11月11日は、いただきますの日。
「弁当の日」を引っ張ってきた竹下和男氏・講演(環境ビジュアルウェブマガジン「ジアス・ニュース」での連載より)

2011年11月11日。お箸が並んでいるようにも見える、”ゾロ目”のこの日、食に関する感謝を表す言葉「いただきます」を通して、いのちや自然、人、知恵、文化のつながりを考えるイベントが開催された。この日、「いただきますの日」後援の一般社団法人CEPAジャパン川廷昌弘氏が「11月11日を”いただきますの日”に制定しよう」と宣言し、満場一致の拍手を受けた。

 

続いて、「いただきますの日」記念講演会が行われた。講師は香川県綾南町滝宮小学校、国分寺中学校、綾上中学校の校長を務め、現在は講演活動などで活躍する竹下和男氏。学校で食べる弁当の献立づくりから買い出し、調理、弁当箱詰め、片付けまでの全てを子ども自身で行う食の取り組み「弁当の日」を実践し、独自の食育を引っ張ってきた竹下氏の話は、笑いあり、涙ありで、約100名の聴衆が熱心に耳を傾けていた。

 

本稿では、竹下氏の講演をリポートする。

 

■愛されて育った子は、素敵な親になる。

 

私は香川県で小学校教員として教鞭をとっていました。綾南町滝宮小学校の校長になった2001年に、小学校5年生、6年生に家庭科の授業で半年間基礎的な料理の手順を仕込み、月に1回、自分でつくった弁当を持参してみんなで食べる「弁当の日」を始めようと提唱しました。子ども自身が自分で弁当の献立を考え、買い出しをして、調理して、箱詰めをし、食べて、片付けをするまで、すべて自分一人で行います。親はいっさい手出しをしません。子どもの一人前になりたいという思い、そして生きる力を育む食育です。

 

最初に、ある親子のエピソードをお伝えします。

 

乳がんが見つかった女性が妊娠しました。産んで育てたい、その思いから女性は治療を中断し、そして、女の子が生まれました。「みんなに愛されてほしい」と願い、その子を「はなちゃん」と名づけました。はなちゃんが3歳になった時にお母さんは体中にがんが転移して、余命いくばくもないと宣告されました。

 

お母さんは3歳になったばかりのはなちゃんに、命を賭して料理を伝えました。お米の炊き方、だしのとり方、味噌汁のつくり方……それらを伝え終えて、天に召されました。

 

はなちゃんはそれから毎朝、お父さんのために味噌汁をつくっています。ある日遅くに帰ってくるお父さんのために、はなちゃんは夕ごはんをつくりました。味は「……(お父さん)」。でも、お父さんは全部食べました。翌日もはなちゃんはお父さんのためにごはんをつくりました。

 

このエピソードから、皆さんは何を感じましたか? 「愛されて育った子どもは、素敵な親になる」。逆を言えば、子育てを楽しんだ親の子どもは、子育てを楽しめる親になる、ということです。

 

子育てで手間のかかる時期こそが、とても素敵な、楽しい時でもあります。それを親に伝えたくて、私は「弁当の日」をやっているのです。

 

 ■つくる喜び、楽しさを体にしみ込ませる。

 

滝宮小学校での「弁当の日」の第1期生は、すでに成人式を迎えました。その時彼らに、普段の食生活のなかで自分がどれだけ食事づくりに関わっているかというアンケートに答えてもらいました。「よくつくる」と答えた子が55%、「まあまあつくる」が15%、合わせて70%でした。2期生は81%が「よくつくる」「まあまあつくる」と答えました。

 

ある料理の専門学校でも生徒に同じ調査をしたのですが、日常生活で料理を「よくつくる」「まあまあつくる」と答えた子はわずかに4%です。管理栄養士を目指す大学生の食生活の記録も、驚くべきものでした。朝からお菓子、フルーツ、甘いジュース、ペットボトルのお茶、単品の野菜などを一日中食べ続けているかと思えば、16時間何も食べないようなこともあります。空腹を訴える機能がおかしくなり、体内時計のリズムも狂っているようです。自分でつくるのではなく、買ってきたものを食べるだけ。そんな食生活を続けています。

 

滝宮小学校の卒業生と、彼らは、いったい何が違うのでしょうか? 滝宮小学校の卒業生は、「弁当の日」を通して料理の楽しさにはまったのです。お弁当のために唐揚げ用の鶏肉を買うと、お弁当用に少量だけではなく、朝ごはんに家族全員が食べる分の唐揚げをつくります。その唐揚げを食べてお父さんが喜んだら、子どもはとてもうれしいし、楽しくなります。その喜びを、小中学生のうちに体にしみ込ませているのです。

 

 

■自分で弁当をつくった子は、自分に自信を持つ

 

「弁当の日」では、子どもだけで弁当の全てをつくる約束をしていますが、実は初回は全部自分でつくれずに親の手を借りたり、レトルト食品を詰めただけ、という子もいます。自分で全てをつくった子は、得意げに自作の弁当を語り、積極的に皆に見せて回ります。そうでない子はそれを見て、「よし、次こそは全部自分でつくるぞ」と自らの気持ちを奮い立たせるのです。子どもがお母さんに「巻き寿司の作り方を教えて」と懇願し、今まで出来合いのお惣菜ばかりを並べていたお母さんが、子どもから影響を受けて日々の料理を前向きにつくり始めた、という例もあります。

 

滝宮小学校では、給食の時間は全学年が一緒にホールで食べます。「弁当の日」は、5、6年生は給食ではなく弁当を食べます。自作のお弁当を持って誇らしげな5、6年生を、1年生は憧れと羨望のまなざしで見つめます。「いつか自分も先輩のようになりたい」と、未来の姿を明るく感じているのです。

 

 

ある保護者の方が、私の話を聴いて、お子さんを積極的に台所に立たせるようにしたそうです。その子はみるみるうちに料理を覚え、勉強の成績もぐんぐん上がりました。料理を覚えてつくって、それを両親が喜んで食べてくれる。それで、勉強もちょっとだけやってみようと自らの内にある声を聴いて、真剣に取り組んだら、成績が上がってまた褒められた。近所の子どもの面倒を見て近所のお年寄りから褒められ、小さな子どもからは慕われて人気者になった……つまり、人に喜んでもらえることを子どものうちに体験することで、子どもが自分自身に自信を持つようになるのです。

 

 

■「弁当の日」で本当に伝えたいこと

 

子どもの味覚が発達するのは、3歳から9歳までの間です。この間に身についた味覚が一生続いていきます。この時期に子どもは台所に立ちたがります。手のかかる時期ですが、ぜひ一緒に料理に取り組んでほしいと思います。

 

3歳までの味覚は「甘い=ブドウ糖」と「あぶら」と「出汁=必須アミノ酸」の味、この最低限の味覚で育ちます。3歳から9歳までは、ひとさじの砂糖、一滴の酢、ひとつかみの塩が、どんな味をつくるのか、子どもたちは知るようになります。ビタミンとミネラルを適量とることは、脳内伝達物質をつくり、レベルの高い活動をするのに必要な要素です。

 

子どもに「今晩何を食べたい?」と聞くのではなく、旬のものを基本に、その時あるものでカラダをつくることを重視してください。ほしいものを、ほしい時に、ほしいだけ食べる。これでは子どもがダメになってしまいます。

「弁当の日」を提案した時の本当の目的は、実は、子どもと、大人を育てることでした。「あなたを育てるのが楽しくて仕方ない」、そのメッセージを子どもに伝えてほしいと思っていました。子どもたちには必ずその気持ちは伝わります。小さいうちほどよく馴染みます。

 

 

■親の涙が、子どもを育てる。

 

「弁当の日」を11回経験したある男の子がこう言いました。「先生。ぼく、たった一人で弁当をつくれるようになった。それで気がついたことがある。先生、ぼくお米をつくっていない。野菜をつくっていない。鮭をつかまえた人がいる。運んでくれた人がいる。クルマを、道をつくった人がいる。この弁当箱の向こうでたくさんの大人たちがいる。その大人に感謝の気持ちを伝えたい。この弁当一つ、ぼく一人ではつくれない」

 

ピーマンが嫌いな男の子に、自分のつくったピーマンチャーハンを美味しいと言ってもらいたくて、一生懸命練習して工夫してつくった女の子。ピーマンを見た男の子が一言「ピーマンかあ……」。女の子は落ち込みました。その時彼女は気づきました。自分のお母さんにいつも「これ嫌い」「美味しくない」言っていたこと。それから、お母さんの気持ちを思いやることができるようになりました。

 

中学校のお弁当で、コンビニ弁当しか食べたことのない男の子の、心の空腹感。

お母さんに、すべて冷凍食品だけを詰めた「仕返し弁当」をつくった女の子。その子は、お母さんの手料理を食べたことがありませんでした。私は彼女に、「あなたがする仕返しは、手料理をつくって渡すこと。してくれないから、してやらないのではなく、してほしいことを、してあげられるように」と伝えました。

 

ある女の子は、ある朝、3つのお弁当をつくりました。一つは自分のお弁当。もう一つは、今日から単身赴任先に戻るお父さんのためのお弁当。もう一つは入院しているおばあちゃんへのお弁当。お父さんは新幹線のなかで感激して泣きながら弁当を食べたそうです。おばあちゃんも、「自分が嫁いでからいくら弁当をつくったかわからない。でもつくってもらったのは初めてだ」と、大泣きで弁当を食べました。親が感動して涙する。この涙が子どもを育てます。これが家族の絆です。自分の命はこの人たちによって授かり、育てられた。自分も次の世代を育みたい……という気持ちにつながります。

 

今、「弁当の日」は全国で約800校に広がっています。

今日から、あなたも始めてみませんか? 子どもと一緒に台所に立って、料理をつくる姿を見せることから。

Information

■竹下和男(たけした・かずお)さんプロフィール:

1949年、香川県生まれ。香川大学教育学部卒。小学校教員9年、中学校教員10年、教育行政職9年を経て、2000年に綾南町立滝宮小学校の校長となり、2001年から「弁当の日」を始める。2003年から国分寺中学校校長、2008年から綾上中学校校長を務め、2010年3月に定年退職。現在は全国を回り、精力的に講演活動を展開中。

著書に『”弁当の日”がやってきた』(自然食通信社)、『台所に立つ子どもたち』(自然食通信社)、『できる!を伸ばす”弁当の日”』(共同通信社)など多数。『ひとりでお弁当を作ろう』(共同通信社、多賀正子・著)などの子ども向けレシピ集の監修も務める。

「弁当の日」は2003年に農林水産省が提唱し、地域に根ざした食育推進協議会・(社)農山漁村文化協会主催の「地域に根ざした食育コンクール2003」で最優秀賞を受賞。2012年4月より「弁当の日」応援プロジェクトが始動予定。

 

 

■「いただきますの日」記念講演【いただきますの心を育む弁当の日】

主催:「いただきますの日」普及推進員会

共催:弁当の日 応援プロジェクト事務局

協力:三菱地所/クリナップ

協賛:全国農業協同組合連合会

後援:共同通信社/Green TV Japan/ジアス・ニュース/一般社団法人Think the Earth/一般社団法人CEPAジャパン/日系BP環境経営フォーラム事務局・ecomom/MAQinc

 

Avatar photo
この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
未来をはぐくむ人の
生活マガジン
「森ノオト」

月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる

森のなかま募集中!

寄付についてもっと知る

カテゴリー

森ノオトのつくり方

森ノオトは寄付で運営する
メディアを目指しています。
発信を続けていくために、
応援よろしくお願いします。

もっと詳しく