地酒のめくるめく世界、その入り口にある酒屋|青葉台・森野屋酒店
東急田園都市線・青葉台駅が開業した1966年、駅からすぐの場所に店を構えた森野屋酒店。創業54年、青葉台駅前の隆盛と、酒販業の変遷のなかで、「駅近で個性のある酒屋」として時代を生き抜いています。青葉台の酒好きたちに「ゆうじ」と呼ばれて親しまれている3代目・平本裕治さんに話を聞きました。

森野屋酒店を取材していた2時間の間、とにかく「賑やかな店だなあ」と感じました。ひっきりなしに鳴る電話。お客さんとの会話。テーブルで始まる試飲。宅配便のやりとり……。人と人が言葉を交わし、モノをやりとりし、「商売」が成立していく様子に、まちの活気を見ることができました。

 

「地酒」「焼酎」「ワイン」の垂れ幕が目印。どれもこだわり抜いて選んでいる

 

「青葉台駅の開業と同時に商売を始めた祖父は、いわゆる三河屋スタイルで、個人宅への配達から飲食店への卸売まで、まちの御用聞きをなんでもやっていました。父もそのスタイルを踏襲していたのですが、今から20年ほど前に、女将がこれからは地酒の時代!と、全国の酒蔵から直接地酒を仕入れるようになって、今の地酒屋としての森野屋があります」

 

こう話す平本裕治さんは、1985年生まれの35歳。熱っぽく地酒を勧める姿を見ていると、地元のおっちゃんたちが「ゆうじ」と呼んで可愛がるのもうなずけます。お客さんに「来週、○○県に旅行するんだけど、旅行先で飲むべきお酒は?」と質問されると、惜しげもなく自らの知識とネットワークを伝えて、「楽しんできてくださいね」と送り出す。裕治さんが売っているのは、「お酒」だけでなく、お酒にまつわる物語や楽しみなのだなあ、と感じます。

 

森野屋の看板商品「獺祭(だっさい)」。ここ数年の獺祭ブームで入手困難だが、森野屋でならばさまざまな種類が手に取れる。クリスマス用に2割3分まで米を磨いた獺祭スパークリングや、お正月用の予約も始まっている

 

コンビニエンスストアやドラッグストアで酒類の販売が解禁になった2000年代以降、青葉台に複数軒あった個人の酒屋は姿を消していきました。私も青葉台に住んで15年になりますが、引っ越してきた当初は桜台交差点の近くにあった酒屋によく足を運び、店主のおじさんと店頭で日本酒の話をするのが好きでした。大きな看板を掲げていたその店が新しいビルに変わった時には、一抹の寂しさを覚えたものです。確かに、私自身もコンビニでビールを買うことがありますが、そうした消費行動の一つひとつが、特徴的な「まちの酒屋」の存続に直結しているのだな、とも感じます。

 

森ノオト主催「あおばを食べる収穫祭」での裕治さん。「ゆうじは積極的に地元のイベントに参加し、人と人をつなぐ役割を果たしている。地元のハブ的存在」と、Waveよこはまの中島優さんは評する

 

森野屋が生き残ってきたのは、20年ほど前に「地酒屋」に転身したことにほかならない、と裕治さん。今をときめく日本酒「獺祭(だっさい)」(山口県・旭酒造)の取り扱いは20年ほど前から。日本で初めて日本酒で有機JAS認証を取得した日本酒「雪の茅舎(ゆきのぼうしゃ)」(秋田県・齋弥酒造)を私が取材したのは2004年のことでしたが、青葉台に戻ってきた時に森野屋の店頭で見かけて、とてもうれしかったのを覚えています。「まんさくの花」(秋田県・日の丸酒造)、「小左衛門(こざえもん)」(岐阜県・中島酒造)など、「この酒を飲みたくば、森野屋」という、地酒屋としてのステータスを着実に積み重ねてきました。

 

2018年の8月に、森野屋店舗裏の駐車場で開催された「森野屋酒店 夏祭り」。日本酒・ワインをテーマにこれほど大勢の客が集まるのかと度肝を抜かれた。蔵元やインポーターもいたので、直接お酒の話を聞けたのも楽しかった

 

女将で唎酒師・ワインコーディネーターの資格を持つ祐治さんのお母さん、平本良子さんは、「20年以上前に、これからの時代は自分で直に酒を選んで仕入れるんだと問屋さんに教わって、福島県の末広酒造を訪ねたのがきっかけで地酒屋の道を歩み始めました。地酒の時代が来る、ということで、女性一人で勉強会に参加したり、勉強しに行ったり、いろいろしてきましたね」と振り返ります。

 

女将の平本良子さん。後ろにも目がついているのではないかと思うくらい、キビキビと動き、気配りを欠かさない。裕治さんの立ち回りはおかみさん譲りだろうか

 

裕治さんが森野屋に入ったのは2013年のことです。いずれお店を継ぐのだろうという気持ちはあったものの、スポーツを含め自由を謳歌していた20代。岩清水醸造・元井賀屋酒造場(長野県)との出会いが、人生を変えたと言います。

 

「岩清水さんは、売れるための酒造りではなく、おいしい酒をつくることに全力を注いでいて、自分のコンセプトを追求する蔵元なんです。酸をしっかり出してきて、個性が強いのに洗練されていて、どこかキャッチーで。わくわく楽しませてくれます」

 

惑星の名をつけた「JUPITER」は長野県の酒米を使いそのうち3.5割が麹で構成されています。袋吊りにして1年氷温庫で熟成させ、角が取れたやわらかさが特徴。同じシリーズで「EARTH」「MARS」も以前いただきましたが、実に個性的なお酒です。シードルのように華やかな香りのする「GOWARINGO」は麹の割合を5割まで高めてリンゴ酸を生み出す酵母がしっかり主張し、米の可能性を引き立たせています。蔵元が新たな挑戦をするたびに、裕治さんの熱弁によって、客は次の酒との出会いを果たしてしまう……青葉台住民でそのループにはまっている人は、きっと私の他にもいるはずです。

取材中、常連のお客さんがお手伝いに入り、緩衝材の準備をしていた。ちなみにここが試飲テーブル。女将手書きのポップは情報量も筆力も、迫力満点!

 

森野屋の最大の特徴は「試飲」です。店の左奥のテーブルが試飲コーナーになっていて、お客さんが興味を持ったお酒を裕治さんがどんどん開けて、そのお酒や蔵元の魅力を伝え切ります。

「試飲しながらお客さんと話していると、その方の好みがわかってくるんです。試飲を通じてコミュニケーションをして、そのお客様に合ったお酒をお勧めする……あ、でも、やっぱり、自分の勧めたい酒があれば、つい力が入っちゃうんですけどね」と、苦笑い。

 

森野屋の魅力の一つが「レジ横」。普段なかなか手に入らないようなおつまみ、プラスオンが手に入る。私はここで「純胡椒」や「ホタルイカの干物」を入手。横浜市瀬谷区・川口糀店の「しおこうじ」も手に入る

 

お客さんの好みに合わせてあれやこれや日本酒を提案して、売って、また次のお客さんを接客して……と、お店の中でクルクルと駒のように立ち回る裕治さんは、本当に仕事が楽しそうに見えます。

「僕のカラーって……なんですかね。多分、このスタイルはこれからも変えないと思います。付き合いのある酒蔵を大切にして、いいものを出していく。日本酒ってお米でできているので、ほっとする味で、味の成分もアミノ酸やコハク酸といった体によいものです。料理に合わせるのにもいい。お酒のストーリーを伝えて、興味を持っていただけたら試飲をお勧めし、納得して買ってもらって、ご自宅で料理と一緒に味わっていただきたいですね」と、裕治さん。

 

実は女将はワインコーディネーターでもある。森野屋の売り上げの25%をワインが支えている

 

取材を終えた私は、岩清水の「NIWARINGO」と、「神力ひやおろし」(兵庫県・本田商店)をいただいて、さっそく家で、ちびりちびりやっています。リンゴ酸が主張する「NIWARINGO」はシードルを思わせる華やかな香りで、食前酒にぴったり。戦後の食糧難の時期に普及した神力米を再びよみがえらせた秋あがりの「神力」は、米のふくよかさと旨味がパンチとなって、飲みごたえのある一献です。裕治さんの熱弁相まって、酒がますますおいしく感じられるじゃありませんか。私の友人夫妻も森野屋酒店の大ファン。「ステイホームになって、家でいつも以上に料理を楽しむようになり、お酒もこだわって選ぶようになった。好みを伝えると裕治くんが選んでくれて、次に行った時に感想を言ってまた次を買う。そのやりとりが楽しい」と教えてくれました。

 

森野屋酒店らしい3本はこちら。「まんさくの花」は森野屋の代名詞とも言える、きれいな酸を出すお酒。若駒(栃木県・若駒酒造)は蔵元がチャレンジ精神旺盛で、トロピカルな甘さとガスが今風です。電照菊(千葉県・寒菊銘醸)は香りよくミネラルの甘みが特徴的です」。祐治さん、熱が帯びてくる!

お酒を嗜む人ならば、「マイ酒屋」にしたくなる酒屋があるまちがお勧めです。料理に合わせる、酒自体を味わう、家族団欒を楽しむ。毎日の暮らしが豊かになる、そんな、行きつけの店を、自分のまちに持ちませんか。

Information

森野屋酒店

住所:〒227-0063 横浜市青葉区榎が丘1-6

電話:045-981-6908

営業時間:10:0020:00

定休日:毎週月曜

URLhttps://www.morinoya.com/

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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