市民参加型メディアのつくり方をコミュニティトラベルガイド『福井人』に学ぶ!
森ノオトは、地域で暮らす子育て世代の主婦たちで運営しています。市民メディア(しかも、エコに特化)という観点から、森ノオトの今後をどう進めていくか、勉強会を行いました。greenz.jpの鈴木菜央さんに引き続き、市民参加でコミュニティトラベルガイド『福井人』プロジェクトを引っ張ってきた、浅田理恵さんと、プロの編集者・ライターの立場からサポートしてきた甲斐かおりさんが講師です。

コミュニティトラベルガイド『福井人』は、福井県嶺北地方の魅力的な「人と出会う旅」というコンセプトでつくられた、ちょっと変わったガイドブックです。トラベルガイドというと、地図があって、レストランやホテルなどの料理の写真とスペック情報、環境名所の風景写真というのが定番ですが、『福井人』はページをめくると人の顔、顔、顔……。「人」を切り口に、町おこしや農業、名産品や地域の課題に迫っていく内容です。福井には特に縁がない私ですが、『福井人』を読んだ後、福井に友達がたくさん出来たような気がして、福井に旅行したくなりました。本書はIssue + Designというデザイン会社がプロデュースした第2弾で、2012年9月にプロジェクトがスタートしました。

 

この日も会場はたまプラーザのオーガニックカフェ・ソワ[礎・波]。浅田理恵さん(中央右)と甲斐かおりさん(中央左)がそれぞれ、自分の担当した役割について話をした

 

『福井人』プロジェクトを担った福井県出身のコアメンバーは4名。福井県出身で現在は首都圏や世界で仕事や勉強をしていて、震災をきっかけに自分の生き方や故郷に対し、それぞれが悩み、向き合い、語り合うようになりました。一度外に出たからこそ福井のよさや魅力に気づき、「福井のために何かしたい!」という思いを共有していたそうです。

そんな時に、コミュニティトラベルガイドの第2弾計画を耳にし、福井県での実施に向けて熱い思いを伝え、実現することに。「福井は、これといって大きな特徴があるわけでもなく、全国的に見てもフツーの地域。福井で『福井人』に取り組むことで、全国に点在する同じような課題を抱えた地域にも応用できるのではないか、という点が大きかったのではないかと思います」と、浅田さん。その後、福井県で最も読まれているリージョナルマガジン(地域情報誌)での連載や、福井に住む「普通の人」を巻き込んでの編集ワークショップ、クラウドファンディングでの資金集めなど、新しい取り組みを次々に行い、2012年10月から12月にかけて取材・撮影・執筆、2012年12月から編集開始、2013年4月に発売と、目まぐるしい半年間を過ごすことになります。

福井に住む人と、福井を出た若者たちとのコラボレーションから始まった物語、それが『福井人』。『福井人』の特徴を浅田さんは「(1)福井人が主役で、(2)みなが出資者で、(3)みなが記者・制作者であること」と言いました。

 

『福井人』はハンディサイズで持ち運びしやすい。132ページの中に登場する人物は392人。ページをめくるたびに魅力的な人や風土に出会える

 

森ノオトメンバーの関心が最も集まったのは、出版の資金集めにクラウドファンディングを使ったこと。クラウドファンディングとはインターネットを通じて多数の出資者から資金を調達する手法のことで、3.11以降、復興支援やソーシャルビジネスの立ち上げなどに活用されていることで注目が集まっています。クラウドファンディングは大きく3つに大別されます。

(1) 寄付型 支援者にリターンをいっさい求めないタイプ

(2) 購入型 支援者に作品や招待、ノベルティ、サービスなど金銭以外のリターンを行う

(3) 投資型 支援者に金銭的リターン、貸し付け型

少額からでも寄付できるものやプロジェクト立案者とのコミュニケーションが密接なものなど、様々なタイプのクラウドファンディングがあります。

浅田さんはクラウドファンディングを活用するなかで「プロジェクトで何をしたいのか、コンセプトが何なのかを伝えないと始まらない。そこが非常に重要になる」と言います。そして、クラウド(インターネット)を使うにも関わらず、福井県人会や同窓会にこまめに足を運んでPRし、友人や知人に個別に支援の依頼をしたり、取材対応や広報を積極的に行い、「クラウドファンディングと言いつつ、足で稼いでいたのが実情です。Facebookなどのソーシャルメディアに慣れている人や、まちづくりに興味がある方にはアクセスしやすいのですが、そうでない方に対していかに共感を得てもらい、参加を促し、その後プロジェクトへの一体感を共有していくことに、とても力を注ぎました」(浅田さん)

『福井人』の目標金額は100万円でしたが、3カ月間の募集期間でそれを大きく上回る171万4000円を集めました。その背景には、参加者がチームとして一体感を得るための細やかな配慮、出資者の「いいね!」の写真をシェアするなど出資者に飽きさせず共感を広げるための工夫、そして直接人と会い思いを伝える地道な努力が実を結んだ成果と言えます。

晴れて2013年4月に発売した『福井人』は、発売後数日で増刷が決まり、福井県内の書店では売り上げランキングで上位に入ったり、東京でも取り扱う書店がどんどん増えていくなど、販路は拡大していきました。

「思いを伝える情熱、行動力、細やかな気配り……すべてはプロジェクトメンバーの人柄なんだろうなあ」とは、参加した森ノオトメンバーの感想です。

 

もう一つ、森ノオトが今回『福井人』をお招きした理由は、本書の執筆者が「福井の人」であるという点です。プロのライターではなく、福井に暮らす、福井を愛する普通の人が、取材をする対象者を選び、取材をして、記事を書く。それを一般に販売する「本」にするというのです。キタハラはプロのライター、編集者として仕事をしてきて、それが至難の業であることを知っています。森ノオトの場合はメンバーと密なコミュニケーションをとり取材、執筆をしてもらっていますが、それでも厳しい赤字に耐えて子育てをしながら毎月コンスタントに取材・執筆を重ねるリポーターとの関係は、ある程度時間をかけお互いを理解しているからとも言えるのです。『福井人』の場合、制作・編集のワークショップに参加した方は39名。取材・制作期間はわずかで、392人の登場人物がいます。どのようにして販売にたえうるクオリティに引き上げていったのでしょうか。

その役割を担ったお一人が、プロの環境・ソーシャル系ライターとして活躍する甲斐かおりさん。福井県で3度開催された福井人発掘ワークショップのうち、福井人執筆ワークショップを担当し、取材・執筆のポイントを端的にまとめたフォーマットを作成しました。

森ノオトでもそうなのですが、「書く」ことに慣れていないと、取材したすべてを記事の中に盛り込みたがり、結果的にその記事で何を伝えたいのかポイントがわからない、「伝わらない」文章になってしまいます。甲斐さんは「ともかく、一つでいいんです! と伝えました。取材したのはAさんで、Aさんは◎◎をしている人です。その◎◎を埋めていく作業をしました」と言います。

Aさんという人を見る時に、Bさんから見たAさんと、Cさんから見たAさんの印象は異なります。だから、書くポイントは最終的に一つにしぼるとしても、「おもしろい」と感じたことは幾つか箇条書きにして書き留めていくようアドバイスしました。「文章として最終的に校正をする段階で、出来上がったものだけを見るのではなく、記事ができるまでの思考の過程も含めて校正するのに役立ちました」と甲斐さん。

ほかにも、記事の導入→概要→気づき・発見→共感ポイント→結論をまとめ上げれば文章として起承転結がつながるという独自のメソッドや、読み手の心を動かすタイトルをつけるテクニックなど、プロのライターのノウハウを徹底的に「福井の人向け」に落とし込んでいった甲斐さん。結果的に「福井の人」が主役として輝く本ができあがりました。

福井を愛する福井出身のメンバーの情熱と、福井の人が主役になれてクオリティの高い本をつくり上げる仕組みを裏方としてまとめ上げたプロの編集者・デザイナーの力。「福井の人が、福井の人を取材して、本にする」。これを私たちの暮らす街でもできないだろうか、森ノオトの経験を活用したらどんな形になるのだろうかと、頭の中はグルグル回ります。

地元にある「宝」を発見し、光を当てて、人と人をつなぐ。その役目がメディアですが、少しでも多くの人が参加しやすく、達成感を得ながら、結果的に地域が愛情であふれ盛り上がる――。ウェブメディアでもそれは実現可能ですが、より「人から人へ」「手から手へ」直接介するような、温かみのあるアナログの媒体(つまり、本のことです)の持つチカラは大きいと思います。

「『福井人』をつくったことで、かけがえのない仲間が、地元・福井にたくさんできました。それこそが、私たちの最大の成果です」と、浅田さん。

森ノオトNPO法人2年目につながる、たくさんのヒントを、浅田さん、甲斐さんのお二人にいただきました。

Information

コミュニティトラベルガイドVol.2『福井人』

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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