●今こそ、ダウンシフトにJUMP!
キタハラ: 私がKOKOさんの活動を知ったのはおそらく出産後だったと思いますが。当時KOKOさんは鎌倉で物々交換会など、シェアするライフスタイルで地域を持続可能にするさまざまな試みをされていました。
震災後、西日本に移り福島の子どもたちを受け入れる活動や、2012年春からは世界中を旅しながらタイのパイに拠点を置き、自給自足的な暮らしをされています。KOKOさんの旅は今後も続くのかな……と予想しつつ、今、現時点でのビジョンをお聞かせください。
丹羽順子さん(以下、KOKO): これまでに人生の転機が何度かありました。一つは、「持続可能性とリーダーシップ」について専門性を身につけようと渡った2003年のロンドンの大学院で、世界中から集まってきた生徒たちに刺激を受けたこと。例えば南アフリカから来た友人からはHIV/AIDSの孤児院を運営していたり、ハンガリーでNPOを立ち上げ消費社会を見直そうとしている友人もいて、行動している。自分自身のこれまでを反省するとともに、勇気をもらい、サスティナビリティに開眼した……これが一つの原点です。
もう一つは妊娠と出産という神秘を体験したことで、自分自身の暮らしをスローダウンして地に足をつけサスティナビリティを実践しようと思いました。それまで住んでいた登戸から鎌倉へ居を移し、1ステップ、ダウンシフトしたのです。
そして、3.11。東日本大震災、福島原発の事故と放射能汚染……これまでの消費社会のツケが全部出てきたような感じで、さらにもう1ステップ、土に近いところでダウンシフトしていかなければという思いが強くなりました。仲間もたくさんいて、仕事も順調だったし、まさに夢のような暮らしで大好きだった鎌倉を2011年3月に出て、一時期西日本にも滞在して福島の子どもたちを招く「おいでプロジェクト」や小さな手づくり幼稚園「のんたん幼稚園」を立ち上げたり……。そして、2012年の3月に、片道切符を手に世界放浪の旅に出かけました。
今はタイの北部・チェンマイからクルマで3時間ほどのところ、パイの近くにあるパーマカルチャー・コミュニティのタコメパイに拠点をおいています。電気も水道もなく、現地に古くから暮らす人々と世界中から集まってきた旅人たちと、衣食住すべて手づくりで、お金で消費をせず、同じ価値観の人たちと集い暮らし、娘も近くにあるモンテッソーリの幼稚園で、世界各国の子どもたちとのびのび楽しく過ごしています。
今は、拠点をどこかに移すというよりも、拠点が増えている感じですね。日本にある実家も、鎌倉も、タコメパイも……。
ただ、娘も学齢期になりますし、今後どうするか、そろそろ自分の居場所を求める時期でもあるので、定住や帰国も視野に入れつつ、もう少し旅をしながらその答えを探すことになるのかな、と。
キタハラ: 震災以降、都市から離れてダウンシフトして土に近い暮らしをしている人も出てきています。私たちは、都市生活をしながらどうダウンシフトしようかと模索しているところです。みんなが小さな一歩を踏み出せば大きな力になるのかなあ、と思っているのですが……。
KOKO: 正直、私も電気やガスも水道もないところで暮らすとは思ってもみなかったけれども、実際にやってみると、ないことが、実は「何てことない」ということに気づきました。むしろ、すごく楽しくて、豊か!
世界中で起こっている貧困、社会、自然環境、教育など、様々な問題は、私たちが思っている以上のスピードで進行しています。本当はもっと想像力を働かせて自分を変えていかなければならない時なのに。
残された時間はわずかだと思います。実は、小さな一歩では間に合わない、思い切ってジャンプしてダウンシフトしなければ。そんななかで、いま、唯一これだけをすれば全てが解決する、という方策が何なのかと問われれば、「スローダウン」なのです。
都市に住んでいると、楽しいこともいっぱいで、新しいことが次々に起こって情報もエネルギーも交換されて、刺激的だけれども、とにかく忙しい。忙しいと時間をお金で買おうとします。私はダウンシフトしたことで、教育も、衣食住も、自分でやればお金がかからないことを知りました。ホームスクーリング(学校ではなく家などで子どもに教育を受けさせること)をしようとすれば、ものすごく時間も労力もかかります。そうするためには、親が忙しい時間をやめて、子どもとの時間にエネルギーと時間をつくるしかない。でも、その時間はとても豊かで素晴らしいものです。
都市生活の中では、リセットする時間を少しでも増やす、休みの日はキャンプに行って火起こしをして原始的な生活を体験してみるとか……。山登りやサイクリングもいいけれども、もう少しダウンシフトした旅やレジャーをやってみるとかね。都市に住んでいたらなおさら、感覚が呼び覚まされる体験を増やすといい。きっと、自然の循環の一部である人間としての自分を自覚するようになります。
●スローライフからスティルライフへ
キタハラ: KOKOさんは著書『「小さいことは美しい」シンプルな暮らし実践法』で、スモール・イズ・ビューティフルの感性を多くの方に伝えました。
KOKO: 最近では「スローライフ」という言葉もピンとこなくなってきています。ファストの対義語として生まれたスローも、どこかに進もうとするベクトルがあり、動かないことをよしとされていない感覚というか……。今はむしろ、「スティルライフ」。動かなくて、空っぽでいていいんだよ、何をする必要もない、そんな「空」の境地に気づくようになりました。
タイで過ごしていると、仏教がとても身近にあります。日本も仏教国なので、鎌倉に住んでいるころも座禅を組む機会などもありましたが、タイに移って暮らしに息づいた仏教の世界にどっぷりふれました。日々瞑想をしたり、修行に参加するなかで、「無」や「空」の状態に自分をもっていくことで悟りの境地にたどりつく……それを実践しています。私は、あなたは何をする必要もない、動かなくてもいい、変わる必要もない、そして、あなたはそのままでいい……と。
それが、さっきからお話している「ジャンプ」や「ダウンシフト」なのかな、と思います。
3.11によって、日本人の概念が大きく揺らぎました。もうすでにOSは置き換わっているのです。今の環境や社会の問題を解決していくのに特効薬はなくて、気づいている人、感じている人が言い続けていくしかない。
私はいま、雑誌の連載などで月々にすると約7万円の収入がありますが、それでも十分に暮らしていけます。一般的な生活の概念からすると驚くほど少ない金額かもしれませんが、いまの私のQOL(Quality of Life)の何と高いことか! 暮らしのなかで出ていくお金を少なくしていくのがポイントかな。そうすれば、仕事にあくせくしなくていい。
私のようなオルタナティブな生き方や、お金を生み出さない地域活動は、経済の指標からするとすごく非効率で、金銭的価値を生み出すものではないかもしれないけれども、これはものすごく楽しいですよ。
私みたいな、月7万円の収入で、子どもを連れて旅するような暮らしをしても、それでも生きていけるんだなあ、と、そんな風に皆さんを勇気づけていければいいなあ、と思っています。
●xChangeは環境・社会問題を一気に解決する手法
キタハラ: KOKOさんが始めた古着の物々交換会xChangeは、全国あちこちでムーブメントが広がり、4月にはアースデイ東京や渋谷・ヒカリエでの開催など、大注目ですね! いつか、森ノオトでもxChangeを開催したいと思っています。
KOKO: ぜひ、やってみて! そして、xChangeって、おもしろいでしょう? xChangeは無限のクローゼットとも言えます。私がxChangeを始めたきっかけは、ロンドンでの大学院時代に感じた「消費社会を改めない限り持続可能性はない」という想いから。でも、オシャレはとても楽しいし女性を美しくするし、ヴィヴィッドに、心にも効いてきて元気になる。だって、誰もがオシャレは楽しみたいでしょう? だから、みんなの着なくなった服をシェア、交換していこうというのがxChangeのコンセプトです。
キタハラ: 私も、買ったもののサイズが合わなくて着なくなった服や、思い入れがあるから捨てたくないけど実は自分にあまり似合っていない……そんな服を今日お持ちしました。素材はいいものなので、誰かに使っていただきたいという思いを込めて、「エピソード・タグ」を書きました。娘の服を選んでいる間に、私の服を手にとり持っていってくださった方がいて、とてもうれしかったのです。
KOKO: xChangeはオープンソースにしていて、いつ、誰が、どんな風にやってもいい。特にルールはないけれども、その服にまつわる思い出を書く「エピソード・タグ」はぜひ、やってほしいですね。思い出もシェアできますから。
xChangeは今の世界が抱える環境・社会問題を一手に解決する魔法のキーワードだと思っています。物々交換ってものすごく奥が深い世界。消費社会をガラッと変えるオルタナティブでもあり、ヒトとヒトのコミュニケーション、地元とのつながりを濃くするなど、よい効果がとても高いけれどもオーガナイズするのはものすごくラクです。
シェア経済の分野は今後ますます注目されると思います。「脱所有」、みんなで共有していくという概念はビジネスにも心にも効いてきます。消費社会によって分断されたつながりを取り戻す時代、まずは自分が忙しい生活をやめて、勇気をもってダウンシフトして、子どもや地域の人たち、何より自分とつながり直すしかないですよね。xChangeが周りの人々とハッピーをシェアするライフスタイルにダウンシフトしていくきっかけの一つになればいいな、と思っています。
【キタハラ’s eye】
KOKOさんのご実家が宮前区だと知り、ぜひインタビューしたいと思いを募らせ早2年、ようやく実現した今回の取材。日に焼けたつやつやの肌、弾ける笑顔と鋭い視線の内に、高僧のような静かな心を感じたのが不思議でした。
「持続可能な社会のために、気づいた人が、自分ができる小さな一歩から始めよう」。そんな風に感じて活動していましたが、世界を見てきたKOKOさんは「それでは間に合わない」と厳しい。KOKOさんが厳しいんじゃなくて、それだけ社会・環境問題はすごいスピードで進行していて持続可能性が失われているという現実が、厳しい。そこから私たちは目を背けていけないんだと思います。
「経済」がなければ暮らしが成り立たないと思っている私たちに、KOKOさんは「こんな人もいるんだと知ってもらえれば」と、消費社会に頼らないご自身の暮らしを雑誌の連載やオフィシャルサイトで発信しています。
忙しすぎる都市生活にちょっと疑問をもった人たちが、「時間・空間・モノ・コトをシェアする楽しさに移っていきたい」と、ちょっとずつ、オルナタティブを実践する動きも出てきています。
これまで森ノオトでもフリマはやってきましたが、貨幣に頼らないシェアのライフスタイルxChangeを、森ノオトエリアで試してみて、そこからまた1ステップ、新しい暮らしを考えてみたい、と思いました。
次のKOKOさんの帰国の際には、ぜひ、娘さんと一緒に「近所の森」を楽しみに来てくださいね!
(インタビューは2013年4月29日に行われました)
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