今、日本の農業はさまざまな形で進化しています。IoTの活用が進み、アプリが病害虫駆除や散水のタイミングを教えてくれたり、農業用ドローンで農薬散布を効率化したり、LEDを光源とした植物工場や水耕栽培もだいぶ普及してきて、その進化は枚挙にいとまがありません。
森ノオトの編集会議でも、地元の推し農家さんや旬野菜、家庭菜園を楽しんでいるメンバーの体験談まで、農に関する話題には事欠かず、2023年度編集部の農・自然チーム「土ノオト」でも最先端農業を取材してみようということになりました。
2月のある晴れた日、忍者ライターの小池邦武さんと向かったのは、藤沢市北部にある「湘南アクポニ農場」。水産養殖の「Aquaculture」と、土を使わない水耕栽培「Hydroponics」をかけあわせた「アクアポニックス」という循環型有機農法での野菜栽培を展開している、株式会社アクポニの実験農場です。
湘南アクポニ農場は広いビニールハウスの一角にあります。中には水槽と花壇の2階建てのような栽培キットが並んでいました。1階部分は水槽で常に上から水が注がれていて、中で魚が泳いでおり、1階の水を汲み上げて2階部分の畑に送水します。2階の畑は土ではなくハイドロボール(粘土質を焼成した多孔質のもの)で、ハーブ類や花、観葉植物が植わっていました。
「アクアポニックスは生態系を循環活用したシンプルな仕組みです。水槽部分で魚を飼って、魚の排泄物を微生物が分解し、植物の肥料成分である窒素が含まれた水になります。水槽の水は液体肥料とも言える成分になっているので、それをポンプで汲み上げてハイドロボールに流して植物の栄養分にする。植物が成長する過程で栄養分を吸い上げるので、残った水分はキレイに分解されて水槽に戻ります。化学農薬や化学肥料を使うことなく、水も浄化して再利用できるので、とても効率のよい農業なんです」
こう話すのは株式会社アクポニ教育部の孫田賢佑さん。孫田さんは元々教育畑の出身で新規で農業参入したとのことです。「アクアポニックスを導入する事業者さんは、異業種から新規で農業参入する方が多いですね。土で汚れない、腰をかがめなくて済むので、高齢者や障害者の方などでも比較的取り組みやすいと、福祉事業所の農福連携や、再雇用などに取り組む企業などからの問い合わせがあります」と言います。
水耕栽培というと少し工業的なイメージがあったのですが、アクポニ農園で見たアクアポニックスの仕組みはとてもシンプルに見えます。水をポンプで汲み上げる以外は、動力を必要とせず、野菜栽培に必要な栄養分は魚が作ってくれるわけですから、なんともナチュラルです。栽培しやすいのは小松菜などの葉物野菜やハーブ、花苗などで、根菜には向かないとのことです。
ちなみに邦武さんも2022年から自宅のベランダでアクアポニックス農法を始めているとのこと。「これまでも農業に興味があって、土耕栽培で野菜を作ったこともありますが、暑さや水やりなどがとても大変でした。アクポニを始めて5年ですが、水やりに苦労しないことや、これまで一度も水を換える必要なく、さらに魚も元気なので、とてもラクな農法です。何より野菜を育てつつ魚も育てる、自分が何もしなくても微生物が介在して作物に栄養を与えてくれるという、生態系の連鎖を身をもって体験できて、教育にもつながると思います」と、アクアポニックスに夢中のようです。
少し大きなアクアポニックスも見せてもらいました。
LED型の高設栽培のアクアポニックスは、建物の中で栽培するのに適したタイプ。多くの段で複数の植物を栽培することができ、コントローラーで水分量やLED照射を制御します。
パンジーやビオラといった園芸用植物や、ベビーリーフなど、あまり背が高くない植物が向いているようです。
さらに奥に進むと、畳1枚分ほどの大きさの巨大な水槽の中でニシキゴイが悠然と泳いでいて、上段では小松菜を栽培していました。太陽光を浴びて青々とした葉っぱが育ち、とてもおいしそうです。
ほかにも、太陽光発電とセットで完全にオフグリッドで栽培できるものもあり、IoTでの制御の研究開発も進んでいるそうです。
「アクアポニックスで栽培できるのは、観葉植物、小松菜やリーフレタスなどの葉物野菜、エディブルフラワー、実のなる野菜ならトマト、きゅうり、イチゴなどもできます。特にイチゴは今、ハウスでの高設栽培が普及していて、アクポニの新横浜の共同研究圃場では、糖度が高いイチゴを栽培することができました。生産の絶対数はまだ少ないですが、無農薬無化学肥料栽培という付加価値や、生態系の循環など教育的な側面もあり、体験もしやすいことから、観光地や教育施設などでの誘致も進んでいます」と孫田さんは言います。
私自身、日本の農景観を守りたいと思い、これまで森ノオトでも地産地消の取材などに取り組んできました。アクポニのような水耕栽培は、従来型の農業と全く異なるアプローチで、既存農法とのバッティングはないのですか?という、少々いじわるな質問をしてみました。
それに対して孫田さんは、
「日本の農業において、土耕栽培は今後も絶対に必要です。例えば、アクポニでは根菜やイネの栽培はできませんし、まだまだ生産の絶対数が足りないので、流通面での課題もあります。アクアポニックスは既存の農業のシェアを奪うものではなく、施設栽培の新たな提案の一つです。先ほどのイチゴの話のように、昔は土耕でかがんで栽培していたものが、今ではハウスでの高設栽培が主流になっていったように、農業自体も年々変化しています。花苗や葉ものなど、立ちながらでも農作業ができたり、働き手が多様になることでこれまで農業に参入できなかった人たちの就労を生み出すことができるなど、アクアポニックスを活用することで、農業の新たな可能性を切り開いていくことができると思うのです」
と答えてくれました。
今現在、私たちの暮らしは海外情勢に大きく左右され、エネルギーコストの高騰や食料輸入の価格上昇など、生きる基盤に大きな影響が生じています。エネルギーや資材、肥料など農業にかかるコストが上がることで、私たちの手元に届く食べ物の最終コストも大きく影響を受けています。毎日の生きる糧になる食物は海外に依存するのは危険だと、身をもって感じています。やはり私たち自身に近いところで生まれたものを買って食べること、食を自給していく環境や選択肢を多岐にわたって持っておくことは、今後の私たちの暮らしを考えていくうえでも必要不可欠です。
「今は国内の食料自給率を上げていくことが大切です。化石燃料に依存せず、環境負荷を下げていく農法と、農業生産に関わる仕事の一つの選択肢として、アクアポニックスの認知を高めていきたい」
そう話す孫田さん。水耕栽培は私たち生活者から少し遠いようなイメージを持っていましたが、アクアポニックスはとてもシンプルな仕組みで、邦武さんのように家庭で実践しながら発信する人もいることで、この先私たちにとって身近な農法になってくるかもしれません。これから先5年後、10年後に、日々の買い物で「有機農法」と同じくらいに「アクポニ農法」を目にすることになるか、その未来を楽しみに待ちたいと思います。
株式会社アクポニ
・農場見学
藤沢市にある2カ所の農場の案内により、システムの説明や導入事例について知ることができます
詳細はこちら https://aquaponics.co.jp/farm-tour/
・アクアポニックス・アカデミー
2日間で網羅的に学べる「事業化検討コース」と、3か月間でプロのアクアポニックス生産者を目指す「就農準備コース」があります。
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