私は幼い頃、故郷の山形市の郊外住宅地で育ちました。「ドラえもん」に出てくるような野原、土管のある空き地、田んぼの畦が遊び場でした。春は野草の花束づくり、オオバコずもう、夏はオタマジャクシやタニシをつかまえて、住宅のブロック塀を伝い歩きしてかくれんぼ、空き地でゴム飛びなわ跳び、冬は稲刈りを終えた田んぼに積もった雪で、かまくらをつくりました。
今暮らす横浜市青葉区にも、30年前には同じような風景があったと聞きます。しかし、今、空き地はどんどんなくなり、子どもたちが遊べる場も公園や自宅の庭など明確に区別されるようになり、ゆるやかで曖昧な境界が社会に存在しにくくなっているのを感じます。散歩をしていて花を摘みたいというわが子に、敷地の境界線を確認しながら許可をする自分の心持ちが、少し窮屈だなと思っています。
(それでも、青葉区や隣の都筑区には、子どもが思い切り自由に外遊びができるプレイパークや居場所づくりをしている団体もあり、都市部での子育て環境としてはたいへん恵まれていると思います)
そんな私の最近のお気に入りスポットが、自宅から車で1時間ほど、相模原市緑区の道志川沿いにある「さがみこファーム」です。森ノオトでも以前何度か登場している、自然エネルギー発電の普及啓発に取り組む山川勇一郎さんが2019年に立ち上げた農場で、相模原市で初めてソーラーシェアリング(太陽光発電設備の下で営農をする)に取り組んでいます。耕作放棄地を再生しながら50種類のベリーを摘み取りできる、ブルーベリーの観光農園を2022年初夏に開業しようと、現在、4ヘクタールに及ぶ広大なフィールドを整備しています。
そんなさがみこファームの正社員として働いているのが、自然ガイドの「いそっぺ」こと磯川茂克さん。自然体験プログラムの提供で日本を代表するホールアース自然学校でインタープリター(自然と社会をつなぐ通訳)として働き、実家の寒川町に戻った後は兼業農家としてファミリー向けの農業体験や自然体験プログラムを提供しています。さがみこファームでは、日常的には農場の整備、ブルーベリーやミツバチのお世話、イベント時には野外遊びや自然観察、焚き火やアウトドアクッキングを担当します。
いそっぺが「野草好き」だと聞き、子どもと野草遊びをするアイデアを教えてもらいました。
フィールドは、さがみこファームの野原。何も遮るものがなく、とことん広いです。ワクワクします。
「今日はまず、北原さんには“野草の気持ち”になってもらいます」
……いきなり何を言うの? 野草の気持ち? 何が起こるかわからずに身構えていると、いそっぺは野原にレジャーシートを2枚敷きました。
「ここに寝っ転がってみてください。うつぶせに」
言われた通りうつぶせになると、太陽の光を吸収した大地の熱、湿気、土のにおいを感じます。ちょっと顔をあげてみると、目の前には野原にびっしり生えている野草たちが、緑の迷路のように広がっていました。葉の裏に生えているフワフワの生毛、ノギ、茎を伝うテントウムシ、水滴……。光を受けてキラキラ輝いていて、こんな世界、見たことない、と思いました。そういえば、野草の茎が、土から生えている状態で見たのは初めてかもしれません。
ただ、寝っ転がって、目線を変えて野草を見るだけで、こんなにも異世界が広がっているなんて!“野草の気持ち”になれたかどうかは定かではありませんが、野草にぐっと近づけた感じはしました。
次はゲームです。「この袋の中から1枚紙を引いてください」。くじびきみたいです。私が引いたのは黄色い紙でした。
「この野原から、この色に近いものを探してください」
そう言われてあたりを見渡してみると……。あ!タンポポみっけ。その後10分に渡り、私は「黄色ハンター」になりました。太陽が当たる野原ではタンポポ、ハルジオン、ニガナを、川に近い木の下ではクサノオウを見つけました。
摘んだ4つの野草をバインダーの上に並べてみると、同じ黄色でもそれぞれ微妙に色彩が異なり、植物の数だけ色があるなあ、と発見しました。
このゲームにはバリエーションがあって、例えば色ならば「青」「茶」「赤」など別の色を探すこともできますし、形のカードを作って野原にある「◯」「△」「□」を探すこともできます。試しに「◯」を探したところ、木の切り株、野草の茎、ヒメジオンの花を見つけました。
楽しくて仕方がなかったのは「目玉」遊びです。白い丸のラベルシールに目玉を描きます。ウインク、ねむっている、まんまるの目……。これを葉っぱに貼り付けて遊びます。
「このスカンポは何と言ってますか?」(いそっぺ)
「気持ちいいと言ってます」(私)
「この葉っぱは?」(いそっぺ)
「眠いらしい……」(私)
葉っぱに目をつけると一気に表情が出てきます。
「北原さん、野草と話せましたね。このゲームは、いろんな人の価値観や表現が出てきて、おもしろいんです」と、いそっぺは言います。
私は葉っぱから目玉をはずさずに、また次にさがみこファームを訪れた時にもう一度探し当て再会しよう、と心に誓いました。
お次は葉っぱの作品づくり。気になる葉っぱを5枚探してきます。ユキノシタ、カラスノエンドウ、あとは名も知らぬ葉っぱを5枚選び出しました。この野原は野草摘み放題です(笑)。
「今から作品づくりをします。葉っぱをバインダーに置いて、上に白い紙をのせてはさみます。好きな色鉛筆で葉っぱをこすってみてください。何が浮かび上がってくるかな?」
色鉛筆を白い紙の上でシャカシャカ動かしていると、葉の形や葉脈が浮かび上がります。葉っぱによって厚みが異なり、形が出やすいもの、葉脈がくっきりしているものなど、それぞれ。単色でも、多色でも、思い思いに色鉛筆を動かすことで、独自の作品ができあがります。
これは「フロッタージュ」という美術の技法で、凹凸のあるものの上に紙を置いて鉛筆などで模様を写しとります。野草の種類によっても、個体によっても異なるので、生物の観察にうってつけですね!
最後に、化学の実験チックな遊びを。
いそっぺは10円玉を2枚、ポケットから出してきました。
「葉っぱを使って、この10円玉をピカピカにします」
カタバミという、どこにでもある野草を何枚か摘み取ります。そして、10円玉にカタバミをこすりつけながら磨いていくと……コインがピカピカに!
カタバミにはシュウ酸という成分が含まれていて、10円玉の表面で酸化して黒っぽくなった銅を溶かして取り除くことができます。
「ほかの野草では、スイバやイタドリにもシュウ酸が含まれていますよ」
こんなふうに、野草で実に多様な遊びができ、化学、生物、アート、文学……たくさんの学びと発見の機会があることに、あらためて気づきました。自然の力は偉大だ……!!
いそっぺは、「今、コロナでなかなか遠出ができないけれど、身近に生えている野草の存在に気づいて、それで遊ぶことができたら、それだけで家族や仲間と十分に楽しめるんですよね」と言います。アザミやツユクサ、ユキノシタなど食べられる野草もあるそうで、それがもっとも楽しい野草遊びだ、とも。「食べるって、人間にとって特別なこと。食べることで野草は人間の体の一部になります。さらに距離感が近づきますよ」と教えてくれました。いつか野草を食べるイベントにも参加してみたいです。
ただ何もない野原で、野草を摘んで、遊んで、寝転んで、自由にのんびり過ごすことが、今ではとても贅沢になってしまいました。でも、この日、野原に寝転ぶことで“野草の気持ち”に近づけたように、目線を変えれば都市生活の中でも自然に近づくことはできるのではないか、と思いました。
例えば、団地の芝生。街路樹の根本にある小さな土にも草が生えています。公園の一角を眺めるのもいいでしょう。自宅の庭やベランダガーデンにある猫の額のような小さなゾーンにも、土があれば草が生えてきます。
ちょっとした「遊びのコツ」を知ることで、世界がとても広がってきそうです。
昔遊んだ空き地や土手、田んぼの畦、そこで摘むことのできた野草。かつてのコモンズ(みんなの共有資源)は、今の時代では当たり前に得ることは難しく、志を持った人たちが、新たな形でつくろうと、さまざまな取り組みが各地で見られます。
さがみこファームでは、この「コモンズ」の要素としての野原を残しながら、ソーラーシェアリング型の農地を開墾し、「未来を耕す、新しい六次産業」としての農業に挑戦しようとしています。この先、自然ガイドを水先案内人としてどんな可能性を示してくれるのか、楽しみです。
株式会社さがみこファーム
住所:神奈川県相模原市緑区三ケ木
電話:050-3578-3356
さがみこファームはソーラーシェアリングの発電施設を兼ねているので、会員制の農園としています。現在、プレ会員を募集しています。
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