおやつとお茶を楽しみながら、自分の作品を自分で語り、みんなの講評を受けます。客観的に自分の作品と向き合うことのできる貴重な時間です。
佐々木さんは「表現したい、というのは、人間の生まれ持った本能的な欲求であり、それができると喜びにつながります。工房では達成感とともに、自己肯定感、自分はたくさんの人に愛されているという実感を育みたいと思っています」。自己肯定の地続きには他者への肯定があり、自分と他者との間に共感が生まれるような、自然で温かなコミュニケーションが持てるような人間に育ってほしい……子どもたちは日々、佐々木さんの深く温かい愛情を受けとっています。できあがった作品はどれも力強く、いきいきとした躍動感があり、やさしく、可愛らしい。愛をたくさん注がれてできた作品たちです。
そして今日も子どもたちはまた、Tonttuがやさしく見守ってくれている工房に足取り軽くやってきます。もしかしたら、佐々木さんがTonttuそのものなのかもしれない……と思いながら、できた作品を鞄にしまってTonttuの工房を後にしました。
*キタハラ’s eye*
この日、一緒に取材をした大西香織さんとキタハラ。初めて会ったような気がしない親しみを佐々木さんに感じましたが、それもそのはず、佐々木さんはTonttuの工房を構える前は、同じ団地の住人さんだったのです。
この日は特別に2歳児でも楽しめるプログラムを用意してくれました。佐々木さんにも4歳になる愛娘・心鳥ちゃんがいるので、小さな子どもでも親と一緒にものづくりを楽しめることを知っています。
香織さんは子どもの作品づくりを手伝いながら、どんどん自分が夢中になってしまい、リースの飾りの色づけや配置に集中して取り組んでいました。佐々木さんは「パスタにスプレーで色づけすると楽しいですよ」「ビーズをつけたらキラキラするかも」と、タイミングよくアドバイスをしてくださって、香織さんも少しずつ自分のイメージしたリースに近づくほどに表情に真剣さが増してきました。
佐々木さんはいずれ大人向けの教室も開きたいそうです。「いまからその日が楽しみで仕方がない」と香織さん。子どもだけじゃない、大人も表現したい本能的な気持ちがあるんだなあ、と感じました。
12月23日(日)に、Tonttuの工房で「おかしのおうちをつくろう」イベントが開催されます。
絵本に出てくるようなお菓子のおうち、1人で丸ごと1軒のおうちをつくります。平屋でも2階建てでも自由にデザインしましょう。佐々木さんがついているから大丈夫。
お申し込みはメールで、Tonttuの工房まで。
メールにはお子様の名前、学年、保護者の名前、住所、電話番号を記入ください。
(当日はエプロンと受講料2500円をご持参ください)
<2012年2月より、火曜日クラス新設!>
現在、月曜クラス(残席1)水曜クラス(残席2)がありますが、来年2012年2月より火曜クラスも新設するとのこと。
少人数制なので定員になり次第募集を締め切ります。
見学は随時受け付けるほか、入会前に体験教室に参加して、準備から片付け、おやつまでほかの生徒さんと一緒に過ごします。
対象:小学校1年生〜6年生
日時:月曜、火曜、水曜日の15:30〜18:00
週1回(大型連休、年末年始はお休みです。夏休みは長時間授業を行います)
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