森野屋酒店を取材していた2時間の間、とにかく「賑やかな店だなあ」と感じました。ひっきりなしに鳴る電話。お客さんとの会話。テーブルで始まる試飲。宅配便のやりとり……。人と人が言葉を交わし、モノをやりとりし、「商売」が成立していく様子に、まちの活気を見ることができました。
「青葉台駅の開業と同時に商売を始めた祖父は、いわゆる“三河屋”スタイルで、個人宅への配達から飲食店への卸売まで、まちの御用聞きをなんでもやっていました。父も“そのスタイルを踏襲していたのですが、今から20年ほど前に、女将が“これからは地酒の時代!”と、全国の酒蔵から直接地酒を仕入れるようになって、今の“地酒屋”としての森野屋があります」
こう話す平本裕治さんは、1985年生まれの35歳。熱っぽく地酒を勧める姿を見ていると、地元のおっちゃんたちが「ゆうじ」と呼んで可愛がるのもうなずけます。お客さんに「来週、○○県に旅行するんだけど、旅行先で飲むべきお酒は?」と質問されると、惜しげもなく自らの知識とネットワークを伝えて、「楽しんできてくださいね」と送り出す。裕治さんが売っているのは、「お酒」だけでなく、お酒にまつわる物語や楽しみなのだなあ、と感じます。
コンビニエンスストアやドラッグストアで酒類の販売が解禁になった2000年代以降、青葉台に複数軒あった個人の酒屋は姿を消していきました。私も青葉台に住んで15年になりますが、引っ越してきた当初は桜台交差点の近くにあった酒屋によく足を運び、店主のおじさんと店頭で日本酒の話をするのが好きでした。大きな看板を掲げていたその店が新しいビルに変わった時には、一抹の寂しさを覚えたものです。確かに、私自身もコンビニでビールを買うことがありますが、そうした消費行動の一つひとつが、特徴的な「まちの酒屋」の存続に直結しているのだな、とも感じます。
森野屋が生き残ってきたのは、20年ほど前に「地酒屋」に転身したことにほかならない、と裕治さん。今をときめく日本酒「獺祭(だっさい)」(山口県・旭酒造)の取り扱いは20年ほど前から。日本で初めて日本酒で有機JAS認証を取得した日本酒「雪の茅舎(ゆきのぼうしゃ)」(秋田県・齋弥酒造)を私が取材したのは2004年のことでしたが、青葉台に戻ってきた時に森野屋の店頭で見かけて、とてもうれしかったのを覚えています。「まんさくの花」(秋田県・日の丸酒造)、「小左衛門(こざえもん)」(岐阜県・中島酒造)など、「この酒を飲みたくば、森野屋」という、地酒屋としてのステータスを着実に積み重ねてきました。
女将で唎酒師・ワインコーディネーターの資格を持つ祐治さんのお母さん、平本良子さんは、「20年以上前に、これからの時代は自分で直に酒を選んで仕入れるんだと問屋さんに教わって、福島県の末広酒造を訪ねたのがきっかけで“地酒屋”の道を歩み始めました。地酒の時代が来る、ということで、女性一人で勉強会に参加したり、勉強しに行ったり、いろいろしてきましたね」と振り返ります。
裕治さんが森野屋に入ったのは2013年のことです。いずれお店を継ぐのだろうという気持ちはあったものの、スポーツを含め自由を謳歌していた20代。岩清水醸造・元井賀屋酒造場(長野県)との出会いが、人生を変えたと言います。
「岩清水さんは、売れるための酒造りではなく、おいしい酒をつくることに全力を注いでいて、自分のコンセプトを追求する蔵元なんです。酸をしっかり出してきて、個性が強いのに洗練されていて、どこかキャッチーで。わくわく楽しませてくれます」
惑星の名をつけた「JUPITER」は長野県の酒米を使いそのうち3.5割が麹で構成されています。袋吊りにして1年氷温庫で熟成させ、角が取れたやわらかさが特徴。同じシリーズで「EARTH」「MARS」も以前いただきましたが、実に個性的なお酒です。シードルのように華やかな香りのする「GOWARINGO」は麹の割合を5割まで高めてリンゴ酸を生み出す酵母がしっかり主張し、米の可能性を引き立たせています。蔵元が新たな挑戦をするたびに、裕治さんの熱弁によって、客は次の酒との出会いを果たしてしまう……青葉台住民でそのループにはまっている人は、きっと私の他にもいるはずです。
森野屋の最大の特徴は「試飲」です。店の左奥のテーブルが試飲コーナーになっていて、お客さんが興味を持ったお酒を裕治さんがどんどん開けて、そのお酒や蔵元の魅力を伝え切ります。
「試飲しながらお客さんと話していると、その方の好みがわかってくるんです。試飲を通じてコミュニケーションをして、そのお客様に合ったお酒をお勧めする……あ、でも、やっぱり、自分の勧めたい酒があれば、つい力が入っちゃうんですけどね」と、苦笑い。
お客さんの好みに合わせてあれやこれや日本酒を提案して、売って、また次のお客さんを接客して……と、お店の中でクルクルと駒のように立ち回る裕治さんは、本当に仕事が楽しそうに見えます。
「僕のカラーって……なんですかね。多分、このスタイルはこれからも変えないと思います。付き合いのある酒蔵を大切にして、いいものを出していく。日本酒ってお米でできているので、ほっとする味で、味の成分もアミノ酸やコハク酸といった体によいものです。料理に合わせるのにもいい。お酒のストーリーを伝えて、興味を持っていただけたら試飲をお勧めし、納得して買ってもらって、ご自宅で料理と一緒に味わっていただきたいですね」と、裕治さん。
取材を終えた私は、岩清水の「NIWARINGO」と、「神力ひやおろし」(兵庫県・本田商店)をいただいて、さっそく家で、ちびりちびりやっています。リンゴ酸が主張する「NIWARINGO」はシードルを思わせる華やかな香りで、食前酒にぴったり。戦後の食糧難の時期に普及した神力米を再びよみがえらせた秋あがりの「神力」は、米のふくよかさと旨味がパンチとなって、飲みごたえのある一献です。裕治さんの熱弁相まって、酒がますますおいしく感じられるじゃありませんか。私の友人夫妻も森野屋酒店の大ファン。「ステイホームになって、家でいつも以上に料理を楽しむようになり、お酒もこだわって選ぶようになった。好みを伝えると裕治くんが選んでくれて、次に行った時に感想を言ってまた次を買う。そのやりとりが楽しい」と教えてくれました。
お酒を嗜む人ならば、「マイ酒屋」にしたくなる酒屋があるまちがお勧めです。料理に合わせる、酒自体を味わう、家族団欒を楽しむ。毎日の暮らしが豊かになる、そんな、行きつけの店を、自分のまちに持ちませんか。
森野屋酒店
住所:〒227-0063 横浜市青葉区榎が丘1-6
電話:045-981-6908
営業時間:10:00~20:00
定休日:毎週月曜
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