今、日本人が再び自然との関わり方を学ぶ時。 パタゴニア日本支社長・辻井隆行さん
世界的なアウトドアブランドとして知られる「Patagonia(パタゴニア)」が一昨年、日本支社を横浜市戸塚区に移転しました。社会貢献企業として環境危機に警鐘を鳴らし、ビジネスを通じて解決の道をつくりながら、環境市民活動への支援もおこなっています。パタゴニア日本支社長の辻井隆行さんに、横浜で進めている環境アクションについてインタビューしました。
(聞き手=北原まどか)

<パタゴニアと横浜>

—— 世界的な環境・社会貢献企業であるPatagonia(パタゴニア)が一昨年、日本支社を鎌倉市から横浜市に移転したのは、私たち環境団体にとっては大きなニュースでした。辻井さんが感じる横浜市の魅力は、どんなところにありますか?

 

辻井隆行さん(以下、敬称略): パタゴニアは1993年から日本支社を鎌倉に置いて以来、鎌倉・湘南に住む地域の皆さんに愛していただいています。その間、パタゴニアの理念も少しずつ日本各地に広がり、徐々に事業規模が大きくなってきました。そうした中、スタッフ全員が一緒に働くことが出来る場所を模索している中で、同じ神奈川県の横浜市に移転することになりました。

 

「横浜」という地域に対して感じるのは、約160年前に鎖国時代の日本で初めて開港して海外との取引が始まった港町らしく、進取の精神があり、多様な人を受け入れていく土壌があることです。異質なものがあってもオープンに議論をしていく素地があり、また国際的な視点がある都市だと思います。
横浜市政をみると、環境創造局の事業として、緑を守るための「横浜みどり税」という仕組み(平成21年施行、個人市民税と法人市民税の均等割に上乗せし、樹林地を守る、農地を守る、緑をつくるの3分野に取り組むための施策「横浜みどりアップ計画」に充てられる)があり、これはたいへん画期的なことだと思います。また、温暖化対策統括本部という部署があり、地球温暖化対策に関して分野横断的かつ包括的な施策をまとめ「環境未来都市」として宣言するなど、パタゴニアの「ビジネスを使って環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」というミッションや持続可能な社会の実現というビジョンと照らし合わせても方向性が合致し、横浜市に日本支社をおくことは自然な流れでした。

 

辻井隆行(つじい・たかゆき):1968年東京生まれ。早稲田大学卒業後、大手自動車関連会社に勤務。25歳まで社会人リーグでサッカーを続ける。引退後、浪人生活を経て早稲田大学大学院社会科学研究科に入学。研究テーマは「日本人の自然観」。アルバイトで入社したパタゴニアで2009年にパタゴニア日本支社長に就任。新しい資本主義のあり方を模索しつつ、自然に親しむ生活を送る。

 

—— 私は、横浜・関内のお店や、ベイサイド店を家族でよく利用します。パタゴニアの製品をライフスタイルに取り入れること自体が、環境保護にもつながる気がしていて。パタゴニアで買い物をすると、レジ袋がないのが当たり前。製品自体もオーガニックコットンが使われていたり、動物の生態に負荷の少ない製法でつくられたダウンジャケットなど、機能性がいいのはもちろんのこと、環境に配慮されているのを感じられて、パタゴニアを選ぶ=環境を守る、と同義なんだなと思います。

 

辻井: パタゴニアでレジ袋を廃止したのは、1999年のことです。今では、必要な方にはデポジット制の袋を100円でご用意していますが、多くの店舗で「包装は不要です」という方がほとんどになりました。一方、お客様には製品をスポーツやアウトドア用としてだけでなく、毎日の洋服として愛用いただいており、壊れたら修理をして長く使ってくださる方も毎年増えています。そういう意味で、日常のシーンにパタゴニアの製品やお店やサービスが根付いてきたのかなと感じます。

環境が破壊されてこれ以上地球の健全性が失われると、人間も、動物も、生存する基盤が危うくなります。まさに環境と私たち人類やほかの生物は運命共同体なわけです。どんなに努力しても、衣類を製造する過程で環境に対して何らかの負荷をかけることは避けられません。だからこそ、最高の製品をつくることを目標にしつつ、その過程で環境に与える不必要な影響を最小限に抑えることに真剣に取り組んでいます。また、製品やサービスを通してそういったストーリーの発信をおこない、店舗という場で人とつながり合うことを大切にしたいと思っています。

 

パタゴニア横浜・関内店のリニューアルオープン時のレセプション。この日振る舞われた「ロング・ルート・エール」は、「1杯のビールが、地球を救う」をコンセプトに、環境再生型の有機農業で食の流通のあり方を改善することを目指している。リユースカップを使っているのもパタゴニアらしい

<横浜に残された最後の大自然>

 

—— 貴社は社会的企業として、「ビジネスを通じて環境問題の解決に貢献する」として、環境市民活動団体への支援をおこなっています。日本ではこれまで、長崎県の石木ダムの反対運動支援などを展開されてきました。横浜では今、栄区上郷町に広がる「瀬上沢」の開発問題がクローズアップされており、貴社が地元の市民団体やNPOを支援されています。実はわたし自身は、瀬上沢の開発問題については、パタゴニアの横浜・関内店でチラシを手に取ったことがきっかけで3年ほど前に知り、以来関心をもってこの問題を見つめています。

 

辻井: 瀬上沢は、神奈川県三浦半島から続く三浦丘陵の北端に位置し、隣接する円海山に連なる瀬上市民の森・氷取沢市民の森・金沢市民の森等と共に、都心に残された希少な緑地です。ホタルの生息地であり、オオタカ、コサギ、カワセミなどの鳥類や、蝶類、昆虫類など、豊かな生物多様性が残されている土地でもあります。

2007年に大規模な開発計画が持ち上がりましたが、周辺の住民たちが声をあげて9万2000筆もの署名を集め、いったんは開発が認可されませんでした。しかし2014年1月に再び大規模開発の計画が事業者から提案され、従前の計画よりも開発面積を縮小したことから横浜市がこの案を容認し、横浜市の都市計画案として開発が進められようとしています。2017年中に意見書の募集などがおこなわれ、都市計画審議会を経て2017年度中に横浜市が最終決定という流れになっています。

私たちは、周辺住民の反対の声が多くあがっていること、歴史的文化遺産の損失、緑地面積が減ることでの自然環境の悪化、ヒートアイランド現象などによる生活環境の悪化、人口減少社会のなかでのさらなる開発が妥当であるかどうか、「横浜みどりアップ計画」との矛盾などの観点から、瀬上沢の保全活動に対して賛同し、「Save! SEGAMI 横浜最後の大自然を守るアクション」という形で展開しています。

 

長崎県の石木ダム建設に対するアクションと横浜市の瀬上沢へのスタンスで大きく異なるのは、私たち自身の当事者性です。日本支社を横浜市に置いたこと、社員の多くが横浜市民でもあることから、瀬上沢は私たちの生活の基盤に近い活動であり、「支援する側」ではなく私たち自身もアクションの当事者にならざるを得ません。

 

横浜市栄区にある瀬上沢の森。パタゴニアは認定NPO法人ホタルのふるさと瀬上沢基金や、上郷・瀬上の自然を守る会を支援している。(写真提供:パタゴニア)

 

横浜市の緑被率のデータを見ると、1975年度には45.4%ありましたが、2014年度には28.8%までに下がっています(出典:横浜市環境創造局HP)。

この数字の意味が、市民にとって、国民にとって、そして世界的にどういうインパクトがあるのかを、多くの方ときちんと議論してみたいと思います。環境的な視点からいうと、地球温暖化とヒートアイランド現象の影響で真夏日や熱帯夜が増え続け、今世紀末には東日本で年間100日以上が真夏日になると言われています。市民一人あたりの緑地面積と生活満足度、そして不動産価値には相関関係があるというデータもあります。経済的、環境的、文化的、そして都市のブランド価値という面からも、瀬上沢の開発問題を契機に、「横浜がどういう都市でありたいのか」というビジョンを多様な人たちと、多角的に話し合いたいですね。

 

—— 横浜は行政区が広いけれども制度的には地続きなので、市街化調整区域の今後の開発のあり方や、横浜市もあと2年で人口が減少していくという転機のなかでどういう都市像を持っていくのかということについて、市民自身も主体的に考えていく必要があると感じています。

 

辻井: 日本企業には、政治的な課題について首を突っ込んだり、開発反対運動を支援するのはよくないと考える風潮があるように思います。しかし、「未来」を決めるプロセスは政治なので、政治的な課題に対してアクションしていくのは、選挙と同じくらい大切なことなのではないでしょうか。

ただ、方法論については対立構造をつくるのはよくないと思っていて、多様なステークホルダーが「みんなでどっちの方向に行くの?」と考える対話のデザインをつくる手法でありたい。そのなかで、お互いの均衡点を見つけることが重要だと思います。瀬上沢の開発についても、開発面積を32%に縮小したからそれでいいじゃないか、ということではなく、その開発が横浜という都市の未来像にどういう影響を及ぼすのか、どういうビジョンをもって開発を進めるのかということを、きちんと話し合いたいですよね。

 

<日本人の自然観>

 

—— 今後、横浜市では2019年に人口が減少に転じ、急激な縮退の時代に入ります。これからの都市のあり方という制度設計の面と、市民がどのように環境リテラシーをもち、自分たちの未来を選びとっていくのかということについて、瀬上沢に関わるアクションは、一つの試金石であるわけですね。

 

辻井: 横浜市は人口370万人という、日本で最も大きい政令指定都市です。これだけ大勢の人口を抱えながらも、一人ひとりは異なる個人で、その人たちそれぞれに目指す生き方があります。それをつないでいくような市民活動に対して、行政がしっかりと耳を傾けて、手を携えていくような動きを横浜で起こせたらすごいだろうなと思います。
横浜には山があって川があって海があり、都市も住宅地も工場も緑も畑もあります。東京に家を買わずに横浜で暮らす人には、それなりの理由があって、横浜の自然であり環境なり、土地柄に価値や魅力を感じて横浜を選んでいるはずなのです。そうした思いをみんなでつないでいけるようになるといいですよね。

 

—— 今は空前のアウトドアブームで、自然の中に身を置くことを好んでいる人が多いですよね。そうした風潮をどう思いますか?

 

辻井: そもそも日本人には「自然を守る」という感覚は持ち合わせていなかったのではないかと思います。日本人は里山や里海から食糧を得て、生活で出たものは自然に還していくというように、自然そのもとの共存しながら生きていた歴史があります。「自然」という言葉は16世紀の蘭学が隆盛した時代に「nature=ナツール」という、どうやら人間とは切り離された客観的な存在をあらわす概念として持ち込まれたらしいのです。それ以前に日本にあったのは「自然(じねん)」という言葉で、言動の「自然さ」や主体的な取り組みを示す「自ずから」という意味で使われていたようです。日本人の本来の自然観は、人間は自然の一部で、人間以外を客体化して自然と呼ぶという概念自体がなかったのですね。その自然を近代以降、様々な形で破壊してしまった西洋では、壊した自然を治そうという運動が広がりやすい文化的背景があったわけですが、そもそも人間の外部にある「自然」という考え方を持っていなかった日本では、そうした運動の広がりはゆっくりにならざるを得なかったのだろうと思います。

 

だから、「自然を守ろう」ではなくて、今こそ自然と人間の関係性をもう一度構築するという言い方で、環境問題を伝えていく方が私個人としてはしっくりきますね。

 

木陰に入った時に感じる涼しい風より、冷房の涼しさの方が好きだという人は少ないんじゃないかと思います。木陰が気持ちいいと感じる本能というか、日本人に限らず、人間にもともと備わっている自然との付き合い方があるのではないでしょうか。そうした感覚を呼び覚ます瀬上沢の森のようなところが近くにあるのは、大切なこと。ぜひ多くの横浜市民の皆さんと、それぞれの自然観について一緒に考えていきたいですね。

 

—— ありがとうございました。

 

パタゴニア横浜・関内店リニューアルオープニングレセプションでの辻井さん。横浜の環境団体やパタゴニアのファンであふれかえり、まさに店舗が「自然」をキーワードに人や団体をつなぐ機能を果たしていた。

Information

パタゴニア

http://www.patagonia.jp/

パタゴニアが支援している「横浜のみどりを未来につなぐ実行委委員会」

のホームページ

Live Green Yokohama

http://livegreenyokohama.com

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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