「これ一つに存在感があるというよりも、テーブルに並べた時に、ちょっとだけポイントになったり、ほかの器を引き立てるようなものが作りたいと心がけています」。そう話すのは、「mujina木工房」の名で活動する木工作家の尾池豪さん。木の器やカトラリーをはじめ、照明や時計など住宅の暮らしまわりの小物をつくる作家さんです。
ガタンゴトン、ガタンゴトン……。
小田急小田原線・柿生駅近く、電車の音が響く線路沿いに、尾池さんの工房はあります。テナントが立ち並んだビルの横、レトロな階段を降りた先の廊下の突き当たり。知っていないとたどり着けない、まるで隠れ家のような場所です。
扉を開くと、想像していたよりも明るい室内。白い天井や壁、窓から入るやわらかな日差しが入るこの工房で尾池さんは日々、創作活動をしています。
北海道や東北の山々から運ばれてきた山桜などの大きな木材が入り口側に立てかけられ、工房を周遊するように、いくつかの加工用の機械が並んでいます。木材の厚みを調整し、角をとり、深さを出し、平面だった素材が、機械と手作業によってどんどん立体的に作品へと変化していきます。商品として手にとるまでにこんなに多くの工程があることを知ると、今度はこの木を育てる番が、作家さんから自分に託されたような、ちょっとシャキッとした気持ちになります。
木の器やカトラリーは、見た目もとてもかわいらしく、憧れは感じるものの、なんとなくお手入れが大変そうな印象がある人も多いかもしれません。
「軽くて割れにくいのが木の器の魅力です。普段使いにもアウトドアにもおすすめです。仕上げにオイルを塗っているので、油っぽいものをのせても大丈夫なんですよ」と尾池さん。高熱によって歪みや割れ、焦げが出てしまうため、食洗機や電子レンジは避けたほうがよいとのことですが、陶器の器と同じように中性洗剤で洗って、立てかけて自然乾燥すればOK。使う用途を選んだほうがよいのかなと思っていた私は、汁っぽいカレーやステーキなどにもどんどん使ってよいと聞いて驚きました。器の表面が乾いてきたなと感じたら、くるみオイルやえごま油、なければオリーブ油などのオイルを少量、布などでふいて全体に馴染ませ乾燥させると、またツヤが戻ってくるそうです。
用意していたメモを時おり確認しながら、丁寧に質問に答えてくれる尾池さん。言葉は少ないけれど、自然体でものづくりを語るその姿は、暮らしに馴染むご自身の作品そのものに似ているなぁと感じました。そんな尾池さんが木工作家になるまでにどんな物語があったのでしょうか。
名前に込めた夫婦の物語
「夏休みの工作で、木を小刀で削って人形を作ったり、小さい頃からつくることが好きでしたね。おもちゃ屋さんの端っこの誰も手にとらないような組み立てるおもちゃまで、片っ端からつくっていました」と尾池さんは笑います。電気関係のお仕事をされていたお父様の青焼きの図面をもらっては裏に絵を描いていたり、幼い頃からものづくりが身近にあった尾池さん。大学では建築を学び、卒業後は都内の設計事務所に務め、一級建築士として住宅や店舗の設計をしていました。
「このままでよいのかなと思い始めたのが震災の後でした」。尾池さんが、働き方、暮らす場所を考え直し始めたのが、2011年の東日本大震災でした。その後、「仕事のストレス解消に編み物がいいって聞いて、でも(自分は)編み物じゃないかなと思って、同じような効果がありそうだと始めたのが木工だったんです」と意外なきっかけを話す尾池さん。都心で日々あくせくと働き疲れて帰宅する尾池さんの心を癒したのは、コツコツと木を削って彫っていく木工でした。瞑想のように夢中になれる時間、あたたかな木のぬくもり、そして、最初から最後まで自分の手でつくることができるという、確かで懐かしい感覚。「元々小さいものが好きだったんだと思うんです。自分一人でつくることができるものを、自分でつくる。自分が小さい頃の感覚に段々戻っていたような感じですかね」と尾池さんは振り返ります。それからは、会社勤めをしながら、自宅で創作活動をし、イベント出店などで作品を販売していたそうです。
その後、退職し神奈川県職業訓練校の木工科に通い、本格的に木工を学びます。「グラデーションみたいな感じです」と表現するように、少しずつ少しずつ、作家としての活動に軸足を移していきました。
尾池さんが作家としてスタートをするタイミングは、奥さまの渡辺絵梨さんも、設計士として独立を考えている時でした。夫婦は2016年、建築から器などの日用品までを設計・製作する「mujina設計室+mujina木工房」を立ち上げました。設計と木工、夫婦で手掛けるものは違うけれど、「暮らしを豊かにしたい、生活に温かさややわらかさを与えたい」という同じところを目指した二人ということで、ことわざの「同じ穴の狢(むじな)」からとり「mujina」と名付けたそうです。
夫婦ともに独立、しかも同年に息子さんが生まれるという、人生の転機が一気に押し寄せたお二人。不安はなかったのでしょうか?
「そうですね、それぞれが自営業だと仕事の波はあるけど、お互いにどう転んでもよいようにと思っていました」と絵梨さん。独立して最初の1〜2年は、尾池さんが絵梨さんの設計の仕事の手伝いに入ることもあったそう。尾池さんの作家活動が軌道にのってくると、「私の設計の仕事が一旦全部止まってしまっても、彼の仕事が動いているし大丈夫だと思えました」(絵梨さん)。設計と木工という、暮らしまわりの地続きな仕事を、お互いに横目で見つつ、補い合いながら、家庭と仕事のバランスをとってきたと語ります。
お二人は子育ての環境を求めて、都内から自然豊かな青葉区へ移り住むことを選びました。八王子市にある実家の一部を工房としていた尾池さんも、2017年に現在の柿生の工房へ移転。尾池さんは、現在は日中に工房で木材の加工をし、息子さんを寝かしつけた後にオイル塗りなどの仕上げの作業をすることが多いそう。仕事と生活の場が近づいて、「子どもとの時間をちゃんと確保したい」と思い描いていたイメージが、今実現していると言います。
お二人の話を聞きながら、今の働き方に落ち着くまでに、迷いも不安もあっただろうと想像します。それでも、夫婦で語り合い、お互いの価値観をチューニングしながら歩んできたことが感じられました。暮らし方や働き方への価値観は、ある日突然生まれるものではないと私は思います。頭の片隅にいつもあったり、「これでよいのかな?」という自分の内側の声を見逃さない感度こそ、生き方の柔軟性を生むのではないか、お二人のほころんだ笑顔にそう気づかされた取材でした。
そんな尾池さんの作品は、青葉区内では桜台の家具屋「ウッディハート」で実際に手にとって見ることができるほか、9月22日〜29日に森ノハナレで開催される「秋の夜長のめぐる布市」で展示販売が行われます。23日と29日には尾池さんが在廊される時間があるので、直接お話を聞くこともできます。
毎日の食卓に、リビングに、ちょっとした豊かさを与えてくれる木の作品たち。あなたも木のぬくもりのある暮らし、始めてみませんか?
mujina設計室+mujina木工房
<出店情報>
秋の夜長のめぐる布市:9月22日(月)〜29日(火) *27日(日)休み
作家在廊日は9月23日(水)10:00〜11:30、29日(火)13:00〜14:30
会場:森ノハナレ(青葉区鴨志田町818-3)
入場料:500円
申込み:事前予約制
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