一口にパンと言っても、いろいろあります。粉も違えば、酵母も違う。発酵にかける時間や手間ひまのかけ方も、つくり手によってまったく異なります。もみの木台にある雑穀パンとおやつの店「たねまき」のパンは、白神こだま酵母の生地を低温でじっくり発酵させて、甘みを最大限に引き出しています。さらに炊いた雑穀や、雑穀の粉をブレンドしていきます。雑穀といっても、アワ、ヒエ、キビ……種類も豊富で、それぞれ「うるち」と「もち」があって、味も食感も一つひとつが個性的。その雑穀の個性に合うようなパンを研究し、開発しているのが、たねまき店主の竹川真紀子さんです。
小さなころからお菓子づくりが大好きだった竹川さん。大学卒業後、アパレルのバイヤーのアシスタントという、憧れの職業に就くも、「やはり大好きなことを仕事にしたい。後悔しないように生きたい!」と決意して、結婚を機に退職、それから昔からの夢、お菓子づくりの道に邁進します。
来る日も来る日もお菓子をつくり、料理教室に通い、習ったものを家でまた試作し、自分のモノにしていった竹川さん。徐々にカフェなどにお菓子を置くようになり、また個人的にもバースデーや結婚式のスイーツを依頼されるようになるなど、順調に活動の幅が広がっていきました。
いまから7年ほど前、お菓子をつくりながら、ふと竹川さんは考えました。
「こんな風に普通につくるケーキを、子どもたちに食べさせていいのかな」
竹川さんはお菓子づくりを始めた時から、使う砂糖は洗双糖、国産小麦、有精卵など、努めてオーガニックな素材を選んで使用していました。それでも、普通のお菓子に使う砂糖や生クリームの量は、あまりに多い。考えてみると、自分自身の体調と甘いもの好きという性質は、連動しているのかもしれない……と気づきました。
竹川さんは元々生理不順で、生理痛もかなり酷い方。当時通っていた漢方医のアドバイスや、マクロビオティック、雑穀料理との出会いから、一度食生活をガラリと変えてみようと思い立ちました。そして、毎日あれだけお菓子をつくっていたのに、生クリームと砂糖、卵をいっさい使わない食生活に切り替えました。
「わたし、自分が経験して納得しないと、なかなか信じられないタイプで。砂糖のとりすぎが冷えや生理不順と関係があって、私がそれで体調を崩しているとしたら、一度徹底的に食を変えてみて実証してみたいな、と」
果たして食を変えた効果は本人も驚くほどで、ほどなくして妊娠。「赤ちゃんが私のところに来てくれたのは、きっと何かの意味があるんだろうな」と、本格的に穀物菜食と雑穀料理の勉強をスタートしました。
2006年からは完全に穀物菜食に切り替えた竹川さん。7年間しっかり穀物菜食を実践すると、カラダの細胞まで入れ替わるとはよく言われることですが、竹川さんの実験もいまや7年目に入ろうとしています。
「穀物菜食は、心身ともにいいことばかり。まず、婦人科系では冷えが緩和されて、生理もとても順調になりました。それから、家族全員、ほとんど風邪を引きません。毎日の料理で使う食材がとてもシンプルになったので、調理がとてもラクで後片付けもカンタンです。唯一不便なのが、お友達とのお付き合いくらいかな」
穀物菜食を続けながら、雑穀に出会った竹川さん。種類の多様性や生命力、食べた時の満足感、個性の強さに惹き付けられるようになりました。アワやキビを炊いてみたら美味しくて、甘酒やりんごジュースなどと合わせるとスイーツとしてもとても魅力的。また当時習っていた白神こだま酵母のパンとの相性もよくて、「炊いた雑穀を入れたパンをつくりたい」というアイデアがわいてきました。
そんなわけで、雑穀パンという、珍しいジャンルのパン屋のオープンにつながるのですが、主婦であり、母でもある女性が独立してお店を持つのは並大抵のことではありません。理想の土地を探して何十件も回るところから始めて、自宅の1階で店舗兼調理場、ゆくゆくは教室を開くことも念頭に入れ、1年半もの時間をかけて建築段階から細やかに設計して、2007年2月に引っ越してからは開店準備のため事業計画書を緻密につくり上げて、融資を受けて……。2008年12月に「たねまき」の看板を掲げてオープンするまで、そして今もなお、竹川さんは主婦業と母親業を両立させながら、自らの夢を形にしていきました。
「お菓子が好き」から始まった竹川さんの挑戦。製菓学校や料理教室での学び、パンづくりの学び、マクロビオティックや雑穀料理の学びと、ほぼ10年近く学び続けたものを、竹川真紀子流にアレンジして、ついには「雑穀+パン」という新しいジャンルの食スタイルを世に打ち出すことになりました。
あとは皆さんご存知の通り、もみの木台の「たねまき」と言えば、地元あざみ野、たまプラーザ、新百合ケ丘方面からもお客さんが絶えない、人気パン屋に成長しました。竹川さんの明るく情熱的で、真面目な人柄にファンが増え、教室も大盛況です。
女性や子どもに大人気の「タカキビハートキャロブ」は、チョコレートのようにリッチで甘い食感なのに、実はココアもチョコも生クリームも砂糖も入っていなくて、オーガニックのタカキビとキャロブ(いなご豆)のパウダー、チプと、雑穀甘酒、羅漢果の甘みでつくった、ほかにはないお味。定番のもちあわソフトフランスは、パン生地の20%に炊いたもちあわを混ぜ込み、甘みとうまみがたっぷりの、もっちりと、しかしながらやわらかい食感が魅力。美味しいパンはついつい食べ過ぎてしまいがちですが、どうしてもお腹が詰まったり、張ったりするのが悩みどころ。でも、「たねまき」のパンは、食べても食べても詰まらない。それどころか、食べるほどにすっきりとお通じもよくなる、魔法のようなパンなのです。
だから、「たねまき」のパンは、玄米菜食やベジタリアンの女性に圧倒的な支持を得ているのはもちろん、そうでない人でも美味しく食べられて、気づいたら「あれ、砂糖使ってないんだ」「なんだか食べると体調がよくなる」と、ちょっとした変化や気づきを起こしているようです。
雑穀は、一粒一粒が、種です。実はお米も玄米は種。生きているから発芽するし、人のカラダに作用するし、心身の循環をよくしてデトックスにもつながります。
もしかしたら竹川さんは、雑穀パンという「メディア」を通じて、自分が伝えたいこと、気づきの種をまいているのかもしれません。
雑穀パンを食べた人が、日々の食事や、生活を整えていくこと。巡り巡っていく世界に思いを寄せること。子どもたちの未来に残していきたい地域や、地球をつくってゆくこと。
小さな小さなパンには、たくさんの「つぶつぶの種」が詰まっています。つぶつぶの数だけ、ステキな未来が広がっていきそうです。
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* キタハラ’s eye*
「ゼロをイチにしていきたい。それがわたしにとっての“たねまき”」とおっしゃった竹川さん。何もない土に種をまいて、育てていく。雑穀を通じて、新しい世界を広げていく。そんな人に出会い、「イチをジュウに、ヒャクに」するのがわたしたち森ノオトの仕事なんだなあ、と思いました。
荒野を切り開き、あるいは耕作放棄地を再び開墾し、種をまいている人が、この地域にも実はたくさんいます。その地に足を運び、気づき、そして日々の生活を変えていく人が、少しずつ増えています。そして、たとえば森のマルシェネットワークなどで、実った作物を売って、また食べて知って発見して、気づきを広げていく人たちがいます。森ノオトでは「種をまく人」を紹介していき、「種をつないでいく人」を結んでいきたい。
真紀子さんと語り合う夢の話は尽きません。5年、10年経った時に、ゼロからまいた種が、センにもマンにも広がり、遠く未来につながっていく……そんな夢をともに見る同志が、またこの地に増えました。
雑穀パンとおやつの店/つぶベジ料理&教室「たねまき」
住所:横浜市青葉区もみの木台5-45
TEL:045-777-6854
OPEN:物販(木金)、パン(金)11:30〜17:00
教室 毎週月・火
定休日:水・土・日
アクセス:東急田園都市線あざみ野駅より東急バス「あ24・25・27・28系統」、たまプラーザ駅より東急バス「た26系統」、小田急線新百合ケ丘駅より小田急バス「新21・23系統」に乗り、「もみの木台」下車徒歩3分 →Google Mapで見る
http://www.ab.auone-net.jp/~tanemaki/
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