農業をはじめたアートギャラリー「JIKE STUDIO」の挑戦
豊かな里山に建つアートギャラリー「JIKE STUDIO」。目の前には柿畑が広がります。ある時、この風景が駐車場に替わってしまうというショッキングな知らせが届き、代表の坂上浩美さんは畑を購入するためのクラウドファンディングに挑戦することに!「アート」と「農」を両手に携え、寺家町を耕す坂上さんを訪ねました。(ライター養成講座2024修了レポート:竹田香苗)

豊かな里山風景とJIKE STUDIO

四季折々が感じられ里山風景が色濃く残る「寺家ふるさと村」(横浜市青葉区寺家町)で、JIKE STUDIOは2010年にオープンしました。毎月展示が入れ替わる二つのギャラリーと、季節の野菜を使ったランチメニューが人気のカフェやショップも併設されています。

田園風景を歩いていくと突如として現れるギャラリーとカフェ。ジャズの音色やランチを楽しむお客さんのにぎやかな声が漏れ聞こえてきます

青葉台駅からバスに乗ること約10分、「鴨志田団地」停留所で下車すると「いきなり世界が変わります」とJIKE STUDIO代表の坂上さんは話します。急行の停まる大きな駅で感じる都会の喧騒を抜け、ここにきて現れるのが、田んぼや畑、竹藪、そして生い茂る木々の風景。 JIKE STUDIOまではそこから徒歩約15分。ゆったりとした風景の中を散策すると見えてくるのが、色々な素材が使われた、まるで絵画の中から出てきたような建物です。「自然に出会い、心がほぐれたところで、ギャラリーでものづくりを堪能してもらいたいです。そしてまた田んぼや畑の中を通って、それぞれの日常へと戻っていく……。この里山は、アートとお客様の日常との間にある“エントランス”なんです」。

 

JIKE STUDIOのカフェからは柿畑が一望できます。そんなかけがえのない風景は、訪れる人たちを喜ばせてきました。しかし、2023年、坂上さんのもとに、その柿畑の所有者の方から「柿畑の土地を売却し、大型トラックの駐車場と廃材置き場に替わる」という、突然の知らせが届きました。

 

この柿畑を失ってしまえば、なし崩しに寺家町の里山の風景も失われていくのではないか—。そんな不安に直面した坂上さんたちが選択したのは、「JIKE STUDIO FARM」を立ち上げることでした。営農権を取得して、この柿畑を買い取りたいと考え1500万円という高額な資金集めのためクラウドファンディングに乗り出しました。JIKE STUDIOや寺家町を思う方々、多くの作家さんからの応援、クラウドファンディングページからこの活動を知ったはじめての方からの寄付など、さまざまな思いが集まって目標金額を達成することができました。

春、黄緑色のかわいい若葉が出た柿の木は、どんどん緑を濃くしていきます。初夏、黄色の花が咲き、実をつけ、秋にあの橙色に色づく……柿畑が四季を語ります(写真提供:JIKE STUDIO)

JIKE STUDIOは、都会にありながら自然豊かな里山の風景が残る特別な場所です。そして、ここに足を運ぶ方の「ものづくりを見る目があたたかい」ことも、JIKE STUDIOが寺家町に在る理由の一つだと坂上さんは話します。「暮らしの中で何に価値を置くか、何を大切にしていかないといけないか、何を残すかという目をもった、素晴らしい感性をもった皆さんがまわりに住んでいて暮らしを楽しむ人々にあふれています。本当に最高のお客様です!」と語るその表情はなんともうれしそう。

 

 

農業をはじめたギャラリー

JIKE STUDIOのカフェでは、季節の野菜が楽しめます。野菜がたっぷりのったランチプレートはとても魅力的。農薬を使わない野菜、少しでも安全なものを出したいという思いから、もともとスタッフの皆さんがギャラリー業務のかたわら、寺家町内に畑を借りて野菜づくりをしていたそうです。

取材の日、私がいただいたランチは春の味。ほろ苦いふきのとうのソースや甘い干し大根を使ったマリネなど、しっかりとした野菜の味が感じられました

柿畑購入をきっかけに農業法人「JIKE STUDIO FARM」を立ち上げた坂上さん。この度、本格的に野菜づくりに乗り出しました。野菜づくりをする畑の広さは、柿畑と同じ約350坪。見せていただくと、ふかふかに耕された土、きれいに並んだ畝。肉厚で立派なほうれん草に、爽やかで香り高いハーブ、寒い中でも花を咲かせるそら豆など、さまざまな野菜が大切に育てられていました。

畑には、ジャガイモや玉ねぎ、ほうれん草、にんじんなどたくさんの野菜がびっしりと植えられていました

農薬を使わずに野菜を育てることは大変な苦労があると坂上さんは話します。「大根は、種をまき、芽が出て、間引いた後に育った大根が大きくなることを期待していたら、シンクイムシというのが中にすみついてしまいました。葉が出てくる真ん中の部分を食べてしまい、半分以上がだめになってしまいました。残った大根を守るため、私たちは爪楊枝で虫一つひとつを取る作業をしたんです」。地道な農作業を重ね、農業の会社として利益を出すこと、収穫量を増やし、お客様のもとに届けることの難しさを痛感しているそうです。その一方で、「大根がみずみずしくておいしいね」「にんじんが甘くておいしい!」「もうないの?」と、野菜を買うために足を運んでくださる方々の声が坂上さんたちを強く励ましています。

大切に育てられている野菜たち。かわいらしいそら豆の花が咲きはじめていました

土の上からはじまる世界へのまなざし

坂上さんは、農業をはじめて、二つの大きな変化を感じているそうです。

 

一つ目は「坂上さんと自然の関係が変わった」こと。坂上さんの世界をみる視点が「土の上、土の中から」はじまるようになったと話します。「世界があって、地球があって、そこにものをつくっている人がいて……ものをつくっている人たちを見てきたけれど、農業をするようになって、天気のこと、農薬のこと、地球の色々なことが気になるようになりました。視野が広がると、大切にしていかないといけないものがはっきりわかってきます。自然のめぐみは大切だから、できるだけ大切に守っていけるものは守っていきたい。いろんな人たちの思いがあるから勝手に守るわけにはいかないけど、みんなと折り合いをつけながら、守っていけるものは守って残して次の世代に伝えていきたいと思うようになりました」と語ります。

 

また、土の上からはじまる世界へのまなざしは「すぐに影響することではないと思うけど、アートをみる目にも関係してくるんじゃないかと思っています」とも。農業をはじめたことは、坂上さんのギャラリストとしてのお仕事にも大きな影響を与えているようです。

ほうれん草の様子をみる坂上さん。ギャラリーと畑を行ったり来たり……ギャラリーに立つ姿のまましゃがみ込み、土に触れます

二つ目は、地元の人たちとの交流が広がったこと。ギャラリーとしてこれまでお付き合いしてきた人たちに加え、地元で農業をしている人たち、地主さん、寺家町をつくってきた人たちとお話をするようになったそうです。知らなかった寺家町のことを教えてもらうこともあるそう。農業をはじめることで、よりこの場所に根を張り、つながりを深め、世界がさらに大きく広がったと坂上さんは話します。

 

 

JIKE STUDIOの「ものづくり」と農

JIKE STUDIOでは、絵画、彫刻、ジュエリー、衣服、陶芸など毎月替わる展示に加え、音楽や落語の会が催されています。そして何と言っても食。ギャラリーと聞けば、美術工芸のイメージがありますが、ここでは、このようにジャンルの壁を飛び越えた多様な「ものづくり」が常に提供されています。

この日の展示は「五十嵐三美 山ぶどうの籠展」。山で皮の採取をする作り手の映像とともに、いろんな表情の山ぶどう籠が展示されていました

坂上さんはグッと胸に手を当て、「あー面白い、素敵!をここ、からだの中心部で考えて、楽しんでもらえたらなぁと思っています。アートや音楽をからだの中心部で楽しむように、野菜もたべて、おいしー!って、からだの真ん中で感じてもらえるものを提供したいと思っています。JIKE STUDIOにジャンルはありませんが、この部分が全てに共通しています。来てくださるお客様に届けたいと思っているところです」と話します。JIKE STUDIOが提供する「ものづくり」は、美術工芸、音楽、落語、食、農業……と、ジャンルは違えど、込められた思いは同じようです。

 

 

JIKE STUDIOが耕すこれから

農業をはじめたアートギャラリーはどこへ向かうのでしょうか。

 

坂上さんは「変わらずみんなが胸高鳴る、ドキドキするものを展示したり、会を開いたり、カフェで出したり……しっかり楽しんで味わってもらうことを続けたい」と、話します。そして「寺家ふるさと村という自然のめぐみがちゃんと残っていったらな!」と。からだの真ん中に届く「ものづくり」があるJIKE STUDIO、そして里山全体へと広がった「場づくり」。坂上さんたちの挑戦は続きます。

このバスストップのような看板がJIKE STUDIOの目印!ギャラリー前の梅の花が満開を迎えていました

「里山って農がある風景ですよね。農のある生きた里山がこれからも残っていったらいいなと思っています」。里山は、人の丁寧な手入れがあってはじめて成り立つ風景です。その担い手が不足し、色々な事情で駐車場になったり、資材・廃材置き場になったりする状況に待ったをかけた坂上さんたち。「里山もいきいき!JIKE STUDIOもいきいき!里山と共生してJIKE STUDIOは頑張っていきたいです」と明るい笑顔をみせてくれました。

 

心ほぐれる寺家町の風景は、JIKE STUDIOと訪れる人の日常をつなぐ、なくてはならない“エントランス”です。その里山が生き続けるには、農の営みがあってこそ。ここで出来た野菜やハーブたちは、たくさんの人の心とからだに届くはずです。

ハウス内ではさまざまな野菜が芽を出していました。今後、「JIKE NATURAL MARKET」を開催し、販売を予定しているそうです

クラウドファンディングを通して、JIKE STUDIO、寺家町、全国の里山の風景を守りたいというたくさんの人たちの思いが坂上さんの元に届きました。JIKE STUDIOは、これからもこの思いとともに、からだの真ん中で感じられる素敵なものを私たちに届けてくれることでしょう。

 

里山の中を歩いて心をほぐしてみませんか。そして暮らしを豊かにするさまざまな「ものづくり」に触れてみるのはどうでしょう。あなたの毎日の栄養がここにはあるかもしれません。

Information

IKE STUDIO

住所:神奈川県横浜市青葉区寺家町435-1

TEL:045-479-6777

Mail:galleryajike@gmail.com

OPEN:11:00〜18:00・火曜休廊

lunch time:11:30〜14:00 cafe:11:30〜18:00(L.o.17:00)

駐車場:あり

アクセス:公共交通機関ご利用の場合はHPに詳しい記載がありますのでご覧ください

URL:http://www.galleryajike.com/

Instagram:https://www.instagram.com/jikestudio/

 

JIKE HAUS 横浜市青葉区寺家町404

JIKE LABORATORY 横浜市青葉区寺家町353-2

 

【hiro kawabata / chiho kawabata JEWELRY EXHIBITION】

会期:2025年4月10日(木)から4月27日(日)

11:00~18:00・火曜休廊

作家在廊日:4/10,11,12,13,24,25,26,27

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この記事を書いた人
竹田香苗ライター
生まれも育ちも北海道。元出版社勤務。大人の自由研究のテーマは民藝運動周辺。夫の転勤にくっついて全国をあそび歩く。里山の風景に心奪われ、人と自然の営みの中で生活をあそびたい!と、森ノオト界隈にやってきました。子育てを通して第二の青春謳歌中。
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