博物館で伝統演芸を堪能。寄席はさまざまなジャンルの演芸を一度に楽しめるコース料理!
秋の昼下がり、老若男女が一堂に会し、伝統的な日本の話芸に触れながら一緒になってお腹の底から笑う……。2022年10月16日に開催された「横浜歴博寄席」では、そんな心豊かでぜいたくな時間を過ごすことができました。子どもの参加者に合わせて、詳しい解説を交えながら披露してくださったのでとても分かりやすく、いつの間にか演芸の世界に引き込まれてしまいました。

「横浜歴博寄席」は、横浜市歴史博物館主催の「和の(大)文化祭」の一つ。「和の(大)文化祭」は、古くから日本に伝わる文化・芸能を、都筑・青葉・港北区民を中心とした地域に暮らす多くの人に知ってもらうことを目的にした三つのイベントです。9月の「『どんちょう』を楽しむ」、「和太鼓をたたこう!」に続く、最後のイベントが「横浜歴博寄席」でした。

 

この日の寄席は落語・動物ものまね・江戸曲独楽(こま)の他、何と落語+動物ものまねを融合した異色のコラボ芸があると聞き、私も寄席はあまり詳しくないけれども興味を駆り立てられ、参加してみました!当日、入り口前には開場の30分以上前からお客様が列をつくっています。幼稚園児くらいのお子さんから高齢者まで幅広い年齢層が、およそ50名集まりました。

 

お囃子の調べとともに和服姿の落語家・三遊亭朝(ちょう)橘(きつ)さんと動物ものまねの江戸家まねき猫さんの二人が登場。ご挨拶に続き、「『寄席』とは何か?」について簡単に解説をしてくださいました。さすがの二人。さっそく軽妙な掛け合いで、会場のお客様を引きつけます。早くも笑いが起こり、一気に場が和みました。

 

寄席とは、落語・講談・漫才・雑芸などさまざまな表現方法を集めたパッケージのことだそう。料理でいえば、アラカルトではなくコース料理。さて、本日のコース料理はいったいどんな味に仕上がっているのでしょうか。いよいよ寄席のはじまり、はじまり。

プログラムの最初は三遊亭朝橘(左)さんと江戸家まねき猫さん(右)のご挨拶から。二人の息の合ったやり取りに引きつけられる

座布団一枚から時空を超えて

朝橘さんによる落語解説では、落語とはどういうものなのか?を初心者にも分かりやすく解説してくださいました。

「話し手は顔の向きや声色、仕草などを変えながら、一人で複数の登場人物を演じ分けるもの」

「聞き手はそれを聴きながら自由に想像力をふくらませて、頭の中に絵を描き出す」

実際に二人の登場人物を朝橘さんが演じ分けると、確かに場面が浮かびます。このとき本当に後ろを振り向いた小学生がいました。つい登場人物が後ろにいると思ってしまったのしょう。のめり込んで聴いている様子がわかります。

 

「落語のすごさはト書きなどが一切なく、人のセリフを耳から聴くだけで、それぞれが想像した世界を創り上げられること。おおむね同じイメージを皆で共有することができるんです。しかも特別な舞台装置もいらず座布団一枚の上で声を出すだけで」と、朝橘さんは熱く語っていました。落語というのは“つもり”の芸。つもりになって皆が楽しめる、唯一無二の娯楽だといいます。日本人はそのようにして遥か昔からバーチャルの世界を楽しんできたのですね。

 

そして、落語の小道具といえば、扇子と手ぬぐい。落語が流行った江戸時代日本人の身近な道具でした。このふたつをさまざまなものに見立てて演じるのが、落語家の腕の見せどころ。落語をそれほど知らない人でも、扇子を箸に見立てて蕎麦をすする場面を見たことはあるのではないでしょうか。扇子はときには釣り竿に、ときに筆や刀にも見立てられます。短い扇子を長い釣り竿や刀に見立てるのは少々無理があるのでは??と思った方、侮るなかれ。そういう場合は目線だけで長さを表現するそうです。手ぬぐいは、本、煙草入れ、財布など、扇子に比べて幅や広さのあるものに化けるそう。歩く、走る、階段をかけ上がるなどの動作も、この座布団一枚の上だけで全て表現できると、体を張って解説してくださいました。

 

この間の一連の解説も一方的ではなく、会場のお客様とのやり取りがあり、全く飽きさせません。会場には子どもたちの笑い声があふれ、とても平和な気持ちになりました。ここ数年、コロナ禍でリアルな場を共有する機会がほとんどなかっただけに、同じものを見て一緒に笑えることのありがたさを余計に感じたからかもしれません。

写真は蕎麦を食べているシーンを演じる朝橘さん。小道具と仕草だけで客の想像力をいかにかきたてるかが落語家の腕の見せどころ

命のにぎわいを動物ものまねで表現

続いて江戸家まねき猫さんによる動物ものまね教室です。まねき猫さん演じる動物ものまねは、130年前のおじいさまの江戸家猫八さんの代から続いているそうです。ちなみに三代目猫八さんはまねき猫さんのお父様。テレビの時代に活躍されていたので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

 

万葉集には多くの動物が登場するそうで、なかでも最も多いのが鳥、その次が鹿だそうです。鹿は日本固有の動物でもあり、身近な存在だったのでしょう。

鹿は百人一首にも登場します。「奥山に紅葉踏み分けなく鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき」という句とともに、鹿の鳴き声を披露してくださいました。「ピー、ピー、ピー」。かん高くもの悲しい鳴き声が会場に響き渡ると、句で詠われている情景が頭の中にまざまざと浮かんでくるではないですか……。動物のものまねは、ただおもしろおかしいだけではなく、季節を感じる、とても風流な芸だということが分かりました。

 

次は、カエルの鳴き声。目を閉じると、ホンモノのカエルがその辺りからピョンと飛び跳ねてきそう。手と口と舌を使って、自由自在に音を操るまねき猫さん。会場から大きな拍手が沸き起こりました!

「手をぐーにして、そこから息を吹き込んで、舌を使ってタンギング。小指と薬指を開いたり閉じたりして変化をつけます」と教えていただきますが、素人にはそう簡単にできそうにありません……。

 

秋に鳴く虫といえば、コオロギ、スズムシ。「コロコロコロコロ……」と、きれいな高音が響き渡ります。口笛を吸いながら喉にぶら下がっているものを震わせるとよいとか。最後は「コケコッコー」と、ニワトリの鳴き声。舌を丸めてなるべく高い音で「オエオッオー」というと、それらしくなるそうです。

 

たった15分ほどの中で、さまざまな生き物たちに出会い、季節を感じ、命のにぎわいを感じることができました。何て豊かな時間なのでしょう。落語と同様、耳から入ってきた音を頼りに、いかに自分の頭の中でイメージをふくらますか。それが楽しみ方のポイントのようです。奥深き伝統演芸の世界を垣間見ることができました。

カエルの鳴き声を披露するまねき猫さん。口を開けるときの形、手の動かし方、舌で音を鳴らす方法など惜しみなく教えてくれた

落語+動物ものまねの融合、コラボ芸の可能性

次は、この日の目玉、朝橘さんとまねき猫さんの二人によるコラボ芸です。それぞれの一人芸を組み合わせるという新たな試みは、何と初お披露目。演目は「十二支のはじまり」です。十二支の動物の順番がなぜこうなったのかを演じます。朝橘さんが登場人物になりきり、ストーリーに合せてまねき猫さんによる動物ものまねを入れていきます。ネコ、ネズミ、ウシ、トラ、ナキウサギ、龍、ヘビ、ウマ、ヒツジ、サル、イヌ、ニワトリ、イノシシ……と、次々と動物たちが登場するたびに、朝橘さんが登場人物のセリフと動作を入れるので、忙しそうです。ヘビを演じるときには座布団から離れて腹ばいになり、ニョロニョロと体をくねらせる見事な演技を披露してくれました。いっぽうのまねき猫さんは合間に動物の鳴き声を入れていきます。イヌがケンカしているときに仲裁に入るニワトリの鳴き声は圧巻でした。

 

二人の芸が融合することで、頭の中のイメージがじつに生き生きして、臨場感あふれるものになると同時に、それぞれの得意分野を生かしたコラボ芸の可能性を感じました。

三遊亭朝橘さんの落語と江戸家まねき猫さんの動物ものまねのコラボ芸『十二支のはじまり』の一コマ。落語家が登場人物を演じものまねで風情を醸し出す。写真はヘビを表現する朝橘さん。生き生きした動物たちが目の前に現れた

江戸曲独楽と話芸のコラボで唯一無二の世界を

中入り後は、本日のゲスト・三増れ紋(もん)さんによる江戸曲独楽から。江戸曲独楽とは形や色の美しい独楽を刀の刃の上や開いた扇子の上で回すなどの曲芸です。独楽のサーカスといったところでしょうか。心棒が鉄で作られているのが特徴で、その心棒を親指と人差し指の間で包み込むようにして持ち、ヒモを使わずに振動を与えて回転させます。独楽が廻ることは、福が廻ると考えられ、独楽は縁起物として神棚に飾られていたこともあったそうです。現在、江戸曲独楽師は全国で10名いるかいないか、女性はそのうち4名しかいないといいます。そんな希少な存在のれ紋さん、まずは独楽を手の平の上で回してくださいました。独楽がまるで回転していないように見えるから不思議。れ紋さんが言うように独楽は止まっていたら斜めになるはずで、廻っているからこそ、まっすぐ立っているのですが……。止まって見えることを「眠っている」と表現するそうです。

次に『真剣刃わたり』と呼ばれる曲芸を披露。その名のとおり真剣の刃の上で江戸独楽を廻しながら移動させる曲芸です。両手を使って回転を加速させると、独楽がすーっと刃先まで移動して、ピタッと止まり、見事、成功!!会場から大きな拍手が湧き上がりました。

『真剣刃わたり』を披露するれ紋さん。刃物を使うということは運を切り拓くという意味があるそう。真剣はれ紋さんの手の長さに合わせたオーダーメイド

その後も、広げた扇子の上を移動する『末広りの曲』と糸の上を移動する『糸わたり』と次々と披露されました。糸わたりは会場から指名されたお客様を巻き込んで、糸のもういっぽうを引っ張ってもらうという共同作業。会場のお客様たちが固唾を吞んで見守る中、れ紋さんが放った江戸独楽が廻りながら細い糸の上を滑らかに移動し、無事にゴールすると、会場から大きな拍手が鳴り響きました。

『糸わたり』を披露するれ紋さんと観客のひとり“ひろちゃん”

れ紋さん演じる江戸曲独楽の特徴は、独楽を廻すだけに留まらず、得意の話芸で観衆を引きつけるところです。独特のスパイスの効いたお笑いで、テンポよく独楽を回していく様は、唯一無二のれ紋さんの世界でしょう。れ紋さんが漫才師だったという過去の経験が生きているのです。俳優を目指して日本映画学校に通っていた頃、内海好江師匠に掛けられた一言「あなた漫才に向いているわよ」で、目指す方向が決まったれ紋さん。相方の都合で漫才は続けられませんでしたが、演芸の世界で生きていきたいという思いは変わらず、江戸独楽という新たな相棒を見つけ、独自の演芸で私たちを楽しませてくれています。

 

最後は朝橘さんが落語『目黒の秋刀魚』で締め、本日の寄席は大盛況のうちに終わりました。2時間があっという間で、観衆をこれほどまでに釘付けにした演者たちの芸に改めて盛大な拍手が送られました。

 

都筑区から家族4人で見に来ていたお母様も「日本の伝統的な芸を子どもたちに見せられました。解説がわかりやすくて子どもたちも理解できたと思います」と大変喜んでいる様子でした。

 

 

全ては“演じることが好き”から始まる

寄席の終了後、今回の出演者にお話を聞くことができました。控え室に入っていくと、まぁ、和気あいあいと明るい雰囲気。3人の軽妙なやりとりがここでも交わされています。この雰囲気があったからこその盛況ぶりだったのだなぁと実感しました。

寄席が終わりリラックスした面持ちの3人。左から順に三増れ紋さん(江戸曲独楽師)、三遊亭朝橘さん(落語家)、江戸家まねき猫さん(動物ものまね)

まずはまねき猫さんから。数えてみたら、何とこの日だけで約20種類の動物ものまねを披露していただきました。動物の鳴き方は普段どのように練習しているのでしょうか。

「インターネットでいくらでも動物の鳴き方を知ることはできますが、やはりリアルに勝るモノはありません。呼吸の使い方とか微妙な表情とか。馬は馬主だった父の馬を見ながら、ニワトリは祖母が飼っていたニワトリ小屋にずっと入って練習していました」。やはりリアルな動物をよく観察することが大切なのですね。

「動物ものまねで、命の大切さや人間も動物も命は平等だと考えるきっかけになればうれしいです」と締めくくりました。動物ものまねをどう見るかは、私たち見る側にかかっているのですね。現在、まねき猫さんは枕草子に動物ものまねを取り入れるという壮大な試みにもチャレンジしています。動物ものまねの新たな可能性に乞うご期待!

 

続いて、リーダー役の朝橘さんです。落語を継承することについて伺いました。

「落語は伝承芸です。古典はかつての新作。先人たちが考えた渾身の作です。その大きな財産を演じさせていただいているということ。自分は長い歴史のなかの点のひとつ。点としての役割を果たすためにも、今はとにかく精一杯演じて、ブラッシュアップしていくことですね」と朝橘さん。「とにかく熱演しろ!落語が好きだってことは伝わるから」という円楽師匠の言葉が忘れられないと言います。その言葉どおり、朝橘さんの落語はとにかくエネルギッシュ。熱量が伝わってきました。

また、この日初めて披露したコラボ芸にもかなり手応えを感じていた様子。今後、れ紋さんを加えて、3人で全国をまわりたいと意気込みを語ってくれました。今後が楽しみです。

 

最後は、そのれ紋さん。「れ紋姉さん」と親しげに呼ぶ朝橘さんと、かつてメキシコ公演に一緒に行ったこともあるそうです。

「昔、内海好江師匠に言われたんです。『漫才は言葉で絵を描くことだよ』って。以前、目の見えないお客様に『今日はおもしろかった』と言われて。軽妙な話術や観客とのやり取りで笑いを誘う江戸曲独楽も、言葉でカバーすれば目の見えない人でも楽しめるんですよね」とれ紋さん。

「今後は目や耳が不自由な人たちにも、手で触ってもらったり、手話を入れたりして、ゆっくり時間をかけて楽しんでいただけたらうれしい」と今後の展望を語ってくださいました。

 

 

3人のお話で共通していたのは、とにかく「演じることが心の底から好き」だということ。そのために今は自分の芸を一生懸命磨くこと。自分たちがおもしろい芸をやっていれば、その魅力は人々に伝わる。結果はあとからついてくる(=古典演芸を継承することにつながる)ということでした。

 

伝統演芸のことに詳しくなかった私も、今回参加して、その奥深さと底力を存分に味わい、完全に魅せられてしまいました。魅せられる何かがあるからこそ、ここまで続いたのではないかなと思います。同時に、個々人が娯楽を楽しめる時代になったからこそ、老若男女が一堂に会して同じものを見て笑えることに、大きな価値を感じました。この日のコース料理は、組み合わせのバランスも絶妙で、もちろん大変満足のいくものでした。

 

主催した横浜市歴史博物館の学芸員・橋口豊さんは、「今回の寄席の企画はこれまでのご縁がつながって実現しました。“知る”ということは自分の世界を広げます。その楽しさを知ってもらえるよう、今後も博物館として区内区外のつながりで仕掛けづくりをしていきたいです」と、抱負を語ってくれました。

 

今後も歴史と地域をテーマに躍動する横浜市歴史博物館に期待をしたいと思います。

 

 

*本記事は横浜市歴史博物館主催<都筑・青葉・港北 和の(大)文化祭>として実施した取材記事です。

Information

三遊亭朝橘さん公式ページ

https://choukitsu.com/

 

江戸家まねき猫さん公式ページ

http://www.edoya-manekineko.com/

 

横浜市歴史博物館

https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/

 

横浜北部(港北区、緑区、青葉区、都筑区)では、地域文化遺産と市民をつなぐ「よこはま縁むすび講中」という取り組みが始まっています。

よこはま縁むすび講中 http://yokohama-enmusubi.jp/

Avatar photo
この記事を書いた人
古谷玲子ライター
移住者向け雑誌『TURNS』のほか、海外旅行ガイドブック『地球の歩き方』で台湾編、東アフリカ編、モンゴル編の編集・ライティングを手掛ける。6年前にモンゴルの遊牧民の男の子に恋して以来、毎年モンゴルを訪れていたがここ3年間はコロナで叶わず。「人の営み・暮らし」をライフワークのひとつとして、文化と伝統の継承の一端を担いたいと思っている。
未来をはぐくむ人の
生活マガジン
「森ノオト」

月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる

森のなかま募集中!

寄付についてもっと知る

カテゴリー
タグ

森ノオトのつくり方

森ノオトは寄付で運営する
メディアを目指しています。
発信を続けていくために、
応援よろしくお願いします。

もっと詳しく