特別編:福祉の”受け手”から”担い手”に。時代を切り拓く力がここにある!
映画『普通に生きる』レビュー(環境ビジュアルウェブマガジン「ジアス・ニュース」での連載より)

自分で立ち歩き、ごはんを食べ、言葉を話し、排泄する―–。それが自由にできない重度障がい者は、学齢期は特別支援学校(養護学校)で過ごす。卒業した後の彼らの行き先は……一つは、人里場所にある施設に入所すること。もう一つは在宅で保護者や家族の元で過ごすこと。重度障がい者も地域のなかで「普通に生きる」こと。それを目指して立ち上がった保護者・地域の物語。

 

『普通に生きる』公式サイトより

 

■成人を迎えることの難しさ

 

静岡県富士市に暮らす小澤美和さん、20歳。この日は彼女にとって特別な日だ。美和さんが通う生活介護事業所「でら〜と」の「成人を祝う会」に出席するため、家族みんながよそゆきの装いで、どこかウキウキしている。美和さんの母親・ゆみさんは、手際よく美和さんのおむつを替え、背負い、おろしたてのワンピースを着させ、髪を整える。その傍らには兄・裕史さん。兄も美和さんと同じように幼い頃から重度の障がいを持つ。

 

成人を祝う会で、ゆみさんは涙ながらに「子どもが小さい時、毎日のように死にたいと思っていた。一生うんこの世話をするのかと……。いま気づいたらあっという間の20年で、いまは自分の好きな仕事(レストラン経営)もできている」と語った。

 

ドキュメンタリー映画『普通に生きる』。冒頭のシーンは、「成人式」から始まる。自分で立ち、歩くことができない。排泄が自由にできない。固形のごはんを食べられない。成長に伴いカラダが自由に動かなくなる。自立呼吸ができない。痰を出すことができない……そんな重度障がい者にとって、成人の日を迎えることはとても困難だ。「一日いちにちを大切に送っていないとこの日は迎えられなかった」と、でら〜との施設長・小林不二也さん。

 

そんな重度障がい者たちが「普通に生きる」? この映画の副題は「自立を目指して」。自立とは? 地域で生きるとはいったい―–。

 

『普通に生きる』公式サイトより

 

 

■笑顔一つで社会に貢献できる

 

映画は重度障がい児・者の通所型生活介護施設でら〜との二つ目の施設建設が持ち上がった2007年ごろからの5年間を追いかけている。重度障がい児は特別支援学校を卒業後、山奥の施設へ入所するか、家族が介護するかの二つに一つしか行き先がなかった。子どもの成長とともに自分の老いが始まり、死んでも死にきれないと感じる保護者の肉体的精神的負担。重度障がい者は社会から隔離されて生きるしかないのか―–。

 

「普通に生きる。地域で生きてこそなんぼだ!」

 

小沢映子さんは、出産時の事故で重度の障がいを得た長女・元美さんの特別支援学校卒業後の行き先を心配していた。「新しい制度を切り拓き、自たちの望む通所施設をつくろう!」と立ち上がった。市街地の通所施設を求めたものの候補地がなかなか見つからず、事業計画をスタートさせてから足かけ5年、2004年4月に完成したのがでら〜とだ。

でら〜とでの1日は、朝の会から始まり、光あそび、足浴、週3回の入浴サービス、散歩、紙芝居など、一人ひとりの健康状態や身体機能に合わせて個別にプログラムを組む。医療スタッフが常駐しており常に医療ケアができる態勢で、毎日手づくりの給食は利用者それぞれの状態に応じてドロドロ食やカッティングをする。

 

利用者のペースを尊重し、スタッフとの関わりも密接。穏やかで静かで、やさしい時間が流れている。利用者は全身で喜びを表現し、常に無垢な笑顔を見せる。スタッフもその表情に引き込まれるように、笑顔が画面いっぱいにあふれている。

 

でら〜とでは地域との関わりを大切にしている。地元商店街との交流、夏祭りへの参加、毎年5月の「でら〜とまつり」など。小林所長は「利用者がもっている魅力を社会にどう還元するか」をテーマに、地域社会との関わりを模索する。手仕事作品を売ってわずかな労働収入を得ることが本当に求められているのか? 生産活動すらできない重度障がい者の存在価値とは?「笑顔一つで社会をパーッと明るくできる」(小林さん)存在を、家庭や山奥に閉じ込めるのではなく、地域社会の真ん中で、発揮させるべきではないか、と。

 

『普通に生きる』公式サイトより

 

 

■「お姉ちゃんがこの家でいちばん自立が近いよね」

 

保護者や家族にとって介護は朝晩続くもの。家族が病気になることもあるし、時には息抜きの時間も必要だ。ショートステイもできる通所施設の建設計画が始まったのは2007年。全国の先駆けとなった通所と宿泊兼用の生活介護利用所「らぽ〜と」は2009年に開所した。小林さんは「最初から制度化されていることなんて、何もない。まずニーズがあって、闘いがあって、初めて制度化できる」と話す。

 

『普通に生きる』公式サイトより

 

小沢映子さんは2011年、富士市議会議員として3期目の当選を果たした。小沢さんが目指すのは、重度障がい者が自立できる社会をつくることだ。そのためには「この子は私がいなければダメ」と親が子を囲うのではなく、色々な介助者、地域社会と関わることで、発展的に社会とつながっていけるようにすることだ。「もう私の手を離れても十分に社会でやっていける」と、重度障がい者とその家族が親離れ・子離れできるように、社会の仕組みをつくっていこうとしている。

 

もしかしたら小沢家でいちばん自立が早いのは、長女・元美さんではないかと、家族の誰もが思っている。両親、妹弟、ホームヘルパーさん、でら〜とのスタッフ、そして地域と最も強く関わっている。親離れの準備も十分だ。

 

「普通に生きる」。それを誰よりも強う願う人たちが、時代を切り拓く。重度の障がいという「光」を持って生まれた人たちが、誰もが自立し、すべての人が笑顔で暮らせる「普通の社会」をつくるための道を照らしているのかもしれない。

 

『普通に生きる』公式サイトより 

Information

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■上映情報

映画『普通に生きる』

公式サイト:http://www.motherbird.net/~ikiru/

2012年1月7日(土)より、東京・ポレポレ東中野で上映中。1月21日(土)より横浜ニューテアトル、1月28日(土)より大阪シネ・ヌーヴォにてロードショー

2011年/日本/カラー/83分/ステレオ/製作・著作・配給:マザーバード

撮影・プロデューサー:貞末麻哉子

構成・編集:洪福貴

製作補:梨木かおり

ナレーター:長谷川初範(特別協力)

音楽:木霊

撮影協力:社会福祉法人インクルふじ、生活介護事業所でら〜と、生活介護事業所らぽ〜と、NPO法人くじら 陽だまりの家、静岡県立富士特別支援学校/富士市/富士宮市

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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