「かまぼこ」で魚食文化を未来に受け継ぐ
かつて下町に一軒はあったという「かまぼこ屋」。野菜と魚のハーモニーで、知らずのうちに魚が大好きになってしまう、日本の食卓にはなくてはならない食材です。昔ながら、だけど新しい食文化をつむいでいく「今井かまぼこ」の今井宏之さんを、地産地消の料理人・椿直樹さんと一緒に訪ねました。

2016年、森ノオトは横浜を代表する地産地消の料理人・椿直樹さんとたくさんの取材を重ね、それを『横浜の食卓』という1冊の本にまとめました。しかし、椿さんが横浜で出会ってきた農家や食料・加工品の生産者で紹介しきれていない人はまだまだたくさんいて、地産地消に情熱を持つ方々に再び焦点を当てようと、「椿直樹さんと巡る横浜の地産地消」を再開することにしました。
 
椿さんのお店「大ど根性ホルモン」(横浜市西区北幸)、「ど根性キッチン」(横浜市泉区和泉町)で、単品メニューで必ずと言ってもいいほど目にするのが「今井かまぼこ」の名前です。椿さんが「本当に苦しい時に助けてもらった、良心の塊のような人たち」と絶大な信頼を寄せる「今井かまぼこ」を、西区のレトロな商店街に訪ねました。

今井かまぼこ3代目の今井宏之さん(左)と椿直樹さん


 
「今井かまぼこ」があるのは、相鉄線「西横浜」駅から徒歩10分ほど、「藤棚一番街」と呼ばれる、5つの商店街が密集するエリアの一角です。昭和にタイムスリップしたかのようなレトロモダンな雰囲気があって、主買い物かごを片手に店を行き来する主婦の姿や、街に住む人と商店主たちがショーケース越しに会話を楽しむ風景がそこかしこで見られます。
 
今井宏之さんは昭和26年創業の「今井かまぼこ」の3代目。お父様の今井稔さん、お母様の敏子さん、奥様の佐和子さんと4人で店を切り盛りしています。時には可愛らしい2人の看板娘も店先に立つことも。
 
「魚肉加工の文化は世界各国にあるけれど、日本はなんといってもかまぼこ。魚そのものだと小さな子どもやお年寄りには食べづらくても、かまぼこの形ならば誰でも手軽に魚肉タンパクを採れる」と、宏之さん。街の「かまぼこ屋」としての矜持を胸に、店を継ぐと決めた11年前には、全国の練り物を食べ歩く旅に出ました。
 
「全国の練り物を食べて、その土地ごとに文化を感じたものの、“これだ!”と思えるものには出会えなかったんです。今あるかまぼこ文化は、魚肉を加工することが根本にあって、形は様々なんだな、って。だから、私なりに、現代のニーズに応じたかまぼこをつくっていこうと思いました」(宏之さん)

揚げたてのイカボール。おやつに、おつまみに、ポイポイ口に入れたくなる


 
今井かまぼこでは、常時20種類ほどのかまぼこ(さつまあげ)がショーケースに並びます。特に人気は「野菜揚げ」。横浜産のキャベツや人参、玉ねぎが入っています。「食べた時に、魚と野菜のスープを飲んでいるような、そんな風味が口いっぱいに広がるといいな」と思って、つくったそうです。
 
最近人気なのは、たこ焼き風の「はま焼き」。ほかにも、季節によって「なす揚げ」とか、定番のイカボールなど、お値段も1個30円から5個入り290円まで、お求めやすいのがうれしいですね。

 大人気の野菜揚げ(左)とはま焼き。「現代のライフスタイルに合わせて、いろんなタイプのかまぼこをつくってみたい」(宏之さん)


今井家では、初代から大切に使われている花コウ岩の石臼で、魚のすり身をつくっています。魚にも実は旬があって、夏ならばアジ、イサキ、ワラサなど。今は横浜市金沢区の小柴漁港と、相模灘の魚屋をメインに、新鮮な魚を手に入れています。
 
「味の決め手は、何と言っても魚そのものですね」と、宏之さん。季節によって脂のりや旨味が違うし、産卵前後で魚の質が変わるそうです。経験とカンで、魚の使う部位を調整し、塩加減を調整し、合わせる具材によってすり身の状態をととのえていきます。魚を水でさらすと旨味が抜けてしまうので、水さらしの工程を省いて魚の風味を残すなど、「どうやったらもっとおいしくなるか」を追求し、かまぼこ屋同士の研修会に参加しては新たな技術を取り入れているとのこと。
 
地球は、7割が海、3割が陸。そのバランスそのままに、海の恵みと、陸の恵みをかけあわせた「かまぼこ」が、宏之さんが行き着いた黄金比なのだそうです。

お祖父様の代から受け継いできた石臼。どの道具もていねいに磨き上げられていて、今井家の誠実な仕事ぶりがわかる


 
そんな風に研究熱心な宏之さんですが、若い頃は自分がかまぼこ屋を継ぐとは思っていなかったそうです。音楽大学を出て、音楽の道に進もうかと模索しながら飲食店でアルバイトを続けた25歳のころに、今井かまぼこの礎を築いたお祖父様が倒れたそうです。
「倒れてみんなが駆け寄っているその時にも、お客様に対して“いらっしゃいませ”と言っている祖父の姿に、なんとも言えない衝撃を受けたんです」(宏之さん)
 
路面電車が走っていた戦後間もない藤棚地区で、ここはきっといい街になると信じて「今井かまぼこ」の旗を揚げた初代の心を受け継ぎ、今では商店街の活動にも力を入れている宏之さん。5月には、3歳から10歳までの子どもがカフェや美容院を運営する「こども笑店街」を実施して母の日を盛り上げたり、8月にはアニメフェスタを商店街の仲間たちとおこなうなど、抜群の企画力と実行力で地域を引っ張っています。

 左から、宏之さん、妻の佐和子さん、2歳のお嬢さん、お父様の稔さん、お母様の敏子さん。佐和子さんは手書きの「さつまあげしんぶん」を毎月発行、好評を博しているとか


 
「今井さんのつくるかまぼこには、まさにつくる人の人柄が現れているというか。誠実で、良心的で、安心して食べられて。それでいて、時々ユーモアもある」と、料理人の椿さんは絶大な信頼を寄せています。
 
実は椿さん、初めてのお店の「ど根性ホルモン」(西区戸部町)が、立ち退きで一時閉店の憂き目にあった時に、店の什器や備品を今井さんが預かってくださったのだそうです。横浜駅西口で再起するまでに、今井さんの力添えがなければ、今の自分はなかった、と振り返ります。
 
「椿さんとは一緒に台湾に行って横浜の食文化を発信するなど、すごい付き合いになってしまいましたね(笑)。練り物を使ったユニークなレシピに刺激を受けたり、生産者さんを交えた交流会や、いろんなイベントにお声がけいただいたおかげで、世界が広がりました」と宏之さん。お店の壁を見てみると、確かに椿さんの著書『横浜の食卓』にも登場する、あの農家さん、この農家さんの顔と名前が張り出されています。
 

ショーケースに並ぶさつま揚げ。季節によってラインナップが変わるので、今日はどれを食べようかと選ぶ楽しみがある


 
お昼過ぎ、1時間ちょっとの取材の間に、次から次へとお客さんが店の前を立ち寄り、数品のかまぼこを買って帰ります。皆さん、今井さんご一家との会話も楽しんでいるようです。
 
帰りがけに、宏之さんからいただいた、いろんな種類のかまぼこを、夕飯の食卓に並べたら、我が家の8歳と2歳の娘たちは、瞬く間に平らげてしまいました。
「ママ、今度おやつに食べたい!」
「チーズのかまぼこ、おいち〜」
 
「いろんなタイプのかまぼこをつくって、魚食のよさを、あらためて広めていきたいですね」と、静かに決意を語る宏之さん。その目の先には、軒先で「おやつ」のかまぼこにかぶりついている子どもたち、それを見守る街の人たちのあたたかい目、そんな「やさしい街の文化」が見えているのかもしれませんね。

Information

今井かまぼこ

http://www.imaikamaboko.com

住所:横浜市西区中央2-5-13

TEL045-321-7876

営業時間:10001900

定休日:日曜日

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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