忍者が都会の森を歩いてみた −忍術書を通して眺める身近な植物−
横浜の忍術道場で忍術を学び始めて5回目の夏が過ぎました。暑さが苦手な私はクーラーの効いた道場で稽古し、クーラーの効いた自宅で過ごすのが毎年の恒例。「暑いけど外に出て少しでも自然に触れたいなあ」なんて考えていた時、自然について書かれた森ノオトの2本の記事に出会いました。

「身近にある自然に触れることで、自然とともに生きていることや生態系に対する意識が芽生えていく」(川の中の世界 −梅田川の生きものしらべに参加して−

「都会に暮らしていても、小さくても身近な自然がある」(風のとおるところ、アファンの森へ「100年後の森のために今できること」

 

いずれも短いながら私が共感したフレーズでした。私が暮らす横浜市の住宅街は新しい建物が次々と増えていますが、まだ自然は残っています。今学んでいる忍術を通して自然、特に植物を観察してみたら更に身近に感じるのではないかな、そんな考えが頭に浮かび本棚にある忍術書、すなわち忍者にとっての参考書を開いてみました。

 

私の手元にあるのは、甲賀と伊賀の各忍者家系に伝わる49流派の忍術についてまとめた「萬川集海(まんせんしゅうかい)」という忍術書です。江戸時代初期に編纂されたもので、日本の歴史を研究する上での資料として学術界でも用いられています。

忍者の心得から始まり、屋外活動における地理の見立て方、忍者が用いる道具の作り方や使い方などが詳細に記されています。それらの内容には、植物や動物など自然にあるものを活用する記述がたくさん登場します。

江戸時代に書かれた忍術書の内容が、現代の身近な住宅街や都会に生えている植物で実践できるのか、そんな視点を持って私が暮らす地域の植物を観察しに出かけてみました。

江戸時代に編纂された忍術書「萬川集海(まんせんしゅうかい)」。当時の原本は所在不明なるも、後世に写本されたものが現存しています(「国立公文書館デジタルアーカイブ」https://www.digital.archives.go.jp/img/4465133より)

 

シュロ(棕櫚) 高いところに上がる登器に使われたかも?

自宅(横浜市神奈川区)の裏に生えているシュロの木

まずは自宅の周りを見ると、目に止まったのがこの木。いつ誰が植えたという記憶はないので、鳥などが運んできた種が発芽して大きく育ったのでしょう。南国の海岸が似合いそうな風貌ですが、日本には平安時代から植生しているという植物です。もともとは九州などの暖かい場所に植生していたものが、比較的寒さに強いというシュロの性質に加え地球温暖化の影響もあってか、現在では東北地方でも見ることができます。幹の表面を覆う硬い繊維状のものは、加工して縄や箒などとして使われています。シュロの繊維で作った縄は「シュロ縄」という名称で、園芸用品としてホームセンターなどで売られています。

 

さて、忍者が使う道具に縄梯子というものあります。文字通り縄でできた梯子のことです。高い場所へ登る時に使う道具を「登器(とうき)」と言いますが、萬川集海の「登器編」には縄梯子の作り方がいくつか紹介されています。

例えば、「此の製作は麻の縄を持って作るなり。長け、人の立ちて手を延ばし、手首のたけなり」とあり、麻縄を使うことが記されています。別の作例では、ワラビ(蕨)を使った蕨縄も登場しますが、あいにくシュロ縄は出てきません。

ただ、麻縄と比べてシュロ縄は水に強く耐久性にも優れていることから、麻縄や蕨縄の代用として忍者の道具に使われていた可能性はあるのではないでしょうか。

忍術道場で縄梯子の使い方を教える師範。この縄梯子は麻縄でできています

クスノキ(楠) 暗闇を照らす火器の材料

横浜の繁華街馬車道(横浜市中区)にて、街路樹として植えられているクスノキ

寒い時期でも緑色の葉を絶やすことのない常緑樹で、病虫害に強くて大きく育つことから、公園や神社の境内などでも目にすることが多いかと思います。その木材は柔らかくて加工しやすく、かつ芳香もあることから、仏像の原木として用いられたこともあったそうです。クスノキが持つ芳香は虫が嫌うことから、現在でも防虫剤として活用されています。箪笥などに衣類を収納するときに一緒に入れる「樟脳(しょうのう)」がそれです。

 

萬川集海には、樟脳が頻繁に登場します。大切な忍者装束を虫食いから守るため、というわけではありません。「火器篇」、つまり火薬の調合など火の取り扱い方法について書かれた箇所に多く記載があります。樟脳には燃焼性があり、その性質を利用していたのです。

一例として、かがり火、暗闇を照らす照明について述べられた箇所から抜粋してみます。

 

「水篝の方 栗の木、陰干しにして麻油にて煎る五十匁、樟脳二十匁、焼酎二合。右二品を焼酎にて練り合わせ、火にて焙り堅め、水中にて火を燃やす事妙なり」

 

水篝(みずかがり)とは水中でも燃えるかがり火、今で言う水中ライトでしょうか。栗の木を陰干しにして煎ったものだけでも着火はすると思いますが、火を長くゆっくり燃やし続けるため、樟脳が添加されていたと思われます。

 

 

ヤナギ(柳) 水があるところを見立てる目印

横浜市役所(横浜市中区)近くを流れる大岡川沿いに生えているヤナギ。枝が垂れ下がっている木がそれです

萬川集海の「目利きの編」、つまり屋外での活動において山や海、陸地の特徴を見分ける方法について述べられている箇所にはヤナギが登場します。

 

「高山の善き陣所なりとも、水なき峰には陣をとるべからず。故に水の有無を見計ること肝要なり。(中略)或る書曰く『水を求むるには低き地に心を付け、なぎ、面高、杜若、葦、何も水草或いは柳などの有る処を見るべし』」

 

人間の活動には水が欠かせません。活動拠点を選定する際には水を入手しやすい環境を見極めよ、ということだと思います。水分の多い土壌を好む植物が生えている場所がその判断基準になるということが書かれています。

 

かつては川の治水工事をした後に、ヤナギの木が植えられることが多かったそうです。これはヤナギが水分の多い土地でもよく育つ性質を利用し、地中に根が張り巡ることで強固な地面になっていくことを狙ったものです。今でも川の護岸にヤナギ並木が見られるのは、このような理由があるようです。

ちなみに大岡川のヤナギは治水目的というよりは、ゆらゆら揺れる枝が客を招くという商売の縁起を担ぐ面もあったようです。商業都市としての横浜を表していますね。

 

 

ガマ(蒲) 水の上を移動する水器の材料

日産スタジアム(横浜市港北区)近くの水路脇に生えているガマ

ソーセージのような形をしているガマの穂には、綿毛状の種が詰まっています。かつて火打石が使われていた時代は、この綿毛状のものに火打石で起こした火花を移し着火剤として用いられていました。萬川集海にもガマが登場するのですが、穂ではなく葉を使うことが書かれています。

もし、橋がかかっていない川や水路を渡りたい場合はどうしたらよいか。萬川集海の「水器編」には次の通り説明されています。

 

「是如くなる時は竹、篠、葦、薄、桶、甕、杵、臼等その外何にても有合わせたる物を筏として渉るべきなり」

 

その場にあるものを何でも使って筏(いかだ)にすること、という意味です。筏の一例として「蒲筏」の作り方が紹介されています。

萬川集海に書かれている蒲筏の作り方(「国立公文書館デジタルアーカイブ https://www.digital.archives.go.jp/img/4465143より)

「蒲筏は横に木をあて、蒲草を束に結びて図の如し。又編む事もあり」

 

穂を束ねたら浮き輪の代わりになりそうですが、草の部分を編み込んで筏にするようです。ただし「蒲草」は「あやめぐさ」とも読み、アヤメ(菖蒲)の古名とも言われます。もしかしたらガマでなはくアヤメの葉を使うのが正しいのかもしれませんが、「有合わせたる物」で浮力を得られればよし、ということでしょう。

 

 

ムクゲ(槿) 水中潜行時の必携品?

実家(横浜市港北区)の庭で育てているムクゲ。白い花が咲くと夏の到来を感じさせます

真夏に白やピンクの大きな花を咲かせるムクゲは、韓国の国花としても有名です。

先のクスノキで取り上げた「水篝の方」の記述には続きがあって、次のように書かれています。

 

「又水中に入る時、蟇の油を九穴に塗り、木槿の青葉を口にくわえて水に入れば吉と云。未だ試さず」

 

蟇(がま)の油とは「がまの油売り」でよく知られているヒキガエル由来の軟膏のこと。つまり水に潜るには、蟇の油を耳や鼻など身体の穴の部分に塗り、ムクゲの青葉を口にくわえるとよいということです。

蟇の油に関しては、トライアスロン選手が身体にワセリンを塗ってウエットスーツと皮膚の摩擦を軽減するのに似た目的があるのかもしれません。

 

ムクゲは、漢方薬の世界では樹皮を抗菌剤として用いることがあるようですが、その青葉をくわえることで川や池の水でお腹を壊さないようにするということなのか、それとも忍務遂行の自己暗示なのか。この忍術書の著者も「まだ試していない」そうなので、お風呂やプールで試してみましょうか。

 

 

忍術書で取り上げられている植物は本格的な森に行かないと見つからないのではないかなと、当初は半信半疑で身近な自然を観察しましたが、意外と簡単に見つかりました。むしろ何気なく通り過ぎていた道端にある木がこんな使われ方をしていたのかという新たな発見があり、とてもワクワクする作業でした。

かつての豊富な自然と共に生きてきた先代の忍び衆たちと、今でも身近に存在し続ける自然に、改めて尊敬の念を抱かずにはいられません。

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この記事を書いた人
小池邦武ライター卒業生
生まれも育ちも神奈川区鶴屋町。いつも工事中の横浜駅がそばにある。急激に再開発の進む臨海部と、まだまだ緑の残る内陸部と、その違いに興味を持っている。数年前から忍術修業を始め、いつの間にか森ノオト編集部に忍び込んでいる次第。忍者名は「望月 酔鯨」。猫好き。
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