(写真=NORM TEAM)
木の芽時になると心が落ち着かなくて急に悲しくなったり、冬場になると冷えたり肌がかさついたり、髪の毛がパサついてきたり……日本では古来、季節の変わり目や心身の不調などの時に、身近な野草を薬として、煎じてお茶として飲んで、心身を整えてきました。日本だけでなく、世界各国で、メディカルハーブや薬膳など、それぞれの地域で様々な形で、薬草を生活や医療に取り入れてきました。
2018年2月25日、東京都渋谷区のクリエイティブコモンズ「100BANCH」を会場に、「知恵を飲む 薬草エデュケーション NORM」が開催されました。全国各地から集まった薬草に関わる生産者が、薬草のお茶やスパイス、乾物、スイーツ、石けんなどの雑貨を販売する「薬草マルシェ」や、オリジナル薬草七味やお風呂用薬草ブレンドを体験できる「薬草ワークショップ」、ジビエと薬草がコラボした「ジビエと薬草、目覚める野草の晩餐」などが開かれた賑やかな会場で、トーク1:社会学、トーク2:生物学、トーク3:文化学の3つのテーマで専門家によるトークセッションが繰り広げられました。
主催者の「NORM TEAM」を率いるのは、横浜市在住の新田理恵さん。自身も薬草茶ブランド「tabel」を展開し、全国の生産地を訪問し、薬草とともに歩んできた地方の文化を取材してきました。
新田さんは冒頭の挨拶で、「私は管理栄養士として、どうやったら食卓をアップデートできるのか考えた時に、100年以上前から愛されてきた薬草文化がおもしろいし、有効にはたらいてくれると感じた。(薬草茶をつくるなかで)北海道から沖縄までいろいろな産地を巡り、生産者に教えていただきながら発信してきたが、そこで得た学びをもっとみんなと共有したい」と、NORMを立ち上げた経緯を説明。薬草文化を、社会学、生物学、文化学の関係から専門家に語ってもらい、医・農・食から私たちの暮らし、そして未来をみつめてつながるための連続レクチャーと、テーマにあわせたお茶で、「ソーシャル・メディシン」としての薬草の新たな価値を発信していきたい、というねらいを持っています。
トーク1のテーマは「社会学」。「国と街のヘルスケアビジョンと、いのちを大切にする共同体」をテーマに、東京女子医科大学国際環境・熱帯医学教授の杉下智彦さん、飛騨市企画部総合政策課課長の野村久徳さんが登壇しました。聞き手は新田さんです。
映画『君の名は。』の舞台で一躍有名になった岐阜県飛騨市の旧古川町域は、1000メートル級の山々に囲まれた盆地特有の朝霧が発生する環境で、農村環境デザイン政策を掲げて「飛騨古川朝霧プロジェクト」を2004年の市町村合併に際してスタート。野村さんはその担当者として、朝霧をキーワードに、山、水、食、土、健康といった各種施策での調査研究や市民参画のさまざまな活動をサポートしています。特に薬草については「健やかに生きる」をコンセプトに医療費削減や生活文化の観点から、飛騨ブランドとして展開。「ゲンノショウゴは下痢や便秘に作用し効果が証拠となって現れること、マタタビは旅に疲れた人が飲んだら元気になってまた旅に出るということから名付けられた。薬草の効果を次の世代に伝えるために名前がついてきた」などと、野村さんから薬草についての知識が語られると、会場から「ほお〜」と声がもれ、参加者は一気に薬草世界に引き込まれていきました。古川エリアだけで260種類ほどの薬草があるそうで、ご高齢の方々も山に入って薬草採取に励むなど、地域活性化に一役買っているそうです。
杉下さんは心臓外科医としてアフリカやアジア各国に赴任し、現代医療のスペシャリストとして現地で医療にたずさわりながら、特にアフリカで薬草文化にふれたことで、伝統医療やシャーマニズムなど、医療人類学という分野を確立してきました。
「23年前にアフリカのマラウイに協力隊員として派遣され、ゾンバという都市で最初に手術をした妊婦さんが、子宮破裂と遷延異常で運ばれてきました。その時すでに赤ちゃんは亡くなっていて、HIVにかかっていたお母さんも日和見感染で術後に亡くなった。救えなかった命が悔しくて、そのお母さんが住んでいた村を訪れてなぜお母さんがこんな状態になったのかを聞き込みしていたら、産前検診に行っていなかったこともあるが、実は子宮を収縮する薬草を飲んでいたと聞きました。今回はたまたま危機的状況に陥り命を落としてしまったが、アフリカ諸国では普通に薬草を飲んで毒にも薬にもなっている、ハーバリストやヒーラーが生活に根付いていることを知りました」。 HIVやマラリアなどの重篤な病に対して、伝統医療や薬草でのケアシステムは「エビデンス(科学的根拠)重視の西洋医学では救えない、人の心や現代社会の課題解決につながるものではないか」と杉下さんは話しました。
最後のまとめで杉下さんは、「薬草は単なる病気のコントロールではなく、豊かな社会をつくるために大切で伝統的な価値観だと発信したい」、野村さんは「薬草は家族やご近所さんが困っている時に差し上げる、やさしい文化だと思う。人のやさしい心を一緒に伝えていけるのが薬草の魅力」と語り、二人とも発信の大切さについて語りました。二人の話を受けて、新田さんは「薬草文化はやさしさや生きやすさ、社会に対する慈しみにつながる」とまとめ、トーク1を終えました。
(詳細レポートは有料版でご覧いただけます。詳しくはNORM TEAMへ)
続いてトーク2は、「生物学」。「BOTANIC FUTURE 植物が切り拓くヘルスケアの未来」について、東京大学農学生命科学研究科生物測定学研究室准教授の岩田洋佳さん、ツムラ株式会社生薬研究所の近藤健児さん、小野田高砂法律事務所の弁護士・小野田峻さん、聞き手にアクアポニックスの邦高柚樹さんを加えて、生物学と法学的な観点からトークを展開しました。
近藤さんからは、医薬品原料としての規制や日本薬局方適合試験についての仕組みについて話題提供がなされました。また岩田さんからは植物の育種・品種改良の効率化について、2050年の世界的な人口爆発時代に向けて、遺伝子操作や品種改良についての技術論や倫理論が語られました。邦高さんは水耕栽培で薬草を栽培しようとしてうまく発芽しなかった経験を披露。新田さんは「生薬の栽培方法や食品として販売していく時の法的に押さえておきたいラインについて、弁護士の小野田さんに相談した」と、薬草茶を販売している立場から疑問を提示しました。小野田さんは行政や立法の役割についてふれ、「行政の方々は社会がよくなるために何をすべきか考えている。情報や経験を集約して、比較していくことで、より良い状態に近づくことはできるはず。官も民も営利も非営利も協力して、みんなで協力すれば薬草文化についても私たちなりの法律案を提示できるのでは」と述べました。
最後に、岩田さんは「生命科学は現代においていろいろなことができるようになってきている反面、新しい技術に対してアレルギー反応を持つ人もいる。ただ、科学者はみなさんを不幸にしようとは思っておらず、みなさんの役に立ちたいと誠心誠意やっていることを伝えたい」、小野田さんは「社会課題を解決したり、世の中をよりよく変化させるには、常日頃学び直し、学びほぐしをしていって、特定の領域の人だけでなく、いろんな立場の人が集まることが必要だと思う。今日のような薬草大学の場を通じてつながる動きに期待したい」と締めくくりました。
(詳細レポートは有料版でご覧いただけます。詳しくはNORM TEAMへ)
「民のための文化は、生きる術を編む」をテーマに展開されたトーク3。明治大学理工学部准教授の鞍田崇さん、エイ出版社のDISCOVER JAPAN統括編集長の高橋俊宏さんをゲストに迎え、西会津国際芸術村の矢部佳宏さんと新田さんが聞き手に回りました。
矢部さんは西会津町にUターンして、西会津国際芸術村の設立と運営に関わり、アートの視点で地域再生をおこなっています。「本当の地方の消滅は、地方の文化DNAが消失すること。現代においては、移住者がその土地の文化や知恵を引き継ぎ育んできています。一人でもそれを受け継げたら、地域は消滅しないのでは」と問題提起。自身も、桂の葉っぱを砕いてお香にして焚いていたり、町の伝承行事の担い手となっている様子を映像で紹介し、雪国で自然と共生した暮らしを語りました。
高橋さんは10年間、「日本の魅力を再発見する」をコンセプトに、日本の伝統工芸や食文化の豊かさ、繊細な技術と重厚かつモダンな存在感を世に伝えてきました。「パリにDISCOVER JAPANのショップをオープンして、日本の伝統工芸や地場産業を世界に発信しています。東京を飛び越してパリで日本をブランディングしてムーブメントをつくるなかで、代替わりしつつある日本の伝統産業に新たな力を与えたいと思っています」と、高橋さん。編集者=プロデューサーとしての仕事を垣間見せつつ、「でも私は、知りたい。なぜその伝統工芸が生まれたのか、その背景や、職人さんの技術がいかに培われたのか、全体のカッコよさだけではなくそのディテールがなぜ生まれたのか。美しさが宿ってきたその背景を聞きたいんです」と、メディア人としての矜持をのぞかせました。
近著に『民藝のインティマシー 「いとおしさ」をデザインする』(丸善出版、2015年)がある鞍田さんは、「与えられたレールの上をスマートに生きることよりも、ぎこちなくも一つひとつの人やモノとの出会いを自分たちの感性で創造していくこと。それを力強く肯定してくれるのが民芸です」と最初に定義。そのうえで、“インティマシー”という言葉を、“親しさ”ではなく“いとおしさ”と言い換えた理由について、「“愛し”と“労し”は通じる意味であり、労働や生活のつらさが他者に対する共感になって愛情に変わる、二面性を持った言葉です。自分の出身地でなくてもいい、自分たちが寄り添っていきたい場所、モノ、人と出会い、それを地域スケールで共有していく時代に入っています」と、“インティマシー”という言葉を軸に、現代における民芸の意義を語りました。
「20世紀の大きな矢印に乗ってみんながひとつの方向に向かっていた時代とは異なり、現代は無数の小さな矢印が点在している時代。個々の小さな美しさも大切だが、美の教育という観点から、故郷や環境と結びつけることで、私だけの世界に閉じこもることではなく、美しさが誰かとつながる喜びを生み出すブリッジになるのでは」と、鞍田さん。矢部さんは「自分にとっての“薬草”があって、それぞれが発信し、シェアしていけることが、今の時代の新しい文化の醸成の仕方ではないか」と、民芸に通じる薬草文化の再構築への期待感を語りました。
3本の濃密なトークセッションを終え、お待ちかねのギャザリングタイム。トーク2に登壇した岩田さんが「新田さんには薬草の世界のハブになってほしい」と挨拶をして、懇親会に移りました。
この日の料理をコーディネートしたのは、食卓料理家・森本桃世さん。イノシシ肉のウコン味噌と月桃の蒸し焼き、秋ウコンと当帰のポテトサラダ、ヤブカンゾウと月桃と野菜のピクルス、秋ウコンと当帰とカラスノエンドウのトルティージャ、ウコン味噌の薬草おむすびなど、「ジビエと薬草。目覚める野生の晩餐」をテーマに、クリエイティブな料理の数々が並びました。
「一平ちゃんカレー」によるスパイスを使わない薬草カレーに、参加者一同驚きの声をあげ、全国から運び込まれた日本酒に薬草酒にも舌鼓。カレーにはウコン、ウコン味噌、月桃、陳皮が入っており、ごはんに炊き込んであるナツメ、蓮の茶には安眠にいいと聞いて、おかわりが続出するシーンも。
13時から21時まで、薬草に関する学びと体験、試飲に試食と、濃密な時間を過ごした約100人の参加者とスタッフたち。薬草大学NORMの締めくくりに、新田さんはこう語りました。
「今回薬草大学を初めて企画してみて、みなさんに、私が出会ってきた素敵なもの、素敵な人を紹介できればと思ってやってみた。これからをシリーズ化して、地域、企業、本物の大学などとコラボしてやっていきたい。社会の半歩先、一歩先をいくさまざまな動きとつながっていけたらーー」。
おいしい食卓は、社会の薬になっていく。新田さんが始めた薬草大学NORMのこれからが、楽しみでなりません。
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