若いファミリーでにぎわう、東急田園都市線・たまプラーザ駅から徒歩5分。商店街の小道に、アナベルは静かにたたずんでいます。ずしりとした重みのあるアンティークの扉を開くと、そこは駅前の雑踏からかけ離れた10坪の別空間。ハンガー1本まで選び抜かれた美意識の行き届いたお店に、一瞬のうちに引き込まれます。アンティークの什器や内装のテイストは、フランスなのかイギリスなのか、はたまた日本なのか。伊佐さんの言葉を借りると、「どこにも傾倒していない、混沌とした感じ」。そこには、素材や着心地にこだわった、世界観のある日常着や服飾雑貨が、独特のただずまいで陳列されています。
都心のおしゃれなまちではなく、なぜたまプラーザに? そんな疑問を伊佐さんに投げかけました。
アナベルがたまプラーザに開店したのは、2012年3月のこと。伊佐さんが勤めていた会社を辞め、ずっと思い描いていた洋服屋を始めようと場所を探していたとき、「縁とタイミング」で出会った今の場所に決めました。このビルの「104号室」という数字には、運命めいたものを感じたそう。仕事場、住まいと三度も縁のあった部屋番号だったのです。
もともとは、ただのコンクリートの箱の状態だったという物件。店づくりは、建築用語で「ファザード」と呼ばれる、お店の「顔」となる正面の入り口をつくることから始まりました。特注のアンティークのドアに合う鉄の枠組みをつくり、年代ものの什器を一つひとつそろえました。開店時の商品の数は、いまの3分の1くらいで、ガラスケースには、伊佐さんが惚れ込んだ、けれども見る人によっては、ガラクタのような古道具も並べて売っていたそうです。何屋さんだろう。そのころアナベルを訪れた人は、そう思ったかもしれません。
お金も思いもつぎこんで開店したお店でしたが、しばらくは厳しい日々が続きました。売り上げのない日が何日も続き、お店に誰も来ない日も。「丸2年、思い出したくないくらいギスギスしていました。やめるなら今かな、そんなことばかり考えていたので、精神的にもきつかったですね」。いまや遠方からもお客さんが訪れ、ファッション誌にも取り上げられる人気店のオーナーである伊佐さんから、そんな言葉が出たのは意外なことでした。
転機は3年目。『nid』という雑誌に取り上げられたことをきっかけに、お店を訪れるお客さんが、目に見えて増えました。地元からだけでなく、わざわざ電車に乗って。「やっていけるかな」と思い始めたのが、そのころだったそうです。好みはあれども、洋服好きの人が一度お店を訪れたら、その世界観は簡単には忘れられないはずです。磁力のあるお店ですから、お客さんがつくのは時間の問題だったのかもしれません。
アナベルでは今、15ほどのブランドを取り扱っています。お店を開くときに、どうしても置きたかったというブランド「ゴーシュ」の魅力を聞くと、なぜ彼らの洋服が素晴らしいのか、話してくれました。
「1年のうち、365日型紙をひいているようなデザイナーです。Tシャツ一つ送り出すのに、型紙をおこし、議論を重ねる。そこそこのクオリティで妥協することがないから、非の打ち所がないんですよ」。伊佐さんは、お店に置くブランドのデザイナーとは、必ず顔を合わせてから取り引きを始めます。アトリエに行き、仕事を見る。話をする。そうして、見えてくるブランドの個性があると言います。
「ものには、作り手の人柄が出る。丹精だったり、几帳面だったり、大胆だったり。デザイナーの人柄が、ブランドの良さにつながっているからこそ、会うことを大事にしたい。ファッションは見た目、と思われがちだけど、作り手やバックボーンを含めて、その良さを伝えたいです。それを知っていないと、人には勧められないですし。レディース(の洋服)はあまりそういう売られ方をしていないけれど、お金を出して買うものだから、お客さんももっと知りたいはずなんですよ」
ファッション誌にもコーディネートを提案している圧倒的なセンスの伊佐さんに、センスのみなもとを尋ねてみました。
「お店でも骨董市でも、写真集でも、とにかくいろんなものを見ること。ただ見るだけじゃなくて、好き/好きじゃない/興味がない/いらない……。それをはっきりと線引きできる感覚を身につけていくと、自分の好みが分かってくるはずです。それが、その人の感性であり、センスをはっきりとさせてくれます」。伊佐さん自身、ものを見たときに、好き/嫌い を1秒もかからずに判断できると言います。それも、なぜか、という理由まではっきりと。
世の中では、安くて手軽に買える、使い捨てのファッションが主流になっています。それに比べると、アナベルの洋服は、価格は決して安くはないし、開店時から取り扱いを続けている洋服があるほど、一般的なトレンドとは一線を画しています。洋服の命、ということについてはどんなふうに考えているのでしょうか。
「しわくちゃになるまで着倒したシャツや、着込んでぺらぺらになったニットを着ている人を見ると、かっこいいいなって尊敬します。それが自分のものになっているか、ということが、ものが成就したかどうかだと思います。若いころにそういう経験がないと、なかなか洋服の本質にたどりつけないまま、ポイポイと捨ててしまうことになる」
素敵だな、着心地がいいな、というシャツが3万円だったとして、値段が高いからとあきらめるのは残念だと伊佐さんは言います。「毎日着て、心地よくいられるなら高く感じない。10年着られたら高くないし、3千円のシャツを10枚買うよりも、気分もいい。高いからといって変にしまっておかず、とことん着てほしい」
そして、こんな問いかけをいただきました。
「自分にとって”楽な服”ってどんな服かな、って考えてみてください」
「洋服は着るものですから、着心地がよくて、トレンドに左右されることなく自分らしく着こなせ、気持ちよくいられるもの。そんなふうに、自分の生活に寄り添ってくれるものが、自分にとって必要な服です。ライフスタイルの近くにある感じ、ですかね」
開店から5年を経て、たまプラーザの印象を尋ねると「礼儀正しいまち。ファッションで言うと、やっぱりコンサバかな。だからうちは少し浮いているのかもしれませんね」と笑います。
こんな哲学のあるオーナーのお店が、まちの魅力を一層高めてくれます。たまプラーザのとっておきのお店。自分にとっての本物の洋服を探しに、何度も扉を開きたい場所です。
「annabelle」(アナベル)
住所:横浜市青葉区美しが丘2-20-1 美しが丘アレービル104
電話:045-482-4026
営業:11:00~20:00、水曜定休
オンラインストア:http://www.f6products.com/index.html
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