メディアって、そもそも何だろう。
そう考えた時に、現代には多様な形の「メディア」が存在していることに気づきました。
メディアを辞書で引くと「媒体」と訳され、ローカルメディアは特定の地域で情報を発信する媒体ということになります。もっとも本義をたどると「つなぐもの」という役割がメディアに求められています。
今から20年ほど前までは、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌といったマスメディアが「上から下へ」と情報を流すような形だったのが、インターネットが発達し、SNSで誰もが自由に情報発信できるようになった21世紀には、ローカルの現場から、あるいは個々人の発露から、「下から上へ」と渦を巻くように情報が湧き上がってくるようになりました。その形も融通無碍(ゆうずうむげ)に変化して、イベントやお店、宿泊施設や温泉地といった「場」までが、メディアになっていく。そんな時代に今、私たちは生きていることになります。
以前、森ノオトの「ローカルジャーナリズム講座」の講師としてお呼びした影山裕樹さんの著書『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社、2018年)で、出版業と宿泊業によって町の人と旅行者をつないで移住者を増やしている真鶴出版のことを知り、いつか訪れてみたいと思っていた私。背中を押してくれたのは、森ノオトのスタッフ・宇都宮南海子さんが6月に森ノオウチに呼んだ「BOOK TRUCK」の三田修平さんでした。一期一会の一冊が積まれていたBOOK TRUCKに、なぜか山積みだった『小さな泊まれる出版社』。表紙には著者名がなく、「真鶴出版」の版元名と、タイトルだけの潔さと、美しい表紙の絵が訴えかけてきました。帯に「地域をつなぐメディアと建築」と書いてあり、ふむふむ、どこか森ノオトと親和性がありそうだぞ……と思って、手に取りました。三田さんが「真鶴出版、後輩なんですよ」とおっしゃって、ああ、これは行くタイミングだな、と思ったのです。
GO TOキャンペーンが始まろうとしながらも、新型コロナウィルスの感染者数が増えていて、「行っていいの?ダメなの?」という微妙な時期。真鶴出版も3月下旬から6月まで3カ月以上宿を休業しており、7月1日から一日一組のみという形でようやく受け入れを再開したところでした。たまたま、森ノオトの船本由佳さんも夏休みに家族で行く予定だと聞いていたので、1週間前乗りする形で、思い切って真鶴出版の宿泊を予約したのです。
真鶴町は神奈川県の西の端にある、人口7,300人弱の小さな町。面積にして7平方キロメートルと、箱根の芦ノ湖と同じくらいというから、町を歩いて一周できるというのも納得の小ささです。鶴が翼を広げているように見えることから「真鶴」という名がついたそうで、確かに半島の形は鶴の首のようにも見えます。小さな海水浴場や磯が点在し、干物がおいしいらしい、と聞いたことがあります。
真鶴出版は、出版担当の川口瞬さん、宿泊担当の來住(きし)友美さん夫婦が営む「泊まれる出版社」です。2019年12月に出版された『小さな泊まれる出版社』をガイドブックのようにして読み込んで、真鶴出版を訪れました。本には、お二人が、縁もゆかりもない真鶴に移住するまでの道のり、三田さんが川口さんに影響を与えていたこと、スモールスタートとして真鶴のオリジナルマップをつくり、自宅の一室をAirbnb(インターネットで予約できる民泊)として貸し出して、ゆるやかに自分たちの仕事をつくっていった軌跡から、今の宿泊施設「真鶴出版2号店」を建築家と地元の職人と一緒につくり、クラウドファンディングで資金を集めたこと、その間に妊娠・出産という人生の山場があったこと、真鶴町の景観を形づくる『美の基準』をいかに取り入れようかと考えたことなどが記されていました。リノベーションのスケジュールから資金計画まで事細かに記載されており、このような取り組みに興味のある人にはたいへんなリアリティをもって迫ってくる本です。特に妊娠・出産とクラウドファンディング、リノベーションが重なり、「苦行」と書くほどの決断の連続には、身につまされるものがありました(私も次女の妊娠・出産と、出版のクラウドファンディングを重ねていたので)。普通に考えたら、くじけてしまうようなこともあり、それでも自分たちが目指すものに向けて走り抜く、なんて熱量のある人たちなんだろうと、ワクワクしながらお会いするのを待っていました。
チェックインの時間は16時。そこから2時間ほどかけて、町歩きをするそうです。しかし、その前に景勝地の三ツ石で磯遊びをした子どもたちは、なかなか海から離れず、さっそく遅刻です……。お電話をした時に、來住さんは「大丈夫ですよ!」と明るい声で応対してくれて、ホッとしました。
クルマをコインパーキングに停めて荷物を抱えて、えっちらおっちら。鰻の寝床のように細長い敷地に真鶴出版2号店はありました。解体された郵便局からもらったアルミサッシから、真鶴出版の店舗部分と広間が見えて、空間の中にもまるで背戸道がいく筋も走っているかのよう。ちょうど入れ替わるように出られたお客さんも、実は横浜から来た方で、森ノオトの読者だと知ってびっくりしました。
初めてなのに、なぜか懐かしく感じるのは、本の巻末に「波板加工の段差」「惑星のような照明」「流木の足のテーブル」といった、真鶴出版にある素材の物語が刻まれていたからかもしれません。丸一日、海で遊び呆けて疲れた娘たちは、広間の椅子に座ってすっかりくつろいでしまい、なかなか外に出ようとはしません。私は歩く気満々なのに……。そんな時に、來住さんのパートナーの川口さんが、今日発行したばかりという神奈川県の地域新聞『タウンニュース』を持って現れました。トップ記事に、真鶴出版が手がけた「港町カレンダー」が紹介されていたのです。
「あっ!!」
パパの会社がつくっている新聞に、目の前にいる人たちが登場していて、子どもたちは大喜び。川口さんは、「7月下旬に行われる貴船祭りを1年の節目として、8月始まりのカレンダーにしたんです。町に移住してきた画家とデザイナーと私の3人でつくりました」と、真鶴らしい暦をつくった理由を話してくれました。夫も川口さんと話が盛り上がり、やっぱりなかなか町歩きに出られません(笑)。
さすがに日も陰り始めたので、來住さんの案内のもと、町歩きに繰り出しました。真鶴出版のおもしろさは、宿泊とセットで「町歩き」がついていること。1号店を始めた時に、日本語の話せない外国人ゲストの通訳として飲食店について行ったことをきっかけに、日本人向けにも始めたところ、すこぶる好評だったこと。それが今では真鶴出版の代名詞にもなり、真鶴への愛着がわいて二度三度と訪れ、移住を決断する人を何人も生み出しています。
確かに、車も通れないような細い背戸道を分け入るように歩き、石垣のように組まれている真鶴名産の「本小松石」について説明を受けたり、地元の酒屋のおっちゃんと立ち話をしたり……普通の観光では味わえないような、真鶴というローカルに生きる人の現場にふれられる体験は、他にないものだと感じます。
本には、こう書かれています。
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面白いのは、そのときのゲストによって、まるで真鶴の神様が示し合わせたかのように、“合う人”と出会うことが多い。(中略)ただ一つ言えるのは、ゲストが出会いを求めているときは、何かしら必ず出会いがあるということ。だから私たちも町歩き中なるべくゲストと町民をつなげるようにしている。
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この日の町歩きで私たちが出会ったのは、今年の春に真鶴にUターンして整体を始めた方、真鶴に移住してゲストハウスを始めたばかりという方、今日真鶴に引っ越してきたばかりという若いカップル。町のコミュニティサロンのように人が集う酒屋のおかみさんは、自分のことを紹介する時に、新聞の切り抜きを見せてくれました。そのほとんどが、『タウンニュース』と『湯河原新聞』という、小さな町の情報を細かく扱っているローカルメディアで、つい笑ってしまいました。
「本当に、偶然なんですけど、町歩きをしていると、その日のゲストにふさわしい町の人と出会えるんですよね」と、噛み締めるように語る來住さん。町の地図と人の顔が結びついているかのように、迷路のように細い道を歩いて、人と人をつなげていきます。
日が沈みかけた18時半過ぎ、1歳のお子さんを連れて來住さんを迎えに来た川口さん。これから、町の会合に出かけるので、子守をバトンタッチするのだそうです。私たちは港で別れて、來住さんお勧めのお寿司屋さんへ。真鶴出版の宿泊業は、暮らしと営みをわけていない、真鶴暮らしがそのまま垣間見られるような親密さを感じました。
日中、磯遊びを満喫して、夕方から夜にかけて町歩きをして帰ってきた私たちは、まるで自宅のように真鶴出版の広間でくつろぎました。長女は終始上機嫌で、「こんな部屋に住みたい」とペラペラ語っていました。私は本を読んでいたからか、「あ、これはリノベーションで造作を諦めた既存キッチンか。でも温かくなじんでいるなあ」「本小松石の洗面ボウル、ここまで真鶴リスペクトが現れていて素敵だなあ」などと、空間の一つひとつに込められた物語を読むように感じ、愛おしさが込み上げてきます。こうして夜は更け、ぐっすり眠って、次の日の朝を迎えました。
翌朝、來住さんがそっとキッチンに入ってきて、パンをセットし、スープを温めていました。真鶴出版の朝食は、近所に移住してきたハード系パン屋「秋日和」さんのパンいろいろと、真鶴の野菜を使ったスープです。家族でおいしくいただき、その後もまったりと広間でおしゃべりが弾みました。
私が『小さな泊まれる出版社』を読んだなかで、最も心を打たれたのが、真鶴町の美の条例のうちの一つ「美の基準」を、真鶴出版がその建築にどう取り入れようとしたのか、というプロセスです。「美の基準」は、1980年代後半のバブル期にリゾート法が制定され、真鶴町や周辺の熱海市、湯河原町などにリゾートマンションの建設ラッシュが訪れた時に、「真鶴がマンションだらけの町になる」ことに危機感を持った当時の住民や町長たちが、建築や法律の専門家と一緒に1993年につくりあげた「真鶴町まちづくり条例」の一部です。真鶴町特有の素敵なところを「美」と呼び、69のキーワードで冊子にまとめた「美の基準」は、町の歴史や未来を描く画集にも見えます。そこには、「静かな背戸」「建物の縁」「壁の感触」「路地とのつながり」「舞い降りる屋根」「少し見える庭」などと書かれており、69のデザインコードを拾い読みすると、まるで詩集を読んでいるようでもあります。冊子の冒頭には、次のように書かれています。
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本デザインコードは、町、町の人々、町を訪れる人々、町で開発をしようとする人々がそれぞれに考え、実行していくべき小さなことがらを一つひとつ綴っています。
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川口さんと來住さんは、真鶴出版2号店のリノベーションプロジェクトで、「美の基準」を取り入れることを楽しみにしていました。設計を手がけたのは、横浜のCASACOで知られるトミトアーキテクチャ。トミトの二人と一緒に『美の基準』に向き合って生まれたはずの設計図面を見て、來住さんはふと、我に返ったといいます。
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憧れに近い存在だった『美の基準』を加味することは、『美の基準』の69個の項目をただチェックしていく作業だったのか?
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來住さんが抱いたこの感覚に、エコロジーやサスティナビリティ を標榜しているローカルメディアの運営者として、私はすごく共感したのでした。それは、2015年に国連が発表した世界共通の目標SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)と森ノオトの関係についてで、森ノオトはローカルなSDGsをやっているはずなのに、17の目標のアイコンを記事に貼り付けることになんとなく「それは違うなあ」という感覚があって、特にSDGsと森ノオトを紐づけることなく、でもなんだかつなげたいような気持ちもあり、モヤモヤしていたからでもあります。
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2号店が出来上がってみると、『美の基準』は工事を始める前とは違う意味を持ってそこに現れた。『美の基準』を意識せずにつくった空間や選んだ素材でも、結果として『美の基準』ととても近いものになっていたのだ。『美の基準』はただのチェックリストではなく、「自分たちの思う真鶴らしさ」を見つける」手引書であり、その過程に寄り添ってくれる仲間のようなものだった。
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來住さんの言葉は、今の私に、すっと染み渡りました。私も2009年に「Think Globally, Act Locally」を標榜して森ノオトというローカルメディアを創刊して10年が経ち、2015年にSDGsが登場してから、世界につながる文脈としてSDGsをどうローカルメディアに組み込むか自分なりに考えていました。しかし、ここ最近では、「SDGsはただのアイコンではない、人々のローカルでの暮らしを包み込む包括的な概念であり、結果的に滲み出てくるものである」という意識に変わり、特にそれを声高に叫ぶことなく、だけど私にとって大事な指標として心の真ん中に置いて、今に至ります。
真鶴出版2号店を設計したトミトアーキテクチャの伊藤孝仁さんは、『小さな泊まれる出版社』の中で、次のように語っています。
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『美の基準』は絶対的なものとしてチェックシート的に扱うのではなくて、「環境にとってどういうものがいいのか」ということを考え抜いた、“同じ悩みを持った知り合い”なんです。一緒に横を走る、あるいは一歩前を先回りして走ってる、そういう関係になったなと思います。
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真鶴出版に宿泊した1泊2日の小さな旅は、ガイドブックを片手に有名店や景勝地を訪ね歩く旅とは異なり、そこに生きる人たちの、生活の道を歩き、暮らしの一部を垣間見る形で、自分たちがまるで町の一員として過ごすような経験でした。「町歩き」で出会った、真鶴が好きになってそこを選んで暮らし始めた人、海と山の恵みを享受している人、小さなコミュニティで挨拶を交わす人たちの、生き生きとした「リアル」な姿を見て、自分がそこでの暮らしをイメージしやすくなるような仕掛けが、声高に主張するわけでもなく、なんとなく散りばめられていて、その距離感がなんとも心地よく感じました。
「美の基準の町」として見て真鶴を歩くわけでなく、その町を暮らすように歩いたことで、自ずと「美の基準」が匂い立つように自分の周りを囲んでいたーー。そんなふうに、移住を決めた人たちの気持ちが、なんとなくわかるような気がします。
わが家は青葉区が大好きで、この町に根差すことを決めて、この町での暮らしを発信しながら日々を過ごしています。都市郊外の住宅地で、便利だけれど、自然も多く、まちの人たちがとても元気。真鶴町よりはるかに大きなこの町で、活発にまちづくりに取り組む人々の息吹や、美しい町並みのその理由を、同じ地域に住んでいるたちに伝えることをして、地域への愛着を持つ人が増えていくといいなと、思っています。わが町のよさが、じんわりと、包み込むように、伝わって、「ああ、いいな」という幸せな実感を身にまとうような、そんなイメージです。
旅をすればするほど、わが町のよさに気づきます。そして、わが町に密着すればするほど、旅に出たくなり、そこで会う人との交流が私にたくさんの発見をもたらしてくれます。
家族はさっそく、「真鶴出版、よかったね。また行きたいね」と話しています。「この間のこってり干物がおいしかったから、次はさっぱり干物も食べてみたいね」「イカ爆弾また食べたいね」「磯で遊びたいね」……。またゆっくり「町歩き」しながら、真鶴の魅力にふれてみたいと思います。
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