東京都町田市小野路町は、町田市の北部に位置し、市内でもとりわけ豊かな自然と里山の風景が残るエリアです。江戸時代には、東海道と甲州街道を結ぶ脇街道として賑わう宿場町であったといいます。現在でも、その風情が残る小野路宿通り沿いには、かつての旅籠(はたご)を改修し、観光交流の拠点として再整備された小野路宿里山交流館があります。私はこの交流館を拠点にした小野路歩きが好きで、地元の野菜を買ったり、景観を楽しんだりしています。いつしか、近くに景観に溶け込みながらも、とてもモダンな雰囲気の場所「ヨリドコ小野路宿(以下、ヨリドコ)」ができていました。子どもからご高齢の方まで様々な人が行き交っているこの場所に興味をもち、取材をしました。
ヨリドコは、小野路町の療養病院*1である「まちだ丘の上病院(一般財団法人ひふみ会)」と一般社団法人地域包括ケア研究所が、医療や健康や人々のつながりが溶け込む“拠り所”づくりを目指し、2021年3月21日にオープンした施設です。
*1療養(型)病院:病状が慢性期になった方、治療よりも長期にわたる介護が必要な高齢者が、医師の管理下で看護、介護、リハビリテーション等の必要な医療を受けることができる病院のこと。
施設内の集会場などの各スペースは、1回500円から利用でき、健康に関する体操、アートセラピーや腸セラピーをはじめ、敷地内の竹を利用した工作教室、里山歩き、バザーなど、多様なイベントが開かれています。毎月第3日曜日には、「ヨリドコメンテナンスデー」が開かれており、ヨリドコスタッフのみなさんと地域の方たちが協力して、野菜や花を育てたり、竹林を整備するなどの活動も行っています。カフェスペース(Kitchenとまりぎ)では、野菜たっぷりのヘルシーでおいしいランチが提供され、地域の人々の憩いの場所になっています。
地域の人を、その暮らしごと支えるために
私は最初にこの施設を見たとき、おしゃれなカフェがあり地域の人が色々な活動をして楽しそうに過ごしているな、という印象だったため、病院が運営をしているとは思いませんでした。
病院の理事長でもあり、地域包括ケア研究所のメンバーでもある、藤井雅巳(まさみ)さんに、ヨリドコをつくった目的についてお聞きしました。
「地域の人の暮らしを支えたいという思いで医療に携わっていたんですが、病院の中だけでできることには限界があることを実感して。地域の人を、その暮らしごと支えるためには、病院の外に医療者が出ていく必要があると感じて、ヨリドコをつくったんです」
ヨリドコの運営をしているまちだ丘の上病院(以下、まちおか)は、ヨリドコから1kmほどのところにあり、“地域を支える”ことを使命としています。藤井さんをはじめ、病院のメンバーが日々人や人の命と向き合っている中で、病院が「病院っぽい」と、地域の人々の足は病院や医療から遠のいてしまうのではないか、ということを感じ、医療者として地域の人々の近くにいくことを決め、その拠点としてヨリドコをつくったと言います。
「病院の中だと、がん患者の〇〇さんの治療をするという、『点』だけで関係が終わってしまう。患者の〇〇さんである前に、例えば、元クリーニング屋店主の〇〇さんという側面を知ってからその人を見てみる。そうすると、入院中にやたらシーツの皺にこだわりをもっていた理由がわかったりする。そういう、その人の病院の外で生きてきた過程を知っているか知らないかで、ケアの意味合いや内容が全く異なると思うんです。
ヨリドコのような医療や健康と暮らしをつなぐ場所があると、人に『面』で関わることができる。その人は、調子のいい時は、ここで地域の人と庭のメンテナンスに参加したり、健康づくりの体操をしているかもしれない。カフェで食べている時に、なんか調子が悪いなと思ったら、病院で診てもらおうかなってなるかもしれない。その人のいろいろなことを知りながら、いろいろな側面で関われることが、本当の意味でその人の暮らしを支えることにつながると思うし、医療ももっと身近に感じてもらえると思うんです」
ヨリドコスタッフには、病院関係者、看護師さんや理学療法士さんなどがいらっしゃり、併設されている看護ステーションを通じたケアや、健康づくりに関するイベントも実施されていて、医療や健康とつながることがきます。しかし、それ以外にも、医療とは直接的に関係がない普段の暮らしの中で、それぞれの人が、医療サービスを提供する側、される側という関係を超えてつながることができます。お互いがお互いの暮らしを知り、その生き方や考えを尊重できる関係となることで、人の「暮らしごと支える」医療が実現できるようになるのだと思いました。
地域包括ケアとは
ヨリドコは、医療と暮らしをつなぐ場所として、国土交通省所管の「人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業」にも選定されています(正式事業名は小野路宿メディカル・ヴィレッジ)。医療・福祉事業者が地域住民とともに、複数の事業をごちゃまぜに展開し、地域住民の誘引、コミュニティのつながりを生むことで、地域全体の健康指標の改善や持続可能な地域社会の創出を目指していることが評価をされています。
ヨリドコのこうした取り組みの背景には、進展する日本の超高齢化社会で直面する課題があります。現行の介護保険システムの下では、将来的に高齢者を支え切れなくなることが懸念されており、国全体で、2025年を目途に「地域包括ケアシステム」の整備が進められています。
地域包括ケアシステムとは、高齢者が「可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる」社会を目指して、「住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される」というものです。その実現には、今まで以上に、自助(セルフケア)と、互助(地域での支え合い)を強化して、健康で生きがいのある生き方を、地域で一丸となり実施していくことが必要とされています。
ヨリドコは、町田市内でも特に高齢化が進んでいる小野路で、この地域包括ケアに関する取り組みを行っているのです。
住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けること
地域包括ケアの説明の中にある、「可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる」ことを地域一丸となって支える、という言葉を見て、私の祖母のことが頭に浮かびました。
福島県に住む90歳を越える私の祖母は、高齢になっても、住み慣れた家での一人暮らしを続けてきました。小学校の教師と民生委員をつとめ、地域の人々の様々な相談に乗り、地域の子どもたちを見守ってきた祖母は、その役割をとても誇りに思っていました。高齢になり、身体の不具合が徐々に出始めると、地域の方々が、本人が知らない間にも、畑の手入れ、ゴミ出しなどの生活のサポートや、談笑を交えた声掛けをしてくれていました。
東日本大地震も経て、90歳を過ぎてもなお、祖母が自宅での一人暮らしを選択し、しばらく続けることができたのは、地域の人との支え合いがあったからだと思います。
祖母の暮らしには、地域との支え合いの関係性が当たり前のようにありました。しかし、私には、現代の特に都市部で生きる人々にとって、働く、食べる、暮らすといった、生きる上でのあれこれは、地域との関係性を失いつつあるようにも思えてしまいます。そのような中、自分が高齢になったとき、私の祖母がそうあったように、地域との支え合える温かい関係性の中で生きていくことができるのでしょうか。また、どうしたら、その関係性を育むことができるのでしょうか。
藤井さんは、言います。
「自分が主人公の物語を楽しむ場として、ヨリドコに関わってもらえたらいいんじゃないかと思います。物語を楽しんでいる人たちが集まると、物語がたくさん生まれる。1個の点が線となり、緩やかにつながり、網になっていく。そうして生まれたものが、自然と助け合いの関係性になっていくんだと思います」
この藤井さんの言葉を聞いたとき、私は肩の力がふっと抜けたような気がしました。地域での支え合いの関係性は、肩肘張ってつくっていくようなものではなく、自分の暮らしを楽しむ過程で自然と広がっていけばよいのだと思えました。ただ、人とつながりあうには、接点が必要です。ヨリドコは、様々な形で、自然に人と人がつながり合える接点を提供してくれているのだと思いました。
自分らしさを発揮できる場が暮らしの中にあるということ
藤井さんは、「住み慣れた地域で、自分らしく暮らす」ために、とても大切なことがあると言います。それは、自分らしさを発揮できる場が、暮らしの中にあるということです。
「人が生きていく上で、『自分が何かをしてあげられていると感じられる状態』をつくってあげられることは大事。ヨリドコは、地域の人がやりたいことをできる場でありたいと思っている。高齢の方のケアをする上でも、ケアする側が一方的に○○さんを救う、という視点だけではなく、助け合っているという視点をもつことが大切だと思う。手を差し伸べる側もケアすることで嬉しさを感じたり、救われていることがあるので、実は助けられているということが多々ある。そうやって、何かを提供しあうと、自然と人がつながっていく。それを見ていると、助け合い、生かし合うことが、人が生きることにとって本当に大切だということがわかる」と、藤井さん。
この藤井さんのお話をお聞きして、私はまた祖母との日々を思い出しました。
祖母は、90歳を過ぎると、同じ話を繰り返すなど、次第に会話の成立が難しくなってきました。ある時、当時4歳の私の娘がひらがなを練習していると、「書き順が違う。こっちから先に書くんだよ」と娘に教えてくれました。娘にひらがなを教えているときの祖母は、とてもはつらつと嬉しそうにしており、私もとても嬉しくその様子を眺めていました。この時、教師として生きてきた祖母は、自分らしさを発揮し、自分らしく生きる喜びを感じていたのかもしれないと、改めて思いました。
高齢の祖母を前にして、私は、「あれもこれも何かをしてあげないといけない」、と考えがちになっていました。しかし、ケアをする側も、ケアをされる側の人から、時には思いっきり甘えて何かを受け取ることが、その人が自分らしく生きて暮らすことを尊重することになるかもしれないと思いました。
一人ひとりの物語に焦点を当てること
「地域包括ケアというのは、仕組みやシステムとして上から網のようにかぶせるものではなく、一人の人の物語に焦点を当てることだと思っています。物語を楽しんでいる人がつながり合っていって、自然と助け合いの関係性になっていく。それが、地域包括ケアになるのだと思います。」と藤井さん。
どんな「自分らしい暮らし」をしたいか、その人の物語に寄り添い、自分らしくあることをサポートすること。そのための、舞台があり、仲間がいて、そのための健康を日頃から見守り合えること。そうやって、一人の人を支えるために構築されていくものが、結果として地域内で支え合う仕組みのようなものになっていくのだと、藤井さんは言います。
私が初めて「地域包括ケアシステム」という言葉を聞いた時、どこか、誰かが用意した枠組みの中で、受動的に関係性がつくらされるかのような印象を受けました。しかし、困った時にも支え合える関係性というものは、地域に暮らす様々な人が、互いの人生を尊重し合い、与え、与えられながら暮らす過程で、時間をかけて主体的に紡ぎあっていくものなのだと思いました。
ヨリドコは、地域に住む人それぞれが、自分らしく生きることができる「何か」を主体的に「与える」ことのできる場でもあり、「与えられる」場でもあり、そうして自然体のまま、いろいろな関係性を紡いでいくことができる地域の拠り所としてある場所なのだと感じました。野菜と土のある場所が好きな私も、ヨリドコでまた新たな物語を紡いでいきたいと思います。
ヨリドコ小野路宿
住所:東京都町田市小野路町892-1
電話:042-860-5950
アクセス:
小田急線鶴川駅 北口5番乗り場から小野路経由多摩センター駅行き(鶴32系統)、または町田バスセンター行き(町36系統)のバスで所要時間13分、「小野神社前」下車、徒歩2分
小田急線・京王線・多摩モノレール 多摩センター駅 南口10 番乗り場から小野路経由鶴川駅行き(鶴32系統)のバスで所要時間12分、「小野神社前」下車、徒歩1分
生活マガジン
「森ノオト」
月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる
森のなかま募集中!