朝9時にあおば支援学校を訪れると、スクールバスからゆっくりと降り、あるいは保護者に手を引かれてマイペースに歩く子どもたちの姿がありました。玄関で先生方と挨拶を交わして上履きに履き替えて、教室に向かいます。その真ん中で「おはよう!」と子どもたちに声をかけていたのが、初代校長の横澤孝泰(たかひろ)先生です。
あおば支援学校は、神奈川県で29校ある県立の特別支援学校で、2020年4月に開校しました。肢体不自由教育部門と知的障害教育部門の小学生・中学生・高校生が通います。想定規模は全学で200名ですが、開学1年目の今年度は85名からスタートしました。
横澤先生は、土地利用の説明会の段階から同校に関わり、開設準備室を経て初代校長に就任しました。「工事前に地域向けの説明会をする時から、地域福祉の拠点として、地域に待ち望まれているのを感じてきました。青葉区の皆さんの期待と理解の大きさを受け、本校が地域でいかに貢献できるのかを考えていきたい」と話します。
「思いを紡ぐ 優しいあおば」という同校の基本理念には、二つのミッション(使命)が掲げられています。一つは子どもに向けて、「一人ひとりの確かな学びを支える」こと。そしてもう一つが「地域とともに歩み、地域に貢献する」ことです。
特に、子どもに対する教育目標としては「自立と社会参加のために、一人ひとりの教育的ニーズに応じた教育を行い、生きる力を育てる」とあります。この「自立」の意味について横澤先生は、「自分一人の力で過ごすことを“自立”とするのではなく、支援を受け入れる力、社会資源を利用できる力を身につけていくこと」と話しました。
特別支援学校を卒業した若者たちが「自立」して、地域社会で生きていくには、彼らが地域資源を活用する力を身につけることはもちろんですが、同時に地域社会自体が「ともに生きる力」を身につけていくことが必要です。四肢に不自由があったり、医療的ケアを必要とする人たちに、どんな風に手を差し伸べればいいのか。自閉症やダウン症などの子どもたちの個性に寄り添い、対等な立場で交流していくには。「ともに生きる社会」を一緒につくっていくには、私たち一人ひとりが彼らの必要とすることへの「理解」が必要になります。
青葉区に特別支援学校が開設されたことで、多様な個性を持った子どもたちの姿に、私たち自身が学ぶチャンスがもたらされた、とも言えます。彼らのひたむきな姿、純粋さ、明るさや創造性に、教わることがたくさんあります。共生社会を築いていくには、特別支援学校が閉ざされた場所にならずに、地域にひらかれていくとよいのではないかと感じ、横澤先生に問いかけてみました。
「まさに、私たちが目指している姿が、“地域をベースにしているコミュニティ拠点”でありたい、ということです。あおば支援学校で過ごす子どもたちは、いずれ卒業して、地域に帰っていきます。文化祭のような一時的なイベントだけではなく、日常的に持続可能な地域連携を目指し、“地域”と一緒に何ができるのかを考え続けていきたい」と、横澤先生。
すでに横澤先生は、青葉区のあちこちに出向き、地域のキーパーソンとのつながりを築いています。取材の間にも、森ノオトでもよく知るあの方、この方のお名前が横澤先生の口から聞かれました。学校の校章は公募したデザインの中から横浜美術大学の学生と先生が形にし、桐蔭学園とも障害者スポーツに関する協働が始まり、市が尾高校をベースに青少年の地域活動を支援する「市が尾ユース」ともコラボがスタートしているとのこと。
横澤先生は、「あおば支援学校は県立の学校ですが、地域の方には“区立”の拠点だと思ってほしいですね。地域活動の拠点として、いろんな方に利用してほしいです」と、展望を語ります。
4年前の2016年7月26日に、神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」で起こった障害者殺傷事件。19名の尊い命が犠牲になり、24人が負傷する凄惨な事件の背景に、加害者が障害者に対して不当な差別意識を持っていたことが明らかになりました。社会に大きな衝撃を与えたこの事件を深く知る横澤先生は、「どうやって特別支援学校が地域の中で生きていくのか、この間、深く考え続けてきました。生徒の安全のために垣根を高くするのではなく、日頃から地域に目を向けてもらい、学校として地域と関わりを持つことで、子どもたちのことを知ってほしい」と言います。門を閉ざすのではなく、むしろ開いていくことによって、日頃から生徒と地域がふれあい、お互いを理解しあっていく。「青葉区では、それができそうな気がするんです」と、横澤先生は深くうなずきました。
地域向けの機能の一つとして、自分の子どもの発達に不安を抱えていたり、ハンディキャップを持つ子どもの将来を憂えている保護者の相談を受け入れています。「あおば支援学校には、6歳から18歳までの子どもたちが在籍しているので、ご自身のお子さんの将来はどうなるんだろう?と不安に思った時に、一つの社会の姿を見せることはできるかな、と思うんです。もちろん、一人ひとりのニーズにぴったりとハマることはないのですが、イメージをすることにつながるのではないかと思います」と、横澤先生。実際、校舎の見学をしている間も、高等部の生徒たちが自立に向けて、製パンに取り組んでいたり、生活技術の向上のための学習プログラムを受けている様子を見ることで、卒業時に彼らが社会に出てどのように働いていくかのイメージをおぼろげながらも持つことができました。
校舎を案内してくださったのは、教頭の羽賀晃代先生です。そこで過ごす生徒たちにとって、校舎の構造や機能、そして「今いる場所」をいかにわかりやすく伝えるかを考え抜いたデザインに、感心しました。サインにはピクトグラムを使っており、視覚的にも「この部屋は何をする場所なのか」がわかります。
「肢体不自由教育部門の教室は、1階に配置しています。2階以上は知的障害教育部門の子どもたちが過ごし、3階は高等部の教室です。子どもたちが、自分が今どこにいるのかわかるように、1階の色彩はオレンジ、2階はきみどり、3階はみずいろを基調としています。南棟のサインは“葉っぱ”、中央棟は“お花”、北棟は“果実”をモチーフにしています。青葉区にちなんで、北棟の果実は“浜なし”なんですよ」(羽賀先生)
あおば支援学校の近くには、横浜産のブランド果実・浜なしの農園が点在しています。地域とのつながりを意識した、同校らしさが現れているなと感じました。
「地域にひらかれた学校」の象徴は、交流玄関から入れる体育館と、「ふれあい・図書ルーム」です。地域の人がイベントやスポーツ教室などに利用できるスペースで、絵本の読み聞かせをしたり、子どもたちの芸術活動の発表の場、そして、支援学校の生徒たちのつくったパンを食べられるオープンカフェ的な利用も想定しているとのこと。学校が休みの期間は、校舎部分と区切ることで、地域の方々の自主運営で自由に出入りできる形をとりたいと考えているそうです。現在は感染症の影響もありまだ実現していませんが、その日のことを考えながら、地域に対して積極的にこの場をアピールしていきたいとのことです。
棟の間にある中庭も開放的な雰囲気。子ども向けの遊具も設置されていて、遊び慣れることで、「地域で遊んでほしい」との願いが込められています。生徒たちが「地域で生きる」ことを意識した学習や生活環境の配慮が随所に見られます。
今、「インクルーシブ教育」という言葉に注目が集まっています。日本語では「包括的」と訳され、障害の有無にかかわらず、子どもたちが同じ場で学び、お互いを理解していくなかで、共生社会の実現を目指していこうという教育のあり方です。学校でも、ハンディキャップを抱えた生徒も、そうでない子も、同じクラスで一緒に授業を受けるケースから、特別支援級に通うこともあります。放課後の居場所としても「放課後等デイサービス」や、地域自主訓練会など、ハンディキャップを持った子どもたちの学びの機会や居場所は多様に広がっています。特別支援学校は、通う子どもたちが「認定特別支援学校就学者」という立場であり、先生方も専門職がほとんどなので、「エクスクルーシブ」(独立的)な場という印象がありますが、その場がひらかれていくことによって、「インクルーシブ」な教育の場として、大きな可能性があると考えられます。
私が訪れたあおば支援学校は、とても明るく、ひらかれており、誰でもウェルカムな雰囲気を醸し出し、包容力のある場でした。まさに「社会教育」の場として、私たち地域住民があおば支援学校から、そしてそこで過ごす子どもたちから多くのことを学べそうな環境です。
地域が関わることで、この学校は、もっとよくなる。そして、あおば支援学校に通う子どもたちの持つ、ゆったりとしたおおらかな魅力が、地域に溶け出すことで、私たちの地域は、もっともっと、よくなっていく。
そんな可能性を感じさせる新たな地域拠点の誕生を、地域住民として心から歓迎します。コロナが落ち着いたら、生徒たちがつくったパンを食べに、森ノオトのなかまたちと伺いたいと思います。
神奈川県立あおば支援学校
住所:横浜市青葉区上谷本町109
TEL:045-978-1161
FAX:045-978-1160
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