走る図書館がやってきた?!移動図書館はまかぜ号
図書館から離れた場所に住んでいる人たちがいます。遠くへ外出するのが困難な人たちがいます。そういう人たちは図書館が利用できないのでしょうか。横浜市は多くの人に本を届けたいとの思いから図書館の本3000冊を届ける、「移動図書館はまかぜ号」を走らせています。(ライター養成講座2024修了レポート:山田留美子)

春はもうすぐそこまで来ている3月中旬でしたが、取材の日は冬に逆戻りしたようにひんやりとした風が吹き、雨が強く降りました。お昼過ぎに降り立ったこどもの国駅周辺では人もまばらで、空は雨雲で厚く覆われていました。そんな中、軽やかな音楽とともに奈良山公園へやってきたのは鮮やかな水色と白の大きな車 。車は公園の入り口付近で停車しました。雨風が強い中、車からサッとスタッフの方が降り立ってきて、雨よけの幌を広げたり重そうなケースを下ろしたりしています。車体の側面が上に上がる仕掛けになっていて、造り付けの本棚が現われました。見るとそこには本がぎっしり!車体には「いどうとしょかん」と書いてあります。そう、この車は移動図書館はまかぜ号。横浜市内を移動する「走る図書館」なのです。はまかぜ号に乗って現地まで来てくださった中央図書館サービス課担当係長吉田薫さんにお話を伺いました。

はまかぜ号車体の側面にも、約3000冊もの本。面白そうな本がぎっしり!

そもそも大正10(1921)年、横浜公園内の仮閲覧所にて図書の閲覧開始をしたことが横浜市図書館の始まりでした。そして1970年に、より広い地域に本を届けるためにと改造した2台のマイクロバスに本を載せた「移動図書館」がスタート。当時は地域図書館もなく、はまかぜ号は27カ所巡回していました。次第に地域図書館が増え、移動図書館の車両は1台になりましたが、2021年の図書館開業100周年を契機に2022年から再び2台体制となり、現在は横浜市全ての区、30カ所に巡回しています。

はまかぜ号も移り変わりの変遷があり、今は5代目となりました。車体にはマスコットキャラクター「ソラくん」と「ユメちゃん」も

――どんな方に本を届けたいですか。

「移動手段がなく図書館まで歩くには遠いエリアにお住まいのシニアの方、小さなお子様がいて外出が大変な育児中の方にも使っていただきたいと思っています」と吉田さんは言います。

 

この雨の中、驚いたことにポツリポツリと人がやってきました。ピンクやグリーンなどカラフルなトートバックを肩に下げた50代、60代位の方々が、借りていた本を返し次に借りる本を熱心に選んでいます。走ってやってきた30代位の女性の方は、たくさんの絵本を腕に抱え、借りる手続きをしてまた走って帰っていきました。もしかしたら家にお子さんを待たせているのかもしれません。悪天候にもかかわらず、はまかぜ号の周りがにわかに活気が満ち、色付くように感じました。吉田さんや図書館スタッフの方は、利用者の方ににこやかに挨拶され、雨に濡れないよう雨よけの下に誘導して細やかな心配りをされていました。

中央図書館サービス課担当係長・吉田薫さん。スタッフの方々と共に、雨の中来てくれる利用者の方へ優しいお声がけをしていらっしゃいました

専門書ではなく、日常を楽しめるような本を

バスの中には3000冊もの本が積まれているということですが、誰がどのように選んでいるのでしょうか。選書は、「横浜市立図書館資料収集方針」に基づき、司書の方が選んでいるそうです。移動図書館では、日常を楽しめるような小説やエッセイ、料理や健康などの実用書、子ども向けの絵本や紙芝居、植物や動物など「知識の本」を多く積んでいるそう。

吉田さんは司書の資格を持っていて、もともと本がお好きとのこと。今日はそんな吉田さんからおすすめの本を見せていただきました。

 

1冊目は、『珪藻美術館』(文、写真・奥 修、福音館書店)

ガラスでできた殻を持つ藻である珪藻。あまりに小さいためまつ毛や針先で作った独自の道具で作った珪藻アートの世界。肉眼では見えない小さな世界の美しさを描いた奥修さんの作品が載っています

2冊目は、『月刊たくさんのふしぎ』 2021年10月号「コケのすきまぐらし」

(文・田中 美穂、絵・平澤 朋子 福音館書店)

この本に出会った子どもたちは、植物への興味が目覚めるきっかけになるかもしれません。コケの美しさにページをめくる手が何度も止まるような本です

雨の日でもこんなに待っている人がいる移動図書館。実際に利用者の方からはどんな声が届いているのでしょうか。

「暑中見舞いをいただいたり、近くに来てくれてうれしいというお声をいただいています。移動図書館は図書館を身近に感じてもらう役割があるかなと思っています。普段はゴザを敷いて、保護者の方が紙芝居を読む風景が見られたり、保育園のお散歩コースにあたるエリアなどは、立ち寄って子どもたちが本を読んでいったりするんですよ」と笑顔の吉田さん。

 

一方で、移動図書館は屋外の事業なので天気や夏の暑さ冬の寒さなどの影響を受けること、スタッフや来てくださる方たちの体調など、心配なこともあると言います。私は、この日の悪天候時のはまかぜ号を見ることができて、「気象への対応の大変さ」を身をもって感じることができました。2022年には「X」(旧ツイッター)のはまかぜ号アカウントを開設して、運行状況を利用者の方々にリアルタイムに発信もできるようになりました。

 

私は青空の下のはまかぜ号も見たかったため、別日にも撮影をさせていただきました。気持ちよく晴れ渡った平日の午後、はまかぜ号は南日吉のバンビ公園前(港北区)に到着しました。車が到着する瞬間、ワクワクして走っていきたい気持ちになるのは私だけでしょうか。いえ、違うようです。なぜなら本を見に集まってくる人たち、走って楽しそうにタラップを上りバスの中の本を見に行く子どもたち、敷かれたゴザの上に置かれた絵本を見にいく親子。どんどん人が集まってきます。

大人も子どもも青空の下のはまかぜ号に集まってきます

 

ゴザの上に並べられたケースには、子どもたちが手に取りたくなる本がたくさん!

図書館は学生の勉強の場所という印象でしたが、移動図書館は、シンプルに本を読んだり借りたりする場所だと感じました。私は、「図書館で働く人」に憧れています。実はそのために、図書館司書の資格を取るべく4月から大学生になります。もし図書館司書の資格を取ってみようかな、と思っている方が周りにいたら、選んだ道のその先のこの景色を伝えたいと思います。それはきっと、ネット検索でピンポイントで探す本ではなく、一期一会の本との出会いの瞬間や、はまかぜ号の音楽を合図に、外に出て人と話すうれしそうな笑顔。移動図書館は、図書館の「原点」を感じさせてくれました。

本を眺めて興味の向くままに手に取る 図書館本来の役割を気付かせてくれる移動図書館

吉田さんは「本を予約して受け取るだけという利用もできますが、棚から本を選んでいただいて、新しい本と出会っていただきたい、という気持ちがあります」と言います。

 

確かに私はこの日、全く知らなかった本を手に取る機会になりました。ぽかぽか太陽の光が降り注ぐ中、ベンチに座って水筒に入れてきたお茶を飲みながら早速借りた本を開きました。冒頭、期待以上に面白そうな文章が並んでいます。当たりです。まるで宝くじを引いているよう。

私が手に取ったのは『kaze no tanbun移動図書館の子供たち』 (柏書房) 素朴でシンプルな表紙がかわいい短文集

ひとり暮らしで地域と関わる機会を楽しみたい方、小さな赤ちゃんがいて遠出がままならない方、はまかぜ号の音楽が聞こえたら、外に出てみませんか?思いがけない本と人の笑顔に出会えるかもしれません。

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この記事を書いた人
山田留美子ライター
本と山と旅が好き。在宅ホスピスのソーシャルワーカーをしながら、「図書館で働く人」に憧れ、司書資格を取るため大学生の道へ。生活の木たまプラーザ校にて、地球と体に優しい暮らしをテーマにSDGs、ハーブ講座随時開講中。豆柴と過ごすお休みが好き。
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