「さんさんぽ」は、横浜市都筑区のセンター北駅近くの緑道を拠点に、保育士の東尚哉さんが開いている場です。この場を息子と体験し、東さんの思いをお聞きしてきました。(ライター養成講座2024修了レポート:青木遥)
「さんさんぽ 」の場では、子どもが自分らしくいられるように
土曜日の朝10時。横浜市営地下鉄・センター北駅から北へ徒歩約10分、「くさぶえのみち」と呼ばれる緑道に入ったあたりで、保育士の東尚哉さんが親子を迎えます。初めて参加する子に、東さんは簡単に自己紹介してから、こう話しかけました。
「さて、どうする?」
これは、東さんが代表となって開いている場「さんさんぽ」の、ある日のスタート時の光景です。
「さんさんぽ」は、センター北駅近くの自然豊かな緑道や公園を拠点に、保育者と保護者が共同で保育を行っている場です。預かり保育を中心とする「通常保育」を行うほか、月1回、親子で参加する「休日さんぽ」を行っています。「休日さんぽ」は未就園児から小学生まで、子どもの年齢を問わず無料で参加できるものです。
私は以前、「休日さんぽ」に3歳の息子と初めて参加したとき、東さんの様子に「こんな風に子どもと接する人は見たことがない」と驚きました。また、息子が他の子ともめてしまったときに、東さんに「大人は見ていてもやもやしますよね、でもそれでいいんですよ」と言っていただき、心が軽くなったことも印象に残っています。
東さんが子どもとどう接しているのか、どんなことを考えながら活動しているのか。確かめたくて、先日息子と再び「休日さんぽ」に参加しました。
「さんさんぽ」の場で、東さんから「これをしよう」「これはだめ」と子どもに伝えたり、アドバイスや手伝いをしたりすることはほとんどありません。
この日息子が吸いよせられたのは、緑道を流れる川。しばらく川沿いを歩くうち、川の中に落ちている大きな葉っぱを、木の枝で岸に引き上げ始めました。
そこに東さんも加わります。息子が「おさかな」とつぶやくと、東さんは「カレイかな?(引き上げたのは)干しガレイだね」と。息子は東さんと一緒に「カレイ釣り」に熱中し、川の両岸を行き来するうちに、ズボンがどんどん濡れていきます。私が「着替える?」と聞いても「着替えない」と言い、しばらくそのまま遊び続けていました。
この場面、息子がこんなに楽しそうだったのは、東さんが自分と同じことをして遊んでくれたからなのではないかと感じました。私の場合、そばにいても、加わらず見ているだけという場合も多いです。ただ、東さんにそのことを聞いてみると「僕が入った方がいいのかもしれないし、入らない方がいいのかもしれないし」と返ってきました。
「どちらの方が、彼が彼らしくいられるだろうかと考えていました。
楽しく過ごしてほしいとはあまり思っていないんです。大きい葉っぱが川を流れているのを見つけて、楽しいと感じるのもいいし、感じなくてもいい。でも、僕がその気持ちを変えるのはちょっと違うなと。
彼の気持ちは、彼の中では絶対に正解。だから、彼自身の気持ちを大事にしてほしい。僕は彼の気持ちを見ていたい、気持ちをわかりたいと思っています。
濡れても『着替えない』というのも彼の気持ちです。保護者さんの場合は、やらなきゃいけないことや、時間的な制限がどうしてもあるから、『着替えなきゃだめ』と言わないといけないことも多いでしょう。でも保育なら多分、家庭よりもずっと長く待てると思うんです」
子どもの答えは、子どもの中に
東さんはもともと、機械の設計などの仕事をしていました。そのころボランティアとして行っていたのが、バンドで保育園や養護施設などを回って演奏することでした。
バンドで高齢者施設を訪れたときには、メンバーの一人の子どもがバンドに加わって歌うと、お年寄りが泣いて喜び、普段笑わない認知症の方も笑顔に。
そんな感動が重なり、東さんは高齢者や子どもに関わる社会問題を解決するソーシャルビジネスを立ち上げたいと思うようになりました。ビジネスの学校に通い始めましたが、実務経験があるわけではありません。「まずは保育をやってみよう」と考え始めました。
そのころ、東さんは体調不良で寝込み、仲間の助けが身に染みたことがありました。
「そのとき、自分には『何もないけど、全部ある』と感じたのです。仕事もお金もなくても、助けてくれる仲間や家族がいる。当時学んでいたコーチングの影響もあり、『世の中のあらゆることの答えは自分の中にしかない』と気付きました。
僕にとっての答えは僕の中に、そして子どもにとっての答えは子どもの中にしかない。だから、大人が答えを押し付けるのは間違いだと、今でもいつも保育の中で思っています」
そして東さんが働き始めたのは、当時資格がなくても勤務できた、東京都内にある小規模の認証保育園。しかし、東さんの想像していた保育の現場とは「衝撃的」なほど違っていました。その園では保育士が子どもの前に立って指示するのが普通。東さんは他の保育士と考え方が合わず「そんなんじゃ子どもになめられますよ」と言われたこともありました。
東さんはその後、いくつかの園で勤務したり、見学に訪れたりして、さまざまな保育の現場を経験しました。
その中で、見学して「自分が変わらざるを得なかった」というのが、山梨県北杜市の「森のピッコロようちえん」です。
「それまでに出会った子たちは、何かすると大人の顔を見たり、先生に言いつけたりするのが普通でした。でも、ここの子たちは目が違うし、すごく考えている。自分を生きている感じがしました」
例えば散歩から帰るときには、保育者がリュックを背負うだけで、子どもたちが集まってきます。子どもたちは自分で考えて行動しているのです。
東さんは当時勤めていた保育園で、こうした保育を取り入れようと、試行錯誤を始めました。
「失敗を繰り返す中でわかったのは、『保育って人間性しかないんだ』ということ。僕の心のうちや生き方が全部出てくるから、子どもと向き合って、自分で考えてやるしかないんだなと思いました。
子どもが変わっていく手応えを感じたことは何度もあります。ただ、本当に子どもの気持ちをわかるとか、子どもをさばかない、指示しない保育をするのは、普通の保育園では厳しい部分もあり、自分でやるしかないという気持ちが増しました」
ルールを決めず、一つひとつ自分で考える。悩みながら、揺れながらでいい
そうしたことが重なって始めた「さんさんぽ」。活動拠点は、東さんの自宅近くの自然の中に定めました。
「さんさんぽ」では、できるだけルールを少なくしています。実は以前「休日さんぽ」に参加したときに、私の息子が他の子ともめたのは、家から持ってきたミニカーで遊び始め、他の子が「貸して」と言っても貸さなかったことがきっかけでした。
「おもちゃを持ってきていいとかだめとかではなく、どうして持ってきたいんだろうね、どうして持っていったらだめなんだろうね、と話す方が人間らしい。ルールがない中で、一つひとつを自分で考えて、悩みながら、揺れながら生きていくことが生きることだと思うんです」と東さん。
「これしよう」「これはだめ」「もう行くよ」などと言われない、どろどろになって遊べる時間。
「休日さんぽは月1回ですが、この1日は、普段ではあり得ない感じで過ごせると思います。その中で、保護者さんもお子さんも、一つでも気付くものがあるといいなと思います」と東さんは話します。
子どもの世界をみんなが知れば、世の中が変わる
東さんがある保育園で勤務していたときのこと。雨の朝、一人の女の子が窓の外をぼーっと眺めていました。「どうしたの」と東さんが聞くと、その子は「雨だから、ママが仕事に行けるか心配なんだ」と答えたそうです。
「こういう話を聞くと、子どもの世界の中に幸せの根源がある気がしてきます。生まれてすぐで、純粋だから見えるものがたくさんあると思うんです。
子どもたちを『知りたい』『分かりたい』『面白い』という視点から見ていると、現代社会が子どもに抱く固定概念とは全然違う姿が見えてきます。それをもっといろいろな人に知ってもらえたら、世の中変わるはず。争わず幸せに生きる世界へとシフトするきっかけになるはずです」
「さんさんぽ」の場で「だめ」「もう行かなくちゃ」と息子に言わなくていい時間を過ごし、息子も私も心がのびのびするのを感じました。こんな風に過ごすこともできるのだと知り、見える世界が広がった気がします。
また、東さんのお話を伺った後、日常の中で「息子は今どんな気持ちなのかな」と考えながら観察したり、話を聞いたりしてみました。すると、息子と一緒にいることが今までより面白く、興味深く感じられたのです。子どもとの接し方に悩むことも多い中で、そう感じられたことは自分にとって救いでした。
「さんさんぽ」の場を、ぜひもっと多くの方に体験していただきたい、それによって見える世界が変わり、救われる親子がいるのではないか、と思います。
さんさんぽ
横浜市都筑区、センター北駅周辺の自然の中で活動中。
「休日さんぽ」は毎月第2土曜日を中心に開催中。時間は10時〜14時、子どもは何歳でも参加可能。参加費は無料、ただしスポーツ安全保険の保険料が必要です。詳しい開催日程や参加申し込みについては、上記ホームページからご確認ください。
生活マガジン
「森ノオト」
月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる
森のなかま募集中!