家は子どもを守る「巣」。本物に囲まれた暮らし
今回お邪魔したのは、霧が丘にお住まいの袴田さんのお宅。長男が通う横浜シュタイナー学園のすぐそばにあります。やわらかな布、木のおもちゃ、籠など、自然素材の中で過ごす子どもたちの表情が常に輝いていたのが印象的でした。

美しいものに包まれた子どもたち

 

ピンポーン。玄関の扉を開けると、10歳の健くん、3歳の行紀くんが「こんにちは」と出迎えてくれました。「今日は取材よろしくね」と言葉をかけると、健くんは少しはにかみながらも「こちらへどうぞ」と先導してくれます。素直で、愛らしく、でも大人と対等に付き合うことのできる子だ……。この子たちのお母さんはどんな人だろう、と期待が高まります。

案内されて向かった1階のリビングには、ピンクの布がかかった木の遊び空間、ハンモック、そして無垢材のダイニングテーブル、椅子がしっくり馴染んでいます。壁には健くんが描いた絵や習字が飾られています。ともすればうるさくなりがちな子どもの作品やおもちゃですら、独自の世界観を醸し出しながら、空間にやさしく彩りを添えています。

「健がお習字で書いた“花”という文字。こののびやかな字を見たら、彼がどんな悪さをしても笑って許せるような気がするんです」

そう言って、愛おしそうに息子の作品を眺める袴田範子さん。やさしく、温かく、美しいこの空間をつくっているのは、お母さんのきめ細やかな愛情なのだな、とピンときました。

袴田邸のリビングは、育ち盛りの男の子がいる割には、少しもごちゃごちゃしていません。「生活の中に美しいものを取り入れる。美しいものとは、質の良いもの、そして本物のことです。子どもがふれるものは、木のおもちゃや布など、自然素材でできているのが望ましい、と、シュタイナー教育では考えられています」(範子さん)

健くんが通っているシュタイナー学園は、ドイツの哲学者ルドルフ・シュタイナーの考え方に基づき、子ども一人ひとりの全存在を認めながら、教育を芸術の域まで高めるユニークな教育法で知られています。リビングにある遊び空間はシュタイナー教育をもとにつくられています。母の胎内を思わせるピンクのカーテンで覆って、子どもたちが安心して遊びに没頭できるように工夫されています。ついたてを調理台に、フェルトボールをごはんに見立てておままごとをする。シルクやダブルガーゼなど、質感が異なる布を身にまとい、男の子なら王様や海賊に、女の子はお姫様や妖精に変身する。ラジコンカーや携帯ゲームのように、このおもちゃはこのように遊ぶもの、という決まりはありません。子どもたちの創造性にまかせ、無限に遊び方が広がるのが、自然素材のよさなのかもしれません。

 

 

健くんが学園で描いた絵。スターアニスを周りに飾って額のようにしている

 

 

おやつは心の栄養

 

自然素材は、色や質感がやさしく、温かい。だからこそ、インテリアにも統一感が生まれます。それともう一つ、範子さんならではのスキルが、籠の活用です。

「ともかく、籠が好きなんです。自分の好きなものが生活の中にあると、モチベーションが上がりますよね? 籠には細々としたものを入れられるので、収納の代わりにも使えて便利です」

籠も自然素材でできているので、色や形が多少違っても、それぞれの個性がうまく調和して、インテリアを乱すことはありません。取り込んだ洗濯物も、プラスチック製品も、子どものおもちゃも、籠に放り込んでおけばすっきりと片付きます。お父さんの籠、子どもの籠をつくって自分で管理させれば、モノがごちゃごちゃになることもありません。なるほど、本物は懐が深いなあ、と思わず納得してしまいました。

「あと5分でおやつの時間だね。今日は何?」

15時が近づくと、健くんは少しそわそわし始めました。健くんは時間きっかりに行動したいタイプ。一方、行紀くんは目の前の遊びに夢中でマイペースです。ちょうど15時ぴったりに、同じシュタイナー学園の同級生ご家族が遊びにやってきました。範子さんが手づくりしていたバナナとくるみのカップケーキ、蒸しパン、それにふかしいもがテーブルにずらりと並びました。「わーい!」「美味しそう!」……4人の子どもたちの歓声があがるや否や、おやつはあっという間に胃袋の中に納まってしまいました。

「おやつは、毎日とは言わないまでも、できる限り手づくりしています。おやつは子どもたちの心の栄養なので。でも、やっぱり普段はごはんの方に力を入れているかな」(範子さん)

袴田家では、マクロビオティックという玄米菜食を厳格に取り入れていた時期もありましたが、今では子どもたちも大きくなったので、より柔軟に、適度に楽しみも取り入れられるようにしています。それでも、毎日決まった時間に食べる、基本的には手づくりするなど、食に対する軸はぶれません。

 

取材の日は、シュタイナー学園のお友達がやってきた。「忙しい時はお互いに子どもを預け合ったり。親同士もとても親しくなれます」(範子さん)。4人の子どもたちが揃うと、いっぱいつくったおやつがあっという間になくなる

 

リビングの一角には、すのこをペンキで塗ってつくった上着をかけるラックがある。乱雑になりがちなジャケットなどが、手づくりのリースとともに、まるでディスプレイのようにかかっている

 

子どもに役割を与える

 

ひとしきりおやつを食べたら、健くんは外に出ました。これから夕方まで、目一杯身体を動かして遊ぶそうです。日が沈むころ戻ってきて、それから洗濯物を畳みます。大人にも引けを取らないくらい、きれいに、きっちりと仕事をするそうです。トイレ掃除、玄関掃除、子ども室掃除も担当しているとか。

そんなお兄ちゃんを見て育った行紀くんも、お手伝いをしたがります。「一緒に洗濯物を干したがったりして、よけいに手間がかかるのが本音なのですが(笑)。でも、この時期にあえて一緒にやることで、もう少し大きくなったら戦力になり、とても助かるんです」と、範子さんは笑います。

お手伝いが終わったら夕ごはんを食べて、お風呂に入って、絵本を読んで19時半には寝る。これが袴田家の子どもたちの時間割です。3歳の行紀くんならわかるけれど、10歳の健くんまで! と驚いていたら、「だって、我が家にはテレビがないから」と、あっさり。夜更かししようがありません。まさに太陽と一緒に活動をして、夜はぐっすり眠って体力を蓄えます。

「子どものために親がしてやれることって何だろう、と考えたら、早く寝かしてあげることに行き着いたんです。生活リズムがしっかりしていれば体調がよく、病気もほとんどしません。結果的に、大人の時間を犠牲にすることもありません」

テレビがない、市販品はあまり食べないなど、一見するとストイックな生活のように思われがちですが、袴田さんにお会いしてみると、まったく窮屈そうな印象はありません。むしろゆったりと、自分の創造性をフルに生かして、とても生き生きと楽しそうです。

「我が家では、子どもには“子どもらしくいる”という役割を与えています」と、子どもが安心して過ごすための「巣」をていねいにつくっている袴田家のご両親。子どもたちがいつか巣立っていく日まで、日々、自分で考え、生きていく力を育んでいるのです。

 

駐車場側の外壁は、学園のワークショップで塗り壁体験の会場になった。子どもたちの手形がついている

 

2階のお母さん専用ワークスペース。範子さんは元音楽教師だったため、ピアノ、エレクトーンなど、音楽を楽しめる環境がそろっている。ミシンなど手づくりのための道具も

 

最近、範子さんがはまっているのが、ヘッドスパをやること。学園の保護者仲間などの頭をもんであげるのだという。「気持ちいい、癒されたと言ってもらえると、かえって自分がうれしくなるんです。手って、愛しい人を抱きしめるためのものなんだなあ、と改めて気づきました」

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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