わたくし、キタハラが菊地加奈子さんの存在を知ったのは昨年の3月ごろ。赤ちゃんのエコーの写真が私のFacebookのタイムラインに流れてきました。助産院での健診の帰りと思わしき加奈子さんの投稿に、ちょうど妊娠5カ月に入ったわたしは、「あっ、わたしの出産予定と同じころ?」と、親しみを覚え、どんな方なのかしら、と彼女のFacebookをフォローし、ブログを読むようになりました。
そしたら、何と、5人目の妊娠? 大手企業でキャリアウーマンとして働き、出産とともに退職、専業主婦を経験して、3人目のお子さんの出産と同時に社会保険労務士(年金、医療、雇用保険など、人事・労務管理の専門家として、労働や社会保障関連の法令に基づいた書類の作成や、企業のコンサルタント業務などをおこなう国家資格)の資格を取得し、4人目のお子さんの出産後すぐに保育園を立ち上げて……と、彼女のキャリアと人生に驚きつつも、世の中をよくしていこうと必死に働いている姿に共感を覚えたのでした。
わたし自身、1年前を振り返ると、お腹に胎児を抱えながら、保育園に通う長女の育児はもちろん、ライターとしての仕事もある、NPOの運営もある、『たまプラーザの100人』の出版プロジェクトや、たまプラーザ電力の立ち上げもあり、ヒーヒー言っていたころ。妊婦がこんなに働いていいんだろうかという気持ちと、NPOをきちんと成り立たせて地域で社会事業をおこなっていくためには、今こそ土台づくりをしっかりせねばという気持ちで揺れていました。そんななか、加奈子さんの働きぶりはおおいに刺激になり、またお会いしたこともないのにお互いにエールを送り合うような、そんな気持ちでいたものです。そして、2014年8月、お盆のさなか、加奈子さん5人目の赤ちゃんが生まれた次の日に、我が家の次女も元気よく誕生したのでした。
「長女を妊娠したときは、病気で子どもを産めないかもしれない状況を乗り越え、母になれた喜びで2年間、24時間片時も離れずにいました。当時は育児休業を取得していたのですが、そのまま会社には戻らず、専業主婦として過ごしました。2年後に次女を出産し、育児に少しずつ余裕が出てきて、自宅でお料理教室をやってみたり、カフェの立ち上げの企画など、今でいう主婦のプチ起業のようなことを経験しました。そんななか、夫が育児を手伝うことで会社から不当な扱いを受けたのをきっかけに、働く人や会社を守る社労士の資格を取って経済的に自立しようと思ったのです」
ご主人に転機が訪れた時、加奈子さんのお腹の中には3人目の赤ちゃんがいました。そして、臨月に社労士の試験を受け、晴れて合格。3女を生後4カ月から保育園に預け、ミルクに切り替えながらがむしゃらに社会復帰したと言います。「当時は、いわゆる“ワーキングマザー”になろうとしていたのかな」と、加奈子さん。大手の社労士事務所に所属しながらもフリーランスとしての顧問先もでき、仕事が楽しく経済的な不安も消えていったころに、何と、4人目のお子さんを授かります。
「4人目で、個人事業主として産休も育休もない中で、働きながら産むという初めての経験をしました。キャリアに強い意識があったので、弱いところを見せてはいけない、仕事に穴をあけない……と、陣痛のときもパソコンを開きながら(笑)、相当無理をしていました」
そのような働き方に限界を感じ、「みんなで子どもを育てる環境をつくらなければ」と、ご長男の出産3カ月後に、個人の社労士事務所の隣に保育園を立ち上げた加奈子さん。「まさか」の5人目がやってきたのは、それからわずか1年ちょっと後のことでした。
「ワーキングマザーといっても、会社員でも個人事業主でも、もちろん専業主婦でも、女性としてのカラダの機能は変わりません。妊娠すればお腹は大きくなるし、産後はカラダを休めたい。たとえ働いていてもおっぱいが張ってきたらなるべく授乳したいし、できれば赤ちゃんと近くにいたい。5人の出産を経て、社労士として独立した今なら、育児も、授乳も、仕事もあきらめない、そんな働き方ができるし、社会に広めることができるのかな、と思って」
5人目のお嬢さんの出産と時を同じくして立ち上げたNPO法人では、企業や行政にワークライフバランスの支援・教育・啓発をおこない、活動の幅を広げています。加奈子さんのバイオグラフィーを見てみると、5人のお子さんの産み方、育て方、自身の生き方、働き方において、一つひとつ、課題を見つけ、クリアしていこうという姿勢が見られます。それを個人の課題におさめず、「社会化」して新しいワークスタイルを広めていこうという意志を感じ取れます。
5人目のお子さんを出産後、1カ月間はご自宅で仕事をし、事務所のスタッフの方々とどのように連携していったのかをFacebookやブログでつぶさに伝え、床上げ後は赤ちゃんを抱っこしながら、クルマで各地を回り、時には新幹線や飛行機に乗り全国を飛びながら、講演やコンサルティングの仕事を精力的にこなしていった加奈子さん。「産後間もないころは母子ともに体力を消耗しないために、なるべくクルマで移動したり、満員電車を避けて新幹線を使うなど、お金は後から戻ってくるものと割り切り、まずはカラダを優先しました。講演などでも出来る限り直前まで抱っこして授乳し、会議などでも理解を得られる場合は赤ちゃん同伴で出席させてもらうことも」
仕事の現場に赤ちゃん連れ、それでもパフォーマンスは落とさないという、これまでの常識にとらわれない働き方を築き上げた加奈子さんは「カンガルーワーク」を実践する第一人者として、赤ちゃんと一緒に数々の実績を積み上げていきました。
加奈子さんの活躍には遠く及びませんが、わたしも産後10日から仕事復帰し、次女を連れてあちこちに出歩いて過ごしました。産後すぐには、『たまプラーザの100人』編集チームのメンバーが我が家にやってきて、一緒にゲラ確認、文字校正などをし、産後3週間で森ノオトの編集会議から近場での外出を果たし、産後1カ月には3丁目カフェでの「株式会社たまプラーザぶんぶん電力」の設立記念パーティーで挨拶をしました。これも、自宅の近くで働き、地域を仕事場にするからこそ、できたことかもしれません。赤ちゃんを抱っこしてのプレゼンも経験し、横浜市温暖化対策推進協議会の幹事会に赤ちゃん連れで参加可能か打診したら、「未来の世代にどんな環境を残すかを考える会議だから、ぜひどうぞ」と快諾いただき、監事の皆さん方は私も娘も温かく迎え入れてくださいました。そして、低炭素杯のファイナルステージで、当時生後半年になった次女は、たまプラーザぶんぶん電力の一員として見事にプレゼンテーションをしました。
もちろん、カンガルーワークとそうでないケースを比較すれば、仕事量が落ちることは否定できません。私自身、次女を抱っこしながら働いた半年間を思い返すと、100%仕事だけに没頭できる環境ではなかったのも事実です。赤ちゃんのペースで授乳やおむつ替えなどは否応無くやってくるし、そこは生命に関わることなので無視できない、また可愛らしい笑顔を向けられれば微笑み返す、要求に応じて遊ぶ、などの対応をしてきました。自ずと仕事量は限られてくるので、無理して拡大をせず、「今の自分にしかできない仕事に集中しよう」と決め、子どもと一緒に働くスタイルを実験してみる、そんな半年間でした。
こと、私に関して言えば、森ノオト回りの企業は「子連れに理解がある」ケースが多かったので、赤ちゃん連れの会議も打ち合わせも取材も問題なく進み、我が子は抱っこしていればいつもおとなしく寝ているかご機嫌でいてくれました。もちろん子連れが難しいような講演などでは、友人にベビーシッターを頼み、直前まで授乳したりして過ごしながら、講演の1〜2時間だけ預ける、そんな風にして乗り越えました。肩身がせまい思いをすることがほとんどなかったのは、周りのみなさん方のご厚意によるところが大きく、これがスタンダードであるべきとは言えませんが、確実に、社会が変化しているのを感じたのも事実です。
これだけ多忙な加奈子さんが、仕事と育児を両立しているのには、どんな秘策があるのでしょうか。
「ワーキングマザーは、分刻みでスケジュール管理をし、時間短縮で究極の効率化を目指すべき、みたいな風潮がありますが、私の場合、それをやってしまうと気持ちに余裕がなくなってしまうので、あまりかっちりと予定を組み込みすぎないようにしています。何せ、子どもが5人もいれば、突発的なことがたくさん起こります(笑)。わがままな働き方と言われるかもしれないけれど、今の私だからこそできる仕事、やりたい仕事を優先し、すべてを自分で抱え込まず、スタッフに指示を出して動いてもらうようにしています」
そして、企業の姿勢にも変化が見られるようになった今、今度は保育園自体にも変化が必要だと考えている加奈子さん。「私がやるべきことは、企業のニーズと、保育の現場をつなぐこと。働いている時間だけ預ける、子どもと一緒に働く、都心の会社に出社しなくても近所のサテライトオフィスで働ける……そんな風に柔軟な働き方ができるんだよ、ということを示していけたら」と、夢は次々に広がっていきます。
「理想は、昔の日本に見られたような、大家族的な働き方。お母さんが赤ちゃんをおんぶして働いて、地域のみんなで子どもたちを見届ける、子どもは母が働く姿を当たり前のように見ている。それは、実は日本的でもありますよね。出産、子育てを経験している女性だからこそ持つ価値に、企業が新たな役割をつくっていけたら、世の中が、未来がもっとよくなっていくんじゃないかと思うんです」
社労士と編集者、畑の違う加奈子さんと私ですが、女性や子どもが持つ価値を社会に還元していきたい、そんな風に目指している未来は共通していて、話はつきませんでした。時がくれば手を携えることのできる、そんな確信を得ながらのインタビュー。お互いの持つスキルやネットワークを生かし合いながら、未来のために何ができるかをこれからも語り合っていきたいと思いました。
特定社会保険労務士 菊地加奈子事務所
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