第34回:自然エネルギーは電気に変えず直接使う
エコロジーの先はエクセルギー! 東京都武蔵小金井市・雨デモ風デモハウス
(環境ビジュアルウェブマガジン「ジアス・ニュース」での連載より)

夏、古くからある切通しを通ると、一瞬3℃くらい体感温度が下がることがある。切通しの石垣土塁が冷えていて、わたしたちの体から汗が蒸散する。石垣は真夏なのに冷えて濡れている。熱が移動していくので、とてもひんやりと感じる。

 

一方、エアコンでの冷房は、熱交換で冷えた空気を送ることで、部屋を涼しくする。気流が直接カラダに当たるので、カラダが冷え、乾燥することもある。

 

東京は小金井市にある「雨デモ風デモハウス」では、気流による冷暖房ではなく、天井・床・壁の「面」の温度を調整し、カラダからの熱の移動を利用して快適な室内空気環境をつくる。周囲面の温度調整に使うのは、雨水と、太陽の熱だ。自然エネルギーを電気に変えて使うのではなく、自然エネルギーを直接使う「雨デモ風デモハウス」。この不思議な空間に学ぶ、これからの建築とは……。

 

建築家の黒岩哲彦さん。一般住宅よりも室温の変化がゆるやかで一定な雨デモ風デモハウスの温熱環境について語る

 

■自然の恵みをそのまま使うエクセルギーハウス

 

東京は武蔵小金井の雨デモ風デモハウスを訪れたこの日は、うららかな小春日和だが、まだ外套が必要な気温だった。雨デモ風デモハウス内にあるデモデモcaféでは、子連れでランチを楽しむ主婦のグループやカップルで賑わっていた。窓は開け放たれていたが肌寒さはなく、心地よい温かさだった。床の無垢材が太陽の光を吸収して温かく感じるのだろうな、と思っていたが、実は温熱工学的に様々な仕掛けがほどこされているからこその快適な環境だった。

 

雨デモ風デモハウスは、東京都が「東京都地球温暖化対策等推進のための区市町村補助制度」で建設資金を助成し、小金井市が滄浪泉園緑地に面した敷地を提供し、中央線の三鷹〜立川間の沿線エリアを中心に環境共生のまちづくりに取り組むNPO法人グリーンネックレスの建築室が設計を担当、運営を市民グループが担う、公共と市民の協働でつくった実験住宅だ。地産地消で環境に配慮した食材を使ったナチュラルごはんが食べられる「デモデモcafé」や、無線LANやプロジェクターを備えたノマドオフィス兼コ・ワーキングスペースとして、また、環境や地域活動に関わるイベントや講座が開かれるなど、様々に活用されている。

 

雨デモ風デモハウスはその名の通り、太陽の光と熱、自然の風、雨水といった、自然のエネルギーを最大限に活用した住宅だ。いま、大手住宅メーカーが率先して開発を進める「スマートハウス」は、住宅の屋根に太陽光発電パネルを設置して電気をつくり、省エネ機器を導入し、HEMS(Home Energy Management System=電気の発電量、使用量を”見える化”して効率的な運用を図るシステム)で連携するように、「自然エネルギーを電気に変えて使う」ことが前提になっている。雨デモ風デモハウスでは、自然エネルギーを直接使う。電気をつくって、エアコンで温風や冷風を送って冷暖房するわけではないから、リモコンで好みの温度や風量を設定することはできない。陽だまりのようなほんのりした温かさや、木陰のようなほどよい涼しさを感じる空気に、ひと筋の光や、そよそよと流れる風が、季節感を添える。

 

この環境配慮型技術の粋を集めた「エクセルギーハウス」の普及と技術確立に尽力してきた建築家の黒岩哲彦さんは、「遠くから運ばれてくる強力なエネルギーを使わないと本当に快適な暮らしは実現できないのでしょうか。そのような社会をつくってしまった人間は、地球の棲まい手としては落第生ではないか」と問題提起する。身近な資源性(エクセルギー)に着目し、暮らし方と技術システムの両面から、私たち人間が地球の棲まい手たるにふさわしい建物をつくるのが私の役目、と力を込める。

 

「エクセルギー」というのは、物理学の概念で、大まかに言えば、エネルギーや物質の拡散と集中の循環を示す。食物連鎖や生態系の循環、そして温熱環境なども、エクセルギーの概念で説明できるという。地球上の生物は、身体を構成する要素のうち、水分の占める割合が大きい。人間ならば赤ちゃんだと75%、大人は60〜65%が水でできている。水があることでカラダの中を物質が移動し、熱を保つことができる。体温よりも外気温が高いような時は、汗をかいて熱を蒸散し、冷却機能が働く。エクセルギーハウスでは、太陽と風と雨の力を借りて熱の移動を促していく。

 

Photo02雨デモ風デモハウス。温熱環境だけでなくビオトープや菜園、グリーンカーテンなど、あらゆる自然の恵みを受けられる

 

雨デモ風デモハウス。温熱環境だけでなくビオトープや菜園、グリーンカーテンなど、あらゆる自然の恵みを受けられる

 

■空気の温度ではなく、建物の周囲面の温熱環境を調節する

 

外気温が15度くらいのこの日は、暖房がある方が過ごしやすい。雨デモ風デモハウスでは、床と壁、天井(周囲面)の温度を、室内よりも少し高く設定する。周囲面の温度は22度で、室温はだいたい15度。エアコンによる気流は発生しないので、どこかが極度に乾燥したり、冷たいということはない。窓を開け放しても、周囲面が温まっているので、体感温度は心地よく快適そのものだ。

 

周囲面の温度をコントロールするのが、雨水と太陽だ。屋根面から雨樋を通して床下に3トンの雨水をため、冬は屋根に送って太陽熱温水器で雨水を温める。屋根面と床面の温まった雨水が周囲面を室温より高くまで温め、室内がほっこり温かくなる。夏は、常に新しい雨水を冷熱として床下に蓄える。天井面と屋根面の間は、夏は通気層として自然の風が通り抜け、雨水を蒸発させて気化熱で天井面の温度を下げる。冬は通気層を閉じて保温層にする。室内側の天井面は熱伝導性の高い金属を採用している。夏は外気温が30度くらいでも、天井面は気化熱で25度くらいに下がる。また、夏でも雨水の温度は約25度なので、常に新しい雨水を床下にためて、床面は26度程度を保つ。

 

エクセルギーハウスでは独自に開発した”詰まらない樋”で、落ち葉や砂や埃をろ過して、常にきれいな雨水を確保できる。エクセルギーハウスの冷暖房に使う電気は、床下にためた雨水を、冬季は太陽熱温水器に、夏季は天井面に送るポンプの動力や、制御回路用に、180〜240Wで十分まかなえるので、小型の太陽光発電パネルを屋根面に積めば冷暖房のエネルギーも自給自足できる。

 

「天井、床、壁。周囲面の温度をいかにつくるかがポイントです」と、黒岩さん。室内の空気の温度を調整するエアコンなどの冷暖房は、窓を開ければすぐに室温が変動するので窓を閉め切りにしがちだ。周囲面の温度を調整するエクセルギーハウスは、窓を開けていったん室温が変化してもすぐに戻ろうとするので、室内にいる人は窓を開けやすくなる。人間の体への負担が少ないことも科学的に証明されているという。ちょっと暑い、あるいは肌寒い時には、壁に引き込んでいる可動周壁を引き出して壁面を増やせば、熱の放射を受ける面が増えるので、窓を開けて外気を入れても体感の心地よさは維持できる。

 

「際立った公害地域でない限り、建物の外の空気のほうが室内の空気よりもきれいです。そうでなくなった時は、地球上の生き物が滅亡する時とも言えます。そこで我々は、年間を通して窓を開けることによって快適になる期間や場面が長くなる建物の仕組みを開発してきました。我々は、地球の棲まい手ですから、外の自然と一体になって生きていくのが基本です」(黒岩さん)

 

photo-3デモデモcaféのランチは、武蔵野エリアの地場野菜を中心としたメニュー。「おそうじパン」がついてくる

 

■まちづくりの成功体験を虫食いのように広げたい

 

「雨デモ風デモハウスは、蒸し暑い日本の夏に適したエコハウスの実験でもありますが、公共建築としてのつくられ方の実験でもあったと思っています」

 

こう話すのは、NPO法人グリーンネックレス設計室の岡田裕康さん。雨デモ風デモハウスの設計・デザインや、市民による運営コーディネートの立役者の一人だ。「これまでの公共建築は、行政が市民とは無関係にハコモノを完成させて完了という傾向が強かったが、雨デモ風デモハウスは市民が建物の企画段階から参加し、使い勝手も含めた運営までのイメージをつくり上げたことが重要です」

 

雨デモ風デモハウスは、2011年9月にオープンした。それから、地域づくりや環境に関わる市民グループが集まって話し合いをしたり、環境や暮らし方に関する講座を主催し、運営している。

 

例えば、2012年1月から3月まで全5講座を開催した「雨風ゼミ」では、エクセルギー理論を提唱する東京都市大学環境情報学部・大学院教授の宿谷昌則氏や、雨デモ風デモハウスのビオトープを設計した宮城県のNPO法人田んぼ理事長の岩渕成紀氏、パーマカルチャー・センター・ジャパン代表理事の設楽清和氏等、雨デモ風デモハウスで実践している農や食、暮らし、水、そして建築に関わる、様々な分野のプロフェッショナルによる講座がおこなわれた。また、地と人をつなぐ仕事「地営業」(じえいぎょう)を育てる講座「まちえね++(たすたす)セッション」では、黒岩さんを始め、自然エネルギー利用や、当連載でも紹介した皮むき間伐の実践、アロマセラピーなど暮らしに関わることまで、日本各地で活躍する地営業者のトークと地元での仕事につなげるアクションづくりなど、多彩で充実した地域活性事業がおこっている。

 

エクセルギーハウスの冷暖房の仕組み(提供:雨デモ風デモハウス)

 

もちろん、デモデモcaféがあることも、雨デモ風デモハウスに人が集まってくる要因だ。武蔵野の大地で採れた新鮮な野菜をメインに、ヘルシーでオシャレなランチや美味しいドリンクで、地域の人々が食の時間を楽しむ。ランチプレートには「おそうじパン」という小さなソフトパンがついて、食後にお皿を拭く。お皿がきれいになれば、食器洗いによる排水も少なく洗剤を使わずに済む。排水はそのままビオトープへ。絶滅危惧種のサンショウモやイトトリゲモなどが生え、メダカがのびのび泳いでいる。

 

「雨デモ風デモハウスは、私の考える”虫くい型まちづくり”の一つの拠点にできたような気がしています」と岡田さん。広大な敷地を一気に再開発するようなまちづくりではなく、コミュニティのなかに雨デモ風デモハウスのような一つの拠点ができて、まちづくりの小さな成功体験がポツポツと虫食いのように広がっていけば、点がつながっていずれ面になることを市民が実感できるようになるだろう。「この建物を劇場に例えれば、竣工後もコミュニティ建築家には演出家・美術監督の役割が残っているように感じる。市民が展開するイベント等をうまく誘導し、ソフィスケートされた市民運動を展開したい」と岡田さん。

 

暮らしに直結した建築。建築物の集合体が地域を成していくとしたら、建築家の役割はとても大きい。太陽や風など、自然エネルギーを使った電気をつくり、住まいを「閉じて」室内の温熱環境を維持するよりも、窓を開け放ち地域にひらいて暮らすことができるならば―–。「地球の棲まい手、地域の住まい手」として、日々の暮らしをどう志向していくのか。雨デモ風デモハウスが、今後虫くいの穴をどれだけ広げられるか、そして全国各地にこのような取り組みが飛び火していくのかが、楽しみだ。

 

NPO法人グリーンネックレス建築室の岡田裕康さん。美しく開放的な空間デザインを手がけた

 

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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