(2013年7月22日の記事を再編集しました)
昭和32年、日本が高度経済成長に向けひた走る時代、横浜・都筑で代々続く農家に嫁入りした一人の女性がいます。平野フキさん、78歳。家事、育児、農業と、家にひたすら従順に尽くしてきた「農家の嫁」が、地域の仲間と手を結び始めた直売「大熊にこにこ市」は、昭和59年から続く歴史に今年いっぱいで幕を引きます。70歳を過ぎて始めたジャムの工房「蕗の道草」は、年間4000本以上を売り上げる人気。横浜の農家を代表する存在・平野フキさんを訪ねました。
第三京浜の港北インターの周辺は、農地と工場、大規模商業施設が混在し、近年、開発が著しいエリアです。その喧噪から少し離れた大熊川に添う集落は、昔ながらの農家が残り、懐かしい農村の面影を残しています。
平野家は大熊町で古くから続く農家。明治元年に建てられたという古民家は、深い軒、縁、土間があり、家を支えるどっしりとした架構が堂々たる風格です。
平野フキさんを訪れたのは6月下旬の暑い夕方。母屋の裏にある工房「蕗の道草」で、この日摘んだばかりのラズベリーを火にかけていたところでした。
「ラズベリーはそれほど多くの量がとれるものではないので、摘んだらいったん加熱し、そのまま冷ました状態でストックしていきます。ある程度たまったら砂糖を加え、ジャムにします」
こうすることで、色も、香りも、味も損なわずに、収穫してすぐの美味しさを閉じ込めることができます。なかなかの手間ですが、だからこそ、フキさんのジャムは瑞々しい色彩と強い素材の味で、多くのファンを魅了するのでしょう。レシピはジャムだけでも24種類、ほかにも甘酒、塩麹、バジルペーストなど、たくさんの加工品をつくっています。
ジャムは昨年、4200本、麹から手づくりする塩麹は2000本を出荷。横浜北部だけで売り切れるというのも納得です。
フキさんが都筑区で代々続く農家の平野家に嫁いだのは、昭和32年のこと。ご主人は10人兄弟の長男で、義父母、義弟、義妹に囲まれ、掃除、洗濯、炊事、野良仕事まで、すべてお嫁さんの役割という時代でした。朝は誰よりも早く起き、朝ご飯の支度と5人の義弟妹のお弁当をつくり、昼は農業、夜は勤め先から戻ってきた義弟のお風呂が終わるのを待ってから最後に入浴し、掃除を済ませる……。もちろん子育てもあり、現代では考えられないような働きをしていたのが当時の「農家の嫁」なのです。
そんなフキさんたち農家の嫁が、「農家の暮らしをよくしていこう」と「大熊生活改善グループ」を立ち上げたのは昭和41年のこと。戦後の農業を支えてきた農家の女性たちの衣食住、つまり家事の効率をよくして、農作業をしやすい環境づくりのための国策で、全国に同じような女性グループができたそうです。大熊生活改善グループは今年で創立48年、ここまで長続きするグループは全国的見ても稀だそうです。
フキさんたちのグループは最初、19人の女性が参加しました。コロッケをたくさんつくって冷凍して分け合う、みんなでジューサーを買って収穫したばかりのみかんを搾って瓶詰めにして分けるなど、とても忙しい農家の嫁たちが協力し合うことで、それぞれの家事負担を軽減していったのです。
昭和40年代終盤から50年代にかけて、大熊町周辺にはアパートやマンションが建つようになり、「生産地」に「消費者」が入るようになってきました。そのころ、当時はまだ珍しかったパクチー(香草)やオカヒジキ、アスパラガスなどの野菜の種を分け合い、農家の嫁たちが畑の片隅でつくり、地域の人たちに分けたところ、それが少しずつ評判になっていました。
「せっかくこの町に消費者がいるのだから、私たちがつくった夏野菜を売ってみよう!」
大熊生活改善グループのメンバーが昭和59年7月に始めた「大熊にこにこ市」。週2回、夕方に開催するというスタイルで、現在も続いています。農家の直売所も「地産地消」という言葉もない時代、地域のお客さんでものすごく賑わったといいます。現代でいう「マルシェ」の先がけです。
「農家の嫁はみんな朝から晩までものすごく働いているのに、自分の通帳を持てなかったんです。大熊にこにこ市で売れた分のお金をみんなで分配し、ようやく“自分のお金”が持てるようになりました」
「自分の通帳」「自分の財布」を持てない……今の私たちからすると想像もできないようなことですが、当時の農村では当たり前。フキさんたちは、戦後の高度経済成長期の農村で、長い活動の積み重ねの結果、女性の地位向上、経済的自立を自らつかみ取っていったのです。
こうしたフキさんたちの活動は、戦後女性のエンパワーメント(自ら力をつけ立ち上がること)を体現していると、今年5月に横浜で開催されたTICAD V(第5回アフリカ開発会議)で、フキさんはゲストとして女性の自立や人権についてスピーチしたそうです。
フキさんは、昭和47年から、農業従事の対価として家から報酬を受け取るようになり、そのお金をためて、70歳になって念願の加工場を立ち上げました。
先ほどご紹介したジャムや塩麹、甘酒、フキさんの代表作とも言える青梅の砂糖煮「翡翠梅」、そして今はやめてしまいましたが漬け物類、大根の桜漬け、切り干し大根、山東菜塩漬けなど、多い時には年間40種類もの加工品を出荷していました。塩麹や甘酒に使う麹もすべて手づくり。フキさんのジャムは、JAの直売所や大熊にこにこ市で手に入れることができます。
加工場の更新は7年ごと。フキさんは昨年、「あと7年は続けよう」と更新を決意し、今日も元気に加工場に立ちます。
一方で、大熊にこにこ市は今年いっぱいで幕を引くことを決断しました。
「私たちの世代が始めたにこにこ市も、みんな高齢になり体力的に厳しくなってきたことから、今年で終わりにすることにしました。後継者が同じスタイルで引き継ぐのではなく、次世代の人たちはそれぞれで自発的に連帯する方がよいと思います」と、フキさん。
戦後の激動期に、辛酸をなめて立ち上がった世代と、物質的にも金銭的にも豊かになった世代とでは、同じ目標設定、志をもって連帯するのは難しい。幕引きも鮮やかなフキさんたちの生き方には、潔さと清々しさ、強い意志を感じます。
食べ物も、モノも、お金も、情報も、有り余るほどの現代。今こそ、フキさんたちの生き方に学ぶべきところは多いと思います。大熊にこにこ市は終わっても、フキさんたちの生き様、そして残し伝えてくださった農地や環境をいかに次代につないでいくのか。私たちの生き方、食べ方が問われている気がします。
madoka’s eye
フキさんに初めて出会ったのはちょうど1年前、ナチュラーレ・ボーノの植木真さんがセンター北にあるJA横浜のクッキングスクール「ハマッ子」で料理教室を開催した時のことです。名刺を交換しいつか取材にうかがいたいと話して1年弱、お電話で依頼をしたら「ああ、あの時の」と覚えていらして、驚きました。
取材時には、食料自給率やフードロス(食料廃棄)の問題、原発事故と放射能汚染など、社会的な問題にも踏み込んで話をしました。とても明晰にご自分の意見を語ったフキさん。大地に根を張り日々の暮らしをしつらえ、最新の情報や社会情勢に対しても揺るがぬ姿勢をもつフキさんの姿に、思わず襟を正したくなりました。創造性と不断の検証に満ちたジャムは、フキさんの生き方そのものとも言えます。とにかく、カッコいい。
「今」という時代に思うところもあるでしょう、でも何も言わないフキさんの背中に、若い世代も今、気づき動き始めていますよと伝えたら、振り返り、陽だまりのようなやさしい笑顔を見せてくださいました。
【農家のお母さん発!横浜の地産地消を未来につなぐ体験講座 第4回】
平成29年度 横浜市経済局消費生活協働促進事業
講師のお話・テーマのクッキングのデモ・試食
「フキさんの塩麹と甘酒」講師:平野フキさん
日時:2017年11月29日(水)10:00~12:30
会場:アートフォーラムあざみ野3F 生活工房
(横浜市青葉区あざみ野南1-17-3)
横浜市営地下鉄ブルーライン、東急田園都市線「あざみ野駅」より徒歩5分
料金:2,500円
定員:15名
持ち物:筆記用具
申し込み方法:参加希望回 、氏名 、生年月日 、住所 、電話番号 、E-mailアドレス 、参加動機 を記入の上、event@morinooto.jp まで、または下記のフォームからお申し込みください。
アートフォーラムあざみ野での開催の場合、予約制で託児を利用できます。開催日の4日前の17時までに「子どもの部屋」までお問い合わせください。なお、託児は12:00までとなりますため、講座の試食タイム前にお子様をお迎えに行っていただき、生活工房でお食事を召し上がっていただきます。
http://www.women.city.yokohama.jp/find-from-p/p-nursery/
主催:特定非営利活動法人森ノオト
〒227-0033 横浜市青葉区鴨志田町818-3
TEL:045-532-6941/FAX:045-985-9945
共催:アートフォーラムあざみ野(男女協働参画センター横浜北)
後援:横浜市環境創造局、JA横浜
生活マガジン
「森ノオト」
月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる
森のなかま募集中!