第32回:いま、個人が確実にできるエネルギーシフトとは。
日本初の個人向けグリーン電力証書「えねぱそ」
(環境ビジュアルウェブマガジン「ジアス・ニュース」での連載より)

■500kWhから買える、個人向けグリーン電力証書

 

電力が自由化されていないいまの日本で、個人がエネルギーシフトしていくためのメニューは、限られている。

 

建物に太陽光発電パネルを設置し、エネルギーの自給自足を目指すこと。

特定規模電気事業者(PPS)へ契約を切り替えること。しかしこれは、50kWh以上の高圧受電契約でないと切り替えができず、一定規模以上のマンションや、オフィスなどが対象になり、個人が行うには難しい。

 

地域の自然エネルギーファンドに投資すること。

 

そしてもう一つは、グリーン電力証書を購入して、自宅(あるいは会社)で使っている電気を、グリーン電力で賄っていると見なすこと。

 

いま考えられるのは、このくらいしかない。

 

えねぱそを購入すると送られてくるシリアルナンバーとシール

 

今年1月、日本のグリーン電力ビジネスのパイオニア・エナジーグリーン(株)が、個人向けグリーン電力証書「えねぱそ」の発売を開始した。これまでグリーン電力証書といえば、環境配慮型の野外フェスや環境イベント等で使う電力をグリーン電力証書でオフセットする、大企業が数百万kWh単位で証書を購入し環境・CSR活動として環境貢献を報告するなど、大口の単位での購入が多かった。CO2の総量削減義務を設けた東京都環境確保条例では、グリーン電力証書によるCO2のオフセットを認めている。

 

東日本大震災と東電福島第一発電所の事故以降、エナジーグリーンに、個人から「グリーン電力証書を購入したい」という問い合わせが急増した。グリーン電力証書の発行の手続きは、購入規模の大小ではほとんど変わらないため、営業的には大口顧客をつかむほうが有利だ。しかし、手間はかかっても、個人にグリーン電力証書の窓口を広げていく方が、グリーン電力証書の仕組みを広く社会に伝えていく力になるのではないかと判断し、エナジーグリーンでは日本初の個人向けグリーン電力証書えねぱその仕組みを立ち上げ、発行に踏み切った。

 

えねぱそは、証書を印刷し額縁に入れて郵送するなどの手間を簡略化し、インターネット上でグリーン電力証書のシリアル番号を発行、誰もが簡単に購入できるようにした。えねぱそ購入者にはハガキ大のエネパソカードとシールセットが郵送され、購入者はシールを玄関などに貼ることでエネルギーシフトの意志表示ができる。また、メルマガや交流イベントなど会員向けの特典もある。

 

えねぱそカード

 

えねぱそは、1口500kWhからの購入が可能で、太陽光発電(長野県飯田市のおひさま発電所)と風力発電(北海道石狩市の風車かぜるちゃん)は1口6300円、小水力発電(埼玉県さいたま市の大宮発電所)は1口5250円、バイオマス発電(兵庫県丹波市の兵庫パルプ発電所)は1口4200円、4種類の自然エネルギーをセットにして2000kWh分をまとめたフルパッケージは21000円で販売している。現在販売中のえねぱそは、2011年度(2011年4月から2012年3月)の使用電力に適用でき、2012年度分からは新たに地熱発電の電気もメニューに加わる。

 

 

■グリーン電力証書は、「紙」だけの取引なのか?

 

えねぱその普及のカギになるのは、グリーン電力証書の仕組みをいかに一般の個人が理解できるかにある。エナジーグリーン副社長の竹村英明さんは、かつて長野県飯田市のおひさま発電所の事業を担当し、太陽光発電による売電収入とグリーン電力証書で環境価値を売ることで出資者に資金を還元するスキームを開発した一人。「環境価値の概念を行政や出資者に理解していただくのが非常に難しかった」と当時を振り返る。

グリーン電力証書の仕組みは、太陽光や風力、小水力などの自然エネルギーが生み出す電気のうち、電気そのものの価値と、CO2削減や再生可能資源であるなどの環境価値を生み出す。自然エネルギーによる電気を売電する場合は、電力会社に電気そのものの価値+環境価値を加えた価格で買い取られる(その価格が公平であるかは議論の余地がある)。発電分を自家消費する場合は、電気そのものは自家消費で使ってしまうので、環境価値のみを取り出し、発電電力量に相当する環境価値を公的な認証機関が認証して証書化し、市場で取引できるようにする。

 

たとえば個人が自宅で使う電気をすべてグリーン電力に替えたい場合は、電力会社の検針表に記入されている「使用量(kWh)」と同量かそれ以上のグリーン電力証書を買うことで、100%自然エネルギーにシフトしていると見なすことができる。

 

自然エネルギーが普及し、電力が自由化されている国では、消費者は自由に自然エネルギーの電気を選び購入することができる。そのような国と比較すると、電気そのものの価値と、グリーン電力による環境価値を二つに分けて取引する日本のグリーン電力証書の仕組みは、少々わかりにくいかもしれない。

 

しかし、実は電力が自由化されている国でも、コンセントに入ってくる電気は、100%自然エネルギーではない(100%自然エネルギーを実現したデンマークのサムソ島などは除く)。脱原発を決めたドイツやスウェーデンでも現状ではまだ原子力発電所は残っており、また化石燃料による火力発電の電気も、風力発電などの自然エネルギーの電気も、送電線に入ってしまえばすべて混ざってしまう。

電気とはすなわち電子の流れのことで、発電方法や発電するためのエネルギー資源、そして電気の生産地が異なっていても、生み出された電気はまったく同質である。例えて言うならば、原発でつくった電気には放射能は含まれていないし、自然エネルギーの電気だから電気がキレイというわけでもない。自然エネルギーの電力は不安定であると言われるが、これは発電量が天候や風などによって左右されるという意味で、電気の質そのものは同じだ。送電線に入った電気の中から、太陽光発電の電気だけを抜き出して使うことはできないのだ。

電力が自由化されている国では、電力の小売事業者が、契約している発電所の電気を消費者に販売する。自然エネルギーに特化した小売事業者から電気を買う契約をすれば、100%自然エネルギーの電気を使っているとみなすことができる。発電電力量と、購入者が使う電力量が同量で、自然エネルギーによる発電の単価×量を支払う「契約」をしているということだ。

日本の場合は、発電と送電と小売を同一事業者が行っているため(PPSを除く)、消費者は発電所の種類や発電方法を選ぶことはできない(PPSを除く)。しかし、グリーン電力証書によって、環境価値を持つグリーン電力発電所を自分で選ぶことができ、自分の買いたい量を指定して購入することができる。いつ、誰が、どのように発電した電気なのかを公的な認証機関が認証しているため、生産履歴のとれる「顔の見えるエネルギー」ということができる。つまり、グリーン電力証書とは、証書購入分の環境価値と、グリーン電力発電所による発電量を、同じ量だけ受け取ったことを証書の形で証明する「契約書」と言い替えることができる。

 

えねぱその仕組みを開発したエナジーグリーン(株)の竹村英明さん

 

■確実に、100%エネルギーシフトできる。

 

一般の戸建て住宅の年間電力消費量は約5000kWhとされている。「えねぱそ」の場合、10口を購入すれば、100%自然エネルギーにシフトすることができる。インターネットを通じた書面上のやりとりで済むため、簡易に、しかし確実に、エネルギーシフトが実現できる。

 

えねぱそは、エナジーグリーンが運営するえねぱその特設サイト(http://www.ene-paso.net/)から会員登録し、自然エネルギーの種類を選んで銀行振込をすれば、誰でも購入することができる。えねぱその小売窓口はエナジーグリーンに限定せず、自宅・店舗・オフィスの年間電力使用量を100%えねぱそでグリーン電力化することを目指す「チャレンジャー宣言」をすれば、えねぱそを販売するパートナーとして活動ができる。

 

 

もちろん、日本全体に自然エネルギーが普及し、かつ地域で分散型電源のネットワークを構築していくためには、家庭用太陽光発電システムの普及は欠かせない。しかし、マンションなどの集合住宅や、賃貸住宅に住んでいる人、小さな店の経営者などは、自分の意志だけで太陽光発電を導入するのは難しい現実を考えると、個人がインターネット上で選ぶだけで自然エネルギーの電気を確実に購入することができる「えねぱそ」は、自然エネルギーのブレイクスルーには欠かせない仕組みと言える。

 

 

■最終的には、どんなエネルギーの未来をつくりたいのか?

 

オーガニックコットンの総合ブランド「メイド・イン・アース」を運営する(株)チーム・オースリーは、2011年8月より、事業活動とオーガニックコットン製品の製造に関わる電力をすべてグリーン電力化し、2012年2月より、直営オンラインショップでえねぱその販売を始めた。(株)チーム・オースリー社長の前田剛さんは、「オーガニックコットンを求めるお客様は、エネルギーシフトへの関心も高い。えねぱそは、電力が自由化されていない日本で、個人が自然エネルギーの電気を選んで購入し、使用することができる数少ない選択肢の一つ。いつかグリーン電力証書がなくても、日本の豊富な自然エネルギー源から、自分が求める電気を自由に選べるようになる日をつくるために、えねぱその仕組みをお客様に伝えていきたい」と話す。

 

えねぱその開発に参加し自社の直販サイトでえねぱそを販売する(株)チーム・オースリーの前田剛さん

 

現状では、えねぱそを購入しても、電力会社にはこれまで通り電力料金を支払わなければならず、環境価値分を別に支払うことに対し、決して安いとは言えないコスト面での負担を感じる人がいるのは否めない。しかし、えねぱそに支払った金額は、発行事業者を通して直接グリーン電力発電所に支払われ、グリーン電力証書として取引される環境価値が増えるほどに、自然エネルギーへのニーズが増える。結果的には自然エネルギー発電所が普及し、コストが下がってくる社会システムづくりに、市場側から直接参加できることになる。

 

かつて有機野菜や有機加工品は「高い」と言われ、いまのような広がりをみせるまで時間がかかった。個々数年で、食の安全への志向の高まりから、徐々に市場が広まり、いまでは一般のスーパーマーケットなどでもオーガニック食材を購入しやすい環境が整い始めている。

 

福島原発の事故という大きな犠牲を払った日本で、いまできる限られたエネルギーシフトの手法の一つと言えるえねぱそ。有機野菜や加工品の産業も、化学農薬や化学肥料にまみれた土地が変わるまで、援農をして、恊働購入で支え続けた消費者たちがいて、いまに至る歴史がある。日本が100%自然エネルギーで電力を自給自足する未来がきた時に、その黎明期を支えた消費者として胸がはれる日がくるかもしれない。

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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