すっきりとしたレモンの酸味、軽やかで食事と合わせやすいビール。「農×ビール 檸檬」の印象は、ビールが苦手な女性でも飲みやすく、おしゃれな味わいだな、と思いました。読んで字の如し、農家とビール屋(酒屋)がコラボして2020年に誕生した農×ビール(のびーる)。そこにはどんな背景があるのでしょうか……。
■農家と酒屋のコラボビール
「2020年というメモリアルイヤーに、十日市場で何かおもしろいことをしたい、と思ったのが始まりです」
こう話すのは、緑区十日市場町で代々続く農家・佐藤農園の佐藤愛美(まみ)さんです。お父様の佐藤克徳さんは「十日市場の原住民」と自称していて、佐藤農園は地元にねざしながら、なるべく農薬に頼らない農業を心がけ、市民向けに農業体験の受け入れをするなど、ひらかれた農家として知られています。愛美さんは直売所の切り盛りや、果樹など独自の作物を育て始め、横浜市認定の「よこはま・ゆめ・ファーマー」や農家の娘グループ「農娘会(のうむすかい)」、神奈川県の若手農業者の集まり「神七(かなせぶん)」などの活動を通して、ネットワークをさらに広げています。
「愛美さんとの出会いは、まさに運命。お互いに十日市場町で代々続く家業の跡取りで、三人姉妹の長女。しかも同世代。農×ビールは私と愛美さんのプロジェクトとして、社長から任されました」
緑区十日市場町で酒販業とクラフトビールの醸造所「TDM1874 Brewery」を営む坂口屋の取締役・石田美寿々さんは、愛美さんとの出会いをこう振り返ります。美寿々さんは米国・オレゴン州でワインのインポーターとして働き、坂口屋がTDM1874 Breweryを始める時にはクラフトビールの聖地として知られるポートランドでお父様の加藤修一さんと一緒に醸造所めぐりをして、「酒屋の娘」として世界の最先端を家業に伝えてきました。2019年に帰国して任されたのが、坂口屋と佐藤農園のコラボビールの話でした。
醸造長に英国人のジョージ・ジュニパーさんを招いて、TDM1874 Breweryが醸造をスタートしたのは2017年1月のこと。以来、佐藤農園の野菜がバーの料理に使われ、店頭でも克徳さんの写真入りで野菜を販売するなど、双方のお父様の代からの深い関係があり、醸造後のモルトかすは佐藤農園の堆肥に使うなど、すでに「食と農の地域循環」は始まっていました。そこに愛美さんが2019年に持ち込んだのが、農×ビールです。
「……ところが、野菜でビールをつくるのは結構難しいということがわかって。私には詳しいことはわからないのですが、発酵とか酵母との相性があるみたいです」(愛美さん)。さらに、新型コロナウイルスの緊急事態宣言で春先に動けず、夏に予定されていたスポーツの祭典も延期になり、「2020年夏に農×ビール販売!」のターゲットは先送りに……。
それでも愛美さんと美寿々さんの心に灯った炎は消えることなく、ジョージさんも含めてあれやこれやと話し合うなかで、「レモンのビール」に辿り着きました。モルトかすの堆肥で愛美さんが育てたレモン。「ケルシュではないが、ケルシュのようにさわやかな味になる予定」というジョージさんの言葉に、二人は希望を抱きます。
しかし、一筋縄ではいかないのが、農業と製造業のコラボレーションです。おいしいビールをつくるには、なるべく樹上で完熟させたレモンを使いたいという醸造側と、農作物が盗まれてしまう“人害”を防ぐためにできるだけ早く収穫したい農家側。ギリギリのせめぎ合いで、収穫と醸造のタイミングを見計らって、2020年12月26日にようやく「農×ビール 檸檬」がTDM1874 Breweryの店頭に並びました。
「はじめて飲んだ時に、すっごい香りがよくて。フレッシュな香りが強くて、軽やかで、ビールが苦手な母でも“飲みやすい”と言ってました」と愛美さん。美寿々さんも「さわやかな味わいで、飲みやすいですよ。400リットル限定の醸造なので、早く売り切れてしまうかもしれない。気になる方はお早めに!」と太鼓判を押します。
ポップでキャッチーな缶のデザインは、なんと愛美さん自らが手がけたのだとか。「私の伝えたいことをまとめたら、こういうデザインになりました。農家と酒屋のコラボであること、それから“のびーる”というダジャレ。これからも、お互いにのびていきたいなと思って」と茶目っ気をのぞかせます。
三人姉妹の跡取り長女。30代の二人のフレッシュな挑戦に、これからも目が離せません。
■酒屋のSDGs ―― グラウラーを広めたい
さて、ここからが北原のライフワークでもある「ローカルSDGs」の話です。
SDGsとは、サスティナブル(持続可能)な社会をつくるための17の目標をまとめたもので、2015年に国連によって採択された世界共通のキーワードです。ローカルでもあちこちにSDGsを感じられる場所や取り組みがありますが、都市農業はまさにその代表格で、緑地や環境を保持し、生産と消費のサイクルが目に見えて、輸送や貯蔵のエネルギーを低減できるなど、いいことづくめです。さらに、佐藤農園の場合は環境配慮型の農業であり、愛美さんの参加するさまざまなネットワークで発信が広がるなど、SDGsの先端を走る農家といえます。
TDM1874 Breweryも、佐藤農園との「食と農の循環」をはじめ、横浜のブランド果樹でもある浜なしのビール「浜なしごーぜ」の販売や、青葉区の有志による「横浜あおば小麦」のビール醸造など、ビールで地域の農業や農福連携を応援しています。
そのなかでも今回、私が注目したのはビール用の水筒「グラウラー」によるテイクアウトです。
「私が住んでいた米国、特にオレゴン州では、クラフトビールをマイボトルに入れてテイクアウトするのは当たり前でした。クラフトビールは手作りで原材料にもこだわっているので、もともとエコなビールと言えます。だから、飲み方もエコな形で提案したいなと思って」と、美寿々さんはまだ日本ではあまり馴染みのないグラウラーを米国から仕入れ、TDM1874 Breweryのロゴを入れて販売しています。
実は私は2020年の春先に、新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言を受けて、真っ先に買ったのがグラウラーでした。飲食店がテイクアウトを進めるなかで、お弁当やオードブルの販売は薄利であり、できればお酒で稼ぎたいというのが本音をチラホラ耳にしていました。だったら生ビールをテイクアウトして「飲んで応援しよう!」と意気込んでグラウラーを買ったものの、お酒のテイクアウトには酒販業の許可が必要なため、一般の飲食店で生ビールテイクアウトは難しいことがわかりました。
そうして、ただの水筒と化していたわ我が家のグラウラー……。TDM1874 Breweryで農×ビールの取材をしたことで、ようやくグラウラーの出番がやってきたのです。
後日、あらためてマイグラウラーを手にレジに並んで、「Brown Porterを1リットルテイクアウトしたい」と話したら、美寿々さんのお父様・加藤修一社長もうれしそう。スタッフの方がビールを注いでくださって、家でさっそくグラウラーからグラスにビールを注ぎました。グラウラーは炭酸飲料を長時間冷やした状態で保存できるので、テイクアウトから数時間経ってもおいしさを維持できるのです。
……その泡のきめ細かいこと! やわらかでクリーミーな泡がしっかりとビールに蓋をして、ブラウンモルトのまったりとした甘みに、思わず「うまい!」とため息が出ました。ビールに雑味が入らず、スイスイ飲めるから不思議です。この味は、缶ビールでは味わえないなあ! 何より、空き缶が出ないのです。私は毎晩缶ビールを飲むので、夫婦で出るアルミ缶の量は結構なもの。悩みの種の一つが軽減されたこともあって、気分はますます上々です。
すっかり味を占めた私は、年末にも再びグラウラーを持ってクラフトビールをテイクアウト。「あ、また来ましたね!」と店員さんも目配せしてくれました。
愛美さんが「『農×ビール 檸檬』は、缶でももちろんおいしいのですが、タップから注いだ生ビールが本っ当においしくって」と熱弁するので、三度、グラウラーを持って行き、テイクアウトしました。発売直後に缶でも飲んでいたのですが、それと比べるとレモンのさわやかな酸味がやわらいでまろやかに感じられ、1リットルがあっという間に喉を通っていきました……。
「クラフトビールって、世界とつながるきっかけにもなるんですよ。例えば、2020年にBLACK LIVES MATTERの運動が起きた時には、世界のクラフトビールメーカーがオリジナルの黒ビールを出して、黒いことは美しい、とメッセージを発したんです。地元にこだわったビールをつくることも、グラウラーでリユースを進めることも、SDGsにつながります」と、美寿々さんは力を込めます。
クラフトビールとローカルSDGsの親和性を、自宅から車で10分のところで感じられるなんて。森ノオトエリアは本当に豊かです。農×ビール 檸檬をグラウラーに入れて、家族と未来について語りませんか。
TDM1874 Brewery
住所:〒225-0025 横浜市緑区十日市場町835-1
電話:045-985–4955
営業時間:11:00〜23:00(BAR 17:00〜23:00)
※緊急事態宣言中の営業時間は〜20:00
定休日:毎週水曜
URL:http://www.tdm1874brewery.com/ja/
佐藤農園野彩家
住所:〒225-0025 横浜市緑区十日市場町819-10
電話:045-981-5239
営業時間:11:00〜日が暮れるまで
営業日:火・水・金・土曜
URL:https://www.facebook.com/people/%E4%BD%90%E8%97%A4
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