
地図を開くと、単なる絵地図ではなく、「ささぶねのみちは、秋のもみじが最高」「徳生公園には湿地があって沼杉の気根を見られる」という情報や、公園に咲く花々、また歩く時に欠かせない坂道の位置など、住民が制作したからこその情報が盛りだくさん。裏面には、地域の成り立ちや現在に至るまでの経緯、張り巡らされた緑道の特徴についてなど、港北ニュータウンや緑道をもっと深く知りながら歩ける話が盛りだくさんです。この「緑道ハレバレMAP」、どのような背景で、またどんな方々が作られたのでしょうか。制作した緑道ハレバレ会のみなさんに話をお聞きしました。
話はコロナ禍に遡ります。「感染防止で遠くへ行けなくなって、港北ニュータウンでも緑道を歩く人が増えました。緑道ハレバレ会のメンバーも、その時に集まって一緒に歩いていたんです」と話すのが、緑道ハレバレ会の代表、江幡千代子さん。江幡さんが、知人や友人、家族に呼びかけて、緑道を歩き始めました。
「改めて歩いてみると、港北ニュータウンの緑道はとても素晴らしい空間だ、と思いました。緑道があることを、そしてこのような場所を作った人たちがいたことを、伝えたくなりました」と江幡さんは語ります。ちなみに、会名などで使われる「ハレバレ」は、緑道は木立が多く、歩いていると気持ちが良い空間である一方、「日陰で暗い場所が多い道」という印象を持つ住民もいるので、マイナスイメージを変える意味で名付けたそうです。「晴れ晴れとした、 語感も、ハレバレハレバレというだけで、気持ちが晴れやかになる。そんなイメージを緑道に持ってほしいと思って」と江幡さん。

緑道ハレバレ会のみなさんに聞いた好きな場所で、一番の人気だった「ささぶねのみち」、緑道を流れるせせらぎが象徴的な空間です
各地のニュータウンには、ある特徴が見られます。それが「歩車分離」という原則。車が通る車道と歩行者の道を分け、なるべく交差しないように動線を離すというものです。その中でも港北ニュータウンは、緑地や大きな公園をつなぐ緑道がネットワーク状に張り巡らされている「グリーンマトリックスシステム」に基づいて街が設計されています。
そのプランを考えたのは、港北ニュータウンの父と呼ばれている、元住都公団港北ニュータウン開発事務所所長・筑波大学名誉教授の川手昭二さんです。2020年10月、江幡さんたちは、今も都筑区内に住む川手さんから当時の話を聞く勉強会を持ちました。「川手先生のお話は、とても素晴らしいものでした。計画の段階から住民参加で始まって、そんなまちづくりのうえに港北ニュータウンが生まれていて。こんな素晴らしい経緯をぜひ伝えたい」と江幡さん。勉強会に参加したみなさんも同様に思ったそうです。この勉強会が、「緑道ハレバレ会」につながります。

川手昭二さんとともに港北ニュータウンを歩く緑道ハレバレ会のみなさん(写真提供:緑道ハレバレ会提供)
2021年の4月から11月にかけて、「緑道ハレバレ会」のメンバーのみなさんは、港北ニュータウンの緑道を歩きながら、川手さんの話を聞く取り組みを続けます。ほぼ同時に、絵地図師として有名な高橋美江さんと絵地図を作る動きも始まりました。絵地図とは、一般的な色や記号、線で表す地図ではなく、イラストで描かれた地図を言います。しかし、絵地図を制作すると決めても簡単にはできません。載せる情報は、そして制作費は。果たしてどのように作業は進んだのでしょう。
2021年10月から、絵地図を制作する作業が始まりました。載せたい情報を集め、しかし全てを掲載するのは難しく、何を載せて削るのかの作業は苦しいものだったそうです。また、絵地図に載せるイラストのための資料を集める作業にも奔走したとか。

緑道ハレバレ会のメンバーから「好き」という声の上がった、せせらぎ公園の古民家「旧内野家住宅主屋」
費用面の課題もありました。制作費の一部は寄付を集められたものの十分ではなく、結局は会のメンバーで費用を分担すると決めました。「もし売れなかったら?」という私の質問に、メンバーのみなさんから「もう、売って売って売りまくる! それしかなかった」とお返事が。
また、絵地図の制作にあたっては、「私たちでやりたかった。費用のこともあるけれど、住人である私たちでぜひ作りたい、と思った」ので、なるべく緑道ハレバレ会のメンバーで作業する、という方針を決めたそうです。こうして、表の面は高橋美江さんにお願いし、裏面の港北ニュータウンと緑道の解説は自分たちで書くことにしました。

ここも緑道ハレバレ会のみなさんから好きな場所として名前が上がった徳生(とくしょう)公園。大きな池が特徴的です
こうして2022年の8月、契機となった勉強会から1年10カ月を経て、「緑道ハレバレMAP」が完成しました。「初めて緑道ハレバレMAPを手にした時の感動は忘れられません。いよいよ販売ですが、最初は自分たちで友人知人に売り歩きました。またマンション販売会社との伝手でお客さんへの配布用にマンション販売会社に大口で買い取ってもらえたのはありがたかったです。ニュータウン内の本屋では『今どき紙の地図は売れない』と言われたりもしましたが、『良いものならば必ず売れる』と信じて、実際のマップを見て販売を引き受けてくれる店舗などが増えていきました」。
そのような中、不安を吹き飛ばす出来事がありました。2022年10月、とあるランキング形式のまちあるき番組で港北ニュータウンの緑道が1位となり、緑道ハレバレMAPも紹介されました。テレビの効果は大きく、一気に流れが変わりました。本屋さんからも「どんどん売れてるから早く持ってきてください!」と電話が掛かってくる状況に。あっという間に第1刷は完売し、増刷へと至ります。ちなみに、2025年3月の時点で、1万2千部が売れているそうです。
たくさんの人が緑道ハレバレMAPを手に取った結果、地域からもさまざまな反応がありました。その中の一つが、小学校の地域学習への参加です。「緑道って、子どもたちが普段から遊ぶ場所ではないと思うんです。どちらかと言えば大人向けの場所ですから」と江幡さん。それでも、ある小学校では、子どもたちの側から「学区のマップを作るなら、緑道ハレバレMAPを作った人たちに会いたい」との声が上がり授業へ参加することに。「小学校の授業を通して、子どもにも緑道や港北ニュータウンの成り立ちへの興味を持ってほしい」というメンバーたちの思いもあって、これまでに3つの小学校と関わりが生まれました。

上野泰さんの講演録。上野さんによると、都市計画に基づいて街ができた後、都市計画家に対し、住民から呼ばれ講演に至るのは珍しいケースとのこと
もう一つが、ランドスケープデザイナー、上野泰さんの講演会が実施できたこと。実は、緑道ハレバレMAPづくりの最初のきっかけともなった川手昭二さんから、実際に緑道など港北ニュータウンの施設をデザインした方として紹介されたのが上野さんでした。「川手さんの説明を受けて、お話をお聞きしたかったのが上野さん。緑道を中心に、港北ニュータウンをどのように作り上げたのかについてのお話を伺えました。その講演録も制作できました」と江幡さんは話します。
そして江幡さんは、気になっていることがあると言います。「素晴らしい緑道や公園を作っただけに、横浜市内でも他の区より維持費が掛かっていると思う。住民の側も、恵まれた環境を当たり前だと思っていて、関心がない人も多い。そのまま全て残すのは難しいにしても、良い形で残したい。そのためにも、緑道を大事に思う人をどう増やすのか。勉強会などの取り組みを通じ、緑道はさまざまな人たちの思いのうえで生まれた、私たちの宝物だとアピールしていきたいと思っています」。

徳生公園からくさぶえのみちを通り、牛久保公園で丘を登ると、そこは開けた場所でした
緑道ハレバレMAPを通して、港北ニュータウンの緑道とその大切さを伝えている緑道ハレバレ会のみなさん。次は何を、と聞くと2点挙げられました。
一つが、まもなく開設するウェブサイト「緑道カレンダー」に、季節ごとの緑道の写真を掲載して、緑道の新たな魅力を見せたいと語ります。
二つ目が、今年の秋ごろにボッシュホール(都筑区民文化センター)で開催を予定している展示会。緑道ハレバレMAP制作の様子や、集めた資料などを展示する計画です。
取材の間も、緑道ハレバレ会のみなさんが小さな地図に込めたエネルギーに、驚くばかりでした。地図を通じて地域に投げかけられたその思いは大きく、これからも広がり続けそうです。緑道ハレバレMAPを手にとって港北ニュータウンの街を歩くと、新しい発見に出会えて、その場所がきっと好きになると思います。私もそうでしたから。

緑道ハレバレMAPや資料を囲んで談笑するメンバーのみなさん。左から、中山さん、大橋さん、白川さん、吉村さん、大橋さん、江端さん、杉原さん、木下さん。緑道や制作の時のことを振り返ると、話が尽きません

緑道ハレバレ会サイト
https://tsuzuki-ryokudo8080.jimdofree.com/
緑道ハレバレMAP 主な販売場所
横浜市歴史博物館売店、都筑区役所売店、有隣堂センター南駅店、
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江幡さんが取り組んでいる別の取り組みについて
積んでいるのは本と夢と情熱。都筑のまちに「ブックカフェ」を走らせよう!
https://morinooto.jp/2019/01/12/orengeboy/

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