
働き方に悩んだとき、出会った「コワーキングスペースcococi」
2011年当時、東京都調布市に住んでいた私は、民間企業で監査の仕事をしていました。隔週で国内外のさまざまな場所に出張をし、慣れないホテルで深夜まで仕事をするという日々を繰り返していました。さまざまな場所を渡り歩いて仕事ができることの面白さを感じつつも、肉体的にも精神的にもハードなその働き方の延長線上に、子どもを産み育てながら働いていく自分や、ありたい未来像を描くことができず、他の働き方や、生き方の選択肢はないかと模索をしていました。
そんな中、私は、ある場所と出会いました。京王線・仙川駅の商店街の中にある一軒家。
その3階の扉を開けると、畳の部屋がありました。そこにはワイワイと子どもたちがいて、その傍らで、女性たちが働いていました。そこは、非営利型株式会社Polaris(以下、Polaris)が、2011年創業当時につくったコワーキングスペース「cococi(ココチ)」でした。「心地よく暮らし、はたらくための新しいワークスタイル拠点」として、地域の子育て中の女性に働く場を提供するための場です。「ここが、働く場所!?こんな働き方があるんだ!」と、衝撃をうけました。それが、私とPolarisとの出会いでした。
それから、調布を離れ、母となった私は、会社でワーキングマザーを続けましたが、2020年コロナ渦の中、働き方を変えることを決意し、会社を辞めました。しかし、いざ辞めると、社会の中での自分の居場所を失ったような気がして、とてつもない寂しさを感じる日々を過ごしていました。
その後、webで見つけたライター養成講座を通じて森ノオトと出会い、ライターとして地域とつながり、自分が社会の中で、何らかの役割を果たすことができるうれしさを取り戻すことができました。そして、自分らしい形で働きたい、と思った私は、現在森ノオトで働いています。
私にとって、Polarisも、森ノオトも、社会や地域とのつながりや、働くことの多様な選択肢、そして、暮らすことと働くことを、自分軸で楽しみながらつくっていくことの可能性をみせてくれた存在です。
今回、ご縁があり、Polarisと、再びつながることができました。私が当時出会ったcocociは今、どんな場所になっているのか、また、Polarisの現在地について、共同代表の大槻昌美さんと、山本弥和さんにお話を伺いました。
「調布で心地よく暮らしはたらく」地域のサードプレイスco-ba CHOFU
私がcocociと出会った2011年当時は、現在に比べ、社会の中に、多様な働き方の選択肢が少なかったと思います。在宅ワークや副業解禁、人材の流動性の高まり等、長らく変化を見せなかった日本の「働き方」の変革は、コロナ渦という不測の外圧があり、大きな広がりをもったのではないか、と感じています。
そのコロナ渦の真っただ中、2021年3月1日、調布駅より徒歩1分の場所に、現在のco-ba CHOFUが移転をしました。ここは、私が出会った「cococi」と、会員制コワーキングスペース「co-ba CHOFU(コーバ チョウフ)」が融合した施設です。
起業をする際の登記や住所利用ができ、プリンター、ロッカーに会議室もある、働く人にとって、快適な環境を整備しています。訪れた当日は、デスクが満席状態でした。
2011年Polaris創業当時、主に、地域の女性が子連れで働く場だったcocociは、現在は、社会の多様な働き方の広がりと共に、年齢も性別も、より多様な方が働く場所へと変化していました。

スペース奥に設けられた「小上がり」が、やさしい風景をつくっていました。そこでは、1人の男性があぐらの姿勢で、リラックスした様子で、仕事をしていました
co-ba CHOFUは、人が働く場ではありますが、私には、その場に流れる雰囲気が、どことなく、やわらかさをもっているように感じました。
大槻さんは、私が感じたやわらかい雰囲気について、こうお話し下さいました。
「コロナ下でこの施設を立ち上げたとき、この壁とかも、地域の方や子どもたちと一緒につくったんです。『働きすぎないゆとり』を大切にしてこの場をつくりました。スタッフも、『おかえり!お昼何食べてきたの?』とか言って、会員さんを迎え入れるんです。『そっとしておいてくれ』っていう方もいるかもなんですが(笑)。スタッフが、迎え入れる雰囲気をつくっていて、サードプレイス的な感じになっているんじゃないかなと思うんです」
「働きすぎないゆとり」。空間の設計にも、スタッフの関わり方や、さまざまなイベントという形でも、働く人が「ゆとり」をもつことができるよう、場が提供されていました。
一方で、現代の働き方は、テクノロジーの進展により、ますます効率的であることが求められてきているようにも思えます。
Polarisは働く場に、なぜ、一見非効率にも思える、「働きすぎないゆとり」をつくっているのでしょうか。また、それがあると、どんないいことがあるのでしょうか。
働きすぎないゆとりがもたらす、多様なコミュニケーションと新たな価値の創造
「わたしたちは『半仕上げ』と言っていますが、ちょっと余白を開けておくんです。人の動きがうまく生かされる余白があると、お互いを補完し合う動き方になってきたりもするので。Polarisが場を動かす、つくるというよりは、育まれるのを見届ける。うまく手入れする。庭木を手入れするような感じで場を運営しています」(山本さん)
「コワーキングスペース自体は、会員さんが仕事をする場なんですが、イベントとして、いろんな人が来やすい場をつくっています。会議室をスナックにみたてて、スナックPolarisをやってみたり。調布交流会といって、co-baを出て、調布の団地や商業施設のテラスなどで、子どもも一緒にイベントをしたりしています。そうすると、まちの中で、いろいろな人同士が出会える機会が広がっていきます」(大槻さん)

Polarisが発行するフリーペーパー「くらすとはたらく」の冊子では、地域で働く人の紹介記事や、対談などが掲載されています。第一号は、調布特集。働くって、いろんな形があるな、やっぱり楽しいんだよな、とワクワクしながら読みました
「コワーキングスペースの中で、近くで働いていても、なかなかその人がどんなことをやっているかを知ることってないと思うんです。だから、会員さん向けにも、ランチ会、交流会、忘年会などをしたり、会員さん自体のことも取材して、記事にして、冊子で紹介をしています」(山本さん)
co-ba CHOFUでは、「ゆとり」という余白を介して、会員さん同士のコミュニケーションが生まれています。お互いの働き方や、暮らしの話までもシェアしあうことで、調布というまちの新たな魅力を知り合ったり、新たなアイディアがうまれたり、仕事で協力しあうということも生まれているそうです。暮らす場所で人がつながり、まちの資源を活かしあい、楽しみながら、新たな価値が想像されていく。効率的な働き方を追求するだけでは生まれないものが、この場を通じて、提供されていました。

co-ba CHOFUの壁にあった、調布マップ。co-ba CHOFUと、調布というまちの、「働く」を軸にした、豊かなつながりや広がりが伝わってくるようでした
「誰もが暮らしやすく、はたらきやすい社会の実現」を目指す非営利型株式会社Polarisとは
Polarisは、2025年8月に創業14周年を迎えました。2011年に“cococi”を立ち上げると、翌2012年、非営利型株式会社Polarisを設立。主に子育て中の女性がチームとして企業などから仕事を請け負う“セタガヤ庶務部”、地域人材と企業による新たなサービス“ロコワーキング事業”、そしてコワーキングスペースなどの場の運営を行う“スペース事業”を開始。現在、事業の形を変化させながら、その領域とスケールを拡大し続けています。2025年8月からは、新たに、リソース不足に起因する各社・各団体の「困った」に寄り添う、オーダーメイド型の事業伴走サービスをスタートしました。
「Polarisがどういうことをやっているかを、一言で言うのが、私たちのいつも悩むところ。いろんなキーワードがあるけれど、最終的には、『心地よく暮らし働く』ということをミッションにおいています。私たちの組織自体も、もちろん、みんなで心地よく暮らし働く。それが、地域や、パートナーさんや、もっと大きくいうと、社会全体に染み出していくことで、実現できたらいいなっていうのが一番。なので、仕事の内容は、結構変わっていくことが多い。みんなが心地よく働くことができる仕事ってなんだろう?って考えて進めていく中で、発見するのが大きなレイヤーとしてある。問い続ける組織であることが大事だと思っています」(山本さん)
現在、Polarisの組織は、大槻さん、山本さんを共同代表とし、ディレクターや各場で働くコミュニティーマネージャーなど、約200名ほどが、業務委託契約で働いています。業務委託契約は雇用契約と違い、決められた成果物や業務を遂行することで報酬が支払われる契約形態です。そのため、働く時間、場所や方法を、指示されずに働くことができます。Polarisがこの形態をとっている理由は、育児中の女性のみならず、地理的に離れて働く人や、複数の仕事を持つ人などの多様な背景をもつ方が、自分軸で自分の心地よい暮らしや働き方を選択できるようにするためです。
本来、決められた仕事を個人で自律的に完成させればよい業務委託契約ですが、Polarisがこだわっているところは、個が自律した働き方をしながらも、チームとしてつながり、スキルなどもシェアしながら働くという点にあります。
お互いの多様な経験やスキルをシェアしながら、組織の中で成長したり、新しい仕事を共創したり、時には助け合って感謝しあったり。個人で仕事を完結するスタイルではできない経験が、Polarisに関わる人に働くことの面白さや喜びを提供し、それがクリエイティブな事業展開につながっているのではないかと思いました。
「最初は女性が自分らしく働くための組織として立ち上げたけれど、そこから社会は変わってきています。男性もそうだし、ひいては、子どもたちにも自分らしく働ける、こんな会社で働きたい、って思ってもらえないと。Polarisで働くみんなは、あえてPolarisに仕事をしにきてくれる。単純にお金を稼ぐだけなら、もっと簡単に稼ぐ方法もあるのに、なんで?っていうところに、また、良い問いがたっている。Polarisであり続けるには、何を残しておかなければいけないだろう?というところはすごく考えるところ」(大槻さん)
既存のシステムの上では望む働き方が叶わなかったり、子育てで一時的に働くことから離れた女性たちのために作ってきた、「心地よく暮らし、はたらく」ための仕組みは、創業メンバーの思いや経験から形となり、Polarisの内側で働く組織の中でも実現され、さまざまな事業として社会に提供されています。
働くことに対し多様な価値観が広がってきた今日の日本社会において、その仕組みは女性たちだけのものではなく、より多様な背景をもつ、働く人から、必要とされる仕組みになってきているのだと思います。

Polarisと森ノオト。「地域×つながり×X……」。共通点が何かと多く、終始全員が「わかるわかる~!」を連発。和やかに楽しく、しかし濃密な時間はあっという間に過ぎていきました
Polarisのビジョンは、「心地よく暮らし、心地よくはたらくことが選択できる社会へ」です。時代の変化と共に、働く環境や、その中で働く人が求める環境は、変わり続けるのだと思います。だからこそ、常に問いをたて、今何をすべきか、今後何をしていくべきかを柔軟に、しかし力強く事業として実現されている。パーパス経営(※)という言葉もありますが、それを、創業当時からずっと続けているのではないかと思います。
和やかに楽しく進む会話の中でも、改めて、Polarisのすごさが伝わってきました。
(※)パーパス経営:企業が何のために存在し、どのような価値創造を社会で実現するのか、ビジネス活動をおこなう上で根本となる「志」や「信念」を指針として実践する企業経営のこと。
働き方や暮らし方が多様化してきている現在。これからの働き方について、Polarisについて、Polarisが今考えていること
テクノロジーによって、わたしたちの働き方や暮らし方は多様になり、大きく変わりました。今後、ますます大きく変化をしていくのではないでしょうか。
今後の「働き方」について、Polarisについて、今、どのようなことを考えていらっしゃるのかをお聞きしました。
「時代が追いついてくると、Polarisは、じゃあ次はどうあれたらいいのか?っていうのはすごい考えますね。ファストフード店ですら、今は2時間とかで好きな時に働けるし、すきま時間ですぐに稼げるプラットホームサービスもあります。働くことが楽しいとか、コミュニティとか、チームがあるからとか、単なる時間の切り売りだけじゃない価値を感じてもらえないと、Polarisの存在価値がなくなってしまうと思うんです。就活をする子たちがPolarisに入りたいというのも希望にはなるし、シルバー世代が増えていく中で、どうやって地域で孤立しないで働けるのか、つながりを見出していけるのかを問い続けることは大事だと思いますね。それができたら、すごい力になると思う」(大槻さん)
「Polarisは、創業の時からloco-workingを掲げています。仕事を通して、地域で新しい出会いがあったり、自分の力で地域に貢献ができたり。仕事を通じて入口がたくさんできて、そこでまた新しい仕事や、人や仲間との出会いがあることで、なんかこのまち、思ったより悪くないと思えたり、そんなふうにできたらいいなと思っています。入口や機会がたくさんあれば、社会に悲壮感が少なくなっていくと思う。まだまだPolarisは十分にできていないと思う。なので、これからもいろいろな入口をつくっていけたらと思います。」(山本さん)

co-ba CHOFUの外に出て、調布交流会というイベントを実施。co-ba CHOFUを通じて、まちのいろいろな人同士が出会える機会が広がっています
「Polarisの合宿とかでもよく話になるんですけど、『そもそも働くとはなんぞや』みたいなことの本質から考えて仕事をするというのは、なかなかないんじゃないかと思う。なので、Polarisで働くみんなは本当にみんなモヤモヤするし、葛藤もするだろうし、でもその中でもPolarisでやりたい、と思ってもらえる組織をつくらないと。今後は、一人ひとりの健やかさ、ウェルビーイングを、どう関わる人たちにつくれるかになってくるんじゃないかな。そして、いろいろな人が心地よく働くことが、私たちやPolarisが運営する場を通して、社会の中に染み出していくことになるといいな、と思っています。調布だけでなく、いろいろな場所にも、広げていけたらいいなと思っています」(大槻さん)
テクノロジーによって、すき間時間にも、手軽に金銭的報酬を得る働き方が可能になりました。自分の時間や能力を効率的に活用することができ、働き方の選択肢が広がりました。社会の中で、効率的、個別的、機械的な働き方という潮流がある一方で、一見非効率にも見える、人の温度感やつながり、共に何かを創造すること、自分軸で心地よく働く、といったことの価値も、やはり、同時に増していくのではないでしょうか。

大規模な再開発が進む調布。私が住んでいたころと、その景観は大きく変わっていました。調布のまちと、人と、暮らし方と働き方。変わりゆくものと、変わらないもの
インタビュー全体を通じ、印象的だったのは、お二人が繰り返しおっしゃっていた「問いを立てる」という言葉でした。
AIに代表されるテクノロジーによって、暮らし方や働き方が大きく変化しつつある今ですが、現在のAIがまだできないことがあるといいます。それは、「問いを立てる力」。AIは自律性や判断基準、体験にもとづいた理由付けができないため、人間の真の「問いを立てる力」とは異なるといわれています。
「私たち人間は、なぜ働くのか、何のために働きたいのか、どんなふうに働きたいのか」
きっと、広義の「働く」も含めると、だれもが、そんな問いを立て続けながら暮らしているのかもしれません。その一人ひとりの「問い」に対して、Polarisは事業という形で、これまでもこれからも問い続けながら、実現しようとし続けているのではないでしょうか。
さて、私も、私の「働く」ことについて、再びじっくり向き合ってみたいと思いました。

co-ba CHOFU
ホームページ:https://co-ba.net/chofu/
住所:〒182-0026 東京都調布市小島町2丁目51番地2号 寿ビル2階
非営利型株式会社Polaris
ホームページ:https://polaris-npc.com/

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