地元・こどもの国より。 コーヒーのカラフルな味の世界を表現し続けるBrunfelsia Roastery
東急こどもの国線・こどもの国駅より徒歩5分。開放的な奈良山公園に面した、閑静な住宅街の一角にあるスペシャリティコーヒー焙煎所「Brunfelsia Roastery」は、土日はカフェ営業もしており、こだわりの一杯を楽しめます。(2021年ライター養成講座修了レポート:河原木裕美)

私とBrunfelsia Roastery(ブランフェルシア ロースタリー)との出会いは、2019年の秋に遡ります。海外で暮らす私が、一時帰国で2カ月程、こどもの国エリアにある実家に戻ってきていた時のこと。ふと、おいしいコーヒーが飲みたいと思い、近所のコーヒー屋さんをインターネットで探してみたところ、Brunfelsia Roasteryに行き着きました。インスタグラム以外、お店からの情報発信はほぼなく、訪れたお客さんから寄せられる口コミ、高評価のレビューを読むだけで、どんなお店なのだろう、私も行ってみたいという期待が膨らみます。正直、こんな近くに素敵なお店があったっけと訝しく思いながらも、足は自ずとお店のある奈良山公園に向かっていました。

 

夜へと向かう濃紺の空に、ガラス張りの窓からこぼれ出すのは店内のやさしい光。

遅い時間にもかかわらず家族連れの先客がいて、楽しそうな笑い声が聞こえてきます。一瞬ためらいつつも、私はゆっくりとドアを開きました。

 

実家のガレージを改装してできたというユニークなつくりのお店は、さながら秘密基地のよう

 

挽きたての豆の香ばしいにおいが店中に広がり、手渡されたカップの温かさが、外気で冷たくなっていた両掌をじんわりと温めます。そっと口をつけてみると、深く安定したコーヒーの味わいが立ち、まろやかに溶けては消えていき――。久しぶりに飲んだ本格的なコーヒーの味はさることながら、私の心を鷲掴みにしたのはこの空間に流れる空気とでも言いましょうか。狭い店内にやや背の高めなスツールが2脚。カウンターのこちら側には、おいしいコーヒーとそれを楽しむ人がいるだけという極めてシンプルなつくり。でも、それで十分なのだと感じさせる何かがここにはあります。自然と隣の人と会話が弾みます。

 

この心地よい小さな出会いの出来事は、日本を離れた後もずっと私の記憶の中で鮮明に残っており、そんな偶然の出会いを生み出した一杯のコーヒーとあの特別な空間のことを幾度となく思い返すようになっていました。私は心に決めました。次にまた日本に行くことがあれば、もう一度お店を訪れて聞いてみよう。Brunfelsia Roasteryとは何なのか。何がそんなにも人を惹きつけるのかと。

 

幸運にも、翌202010月。再び生まれ育った青葉区に生活の拠点を移すことになった私は、さりげなくお店を訪れたり、散歩がてら前を通っては直接お話を聞けそうなチャンスを伺ってきましたが、さすがは地元の隠れた名店。いつ行ってもお客さんが途切れることなく、お店の方にゆっくりとお話を聞くのはとても難しそう。そこで思い切って取材を申し込むことにしました。

 

カラフルな豆が焼きたい

 

「実験がしたいと思って。だから、味の当たり外れなんかももちろんあるし、コーヒー好きな人がたまたま来てくれれば、ぐらいのスタンスでやってるんですよ」。

お店づくりの経緯について尋ねると、こう率直な言葉で答えてくれたのは店主の伴憲作さん。平日は、大手コーヒーチェーン店やカフェを相手に、豆の卸販売やコーヒー提供に関する技術的指導、また開業予定者向けにはマネジメントに関する提案まで、総合的なコーチングをビジネスとして提供しています。

 

常に安定した味の供給が求められる世界の、陰の立役者として活躍する一方で、コーヒー豆の持つ多彩な味を引き出し表現したいという思いを常に持ち続けてきた伴さん。そこで、仕事が休みの土日の時間を使って始めた自由な焙煎、伴さんの言葉を借りるなら「実験」こそが今のお店の原点となっているそうです。

 

インタビューに答えながらも、手際よく淹れていただいた本日のドリップ・コーヒーは瑞々しいラズベリーの香りを感じさせる一杯。お湯の注ぎ方から使用するフィルターに至るまで、おいしさ追及のためのこだわりが行き渡ります。「少し冷めてからの味の変化も楽しんでくださいね」と教わったコーヒーの味わい方にも目から鱗

 

味を確かめるようにコーヒーを一口飲んだ後、伴さんは語りはじめました。

 

建築家の祖父に絵心ある父と、絵の才能あふれる家庭に生まれ育った伴さんは、子どもの頃、自分が絵を上手く描けないことに対し、コンプレックスを抱いていたと言います。「自分の手で表現する」という言葉をインタビュー中、幾度となく口にしていた伴さん。もしかすると「表現すること」へのこだわりは、この時から生まれていたのかもしれません。

小学3年生の時、父の仕事の関係で家族と一緒にイギリスに渡った伴さんは、外国語を使ってコミュニケーションをはかりながら仕事をする父の姿に憧れ、将来は通訳か翻訳家になりたいと漠然と考えていたと言います。そんな伴少年に転機が訪れるのは、もう少し後になってからのこと。帰国後の大学1年生の春のことでした。

 

運命のコーヒーとの出会い

 

「本だったか動画だったかで、ラテアートを見たんですよ。これだー!って思って」。そこからの行動はとても早かったそう。町田のヨドバシカメラでDeLonghi(デロンギ)のエスプレッソマシンを購入すると、ラテアートの練習に明け暮れました。目標はその年の8月にアメリカで開催されるCoffee Fest(コーヒーフェスト)のWorld Latte Art Championship(ワールド ラテ アート チャンピオンシップ)出場。結果、20歳という当時最年少の記録で3位入賞を果たします。またこの時の挑戦で得たものは、入賞という結果だけではありませんでした。

 

大会前に現地で開催されていた世界最大規模のコーヒー・関連製品の展示会を視察していた伴さんは、運命のスペシャリティコーヒー(注1)と出会うことになります。

「よく『衝撃の一杯、作品』って聞くけど。本当にあるんだなぁ、と。コーヒーなんてどれも同じだと思っていたけど、フルーティーで甘くて、うわぁぁあ!ってなった。正直、何年も前の話だし、味なんて体は正確には覚えていないんだろうけど。それでも忘れられない」。その時の驚きと興奮をこう言葉にします。

 

ピックなどの道具を一切使わず、ミルクピッチャーから注ぎ出すミルクで絵柄を描き、その技術を競うfree pour(フリー・ポア)というスタイルで行われたワールド ラテ アート チャンピオンシップ。するすると一瞬でカップ内に広がっていく魔法のアートに思わず「これは動画で残したかった…」と私

 

「ブラック(コーヒー)と言うのは変だ。だって、こんなにもカラフルなのに」。そう思いの丈を素直に表現したところ、コーヒーマシンメーカーNuova Simonelli(ヌォーバ シモネリ)社のGianni Cassatini(ギアニ・カサティーニ)氏にその感性を高く評価され、コーヒーについてもっと学び、国際資格の取得を目指すよう勧められた伴さん。同社のスポンサーを受けながらSpeciality Coffee Association(スペシャリティコーヒー協会)資格に挑戦することになった伴さんは、大学在学中に同協会の8割方の資格を取得してしまったのだそう。先の大会出場の件もそうですが、その凄まじいまでの集中力と目標設定管理能力があってこそ、狙った味を的確に、時に自由に表現できる焙煎士として輝く今があるのだと妙に納得させられるエピソードでもありました。

 

そして大学卒業後は、「自伝家による、自伝家のための、自伝中心の出版社」を謳う一風変わった出版社、ノースヴィレッジ出版が経営するカフェより直々のオファーを受け、働くことになった伴さん。当時、店にエスプレッソマシンがなかったため「入れたい」と言ったところ、早速カウンターに穴を開けてマシンを導入するところからスタートし、入社3カ月後には店長として店舗経営を任されます。その1年後にはカフェ部門のマネージャーという全体を見るポジションを経験した伴さんは「とても面白い会社で、本当に自由にやらせてもらった」と当時のことを振り返ります。

 

その後、自身で設定した目標、28歳で独立を果たします。

当初、都内に店舗用の物件を既におさえていたそうですが、同じビルに入っていた飲食店のボヤ騒ぎにより、焙煎機の動力源であるガスの使用を禁止されてしまいます。急遽、別の場所を探す必要に迫られた時、ふと心に浮かんだのが幼少期を過ごしたこどもの国近くにある実家の土地でした。父親に相談し、ガレージを改装することにします。

毎年夏になると開かれる自治会主催の夏祭り準備で地域住民同士の交流があったり、また近所の人たちとのちょっとした立ち話など、一昔前のつながりを感じられる場所。戻ってきた地元に対しての印象を、伴さんは「いいな、とあらためて感じた」と語ります。

 

オランダよりオーダーメイドで取り寄せたGIESEN(ギーセン)の焙煎機。「店を開けた当初はこのGIESENとコールドテーブルしかなくてよりシンプルだった」という店内だが、仕入れの豆や物が増えるに従い、カウンターも徐々にお客さん寄りに前進してきているのだそう。お客さんとの距離感がさらにぎゅっと縮まった

 

土日に店を開けて焙煎の準備や作業をしていると、近所の人たちが「憲ちゃん、何してるのー?」と様子を見に来ます。初めは小さな試飲カップで、来てくれた人たちにコーヒーのおすそ分けをしていましたが、ある日、マイタンブラーを手にお店を訪ねて来てくれた人がいました。「これはちゃんとお金払わせて」と受け取った500円のことを伴さんは今でも覚えていると言います。

 

 「いっそのこと、カフェ始めたら?」

 「でも食品衛生士の資格持ってないし

 「じゃあ、取っちゃいなよ!」

 

こうして地元のファンの熱いリクエストに応える形で、オリジナルの豆が購入できるだけでなく、お店でも淹れたてのコーヒーを楽しめるようになりました。

 

店名のBrunfelsiaはニオイバンマツリという花の名前に由来します。店舗裏にある庭に、昔はたくさん生えていたのだそう。「海外から来たジャスミンの香り」の意を持ち、それとよく似た香りがするコーヒーの花を連想させます。また伴(バン)も入っていますしね!」と遊び心も忘れません

 

答えがない世界へのさらなる挑戦

 

飾らない言葉でフランクにインタビューに答えてくれた伴さんですが、焙煎の面白さについて尋ねた時、その瞳に一層の光が灯りました。

 「答えがないのが好き。100点より絶対上がある。それがめちゃくちゃ楽しい」。

味覚という主観的で、絶対的な正解というものが存在しないテーマにどのように向き合っていくのか。ここに、伴さんのプロとしての飽くなき探求心と進化し続けるBrunfelsia Roasteryの理由を垣間見た気がします。

 

一口にコーヒー豆の焙煎といっても、その工程は多岐に渡り、手間も時間もかかります。麻袋から取り出した生の状態の豆は必ず一度トレイに広げて、虫食いや「フローター」と呼ばれる水浮きしてしまう不良豆などの欠点豆を一つひとつ手作業で丁寧に取り除いていきます。また、サイズのばらつきも味に影響を与えてしまうため、気を配る必要があります。実際に緑色の生豆を見せてもらいながら欠点豆の例をいくつかあげてもらったのですが、わずかな色の違いやボールペンのペン先でちょんとつついた程度の小さな点にしか見えない虫食い跡は、素人の私には言われてはじめて気づけるレベルで、その職人技量に脱帽せざるを得ませんでした。

 

また、おいしさの判断を味覚や嗅覚に頼るだけでなく、焙煎ごとに温度や火力などの焙煎記録をデータとして蓄積管理し、日々分析することで客観的なアプローチも試みていると言います。昨日おいしい豆が焼けたからといって、それとまったく同じやり方で再現を試みても、その日の天気や気温、湿度などの外的要因にも左右されるため同じ味になることはない。それでも、もっと上を目指してやってみる。ひたすらその試行錯誤の繰り返しなのだと伴さんは言います。

 

焙煎した豆は袋詰めする前に空気に触れさせガス抜きをすることで、余計な油分や味にえぐみが出るのを防ぎ、豆のベストな状態をより長く保つことができる

 

そして何より私が心惹かれたのは、伴さんが味を表現する際に見せる言葉のチョイスです。

誰もが知る有名製菓メーカーの箱入りチョコレートのフレバーで味を例えたかと思うと、フルーツや花の香りを用いてさらりと言い換えてみせたり。味の表現の仕方がとても自由、かつ繊細で細やかなのです。これには持ち前のセンスといったものも、もちろんあるのだとは思いますが、「木の皮を口に含んでみたり、わざとフライパンで焦がしたバターを舐めたりして味を忘れない努力をしている」とのこと。目立たない日々の積み重ねが、その豊かな表現力につながっているのだと感じました。

 

また、Brunfelsia Roasteryという空間について、伴さん自身はどう考えているのでしょうか。「カフェで一人、パソコン開いてパチパチもいいんですけどね。本来カフェは社交の場であって、コーヒー片手に議論を交わしたり、人と交流する場所だったんです」。カフェの歴史を紐解きながら、Brunfelsia Roasteryも人と人がつながる場であってほしいと語ります。伴さん自身、話が好きで人と人をつなげたがるところがあり、この場所で出会ったお客さん同士が、後々仕事でコラボすることになった、なんて嬉しい出来事もあったそう。

 

「このあたりは、奇人・変人が多いんですよ」と愛情をこめて語る伴さん。皆それぞれに引き出しを持っていて、だから面白いのだと言います。豆も人も。個性を認められ、引き出されることによって、より味が際立つ。人との違いや魅力、良さを個性ととらえ、うまく引き出せるのは、多様性を受け入れ認められる豊かな心の持ち主ならでは。

 

横浜在住のフォトグラファーsayaさんによる、伴さんお気に入りの一枚。職人の手と一杯に込める真剣な眼差しが印象的(写真提供:sayaさん)

 

伴さんご本人と話をして感じたのは、彼はどこまでも職人だということ。仕入れる豆をはじめ、焙煎に使用する機器や技術、味の表現方法、提供する空間など、どこを切り取っても細部への半端ないこだわりと情熱が感じられます。コーヒー好きな人は間違いなく楽しめる空間。また私のようにコーヒーの知識がない人でも肩肘張らずに楽しむことができるのは、それらこだわりをあえて背景的なところへ持って来て、お客さん一人一人の好みやレベルに合わせてカジュアルにコーヒーの楽しみ方を提案してくれる伴さんのさりげない心配りが息づいているからなのでしょう。

 

「『私、ブラックは飲めないんです!』という人でも、『これ、ちょっと飲んでみてください』と選んでおすすめすると、飲めちゃうなんてことがあるんですよ、本当に」とは伴さん。私自身、コーヒーにこれほどまでに味のバラエティーや幅があるということ自体、今回の取材を通して初めて知りました。今までただ習慣的に飲んできた「コーヒー」が実は、香りや味の奥深さを感じて味わうワインや紅茶のような楽しみ方ができるのだということ。まだ見ぬ景色が見たいと、いつも外の世界にばかり憧れを抱いてきた私は、カップ一杯の中に広がる奥深い世界に触れ、驚きを隠せずにいます。

 

インタビュー時にいただいたフルーティーなラズベリー風味の一杯とお持ち帰りしたコスタリカの豆で淹れた一杯とでは、味わいも受ける印象もまったく異なるおいしさがありました

 

夕映えの街路樹にはまだ少し早い、金曜日の午後4時。

公園で一心不乱に綿毛のたんぽぽを探して走りまわる息子を目の端で追いながら、ふとシャッターの半分上がったお店の方に視線を移すと、空に向かってまっすぐ伸びる細い煙突から、勢いよく白い煙が立ちのぼっていました。

 

これからの季節はコーヒーをテイクアウトしてお店前の公園ベンチでのんびりなんて楽しみ方もいいかも。スペシャリティ焙煎豆は日曜日の午後には売り切れていることもあるので、予め取り置き予約をしておくか早めの来店がおすすめ

 

  1. 1.スペシャリティコーヒー

栽培履歴を特定でき、その産地ならではの風味特性をそなえた高品質のコーヒーを指す。各国に協会があり、厳密な定義はそれぞれで若干異なる。

(『コーヒーの事典』監修 田口護/成美堂出版 より)

Information

店名:Brunfelsia Roastery(ブランフェルシア ロースタリー)

住所:横浜市青葉区奈良1-22-8

電話:03-6450-7667

メール:brunfelsia.roastery@gmail.com

IG: @brunfelsia_roastery

FB: https://www.facebook.com/Brunfelsia-Roastery-110112553928366

営業時間:土日 10:00-21:00* 感染拡大防止短縮時:11:00-18:00

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この記事を書いた人
河原木裕美ライター卒業生
生まれも育ちも横浜市青葉区。息子の幼稚園逆留学のため、バリ島より一時帰国中。まだ見ぬ世界が見たくて、北はノルウェイから南はウガンダ共和国まで旅を続けてきたが、改めて地元の魅力を再発見。日々の暮らしの中での小さな発見と大きな喜びを形に残したいとライターを志望する。
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